SSブログ
アストラルコントロール ブログトップ
前の30件 | 次の30件

3-10 第一の容疑者 [アストラルコントロール]

「凶器になった鉈から、指紋が検出されました。」
事件の捜査は、鑑識班の鑑定結果が出て、一気に動き出した。
また、周辺の聞き込みから、事件当夜、大声で怒鳴りあう様子と加茂善三宅から飛び出してきた男の目撃情報が出た。
指紋照合の結果、息子の加茂正が最有力容疑者として浮上し、重要参考人として任意同行を求める方向で捜査本部は動き始める。
「これほど確実な物証と目撃情報・・鵜呑みにはできないな。」
捜査本部の動きに、山崎は懐疑的だった。
「ええ・・しかし、これだけ確実な証拠が揃った状態で何もしないというのも、警察が議員に忖度していると世間からバッシングにあうでしょう。」
捜査会議の席で、隣に座っていた武藤が小声で応える。
「捜査課長は厳格な男だ。反対すればかえって決着を急ぎかねない。我々は様子を見るとしよう。」
山崎が呟くと同時に、捜査1課長が立ち上がって言った。
「加茂正に任意で事情聴取する!今回は、現場にいち早く到着した山崎班に任せる。ただし、相手は現職議員だ。マスコミに漏れないよう慎重に進める。良いな!」
片桐課長は、山崎の動きをけん制するかのように命令した。
「そう来たか。」
山崎は立ち上がり、「わかりました。」と答えた。
加茂正は現職の市会議員であるため、社会的信用を大きく損ねる恐れがあり、出頭を求める形ではなく、外部に漏れないようにして、秘密裏に事務所へ行く形で事情聴取することになった。
事情聴取には、五十嵐と林田巡査長が向かうことになった。
警察とは悟られぬよう、いつもとは違い、五十嵐は着飾り、林田もカジュアルな服装にして、大きな手土産の袋をカモフラージュにして陳情に伺う形で、事務所へ向かった。前日、事件について伺いたいと申し入れ、外部から悟られぬ形でならという事務所からの要請にこたえる形を取った。
駅前にあるビルの一角にある事務所には、加茂正氏と秘書の結城哲也氏が待っていた。
加茂正氏は、極めて不機嫌であった。
父が殺されたことだけではない、それ以前に父加茂善三氏が起こした交通事故の一件でも、世間から大いにバッシングされ、所属する議員会派から議員としての道義的責任を追及する声も出始めていて、窮地に立っていた。
その上、警察からの事情聴取となり、不本意極まりない状態だった。当初は、拒否姿勢を見せていたが、秘書の結城氏からの説得を了承してようやく今に至っていた。
「あの日は確かに親父と口論になりました。あれだけ運転するなと言っていたのに、あんな事故を起こして・・とにかく自分勝手な人でしたから・・。」
五十嵐と林田が席に着くや否や、正氏は強い口調で話した。
「それで?」と林田が訊く。
「頭にきて、好きにしろと怒鳴って、帰りました。」
「帰りは一人で?」と林田。
「ええ、だが、余りにも腹立たしくて、冷静になろうと、家を出てしばらく歩きました。」
「どれくらいの時間でしたか?」と五十嵐。
「いえ、それほど・・自宅から、公園までですから・・10分ほどでしょうか。」
「それから?」と五十嵐。
「迎えを呼んで・・ああ、そうだ、ここにいる結城に電話をして車で迎えに来させました。」
正氏がそう言うと、隣で結城氏が頷いて言った。
「時間などを確認したいのでしたら、ドライブレコーダーで確認できます。これが、データです。」
事情聴取の申し入れをしていたため、アリバイを証明する準備は完了していた。結城はさっとメモリーカードを差し出した。
「議員が車に乗り込まれた時の様子も映っているはずですから、確認してみてください。」
と、自信に満ちた表情で結城は言った。
「凶器の鉈からあなたの指紋が出たのはどういうことでしょうか?」
今度は五十嵐が、凶器の写真と検出された指紋照合の記録を見せて、訊いた。
正氏はしばらくその写真を見つめた後、戸惑いの表情を見せて答えた。
「確かに、これは私が使っている鉈だ。ただ,自宅に置いていたはずなんだが、どうして凶器に。」
「貴方が持って行ったんじゃないんですか?」と林田が少し強い口調で訊く。


nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

3-11 崩れた物証 [アストラルコントロール]

