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2-10 コンビニ [アストラルコントロール]

「ちょっと待って!」
五十嵐が、彼の腕を掴む。袖口が捲れて、腕が見えた。TATOOが見え、工藤が慌てて隠した。
五十嵐と零士が、工藤を前後に挟む形で立った。
「君への嫌疑じゃない。桧山さんのことで訊きたいだけなんだ。」
零士が言うと、工藤は少し落ち着いたようだった。
車庫の横にある喫煙所の椅子に座って話すことにした。
「どうして逃げようとしたの?」と五十嵐が少し優しい声で尋ねた。
「いや・・その・・また、何か疑われているんじゃないかって・・。」
工藤はうつむいてくぐもった声で答える。
「前科があるのね。大丈夫、そんなんじゃないから。」
五十嵐の言葉に、工藤は少し近況したまま顔を上げた。
「昨日は一日、桧山さんのハイヤーをしていたんでしょ?」と五十嵐。
「ええ、そうです。」
「昨夜、自宅まで送った?」
「ええ・・、駅の裏口にある料亭から、自宅へ戻られるのでお送りしました。そういえば、昨日は、自宅の手前まででした。コンビニがあるんですが、その前を通り過ぎたあたりで、急に、桧山様が止めてくれとおっしゃって、そこで降ろしました。」
「そういうことはこれまでもあった?」
「いえ、いつもは玄関先で車を降りられるんです。昨日は、突然でした。変な感じでしたね」
工藤はちょっと首をかしげて答えた。
「買い物を思い出したのかしら?」と五十嵐。
「さあ、でも、コンビニには行かれませんでした。しばらく、そこに立っておられたようです。」
工藤が答えた。
「誰かと会っていたとかは?」と五十嵐。
「わかりません。少し早めに帰れそうだったんで、すぐにUターンして社へ戻りましたから。」
「そう。」五十嵐は少しがっかりした様子で答えた。
「赤い髪の女性は見なかったか?」
と零士が単刀直入に工藤に訊いた。
「赤い髪の女性・・ですか?・・さあ、どうだったか・・。」
工藤は昨日の記憶をたどっているようだった。
「いや、ちょっとわかりませんね。赤い髪・・赤い髪・・ああ、そうだ。昨日ではないんですが・・いつだったか・・ええっと・・あれは・・ああ、そうです。ちょうど1週間前だったと思います。桧山さんを自宅に送った時だったと思います。ご自宅のちょっと手前で、赤い髪の女性を見ました。ふらふらと歩いているという感じで、ちょっと危なっかしいと思ってクラクションを鳴らして注意しました。その女性は、クラクションに驚いて座り込んだんです。そのまま行き過ぎましたけど・・。酒に酔っている感じだったような・・・。」
「その時桧山さんは?」と零士。
「そうそう、桧山さんは通り過ぎるとき、その女性を睨みつけているようでした。急に機嫌が悪くなった感じを覚えています。」
「その女性の顔は覚えてる?」と五十嵐が訊いた。
「いえ、夜でしたし、座り込んで下を向いていましたから、見えませんでした。」
「他に何か覚えていないかい?」と零士。
「赤い髪だけじゃなく、派手な服だった。ドレスというんですかね。真っ赤なドレスでした。それに大きなつばの帽子をかぶっていました。あと、ずいぶん大柄な感じでした。・・あの、もういいですか?車の整備をしなくちゃいけないんで。」
工藤はそういうとちらりと事務所のほうを見た。
窓越しに先ほどの飯田の姿が見えた。
おそらく、こうやって話を聞いていることを飯田はあまり快く思っていないのだろう。前科のこともあり、何か問題を起こせばすぐにリストラしようと狙っているようにも感じられた。
「ごめんなさい。忙しいのに、手を止めさせてしまって、ありがとう。」
五十嵐がそう言って、工藤を解放した。
それから、事務所のほうに向かって頭を下げた。飯田がばつの悪そうな表情を浮かべて、奥へ消えた。タクシー会社を出て、五十嵐が口を開いた。
「赤い髪の女性は実在したわね。桧山との関係を調べなくちゃ。」

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