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2-1 赤い髪の女 [アストラルコントロール]

射場零士は、ライターの仕事を一度は辞めようと決意していたが、本田幸子の事件に関わった噂が広がり、大手出版社の週刊誌編集部から、声が掛かり、以前のようにゴシップネタや事件ネタを追う日々に戻っていた。
だが、「あの夢」の体験はいまだに頭の中を巡っていて、ふとした時に考えてしまっていた。それに、本田幸子の事件は後味の悪い終わり方をしたのも引っ掛かっていた。事件を仕組んだ人間の存在がどうにも気になって仕方がなかった。
あの事件から二か月ほどが経っていた。
五十嵐からは、時折、電話があり、何度か食事をした。だが、それ以上に進展することはなかった。
そんなある日の夜、いつもの喫茶店でコーヒーを飲んだ後、急に体が重く感じられ、早々家に戻ってベッドに入った。
日中、ある建設会社の収賄疑惑を追っていて、建築現場を歩き回ったせいだろうと思っていた。ベッドに横になると、深い睡魔に襲われた。
はっと気が付くと、見たことのない家の中にいた。
純和風の部屋、見事な床柱や透かし彫りの欄間等から、相当裕福な家だとわかった。
そこに、老年の男が入ってきた。今、収賄疑惑ネタで追っている『桧平建設』の会長、桧山平一郎だった。
少し酔っているのか顔が赤い。足取りも不安定な感じに見える。
そして、その後ろから、長身の女性が入ってきた。真っ赤に染めた髪、濃い化粧、着衣からどこかの店のホステスのように見えた。
桧山平一郎は急に振り返り、その女性の頬を平手打ちした。すると、赤い髪の女性は桧山平一郎を突き飛ばし、馬乗りになる。そして、両手で桧山の顔を強く抑える。酔っているせいなのか、それとも突き飛ばされた時の衝撃でなのか、桧山平一郎は、最初こそじたばたと抵抗したがすぐに静かになった。
赤い髪の女性はすっと立ち上がり、部屋を出て行った。そしてすぐに、戻ってきて、桧山の足を持ち、ずるずると引っ張っていく。零士はそのあとを追った。
桧山の家には、土間があり、高い棟木があった。見上げるとそこに太いロープが掛かっていた。零士はこれから起こることが分かった。だが、どうしようもない。
赤い髪の女性は、桧山の体を持ち上げ、棟木から下がったロープの輪に首をかけた。そして、そっと手を放す。全身の体重が首元にかかる。ギリギリという音とともに、絶命したのが分かった。
それを見て、赤い髪の女性は、足元の踏み台を蹴飛ばした。
それから、ゆっくりと土間を出ていった。
零士はスーッと桧山の傍に行き、桧山の顔を覗き込んだ。眼を見開いていて、息絶えているのが分かった。失禁してしまったのか、床が濡れていた。
零士は赤い髪の女性の行方が気になり、彼女が向かったほうへ行ってみた。玄関へ通じる廊下だった。人影はない。外に出て行ってしまったのだろうか。そう思って、零士は玄関をすり抜けて出てみたが、やはり、女性の姿はなかった。
そこで、夢から覚めた。
「また、殺人現場の夢か・・だが、今回は・・」
ベッドから起き上がり、小さくつぶやく。それでも、どうにも気になってしまい、カメラバッグを抱えてアパートを出た。
零士のアパートから桧山邸まではタクシーで20分ほどの距離だった。
桧山平一郎の自宅に、何日か前から、会長の動向を探るため、張り付いていた。
零士は、桧山邸に向かう道すがら、あの赤い髪の女に出会うかもしれないと思い、タクシーの窓から外を注意深く通りを歩いた。
もう、深夜になるため、通りを歩く人影はまばらだった。
コンビニの前には、何台も車が止まっていて、そこだけは賑わっているように見えた。店内をちらっと見たが、赤い髪の女性は見当たらない。
「夢・・だから・・真実とは言えないが・・。」
変な言葉をつぶやく。零士を乗せたタクシーは桧山邸に入る道路に繋がる交差点をでた。
「お客さん、この先はちょっと無理ですね。」
タクシー運転手がぼやくように言った。
桧山邸の前には、救急車が止まっていた。そして、タクシーの後ろからサイレンを鳴らしながら警察車両が来た。運転席には五十嵐の姿があった。

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