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2-4 密着 [アストラルコントロール]

零士はまだ考えがまとまっていなかった。
コンビニのガラスに、零士の姿を見つけ、五十嵐が向きを変えた。
「やあ・・仕事かい?」
零士はそう声をかけることしかできなかった。
「零士さん?どうして?」
何度か食事もした仲で、いつしか、射場のことを零士と呼ぶようになっていた。零士も、五十嵐を佳乃と呼ぶようになっていた。だからと言って、恋人とか付き合っているという関係ではない。
「いや、サイレンを聞いて、事件かなと思ってきてみたんだ。」
零士が言うと、五十嵐は
「まさか・・夢を見たの?」
半ば驚いて訊いた。
「ああ・・今、ちょうど、週刊誌のネタで追っていた相手だったんで、そんな夢を見たのかと思ったんだが・・やはり、現実に起きてしまったんだな。」
「じゃあ、これは殺人事件なの?」
「ここじゃあ、ちょっと・・どこか、店に入ろう。」
もう深夜である。気の利いた店はなかったので、やむなく、ネットカフェに入った。
ネットカフェの部屋は狭い。周囲から遮断されるのはいいが、密着度も高くなる。
「ねえ、零士さん、あなたが見たものを話して。」
五十嵐の顔が、すぐ近くにある。左半身が五十嵐の右半身と密着した状態で、五十嵐が身をよじるようにして零士のほうを向いたため、胸元が大きく開いてしまっていた。
零士は、それほど節操のない人間ではない。いや、むしろ、女性には蛋白なほうだと言っていい。だが、この密着度はさすがに零士も気になってしまう。
「あの、佳乃さん・・場所を変えませんか。ここはちょっと狭い。それに、隣の声も聞こえてしまうくらい、壁が薄い。こんなところじゃ、捜査情報が誰かに聞かれてしまう。」
零士は、天井を見上げてそう言った。
五十嵐は、周囲を見て「そうね」と言って立ち上がった。
零士が立ち上がった拍子に五十嵐の胸辺りに、零士の肩が触れた。
「いやっ。」
五十嵐がかなり女の子っぽい声を出した。
零士は「ごめん」と言ったが、まともに五十嵐の顔を見れなくなって、慌てて外へ出た。
入ったばかりの男女がすぐに部屋を出てきたのを店員が見つけ、少し怪訝そうな顔をしている。
さっさと料金を支払って、二人はネットカフェを出た。
通りは、駅前から歓楽街へ続く通りで、あちこちに明かりもあり、人通りもあった。
「アパートへ行きましょうか。」
零士が、何の気なしに言った。
「零士さんのアパート?」
ちょっと意味深な言い方をする。
「いえ、まあ、適当なところがなさそうなので・・いやなら、別のところでもいいですよ。」
ちょっと五十嵐は考えた。
「じゃあ、私の部屋にしましょう。朝から働きづめで、汗もかいてしまって着替えたいの。いいかしら?」
零士は少しためらった。だが、ここで時間をかけて考え込むと、余計な想像をしているように思われてしまうかもと咄嗟に浮かんで、思わず答えた。
「良いですよ、佳乃さんが嫌じゃなければ。」
できるだけ平静に見られるように無表情で答えた。
すぐに、五十嵐のマンションへ向かった。もう深夜になっている。
先ほど五十嵐が、コンビニの前で立ち止まったのは、まだ、夕食を済ませていないことに気づいて、何か買おうと思ったからだった。
「ちょっといい?」
五十嵐はそういうと、マンション近くのコンビニへ立ち寄り、買い物を済ませてきた。
「さあ、行きましょうか。」
五十嵐が通りに出て手を挙げてタクシーをつかまえた。

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