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2-6 亜美の気掛かり [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

常滑駅から橋川へ戻った亜美は、真っ直ぐに橋川署へ向かった。
亜美は、「7年前の事故」という言葉が、何か、心に引っかかっていて、それを調べるために戻ったのだった。
「お父さん・・いや・・署長!」
署に戻ると真っ先に署長室へ向かった。
「どうした?」
デスクに積み上がった報告書を読んでいた紀藤署長は、血相を変えて部屋に飛び込んできた亜美を見て驚いたように訊いた。
「マリアさんの両親が亡くなった7年前の事故の事を調べたいの。ネットで検索してもそれらしい記録は残っていなかった。何か理由があって記録から抹殺されているんじゃないかって思うの。どうにかして調べられないかしら。」
常滑駅から橋川へ戻る電車の中で、亜美はずっとその事ばかりを考えていた。
自分の手で調べてみたが、それなりの情報は出て来なかった。新聞記事にも週刊誌にも掲載されないというのは不自然すぎる。そこには何か、陰謀めいたものを感じざるを得なかった。
「7年前・・・の事故か・・。」
紀藤署長には何か思い当たるものがあるような口ぶりだった。
「何か知ってるの?」
「いや・・警察のデータベースで探してみても良いが、捏造された可能性はあるな。だが、こんな田舎の警察では、警察の奥深くに隠された情報を入手するのは無理だろう。警視庁に伝手があれば何とかなるかもしれないが・・だが、それを調べて、マリアさんの居場所が判るのか?」
「いえ、判らない。でも、マリアさんが日本に来た理由は、やはり、自分のルーツを知りたいと思ったからじゃないかと思ったの。その近道は、7年前の事故じゃないかって思うの。」
「ああ、確かにそうだな・・。だが、署長の権限くらいじゃ・・。」
紀藤署長は、残念そうに溜息をついて言った。
「そうだ!」
亜美は突然思いついたように立ち上がった。
それから、慌てて署長室を出て、自分のデスクに戻り、パソコンを開いた。メーリングリストを調べ、ある人物のアドレスを見つけた。
「連絡がつくかしら。」
亜美はそう言うと、短い文章を打ち、メールを送信した。無事に届いたようだった。
「早く見て!」
亜美はデスクで祈るような気持ちで返信を待った。
1時間ほどが過ぎた頃、返信があった。
そこには、知らないアドレスからのメールで、さらに、別のメールアドレスが記載されていた。
亜美は、再び、そのアドレスへメールを送る。すると、いきなり、画面に懐かしい顔が映った。
「亜美さん、お久しぶりです。」
それは、生方だった。
剣崎のチームの一員として、トレーラーの一室で、データ解析をしていた、あの「生方」だった。今は、警視庁の情報犯罪特別室に配属されている。
「メール、読みました。こちらでも少し、剣崎さんが関わっている事案について調べてみました。今回も、かなり厄介な事案のようですね。肝心なところで情報がクローズされてしまうんです。」
「協力してもらえますか?」
亜美が訊く。
「だからこうして、足のつかない方法で返信したんです。情報犯罪対策特別室というのは、いわゆる国内のスパイ活動を取り締まる部署なんですが、実のところ、自らスパイ活動をしている部署なんです。私も常に監視された状態で仕事をしています。」
「ありがとう。」
「いえ、剣崎さんには大きな恩があります。あの事件の後、今の職場を手配してもらいましたから。しかし、少し時間が掛かるかもしれません。」
「できるだけ早くお願いします。」
「頑張ります。」
生方はそう言って通信を終えた。
亜美も、警察のデータベースで、7年前に発生した事件や事故について調べてみた。
3歳の幼子だけが残された事件、誘拐事件、行方不明、とにかく、条件を広げて関連するようなものがないかを丹念に調べた。だが条件に合いそうな事件や事故は見つからない。
苛ついて、つい、検索画面で「超能力」という文字を入力してみた。すると、『新道』という名が記された事件がヒットした。詳細画面にしてみた。
それは、30年以上前に起きた事件だった。
まだ、亜美もレイも生まれていない頃の話。レイの母、ルイが父親の実験台になっていた事件が解決したことで、古い情報も開示されるようになったのだろうと思った。
亜美は、今でもあの事件の事を思い出すことがある。
父が若い頃の事、レイの母親ルイとの関係、親子であることの意味、いろんな点で自分の存在を問われたような事件だったからだ。
マリアの件とは無関係だと思いながら、亜美は、その事件の詳細を読んでみた。
レイの祖父は当時、医学部研究室で脳の構造について研究をしていた。
「あの事件の発端となった頃の事件のようね。」
その事件は、大学の研究室から研究データが盗まれたというものだった。
当時、教授だったレイの祖父の許には、数人の研究員がいた。その研究員の一人が、脳の特殊な能力に関するデータを盗み出したと書かれている。
「研究員は捕まったのかしら?」
亜美はそう呟きながら記録を読み進める。
「被疑者は・・え?名前の欄が消されてる。」
亜美は、事件のあとの記録を見ようとした。だが、研究員の名前や所在、裁判の記録といったものが存在していない状態だった。
「どういうことかしら?もう開示されても良いはずなのに。」
そう思っていたところに、メールが届いた。
表題は、「遅くなりましたが、ご依頼の品を発送しました。」となっている。
送り主は「U」とだけ書かれていた。
このメールが生方だと亜美はすぐに判り、開いてみた。
そこには、風景の画像データが貼り付いていた。画像をクリックすると、ダウンロードが始まった。そのファイルを開くと、何か、複雑な文字の列が並んでいた。
「何なの、これ?」
直ぐに、生方から電話が入る。
「5時間後に、もう1通メールを送ります。それをダウンロードすると、ファイルの中身を見ることができるアプリが開きます。ちょっと、厄介な情報なので、ダウンロードしたら、メールはすぐに削除してください。」
生方の声は、かなり切羽詰まった感じがした。
「生方さん、大丈夫?」
「ええ、今のところは。剣崎さんに、レヴェナントが現れると、伝えてください。そう言って貰えれば判るはずです。それから、もう、私には連絡はしないように。」
生方はそう言って電話を切った。
尋常ではない。関わっている事件はかなり危険なものだという事は亜美も理解した。
それからすぐ、一樹から連絡が入った。
「これから静岡へ向かう。一緒に来るか?」
「いえ、私はもう少し調べてから向かうわ。それから、剣崎さんに、生方さんから伝言を頼まれたの。レヴェナントが現れるって。」
「レヴェナント?何だ、それ。」
「判らないわ。でも、剣崎さんに伝えればわかるって。頼んだわよ。」
亜美はそう言うと、電話を切った。
生方との会話で、今回の事件は、単なる人探しでは終わらない、きっと予想を超えた危険が迫ってきているのだと、亜美は感じていた。

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