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2-8 相棒 [アストラルコントロール]

署を飛び出した五十嵐は、すぐに零士を呼び出した。零士も昨夜、話が途中になってしまっているように感じて、五十嵐の呼び出しに応じて、いつもの公園に向かった。
「桧山邸の事件、単独捜査になったの。例の贈収賄事件との絡みで、大っぴらに捜査はできないけど、他殺の見立てで調べることになったから。」
五十嵐の話は、零士を驚かせた。予想とは真逆の展開だった。
「それと、零士さんには捜査協力してもらいます。上司も認めてることだから安心して。」
五十嵐はどういうふうに報告し、このような結論を得たのか見当もつかなかったが、一方で、秘密裏に捜査するということは、警察全体が殺人事件と考えているということではないこともわかった。
「それで、どこから調べる?」
零士も、山崎と同じ言葉を発した。
「家に戻るまでの足取りね。赤い髪の女がどこで桧山氏と合流したか、それが判れば、正体に近づけるでしょう。」
五十嵐はそういってから、立ち上がった。
「さあ、行きましょう。」
二人は桧山邸へ向かった。桧山邸の門には未だ規制線が貼られていて、警察官がひとり立っていた。
「ご苦労様です。」
警官はそういうと敬礼しながら、零士を睨みつける。
「ちょっと現場を見せてね。・・ああ、この人は関係者だから。」
五十嵐と零士は家の中に入った。
「ここに遺体が・。」と五十嵐が説明しかけたが、途中でやめた。
零士は夢の中ですでにこの場所を知っている。
「ここ、ここだ。ここで、女が馬乗りになっていた。」
「ここなの?」
一応屋敷内は鑑識班がくまなく調べているはずだった。だが、事件の詳細が分からない中では、調べ方にはどうしても穴も生まれる。
「これって・・。」
もみ合っていたという場所の壁際には古いタンスが置かれていた。そのタンスの隙間に、赤い髪があった。
「きっと、あの女のものだ。もみ合っているうちに抜け落ちたんだろう。」
零士が言うと、五十嵐が慎重に髪を摘まみ上げてハンカチにしまおうとした。
「えっ?これって。」
赤い髪は、人毛ではなさそうだった。五十嵐はテーブルの上において、軽くこする。人毛であれば、キューティクルで滑らない方向があるはずだが、その髪はつるっとしていた。人工の毛髪だとすぐに分かった。
「かつらか。」と零士が言うと、五十嵐が頷いた。
「じゃあ、ここから犯人にたどり着くのは難しいかな。」と零士。
「ええ、人物の特定は難しいでしょうね。ただ、これがかつらだとしたら、変装して近づいたということになる。プロの殺し屋という線もあるわ。」
「やはり口封じに殺されたという線が濃くなったか・・。」
「まあ、そんなところでしょうね。」
二人は、ここに赤い髪の女性がいて桧山氏を殺したという確証を得た。零士の夢は真実であることを証明したことになる。
「殺害方法は、零士さんが見た通りでしょう。あとは、赤い髪の女がどこで桧山氏と合流したか。」
五十嵐と零士は、桧山邸を出た。
「殺した後、どこに言ったかまでは見ていなかったんでしょ?」
通りを見渡しながら、五十嵐が訊く。
「ああ、後をすぐに追ってみたが、見つけられなかった。玄関を出て、すぐに車に乗って逃げたか・・いや、それにしても早すぎるように思うが・・。」
「まあ、逃走経路はわからなくてもいいでしょ。それより、どうやってここに来たか。」
五十嵐は、通りを見ていた。
「バス?・・いや、そんなことはなさそうね。やはり、タクシーかしら。」
「ここらを走るタクシーなら、おそらく2社のどちらかだろう。駅で乗ったのならYT交通。駅以外なら、令和タクシーだろうな。」

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2-6 夢の話 [アストラルコントロール]

「ふーん。・・じゃあ、あれは自殺じゃないってこと?」
「ああ、そうだ。赤い髪の女性が、桧山の後ろから部屋に入り、馬乗りになって意識を失わせてから、土間に運んで、ロープに首をかけ殺した。」
「そう。その、赤い髪の女って誰なの?」
「さあ、初めて見た・・というより、顔ははっきりとわからなかった。長い赤い髪ばかりに目を奪われてしまったようだ。」
「ふーん。」
五十嵐はそういってからしばらく考え込んだ。
零士は、五十嵐がそれほど驚いていないのが不思議な感じがした。二度目とはいえ、やはり、夢の話だ。偶然ということかもしれないし、何の証拠にもならないことは分かり切っている。いや、すでに警察は殺人事件としても考えているということなのかとも考えた。
五十嵐の反応に戸惑って、零士が口を開いた
「警察はどう考えているんだ?」
五十嵐は、零士のほうをちらりと見てから言った。
「まあ、今のところは自殺の線が濃いってところかしら。物的証拠、他人がそこにいたという証拠は今のところ見つかっていないのよ。遺体発見時の状況からも、他殺を疑うようなものがなかった。おそらく、このままだと、単なる自殺として処理されるでしょうね。」
五十嵐は少し悔しそうな表情を浮かべている。そして、五十嵐自身が自殺ではないと最初から感じていた様子もわかった。
「赤い髪の女性が間違いなく殺したんだってと言っても、夢の話じゃどうしようもないな。」
零士も現状では何もできないのは明らかで、諦め気分で言った。
「ねえ、桧山建設を巡る汚職、贈収賄の噂は本当なの?」
零士は五十嵐の言葉にちょっと戸惑った。
それを訊くのは本来自分のほうだ。
「警察では何も動いていないってところか・・。」
「ええ。もちろん、贈収賄事件は別の課の管轄だから、知らされていないだけかもしれないけど・・少なくとも、公式にはまだ動いていないようなの。」
「今回の噂が本当かどうか、ちょうど取材していたところだった。ライターの勘としては、間違いなく贈収賄はあったと思う。ただ、大物政治家がらみではなくて、市議が絡んでいる程度だ。」
「ふーん。だったら、自らの罪を隠すために自殺というのはちょっと早い感じね。」
「ああ、だから、自殺というには無理がある。」
「ええ、そうなの。自殺の動機があいまいなのよ。状況は自殺、でも、その経緯が全くわからない。発作的にやったとしても、縄を準備しているところを見ると不合理だし。零士さんが言う通り、殺人事件だとしても、だれが何の目的で殺害したのかも今の時点では判らない。ただそこに遺体があったというところが正直なところでしょうね。」
五十嵐はミネラルウォーターをごくりと飲んだ。
口元から少しこぼれて、顎を伝って首筋へ入った。零士はその水の動きを無意識に眼で追った。青いジャージの上着の胸元、ファスナーが少し下がっていて、開いていた。
水は首筋から胸元へ流れ込んでいく。そこには、顔に似つかわしくないほどの、豊満なバストの谷間があった。
零士は、驚いて視線を上げた。
五十嵐の顔を見ると、少しぼんやりしている。どうやら眠気が襲ってきたようだった。
考え事をしていると、つい眠気に襲われることはよくある話だ。昼間ずいぶん疲れていたんだろう。五十嵐は、手に持ったペットボトルを器用にテーブルに置くと、ソファで眠ってしまった。
「疲れているんだな。・・・」
零士は立ち上がり、ダイニングテーブルにかかっていた上着を五十嵐にそっとかけてから、部屋を出た。
零士がドアを開け外に出るのとほぼ同時に、五十嵐が目を開けた。
「もう・・、零士さんは素っ気ないんだから・・。」
そう言って、ベッドルームへ向かった。


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