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1-16 過去の事件 [アストラルコントロール]

ようやく、五十嵐から連絡があった。
零士は、いつもの公園のベンチに座って待っていた。悶々とした時間の中で、幾度も、心の中で何かが行ったり来たりしていた。今日、五十嵐と会った時、平静が保てるかという不安もあって、約束した時間よりもずいぶん早く着いていた。
通りの向こうに、警察署が見える。零士は玄関を睨みつけるような目線で見ていた。
「ごめんなさい。遅れてしまいました。」
不意に、後ろから声がした。振り返ると、五十嵐が立っている。いつものスーツ姿だった。予期せぬところから声を掛けられ、急に心臓がバクバクし始めた。
「あ・・いや・・ちょっと前に来たところ。」と零士が言い終わらぬうちに、
「少しでも早くお会いしたかったんですけど、ごめんなさい。連絡できなくて。」
五十嵐の言葉を、零士は、別の意味で受け止めそうになり、「僕も・・」と言いそうになり、すぐに口を閉ざした。
「あれから、本田幸子の過去を調べてみたんです。かなり興味深いことが判ってきたんですけど、ややこしくて、裏を取るまではと思っていたらずいぶん時間が過ぎてしまいました。上司にも報告して、本田幸子を殺害容疑で、社長の山路修を殺人教唆の罪で逮捕することになりそうです。」
五十嵐は、中抜きして、結論を先に述べた。
「じゃあ、事件解決ということですか・・良かったですね。」
「ええ。」
五十嵐の顔が晴れ晴れしている。
「あの、説明してもらっていいですか?一応、顛末を知りたいので。」
零士が言うと、五十嵐がはっとした顔をして、零士を見た。
「すみません。何も説明せず、自分ばかり満足してしまって・・あの日、射場さんに言われた通り、本田幸子が引退に至った経緯を調べてみたんです。」
五十嵐はそう前置きして、事件に至った経緯を説明した。
「本田幸子がいたアイドルグループは5人で構成されていました。全員、オーディションに合格したメンバーだったようです。はじめ、本田幸子はセンターだったようですが、なかなか人気が出ず、片岡優香に交代して人気上昇。1年くらいは順調だったようです。・・ああ、当時は、山路社長が彼女たちのマネジャーだったそうで、24時間と言っていいほど彼女たちと一緒にいたらしいです。」
まあ、そんなものだろうと、零士は五十嵐の話を聞いていた。
「センターを外れた本田幸子はすっかり自信を無くしてしまって、精神的に不安定になってしまい、体調がすぐれない日が多くなって引退する決意をしたそうです。ああ、これは、グループのメンバーから聞いた話で、みな同じように話していたので間違いないでしょう。」
これもありがちな話だった。
「引退を決めてから、山路は、何かと本田幸子を気遣うようになり、マネジャー職も他の人に代わったそうです。本田幸子も山路社長にすっかり依存するようになって、・・まあ、その・・男女の仲になったということです。これは、事務所の副社長・・山路修の妻が吐き出すように言った話です。ネクタイがあったのも、そういうことでしょう。ほとんど、本田幸子の部屋に入り浸っていたそうです。夫婦としては別居ということにもなっていて・・近々離婚するはずだったと・・。」
「離婚?それじゃあ、本田幸子が山路を略奪したということですか?」
「いや、そういうわけでもなさそうなんです。そこが今回の事件の動機なんですよ。」
五十嵐は、何か、勝ち誇ったような口調で言った。
「山路は片岡にも同じように関係を持っていたということですか?それを知った本田幸子が片岡を殺した。略奪したものをまた略奪されて、怒りに任せて殺してしまった・・。」
「やっぱり、そう考えますよね。」
「え、違うんですか?」
「ええ、全く違います。」
答えが分かっている出題者が、回答者をもてあそぶかのような口調で五十嵐が言う。
「射場さんが言ったんですよ?事実を積み上げなければいけないって。周りの人間は想像を膨らませて本当のことが見えなくなるって・・。」
五十嵐の言葉で、零士は考え込んだ。
そういえば、五十嵐の話の中には、事実とフェイクが混ざっていた。引退の経緯はほぼ事実だろう。では、山路修と本田幸子の男女の仲は?それは、山路の妻の話だ。ネクタイがあったので事実のように見えるが、違うのだろう。

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