「議員、確か、あの時・・持っていかれたんじゃないですか?」
と結城氏が口を挟んだ。
「あの時?・・ああ、そうか・・確かにそうだ。2週間ほど前に、親父から薪割りを頼まれたんです。手足に力が入らないと言い出して、あの屋敷は、親父のこだわりで、風呂や暖房に薪を使うんで、私も実家にいたころにはよくやらされたものです。そのせいか、自宅にも薪ストーブを置いていて、薪割をしている。親父から頼まれて愛用している鉈を持って行ったはずです。」
五十嵐は、零士から夢で見た現場の様子を聞いていたため、加茂正氏が犯人ではないことは確信していた。加茂正氏の供述に矛盾はないと判断できた。
「苦し紛れのウソじゃないですか?二人で口裏を合わせているんじゃないんですか?」
何も聞いていない林田は、正氏の供述を否定的に聞いている。
その言葉を聞いて、正氏は少し苛立ち気味に答えた。
「親父が手足に力が入らないというんで、薪割をした。その時、そんな状態ならすぐに医者に行けと言ったんだ。それと、くれぐれも運転はするなとも。だが、親父は俺の言うことなぞ聞く耳を持たない。そのあとあの事故を起こした。被害に遭われた方には本当に申し訳ないと思っている。まあ、私だって迷惑している。だからと言って親父を殺すなどありえない。」
正氏は、思い出しながら話し、最後は交通事故の犠牲者への謝罪まで口にした。
「では、父親を殺すために鉈を持ち込んだのではないと?」と林田。
「当たり前だ。私が親父を殺すわけはない。確かに、自分勝手であんな事故を起こして許せない気持ちはあったが、今、議員としていられるのも親父の力だ。父親である以上に、議員としても尊敬していた。俺が殺す動機もない。」
正氏は反論する。
「状況と証拠から、今は、あなたが最有力の容疑者になっているんです。あなたではないという新たな証拠が必要になるんです。」
五十嵐が言う。
「とにかく、私じゃない。口論にはなったがすぐに帰った。その後、誰かが俺の鉈を使って親父を殺しんだ。」
「では、あなた以外に、加茂善三氏を殺す動機があるとすれば誰でしょうか?」
五十嵐が単刀直入に訊いた。
「さあ。なにしろ、剛腕でしたから。恨みなどいくらでも買っているでしょう。それに、あの頑固さで苦労させられた人も多いはずです。親父の周りにいた人間で動機のないのはほとんどいないんじゃないですか?・・ああ、そうだ。あの交通事故の被害者の・・。」
「議員!それはいけません。」
正氏が、それを口にした時、隣にいた結城が慌てて止めた。
「交通事故被害者の家族ですか。確か、奥さんと子供を亡くされたんでしたね。」
五十嵐が続けた。
「気持ちはわかります。私だって妻子が轢き殺されれば何をするか判らない。事故の補償はきちんと・・いや、保険の規定以上に支払っているんです。だが・・。」
正氏が口を濁すと、秘書の結城が口を挟む。
「誤解のないようにお話ししますが、事故の当事者は、善三氏です。罰を受けるべき人は議員じゃない。しかし、彼は、何度も事務所に来て、議員に謝罪と誠意を見せろと迫った。はじめは議員も対応していましたが、三度目からは私が対応することにしました。はじめのうちは補償額が少ないと言っていましたが、エスカレートし始めました。警察に相談しようと思いましたが・・実のところ、はじめに要求にこたえて、補償額とは別にお金を渡してしまった。議員の立場としては許されることではありませんから、脅迫を受けているとは通報しづらくて・・申し訳ありません。」
結城は頭を下げる。
「あいつはとんでもない奴だ。確か、無職でギャンブルに溺れているらしい。興信所を使って身元を調べた。亡くなった妻子もかなり辛い暮らしをしていたようだ。」
正氏はそう言うと、机の引き出しから興信所の調査所が入った封筒を取り出して、五十嵐達に見せた。交通事故被害者の家族と聞くと、愛する家族を失い悲痛な思いを抱えているものと思いがちだが、中にはこうした者もいる。
「私との交渉が思うようにいかないから、親父を脅しに行って、殺してしまった・・ということじゃないんですか。調べてみてくださいよ。」
正氏が、五十嵐達に言った。


nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

3-12 次の容疑者 [アストラルコントロール]

五十嵐達は、いったん署に戻り、加茂正氏への事情聴取について報告した。
「念のため、預かったメモリーカードを見てみます。」
林田はそう言って、メモリーカードを五十嵐から預かり、パソコンを開いた。
「正氏の話からすると、犯人は正氏を犯人に仕立てるために、あの鉈を使ったということですね。」
五十嵐が山崎に言う。
「まあ、そういう小細工をしたと言えるんだが・・。」
山崎は何かこの事件にはもっと深い闇があるように感じていた。
「加茂氏親子に恨みを持つ人間ということでしょうか?」と五十嵐。
「その可能性が高い。もう少し、加茂親子の近況を調べておく必要があるな。」
「ええ、射場さんが夢で見た男はためらいもなく一撃で善三氏を殺していました。かなり計画的に事を進めたのは間違いないでしょうね。加茂氏親子に関する情報を集めてみます。」
五十嵐がそう答えたとき、パソコンを睨みつけるように見ていた林田が声を上げた。
「山崎さん、これを見てください!」
林田はパソコンを抱えて、山崎のところに来た。
「正氏は、確かに、迎えに来た結城の車に特に慌てる様子もなく乗り込んでいました。しかし、その後です。」
林田はそう言うと、映像を少し進めた。
「ここです。」
ドライブレコーダーが映している画面の中に人影が動いているように見えた。
「誰かいるようだな。」と山崎。
「ええ・・ちょっと映像を拡大します。」
林田が起用にマウスを使って問題の映像を拡大し、フィルターをかけて映っている人影を際立たせたあと、映像を再生する。
確かに、暗闇の中、ぼんやりと照らす月明りに浮かんで、人影があった。そして、その人物はひょいと通りを渡り、加茂氏の邸宅の門前に立った。それから、周囲を何度も見回してから、門の中に入っていった。その後、結城氏の運転する車は発進し、該当の場所は映っていなかった。
「加茂正氏が帰った後、誰かが忍び込んでいる・・ということでしょうか?」
林田が山崎に確認する。山崎はチラッと五十嵐を見た。その視線は、この人物は犯人ではないと聞きたげだった。
「正氏が善三氏と口論になり怒って家を出たというのを信用するなら、この男が、善三氏を殺害した可能性が高い。・・そうですよね。」
林田は、犯人を見つけたと躍起になって話す。
「誰なんでしょう?」
林田が訊いた。
すると、武藤が事件の詳細が書かれたホワイトボードに視線を向けて、関係者の写真を見る。
「たぶん、こいつだろう。」
指さしたのは、交通事故の被害者の夫、伊藤順次だった。
「正氏も、結城氏も、こいつに脅迫されていたと話していたんだろ?きっと、金をせびりに言って相手にされず、鉈で殺した。そういうことじゃないか?」
「まあ、物証的にはそういう可能性も考えられるが・・。」と山崎が答える。
「どうしたんです?山崎さんらしくないですね。いつもなら、すぐにこいつを引っ張ってこいっていうところでしょう。」
武藤は少し釈然としない様子で山崎に言った。
「ここに映っているからと殺した証拠にはならないということだ。」と山崎。
「そうですが・・とりあえず、こいつを調べてみましょう。」
すぐに、武藤と林田が、交通事故被害者の夫、伊藤順次のアパートに向かった。
自宅であるアパートは留守だった。
隣の住人から、近くの雀荘ではないかと聞き、向かうと、情報の通り、伊藤順次は麻雀荘の一番奥の席にいた。羽振りのよさそうな男たちと卓を囲んで上機嫌だった。
林田が先に入り、伊藤に声をかける。
「伊藤順次さんですね。」
「はあ?お前、誰だ?」

