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1-6 本田幸子 [アストラルコントロール]

「大丈夫ですか・・。」
五十嵐が言うと、幸子は涙をぬぐいながら頷いた。
「あなた方を襲った犯人を見ましたか?」
「犯人?」と幸子が答えた。
「片岡さんを刺し殺し、あなたも胸を刺された。犯人に心当たりはありませんか?」
五十嵐が繰り返すように訊く。
少し間をおいて、幸子が答える。
「あの日は、雑誌の取材が1本ありました。取材は、フランという喫茶店でした。ファッション雑誌のインタビューでした。そのあとは、優香さんのショッピングに付き添い、桂木町にあるブティックで洋服を何点か買うつもりでしたが、気に入ったものが見つかりませんでした。そのあとは、自宅へ戻ることになっていました。彼女が少し歩きたいというので、人通りの少ない住宅地を散歩するような感じで自宅へ向かっていました。」
「普段、あの場所に行くことは?」
「いえ、初めて通った場所でした。坂を下りた辺りでタクシーを拾うつもりでした。」
確かに事件現場の住宅地を抜けると、大通りになり、そこまでいけばタクシーを捕まえることは容易だと判断できた。
「誰かにつけられていたとか、歩いているとき不審な人物は見ませんでしたか?」
五十嵐は、通り魔の犯行の可能性も思い浮かべていた。
「今から思い出すと、あの住宅地に入ったあたりで、人影を見ました。少し離れていましたが、どこかで会ったことのあるような・・いえ、思い違いかもしれません。後をつけてきている感じだったかもあいまいですが、その人くらいしかいなかったように思います。」
「どんな人物ですか?」
「いえはっきりとは覚えていないんです。ただ、どこかで会ったことがあるんじゃないかって思う程度で・・」
「具体的な服装とか持ち物とか年齢とか・・何か特定できそうな特徴は?」
五十嵐は、幸子が目撃した不審者が犯人かもしれないと思い込み、焦って訊いた。
「特徴?・・それほど注意深く見ていたわけじゃありませんから・・ただ、その人は、昔どこかで・・もしかしたら、週刊誌の記者かもしれません。彼らはいろんなところで彼女を追いかけてきたので・・そういう人だったかもしれません。」
本田幸子の話はあいまいだった。具体的な特徴は口にしないが、週刊誌の記者だとほぼ断定的に話した。山崎の顔が少し曇る。
「片岡さんは首筋を刺されていましたし、あなたも胸を刺されている。誰かが近づいてくる気配とか感じませんでしたか?」
五十嵐は、少し話を変えた。
「それが・・思ったより、通りは暗くて・・足音が聞こえたと思ったら、優香さんが突然倒れて、私も胸に激痛が走って・・何が起きたのかわからず、とにかく、このままでは死んでしまうと思って、スマホの緊急通報をすることが精一杯でした。すぐに意識が遠のいたので、犯人の顔までは・・。」
「先ほどの不審者ということはありませんか?」
「判りません。」
本田幸子は顔を伏せて答えた。
「では、最近、誰かから、脅迫されたり、トラブルが起きたりはしていませんか?」
五十嵐は、片岡優香がゴシップの多い女優だということは知っていた。
「いえ、最近は、そういうことはありません。優香さんは過去にはいろいろありましたが、最近はトラブルもありませんでした。」
「週刊誌の記者に追われるようなことは?」
五十嵐の質問に、本田幸子は顔を上げて、少しいらだった表情を見せ、少し息遣いが荒くなった。
「もういいだろう。」
ベッドの足元にいた山崎はそう言うと、すっと立ち上がり、病室を出て行った。
「すみません。」といって五十嵐も病室を出た。
「住宅地にいた男が犯人でしょうか?」
病室のドアの前に立っていた山崎に、五十嵐が訊く。
「まあ、今の話からは、その男が重要参考人ということになるな。」


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