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4-1 十里木高原 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

十里木高原へ向かう途中、剣崎はずっと押し黙ったままだった。
一樹は、剣崎はいつもとは随分違って神経質に見え、何かに怯えているようにも感じられた。
「剣崎さん、何かあるんですか?」
一樹は思わず訊いてしまった。
そう訊かれて素直に打ち明けるタイプの人間でないことはとうにわかっていた。だが、どうにも我慢ならず、訊いてしまったのだった。
剣崎は、一樹をちらりと見たが、目を伏せ、やはり何も語らなかった。
十里木高原は、富士の裾野のある、愛鷹山の北の山間に位置しており、大型リゾート施設やゴルフ場などがあり、大きな観光地でもある。
その一角に、十里木高原の別荘地が開かれていた。別荘地は幾つかの区画に分かれていて、亜美が教えた住所地は、別荘地B区画のはずれに位置していた。
トレーラーでは動きづらいため、別荘地入り口にあるドライブインに停め、そこからは、カルロスの運転する車に乗り換えた。
閑静な別荘地と言えば聞こえは良いが、空地となっているところも多数ある。さらに、長年放置された建物もあり、辛うじて、道路だけは整備されていた。入口に管理会社の建物はあるが、無人になっていて、暫く使っていないように見えた。
道幅は比較的広い。私道の為か、舗装はあちこちで剥がれていて、応急処置したような跡が所々にある。外周道路と区画内に通じる道路が網の目のように繋がっていて、敷地内のあちこちに立っている看板で現在地を確認しないと迷子になりそうだった。外周道路の外側は、半ば原生林に近く、手入れも出来ていない為、倒木も見える。蔦が絡まり苦しそうな木々もあった。
外周道路からしばらく進み、A区画からB区画へ入る。A区画に比べ、どの家屋も大きく立派だった。
「ここのようですね。」
住所地には、コンクリートと石で造られた建物があった。
かなり古いようだが、頑丈そうな建物で、研修所にでもなりそうな巨大な別荘だった。外から見る限り、放置されたものとは思えない。玄関回りも庭も綺麗に手入れされている。垣間見える庭には、緑の芝生が広がっている。
入口の門も石作りで、「須藤」という名前が辛うじてわかる小さな表札があった。
「行きましょう。」
一樹が車を降りようとした時、剣崎が制止した。
「今は止めておきましょう。」
剣崎は、先ほどから何か苦しそうな表情を浮かべている。
「どうしてですか?ここまで来たんですよ!」
一樹は剣崎の言葉が信じられず、思わず大きな声を出した。
剣崎は、右手で頭を少し押さえながら、一息置いてから言った。
「もし、そこにマリアが居たとして・・・今の・・私たちに保護できると思う?」
少し息遣いも苦しそうだった。
「どういうことですか?」
「彼女にとって私たちは得体のしれない人間、警戒するはず。あの施設へ連れ戻される。そう思った時、彼女はどうするかしら?」
名古屋の事件を思い出せば、容易に想像できた。
自分で命を絶つか互いに殺し合うか、いずれにしても無事ではいられないだろう。命があったとして、山科夫婦の様に、一切の記憶を失ってしまうかもしれない。余りに無防備なのは明らかだった。
「しかし、彼女の所在を突き止めなければ・・。何か方法はないか・・。ここまで来て・・。」
一樹が悔しさを隠しきれずに言う。
「レイさんが居れば、きっと・・。」
と、剣崎もくやしさを隠さず言う。
「ワタシガイクヨ!」
運転席にいたカルロスが口を開いた。
「ダイジョウブ。ダイジョウブ。」
カルロスに特別な力があるわけではない。警戒され、命を奪われるようなことがあっても、それは自己責任。誰も悲しむ者はいない。何か起これば、そこにマリアがいることは明らかになると言いたげだった。
「ダメ!一旦、戻りましょう。」
剣崎は強い口調で言った。
車が動き出し、大通りに戻るため、一旦、山手の方へ向かった時、ちょうど須藤の別荘を正面から見る角度になった。芝生の広がる庭、そこに向かって大きく開いた窓があった。そこに、人影が確認できた。そこに、少女の姿があった。一樹は、その少女と目が合ったように感じた。
そのとたん、一樹は、頭の中に強い衝撃のようなものを感じ、「うっ」と声を上げて、のけぞった。
「いけない!」
剣崎が、急変した一樹に驚いて、肩を揺する。
「しっかりして!」
そういうマリアも随分つらそうな表情を浮かべている。
一樹の頭の中には、マリアの思念波が絡みついている。
一樹の意識は、今、幾つもの縄に縛られていた。そして、その縄は徐々に締まってくる。
息さえも出来ぬような感覚。
そして、繰り返し頭の中に響くのは、『あなたは誰?』という言葉だった。
抗おうとする一樹の意識は、さらに苦しく締め付けられる。
一樹は完全に意識を奪われている。

「カルロス!急いでここを離れて!」
別荘地から大通りへ出る道を急いで走り降りる。
何度かタイヤが鳴り、何とか別荘地を抜け、途轍もない勢いで通りへ飛び出してきた車は、そのまま、道路を横切り茂みに突っ込んだ。
ドライブインに停まっていたトレーラーから、アントニオが慌てて走り寄って来た。
「ボス!BOSS!」
アントニオがドアをこじ開け、剣崎を抱き上げ運び出す。一樹とカルロスが運び出された時、剣崎が目を覚ました。
「しっかりしなさい!」
剣崎は一樹の頬を打つ。
何度か頬を打たれて、一樹はその痛みで徐々に意識が戻ってきた。そして、大きく息をついた。
一樹がゆっくりと目を開ける。
目の前には剣崎の顔があった。
「やっと、気がついたようね。」
剣崎は、安堵の表情を浮かべた。だが、当の剣崎も、額や目から血を流している。
「カルロス、大丈夫?」
必死に運転していたカルロスは完全に意識を失ってしまっていた。
無意識のうちに運転をしたようだった。
「彼なら大丈夫!」
アントニオが介抱している。
「私は何とかバリアを作って意識を守れたけど、あなたたちまでは守れなかったわ。」
一樹はまだぼんやりとしていた。
頭の中に、小さな虫が入っているような、気持ちの悪い感覚が強く残っていて、自分が自分ではない様な、そんな感覚もあった。
「マリアはやはり力の制御ができないようね・・・。あそこにいるのは判ったけど・・。」
剣崎はそう言うと、マリアが潜む別荘の方角を見る。
アントニオが一樹とカルロスをトレーラーに連れて行き、休ませた。カルロスは比較的早く回復し、茂みに突っ込んだ車を動けるようにして、修理のため市街地へ戻った。
一樹は、まだ、マリアに操られているのか、ぼんやりとした表情で、ベッドに横たわっている。
剣崎は、暫く、ここで、マリアたちの動向を監視する事にした。

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