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

3-13 取調室 [アストラルコントロール]

「警察です。少しお話を伺いたいんですが・・。」
林田がそう切り出すと、伊藤順次はいきなり、卓を押し倒して走り出した。
そして、狭い店内のいくつかの卓を囲んだ男たちを押し倒すようにしながら、出口へ走った。
「はい、公務執行妨害の現行犯だ!」
出口で待っていた武藤が伊藤を壁に突き飛ばして逮捕した。
署に戻ると、取調室で武藤と林田が伊藤に向き合っていた。
「あれだけ派手に騒いだんだ。今日は留置場に泊まってもらうほかないな。」
林田はあきれ顔をして言った。
伊藤は、返答もせずに、椅子に座り天井を見上げていた。
「おとといの夜はどこにいた?」と林田が訊いた。
「おととい?多分、雀荘だ。オーナーに訊いてもらえばわかるさ。」
吐き捨てるように伊藤は答える。
「加茂善三氏が亡くなったのは知っているか?」
武藤が試すように訊く。
「ああ、ニュースで見た。頭を割られて殺されたってなあ。自業自得だろう?あんな事故を起こしておいて、補償さえすれば済むなんて言ってる奴だったから、天罰だ。」
伊藤は笑みを浮かべて答えた。
「お前じゃないのか?」
林田がきつい口調で訊いた。
「なんで俺が?妻や子を殺されたって恨んではいるが、殺すほど愚かじゃない。」
「殺してしまえば、金が手に入らないからか?」
「関係ないだろ!」
伊藤は明らかに動揺していた。
「補償額では満足できず、善三氏や息子の正氏にも金をせびりに行ったんだろう?」と武藤が訊く。
「人聞きが悪いことを言うな。誠意を見せてくれと言っただけだ。そしたら、金をくれた。ああいう金持ちの誠意というのは金だけなんだ。謝罪の言葉さえないんだぞ。腐ってる奴らさ。」
「そうじゃないだろ?金をせびりに行って断られ、かっとして殺したんじゃないのか?」
武藤がさらに追及する。
「おいおい、こっちは被害者なんだ。妻や子を殺され、これから俺は一人で生きなきゃならん。それなりに補償があったってなあ。一生困らないくらいじゃなくちゃ。」
「お前は無職でギャンブル狂い、奥さんが必死に働いて何とか生活をしていたのはわかってるんだ。お前からすれば金づるを無くして、加茂氏を脅迫したんだろうが、それもれっきとした犯罪なんだ。じっくり調べてやるからな。」
武藤は、ネクタイを緩めて、椅子に座りなおした。
「もう一度訊く。おとといの夜はどこにいた?」
「だから、雀荘だって。」
「ほう・・じゃあ、これは誰だ?」
林田は自分が発見したドライブレコーダーの映像を伊藤に見せる。
伊藤の顔色がみるみる変わっていく。
「これはお前だな。加茂善三氏の家に入っていったよな。」
武藤が訊く。伊藤はしばらく目を伏せ口を噤んでいた。
「なんとか言えよ!」
武藤が机を叩いて脅すように言う。
「俺じゃない!俺じゃないんだ!」
悲痛な叫びのような声が取調室に響く。武藤と林田は反応せずじっと伊藤を睨みつけていた。
「確かに、あの日、加茂の家には行った。金を受け取る約束だった。だが、一向に連絡をよこさないんで、尋ねて行った。」
「金を払わないのに頭にきて殺したんだな。」と武藤が言う。
「そうじゃない。俺が部屋に入った時、もう死んでいた。鉈で頭を割られて・・。そしたら、外でパトカーのサイレンが響いた。このままじゃ、犯人にされると思ってすぐに逃げたんだ。何も触っちゃいない。信じてくれ。俺じゃない。」
伊藤はそう言いながら涙を流している。
山崎が隣室から一部始終を見ていた。そしてぼそりと呟いた。
「奴はホンボシじゃないな。」

