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2-9 山科夫妻 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

道路から二段ほど上がった所にある、立派な門の脇についている黒いインターホンを押すと、すぐに上品な女性の声で返事がした。
「警察です。少しお話を伺いたいのですが。」
一樹はすぐに警察バッジを見せる。
すぐに大きな玄関引き戸が開き、白髪の女性が立っていた。女性は少し驚いた表情を見せながらも、剣崎と一樹を家の中に招き入れた。
純和風の作りの家、広い和室の中央に大きな座卓が置かれている。
女性は、二人にここで待つように言い、すぐに奥へ入って行った。暫くすると、大柄な男性が現れ、二人の前に座った。
「山科史郎さんですね?」
一樹が訊く。
「ああ、そうだが・・要件は何かな?」
穏やかだが威厳のある声で、その男性は訊いた。
「名古屋から長距離バスで静岡まで戻られましたね。その時、少女と一緒だったと思うのですが、いかがですか?」
一樹の問いに、山科史郎は一度目を閉じ、何かを思い出そうとする様子だった。
そこに、先ほどの白髪の女性が、お盆にお茶を載せて入ってきた。そして、何も言わず、二人の前に差し出してから、山科史郎の横に座った。
「実は・・その事なんだが・・。」
山科史郎は先ほどとは違い、弱々しい声になって答える。
「よく覚えておらんのだ。」
それを聞いて、隣に座る女性も頷く。
「老後の楽しみで、オーストラリアに旅行に行き、セントレアから名古屋駅に戻ったことは覚えている。だが、そこから静岡駅までの記憶がさっぱりないのだ。妻も同じなのだ。家に着いてからも、何か、妙な気分で・・・」
山科史郎はそう言うと目の前のお茶を飲んだ。隣にいた妻が続けた。
「気づいた時は、静岡駅のコインロッカーの前にいたんです。名古屋駅でバスを待っていたのは憶えているんですが・・。」
どうやら、二人とも、マリアの思念波に操られていたことに間違い無いようだった。
「警察が来られたという事は、その間に、私たちは何か事件にでもかかわっていたんでしょうか?」
妻が心配そうな表情で訊いた。
「いえ・・そういう事では・・。」
一樹はどう答えてよいか判らなかった。正直にマリアの事を聞いても良いものか迷っていると、剣崎が口を開いた。
「すみません。・・あの、スーツケースは旅行に持っていかれたものでしょうか?」
「ええ・・そうですが・・まさか、・・やはり何か、麻薬の密輸とかそういう事に関係したんでしょうか。私たちは何も覚えていないんです。誰かにやらされたに違いないんです。」
妻は、かなり狼狽えて言った。
「ええ、そんな事だと思いますが、念のため、見させていただいても宜しいですか?」
剣崎はさも密輸事件に関与している雰囲気を醸し出して言う。
「ああ、構わんよ。私たちは無実だ。気の住むまで調べてくれ!」
山科史郎は何か開き直ったように言った。
剣崎はすっと立ち上がり、和室の隅に置かれていたスーツケースに近付くと、中身を調べるようなしぐさを見せる。一樹も仕方なくそれに付き合う。
剣崎が一樹に耳打ちする。
「サイコメトリーするから、二人の注意を逸らして!」
一樹は、山科夫妻の前に戻り、手帳を広げて、二人の旅行の経緯を訊き始めた。
その間に、剣崎はスーツケースに両手を当てて、神経を集中させる。
徐々に、剣崎の脳裏に映像が浮かんできた。

夫婦がバスから降りる光景だった。
後ろから、赤いチェックのワンピースを着たマリアが歩いて降りてきた。
降り立つと、すぐに、三人は、駅ビルへ向かっていく。
他の客も前後を歩いていた。もう深夜近くの時間帯で、バスを降りた客たちはそのままタクシー乗り場へ向かっていく。
コインロッカーの前に来た時、三人は急に立ち止まった。マリアの顔を見る老夫婦。マリアは小さく手を振り、その場所から離れていく。
そこで映像は終わった。

あまりに短い映像だったが、コインロッカーの前で、マリアが夫婦と別れたのは明らかだった。
剣崎は、夫婦と話をしている一樹の背を突いた。
「もう良いわ。」
剣崎は小さく呟き、立ち上がった。
「ご協力ありがとうございました。ご心配なく、重大な事件ではありません。駅で不審な人物が目撃され、長距離バスに同乗されていた皆さんの様子を伺っただけですから。」
一樹は言い訳にもならない様な事を話し、とにかく、山科夫婦に不審に思われないようにして、家を出た。
「コインロッカーまでマリアはあの夫婦と一緒だった。そこからどうしたのか判らなかったわ。」
剣崎は残念そうに言う。手掛かりが全くなくなってしまった。
「振出しに戻るしかなさそうだな。」
一樹はそう答えた。見上げると、東の方角に、富士山が見えた。夕日に照らされ赤く染まっている。
トレーラーに戻ると、亜美から連絡が入っていた。
「どうした?何か判ったか?」
すぐに一樹が亜美に連絡をした。
「生方さんからはまだ・・ただ、一樹に送ってもらった映像を何度も見ていてちょっと気づいたことがあったの。」
亜美はそう言うと、駅の監視カメラの映像を見るように言った。すぐに、アントニオが準備をした。
「バスから降りたところで一度停めてみて!」
亜美が電話口で言う。アントニオが画面を停止する。マリアの姿が僅かに判る程度だった。
「気になったのは、その後ろから降りてくる女性なの。」
映像を進めていく。マリアが降りた後、地味なスーツ姿の女性が降りて来る。大きなつばの帽子を被っていて顔までは判らない。一樹と剣崎もその女性を確認した。
「そこから、山科夫婦とマリアがカメラを横切るように駅ビルへ向かっているでしょう?そこにも、あの女性が映っているんです。」
「バスを降りて行く先はタクシー乗り場だから、偶然、一緒の方向だったんじゃないのか?」
一樹が言う。
「ちょっと待って!」
今度は剣崎が口を開いた。
確かに一樹が言う通り、殆んどの客は同じ方向を目指している。だが、その女性はどこか動きが違う。山科夫婦とマリアの少し後ろをついていくように歩いている。
そして、その後の映像に、一樹と剣崎は驚いた。
「どうして?」
そう言ったのは一樹だった。マリアが山科夫婦とともに静岡駅に降り立ったことを見つけたところで、すぐに剣崎たちに知らせるため、その後の映像を見ていなかった。
そこには、コインロッカーの前で、山科夫婦と別れたマリアが、その女性と一緒に、駐車場の方へ向かっていくところが映っていたのだ。
その上、女性とマリアは何か会話をしている。マニピュレーターの能力を使ったわけではなく、マリアとその女性は以前からの知り合いの様に見えた。
「この女性は何者なの?」
剣崎が亜美に訊く。
「判りません。顔認証できる映像がないんです。」

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