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3-11 オノヒコの願い [アスカケ外伝 第1部]

しばらくして、クニヒコが戻ってきて、タケルたちを近くの小屋へ案内した。小屋の中に入ると、ユミヒコに似た御仁が奥に座っている。
「さあ、こちらに。」
それは、オノヒコに間違いなかった。
「クニヒコより、大筋の事は聞いております。・・だが、実のところ、先日から巨勢一族の様子が変なのです。」
オノヒコはそう切り出してから、タケルをじっと見つめた。
「そちらが、皇子タケル様かな?」
どうやら、クニヒコはタケルの素性を話してしまったようだった。タケルは、素性は隠しておきたかった。
「私は、昔、一度大和へ行ったことがあるのです。そう、巨勢一族の非道を皇に訴え出て、成敗していただこうと・・若気の至りです。・・当時、大和争乱が終結したばかりで、摂政カケル様もお忙しく働かれておられました。謁見するのは容易ではなく、御姿を一度見ただけでした。・・・その時の御顔とタケル様は瓜二つ。聡明でありながら謙虚で・・何か、湧き水のごとき清らかさを感じます。」
父カケルに似ていると言われたのは、初めてだった。父は、強い意志を持ち、体格も立派で、人々の真ん中にいるのが似合う。自分は、体も小さく、ひ弱で、昔から母に似ていると言われていた。
「そうですか・・私は父ほど立派な人間ではありません。」
タケルはそう答えるのが精いっぱいだった。
「おや?そうでしょうか。」とオノヒコがニトリに振った。
「いやいや、多くの者を率いて、難波津から来られ、淡島の郷や名草の郷の修復を進めて居られ、みな、タケル様の人望です。それに、タケル様、その太い腕、厚い胸板、上背も立派なミコトではありませんか。」
確かに、ヤマトを出た時と比べ、タケルは大きく成長していた。ヤスキも同様に、大人の男、ミコトとして十分な体格になっている。本人たちは気付いていなかった。
「それよりも、巨勢一族の異変とはどういうことでしょうか?」
タケルがオノヒコに訊ねた。
「大水の後、しばらくは、巨勢一族の兵士の集団が、園部あたりにまで出てきておりました。中には、川を渡り、黒田の郷や浜山砦の麓辺りまでも行っているのが判りました。しかし、十日ほど前からは、兵の姿を全く見なくなったのです。」
オノヒコが言う。
「本格的に戦支度を始めたという事でしょうか?」と、タケル。
「いや・・兵士だけではない。昨日、田屋の郷のはずれまで、様子を見に行かせたのですが、何か静まり返っているようなのです。人影が見えないのです。」
「それは不思議な事だな・・・。」と、ヤスキ。
「戦支度となれば、何かと騒がしく動き回るはず。静かになっているというのは・・別の・・」
と、ニトリが呟く。
「此度の大水で、園部や田屋の郷は無事だったのですか?」とタケルが訊いた。
「はい。こちらは、山裾の高台ばかり。川縁は多少水が溢れましたが、もともと高い崖が水を押しとどめてくれて、ほとんど害はありませんでした。田屋も同様だと思います。」
ユミヒコが答える。
「山はどうでしたか?」とタケル。
「山?」とニトリが訊き返す。
「春日の杜の学び舎で、昔、山の民シシト様から教えられたことがあるのです。山は人が手を入れるからこそ役に立つ。下草を刈ったり、細い木々を切り出したり、様々な形で、山を守ることが郷を守ることになると・・。手入れが行き届かない山は、大水になると一気に崩れる・・山津波が起きるのだと・・そう言うことはなかったのでしょうか?」
タケルの説明を聞き、オノヒコは少し考えている。
「来る途中、大川の流れが泥のように濁っておりました。大水の後、一旦澄んだそうですから、その後、どこかで山津波が起きたのではと思うのです。」
タケルは続けた。
「田屋の郷の北、山裾の木々が倒れているようにも見えました。もしや、巨勢一族の異変と何か関係があるのではないでしょうか?」
そこまで聞いて、オノヒコが口を開いた。
「そういえば、大水の後、晴天が続いておりましたが・・確か、十日ほど前に、また、大雨がありました。・・その時に、山津波が起きたかもしれません。・・巨勢一族は兵ばかりで、山の始末はあまり熱心ではなかった。・・・。」
「それでは・・田屋の郷が酷いことになっているかも知れぬのですか?」
ニトリが慌てて訊いた。
「判りません。・・すぐにも、田屋の郷の様子を見に行くべきでしょう。」
タケルが答える。
「だが・・・むやみに郷に立ち入れば・・どうなるか。もし、戦支度をしていたなら、囚われ命を奪われるかもしれません。」
オノヒコが心配して言った。
「私一人なら大丈夫でしょう。ハトリの弟なのです。兄に会いたいと申せば、むやみに、危害は加えられぬでしょう。」
「しかし・・」とオノヒコが言う。
「気づかれぬように、田屋の北、山手に入る事はできませんか?山津波が起きたかどうかでも判れば良いのです。何もなければ、戦支度をしていると考えられます。まず、北の山裾を見てから・・。」
タケルの提案に、クニヒコが答える。
「良い場所があります・・少々、骨の折れる道ですが・・案内できます。」
すぐに、ニトリとタケル、ヤスキは、クニヒコの案内で出発する事にした。
土砂崩れ.jpg

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