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

3-14 アストラルの能力 [アストラルコントロール]

「射場さんの中にあった残骸の思念波にようやくシンクロできました。」
レイは、伊尾木が見つけた思念波の残骸に何度もシンクロして、ようやく手がかりを掴んでいた。
「やはり、この近くで同じ思念波を感じます。・・でも、かなり弱くなってる。」
レイは目を閉じたまま、すっと立ち上がり、思念波を感じる方角に向いて立った。
「とにかく、感じる方向へ向かいましょう。」
剣崎がレイに言うと、トレーラーを出た。
マリアもレイが感じている思念波が判るようになってきた。
『この先だ』
伊尾木が思念波で皆に伝える。
『ここだ』
そこは、零士が立ち寄る喫茶店だった。皆、店の中に入る。店内に客はいなかった。
「いらっしゃいませ。」
カウンターの向こうに、白髪交じりのマスターらしき人物が座って迎えた。
「ようやく、いらっしゃいましたね。」
マスターは剣崎たちが来ることを予見していた。
「さあ、どうぞ。私に訊きたいことがたくさんあるでしょう。まあ、座ってください。今、おいしいコーヒーを淹れますから。」
アストラルコントロールをして、零士を命の危機にさらした人物とは思えない柔らかい物腰だった。
マスターは、コーヒーを運んでくると隣の席に座った。
その間、レイは、シンクロしているマスターの思念波の中に入り込もうとしたが、バリアされていて入れなかった。
「さて、どこから話しましょうかね。」
マスターに焦りは感じられない。
「あなたが射場さんを操っていたのは間違いないですね。」
はじめに、剣崎が訊いた。
「ええ、そうです。彼の思念波はシンクロしやすかった。」
事も無げにマスターは答えた。
「何のためにあんなことを。射場さんの命を奪うかもしれないとわかっていたんでしょう?」
今度はレイが訊いた。これにはマスタは少し考えていたが、
「簡単に言えば、正義のためです。射場さんの命を危険にさらすことはわかっていましたが、彼もある意味では罪人です。殺人や不倫、不正不祥事、そういうのをネタに人のプライベートに入り込み、知られたくないことも容赦なく暴いていた。結果、随分多くの人を傷つけ、中には精神を病んでしまった人もいる。」
「正義?殺人事件を起こして、それを射場さんに解かせて・・全く意味が分からない。」
剣崎が、腹立たしさを言葉にした。
「殺人事件を起こしたのは私じゃない。殺人犯を見つけるために協力しているだけですよ。」
マスターが答える。
「あなたが、彼らを操って殺人事件を起こしたんじゃないの?」
レイが訊いた。
「当たり前でしょう。殺人事件を起こす側なら、なぜ、その犯人を暴く必要があるんです。そちら側にいるのなら、徹底的に隠し通す。いや、完全犯罪にすることだってできるんですよ。」
「しかし、射場さんは必ず殺人現場にアストラルされていたじゃないですか?殺人事件を企てる者にしかわからないはず。あなたが彼らを操っているんじゃないの?」
予想していた答えとは真逆の内容に、剣崎も驚いて訊いた。
「剣崎さん、そんな単純なことじゃないんですよ。これは、日本の闇に関わることなんです。事件などは単なる事象に過ぎない。だからこそ、あなたたちがここへ来るように仕向けたんです。これ以上は、私の能力ではどうしようもないんです。」
マスターが答える。
「ここへ来るように仕向けた?」
「ええ、そのために、射場さんを使い、五十嵐さんや山崎さんに繋いだ。そして、その情報を特殊犯罪対策課がキャッチできるようにもしたんです。もっと早く来ると思っていたんですが・・最初の殺人事件の直後には会えると思っていたんですが・・。」
一連の話を、マリアの体の中にいる伊尾木はじっと聞いていた。

