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1‐22 後悔 [アストラルコントロール]

一か月が過ぎたころ、五十嵐からまた、いつもの公園への呼び出しの電話が入った。
五十嵐の表情が暗い。いや、それだけではない。ずいぶん疲れた表情をしているのだ。
「どうしたんですか?」
零士は久しぶりに会ったので、少し、彼女との距離の取り方に戸惑い、丁寧な言葉遣いをした。事件を終えた後、あまりすっきりとした別れ方をしていない。いや、むしろ、警察を非難するような発言をしたのを覚えていて、あまり、親しく話すべきではないと思ったからだった。
彼女は公園のベンチに座るまで口を開かなかった。零士も仕方なく、黙って彼女の隣に座った。しばらく沈黙があった。
「あの事件、社長夫婦の事件への関与を調べるよう、進言したんです。」
その言葉には悔しさが感じられた。
「でも、取り合ってもらえなかった・・というところですか?」
零士が言うと、五十嵐はこくりとうなずいた。仕方ないことだと零士も諦めていた。
「でも、納得できず、一人で調べていたんです。」
「それで?」と零士。
「零士さんが言った通り、事務所を閉鎖する直前に3億円の保険金支払いがあったんです。保険金目当てという想像は間違いではありませんでした。でも、二人とも行方をくらましてしまって・・。過去を調べてみると、あの事務所は、10年ほど前にも、タレントが事故で亡くなっていた。その時も高額の保険金が支払われていたことがわかったんです。保険金目当ての計画的な犯行と推定するには十分な状況証拠はあるんです。」
「でも、取り合ってもらえない。社長夫婦の行方も分からない。為す術がないってとこですか。」
零士は、不用意に言ってしまった。
それを聞いて、五十嵐が急に泣き始めた。
刑事が泣いているという状況に初めて出くわし零士は戸惑った。
事件未解決のまま被疑者を逃してしまったことに、これほど悔いているとは思っていなかった。
「バーテンダーのほうは?」
泣いている五十嵐を慰める言葉のつもりで零士が言った。
さらに、五十嵐が突っ伏して、首を横に振り、泣いてしまった。
こんな時、どうすれば良い?零士は女性の扱いは不得手である。
泣いている女性を慰めるなど、想像もできない事態だった。やる統べなく、ただ、隣に座ったまま、泣き止むのを待った。
五十嵐が急に顔を上げ、零士を見た。そして、零士にすがって泣いた。
零士は戸惑いつつ、彼女の肩をやさしく抱き、しばらくそのままにしているしかなかった。
10分ほどそうしていた。公園には数人の人がいて、ベンチの前を通り過ぎる。
いい大人が昼間に抱き合っていて、女性がただ泣いている。こんな状態に興味を示さない人はいないだろう。零士の想像通り、前を通り過ぎる人は、じっと二人を見つめた。怪訝そうな顔をする人、ちょっと苛立ちを見せる人、それぞれだが、おおむねそれは零士が女性にひどい仕打ちをしたのだろうと想像しているのは間違いなかった。
「あの・・五十嵐さん、大丈夫ですか?」
零士が声をかけると、五十嵐は正気を取り戻し、ぱっと零士から離れた。
「ごめんなさい、私ったら・・みっともない姿をお見せしました。」
涙を拭いながら、五十嵐が言う。
「いえ、僕は構いませんが・・。でも悔しいですね。本当の悪人が判っていながら手が打てない。僕も、何度も同じような経験をしていますから・・あと一つ、証拠が揃えば、あと一つのピースが埋まれば・・何度悔しい思いをしたかわかりません。」
五十嵐は零士を見つめていた。
「もう良いじゃないですか。どうしようもないことを悔やんでも仕方ない。次の事件では確実に真相にたどり着けるよう努力するしかないでしょう。」
五十嵐は小さく頷いた。そして
「また、力を貸してくれる?」
その言葉は、刑事ではなく、一人の女性として零士に発せられたものだった。
「ええ、いつでも協力しますよ。」
「ありがとう。」

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