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1-15 推理 [アストラルコントロール]

「まあ、タレント事務所がタレントに保険を掛けるのは通例だからな。万一の時、違約金とか補償で相当金がかかる。その時のために保険をかけておくのは変なことじゃない。」
零士が冷静に答えると、「そうなのよね・・。」と五十嵐も少し落胆気味に返答する。
保険金目的の殺害事件なら、筋が通るとでも考えていたようだった。
「社長と片岡優香、本田幸子の3人の関係のもつれっていうことも考えられるんだが。」
零士が助け舟を出すように言った。
「やっぱりそうなのよね。・・で、どうすればいいと思う?」
五十嵐はまるで、友人か何かに自分の人生相談をしているかのような態度になっている。それをすんなり受け入れられるほど、零士は人を信用していない。いや、そういう感覚を持つことで、過去に何度か痛い目にあってきたため、少し臆病になっていたのが正直なところだった。
「あの、さっきから気になっているんですが、貴方は僕に何を期待しているんですか?捜査方針は、警察内で話し合うことでしょう?素人の僕に何か相談するのは変じゃありませんか?」
零士は、あえて、「ですます調」で訊いた。
無論、零士も事件の経緯を知りたいのは正直なところなのだが、やはり、少しずれているのは間違いないと思っていた。
零士の言葉に五十嵐ははっと気づいて、ちょっと赤面した。
「そうよね・・いや、そうですよね。射場さんに相談することではありませんでした。」
五十嵐も自分の今までの態度を反省した。
「いや、そんな責めるつもりはありません。むしろ、貴方は僕が夢で見た話を信じてくれて、被疑者ではなく、むしろ目撃者として対応してくれたことには感謝しています。自分でもなぜあんな夢を見たのかわからなくて混乱していましたから・・。僕が協力できることはさせていただきます。」
零士は、五十嵐が予想外に深く反省している姿を見て、さらに続けて言った。
「本田幸子が引退したときの状況を調べてみたらどうでしょう。セクハラとか不倫とか、その手の話には、周囲の興味本位な噂が混ざって、増幅されている可能性がある。事実を並べてみないと本当のことは見つからないはずです。特に、男女の関係は本人たちにしかわからない、いや、本人たちもその時には冷静には見えていないものです。周囲の人間には、とても奇妙に見えて、さらに想像を広げてしまいがちですから。」
零士の言葉に、五十嵐は少し元気を取り戻したようだった。
「そうですね。射場さんのおっしゃる通り、直接事件につながるかどうかわかりませんが、一度経緯を調べてみます。」
五十嵐はそういうとぺこりとお辞儀をして、署へ戻って行った。
零士は、しばらく、その場に残っていた。
そして、五十嵐との会話を思い出していた。
内容ではない。彼女がタメグチであっけらかんと話す姿や表情の変化、彼女との距離感は、自分が考えていた以上に近かったことに少し「ときめき」のようなものを感じていたのだった。
彼女は、何歳なのだろう。
彼氏はいるのだろうか。
仕事が終わった後はどうしているのだろうか。
そんなことをぼんやり考えている自分がいた。
「いやいや、何を考えているんだ。」
零士はそう呟くと、ベンチから立ち上がり、公園を出た。目の前を、車が一台走り抜ける。運転しているのは、五十嵐だった。
零士は思わず、手を挙げたが、五十嵐は気づかず走り去っていった。
「目の前のことに集中していると、そんなもんかな。」
零士は上げた手をゆっくりとおろしながら、自嘲気味に言った。
その日から、数日、五十嵐から連絡はなかった。
こちらから連絡するのも変な話だと思い、あえて連絡はしなかった。だが、零士の中で、五十嵐の存在が徐々に大きくなっていて、悶々とした時間を過ごしていた。

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