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

3-15 スパイダー [アストラルコントロール]

『そうか・・思い出した・・・お前は・・。』
伊尾木が思念波を発して言った。
「ようやく気付いたようですね。伊尾木さん・・いや、ナンバー12。」
マスターが、伊尾木に向かって言った。
『お前はナンバー5、通称、スパイダーだな。たしか、シンクロとアストラルの能力を持っていた。だが、死んだと聞いていたが。』
「ええ、死んだことにしました。ちょうど、中東の紛争に送り出されて、作戦を遂行する前に、姿を消したんです。たしか、レヴェナントとか呼ばれていると聞きましたが・・。」
レヴェナントという言葉に、剣崎が体をビクッとさせた。
サイキックソルジャーとして、各国に派遣された者が様々な作戦に派遣され、失敗すれば存在を消される。ただ、それを逃れた者たちが、F&F財団の壊滅のための抵抗組織を結成した。それをレヴェナントと呼び、剣崎は、レヴェナントを追うチェイサーであった。だが、レヴェナント組織は壊滅したはずだった。剣崎の記憶からもほとんど消し去ろうとしていた名前だった。
「まだ残党がいたっていうこと?」
剣崎は動揺を抑えきれないままマスターに訊いた。
「いえ、私はレヴェナントにはなりませんでした。そもそも、こんな能力を持ったことを後悔しているんです。平凡な人生を送りたかった。姿を消して、しばらくは、シリア国境近くで、現地の人たちに紛れ、息をひそめて生きていました。・・しかし、組織はチェイサーを送ってきました。」
剣崎は鼓動が高まる。
「それでも何とか逃げ延びて、インド、中国を経て日本へ着いたのは、まだ2年ほど前です。」
いろんな苦労があったことは想像できた。
じっと話を聞いていた伊尾木が不意に言った。
『まさか、君も・・。』
「ええ、そうです。すでに自分の体は失くしました。チェイサーとの闘いで体はボロボロになり、捨てたんです。そこからは、伊尾木さんと同じ。今は、このマスターの体を借りているところです。」
マスターはそう言った。
「私たちのことはどこで?」と剣崎が訊く。
マスターは、小さく笑みを浮かべて答えた。
「ここにいるといろんな客が来ます。特殊犯罪捜査室の方もここへ来られたんです。私にはシンクロ能力がある。ちょっとその人の意識とシンクロしたら、剣崎さんやレイさんの情報を知ることができた。その時は、嬉しさと驚きと恐怖が混ざったような複雑な感じでしたね。」
「その時から今回のことを?」と剣崎。
「いえいえ、今回のことは偶発的なことです。客の一人が何とも言えない恐ろしい思念波を発していました。レイさんならわかると思いますが、悪事を働く人間には固有の思念波ができる。それを感じたんです。」
レイは、マスターの言葉を聞いて小さく頷いた。
「そいつは何度かここへ来ました。いつもパソコンを開いていて、時々、気味の悪い笑みを浮かべていました。ずいぶん気になったので、一度シンクロして意識を覗いたんです。意識の中で見つけたのは、本田幸子さんが起こした事件でした。正確に言うと、本田幸子さんに事件を起こさせるシナリオだったんです。」
皆、マスターの話に引き込まれていく。
「あの事件はそいつが描いたシナリオに沿って実行されたということなの?」と剣崎が訊いた。
「ええ、そうです。」とマスターは答えた。
「本田幸子がシナリオを彼に依頼したということなの?」
剣崎がさらに訊いた。
「いえ、違います。本田幸子さんがあの事件を起こすように巧妙に仕組まれていたんです。だから、射場さんをアストラルして現場の様子を見させた。事件の真相にたどり着けるようリード役をやれにやってもらったというわけです。」
「しかし、シナリオを描いた人間も、書かせた人間も結局捕まらなかった。」
レイが言う。
「ええ、その通りです。警察もそのことには気づいているようですが、確たる証拠がない。何より、本田幸子さんが、片岡優香さんを殺したいという思いは真実だからです。誘導されたとは思っていない。それほど巧妙なシナリオだったんです。」
一連の事件の深部がようやく見えてきた気がしていた。

