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1-8 聴取 [アストラルコントロール]

「本田幸子は、目撃した不審者は彼だと証言しました。」
「わかった。すぐに任意同行を求める。」
そのころ、射場零士はアパートにいた。不思議な夢を見てから、何をしていても、あの光景が浮かんできて、さらに、そのあとの病院の風景も、明らかにその場にいたようなリアルさがあって、途轍もなく、気持ちが悪い感覚に取り巻かれてしまって何もする気になれなかった。
ドンドンドンと、ドアが強くノックされた。
アパートの部屋を訪ねてくるのは、大家くらいだった。まだ、家賃の支払いは滞ってはいないはずだ。
ドアを開けると、男が数人立っていた。
「神奈川県警です。先日、近くで発生した殺傷事件について伺いたい。同行願えますか?」
言葉は丁寧だが、有無をも言わせぬ威圧感があった。
零士は、リアルな夢で、事件の一部始終を見ている。全く関係ないのだが、なんだか、深く関与しているような感覚になり、抵抗することなく、同行した。
アパートの下には赤色灯を回しているパトカーが止まっていて、いかつい男たちが何人もいる。周辺の住民も、パトカーを見て集まってきていた。
手錠こそされなかったが、まるで犯人扱いだ。
零士は、自分は想定以上に厳しい状況に陥っていることを認識した。
警察署に入った射場零士は、取調室に連れて行かれた。
机を挟んで山崎警部が座り、入口近くの机には、五十嵐が座り、記録を取っている。
始めに通り一遍の質問で、本人確認と事件当夜のアリバイを聞かれた。
「その日の夜は疲れていて、部屋に戻るとすぐに横になりました。一人暮らしなので、それを証明しろと言われても無理です。」
これ以上にこたえられなかった。
緊迫した場面はこれまで記者としての取材経験の中で幾度も経験している。取り調べもこれが初めてではない。ゴシップネタを追っていた時、幾度か、取材対象から警察へ通報され、不審者として連行されたことがある。警察としても通報を受けた以上動かざるを得ないし、逮捕されても、具体的な罪状は問えない状況なのは明白で、形式的な取り調べのあと、解放されるのだ。中には、かなりこっぴどくやられたこともあるが、最近では、コンプライアンスとかで、陰湿だったり暴力的な取り調べは厳禁とされ、おかしいくらいに丁寧な物腰で取り調べが進むこともある。そういう経験を幾度かしているので、今回もさほど恐怖は感じていなかった。実際に、自分はあの事件には一切関与していない。
「被害者の一人、本田幸子さんが犯人を目撃していてね。写真を見せたら、君だと証言したんだよ。」
山崎警部が抑え気味の声でそう言った。
これには、零士は驚くしかなかった。全くの冤罪だ。
「目撃証言はかなり重要なのは君にもわかるだろう?」
零士が驚く様子を見て、山崎はさらに落ち着いた口調で言った。
このままだと犯人にされてしまう。零士が直感した。
「人違いです。」
零士はそういうしかなかった。幸子が片岡優香を殺害し、自分の胸にもアイスピックを突き立てた。その一部始終を見たといっても、夢の中だ。奇跡的に自分が見た夢が現実に起きた事件と一致しただけで、その場にいたわけではない。
「だが、君にはアリバイがない。それに、君のアパートから現場までは遠くない。可能性は高い。・・それに、君は以前、片岡優香さんを追いかけていたらしいじゃないか。ゴシップ記事のネタにでもしようとしたのだろうが、その時、行き過ぎた取材で訴えられていたようだな。それを恨んで殺害した。そういう筋書になるんだが。」
確かに数年前、片岡優香の不倫疑惑を取材した。そして、その時、事務所から訴えられたのも事実だった。だが、そんなことで恨んで殺害するなどありえない。そんなことは日常茶飯事だったし、対して自分に実害があったわけでもない。恨むことなどありえない。だが、目撃証言と過去のいきさつで、警察は一気に犯人に仕立て上げてしまうこともやりかねない。
「そんな・・僕じゃありません。やっていません。」
否定するしかない。黙秘するという方法もあるが、それは心証を悪くするだけ。とにかく、否定し続けるしかないと心に決めた。

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