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

3-16 意識世界 [アストラルコントロール]

五十嵐は、零士のアパートにいた。
零士は一時の危険な状態は脱したものの、まだ完全な状態ではなく、ベッドに横になって眠っているようだった。
「大丈夫?」
五十嵐は、零士の顔を覗き込み、囁く。
ふっと零士が目を開け、「ああ」と吐き出すように呟いた。
「事件は?」と零士が訊いた。
「捜査本部は、残された凶器から指紋が検出されて、殺された加茂善三氏の息子、正氏を第一の容疑者にしたの。私が聴取したわ。それから、善三氏が交通事故を起こした相手の夫、伊藤順次を次の容疑者として事情聴取をしたの。どちらも殺害は可能で動機もある程度はあるけれど、決め手がないまま。振出しに戻ったというところかしら。」
五十嵐は、零士が見た夢のことを考えれば当然の結果だとわかっていて、少しげんなりしたように言った。
零士はそれを聞いていて、ふと思い出したことがあった。
「犯人は、正氏から出て行った直後に、迷いもなく鉈を振り下ろした。突発的なことじゃない。かなり周到に計画していたはずだ。凶器の鉈を使ったのも、正氏を犯人にするつもりだったはずだ。加茂親子に恨みがある人物だと思うんだが・・。」
「捜査本部も、同じような考えで、加茂善三氏の周囲を再捜査しているわ。」
「鉈で頭を割るのはそれ程容易いことじゃない。かなり使い慣れた人物じゃないだろうか?」
「そうなると、やはり、正氏が疑わしくなるわ。あの鉈は、正氏が日ごろから使っていたものらしいから。数日前に、善三氏に頼まれて、薪割りをしたと供述しているのよ。」
「そうか・・。」
零士は、横になったまま、天井を見つめていた。
「伊藤順次が容疑者になったのはなぜ?」と零士が訊く。
「ドライブレコーダーの映像に、伊藤順次が加茂邸に入っていくのが映っていたの。時間的には、殺された時間と一致するらしいわ。脅迫していてお金をもらう約束だったと供述しているわ。」
「いや、彼は犯人じゃないだろう。殺されたのは正氏が部屋を出てすぐだった。伊藤順次が家に入ってくれば正氏と鉢合わせになるはずだし、時間のずれがある。」
「もう一人、誰かがいたということよね。」
「ああ、おそらく、犯人は、正氏が家に来る前から潜んでいた。そしてタイミングを見計らって殺害した。そして、次に、伊藤順次が来ることも知っていたのかもしれない。」
「二人の行動を知っていたということ?」
「ああそうだ。いや、そうなるように二人に仕組んだのかもしれない。」
「そんなことできる人間がいるのかしら?」
二人はそこで沈黙した。
零士は、五十嵐との会話を頭の中で整理していたが、徐々に疲れを感じ始めていた。
「少し休んで・・私は、捜査本部に戻るわ。」
五十嵐がそう言って立ち上がる。
「無理しないでね。」
「ああ・・。」
五十嵐がドアを出ていくと、零士は少し眠った。
不意に、頭の中に何かいるような感覚がした。あの夢の世界へ入り込む感覚とは違う。意識の中で、零士はその何者かを探り当てようとした。脳の中ではなく自分の意識世界の中。夢とは違う、広く真っ白な空間で、小さな光のようなものが遠くにいる。異質ではあるが、決して敵対するものではなく、自分の存在を支えてくれているような感覚だった。
「なんだ?」
意識世界の中で零士が言葉を発した。
小さな光が点滅して返事をしたような気がした。
「アストラルコントロールの正体か?」
再び零士が言葉を発する。小さな光は、それには反応しなかった。
しばらくすると光は徐々に大きくなり、零士の意識世界を満たしていく。何か、安心感のようなものが広がり、零士は深い眠りについた。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

3-17 痕跡 [アストラルコントロール]

捜査は難航していた。捜査本部の片桐課長は机を叩く。
「加茂正、伊藤順次、いずれかが犯人に違いない。もっと、確実な証拠を見つけるんだ!」
居並ぶ捜査員は、大半が犯人は別にいると思い始めていた。課長の声に比べて、反応は鈍い。
山崎、武藤、林田、五十嵐の四人は、そっと捜査本部の会議室を出て、自分たちの部屋に戻った。
「片桐は、一度言い出したら他の人間の意見を聞かないからな。」
部屋に入るなり、山崎が言った。
片桐は山崎と同期だったが、昇進試験を突破して今の地位に就いた。もちろん、これまでにいくつもの難事件を解決してきた実績もあり、皆、当然だと思っていたが、時折、独善的になるところがあった。今回の事件では、それが悪い方向に出ていると山崎は思っていた。
「どうします?」と武藤が山崎に訊いた。
「犯人は別にいる。そうだな、五十嵐!」
山崎が不意に言った。
「ええ、あの二人ではないと思います。正氏はあえて自分の指紋の残る鉈を凶器に使う意味がありません。それに、伊藤順次も、殺すことで何の利益もありません。・・加茂善三氏を殺し、正氏を容疑者に仕立て、さらに、伊藤順次にまで疑いが向くように仕向けた人物がいるはずです。」
五十嵐はきっぱりと言った。
「第三の人物がいたとすると、きっと何か痕跡を残しているはずだ。もう一度、現場を調べる。武藤と林田は現場へ行け。五十嵐は、加茂善三氏と正氏の人間関係をもう一度洗いなおせ。」
山崎が言うと、武藤や林田、五十嵐がさっと部屋を出て行った。
加茂邸に着くと、武藤と林田が事件現場以外の場所もくまなく調べ始めた。
「例えば、身を潜めるならどこだ?」
武藤は屋敷の中を見回して呟く。加茂邸は豪邸だった。幾つも部屋があり、長い廊下、土間、昔ながらの台所があり、どこにでも隠れられそうだった。
「正氏が帰ってから、伊藤純次がここへ来るわずかな間に、善三氏を殺して、気づかれずに逃げる出すことができるだろうか?」
林田は土間や外へ続く出入口辺りを調べながら呟いた。
二人はいろんなシチュエーションを想定しながら、真犯人の行動を考え、怪しいと思うところを丁寧に調べた。
邸宅の裏口に二人が行くと、何か不自然さを感じた。
「なんだ、これ?」
それは、裏口の戸口だった。一か所だけ妙に光っている。ライトを照らしてみると、他と色合いが違う。武藤が鼻を近づけて臭いをかいでみると、かすかだが血の匂いを感じた。
「すぐに鑑識を呼ぼう。」
武藤がそう言って戸口を開ける。
そこには、竹藪が茂っていた。戸口を左に出れば、表通りに出られる。竹林の中に人が歩いたような形跡を見つけた。その先を見ると、裏道がわずかに見えた。
「ここから逃走したのかも。」
林田が足を踏み入れようとしたが、武藤が止めた。
「鑑識が来るまで触れない方がいい。それより、あの裏道へ回るぞ。」
武藤と林田は、一度邸宅の裏口から表通りに出て、竹林を目印にぐるりと屋敷を回った。真裏にやや狭い道路が走っていた。
「ここに車を止めていて、逃走したようだな。」
周囲をくまなく調べてみると、道路の中央あたりに、ぽつりと黒いシミのようなものがあった。
「これは・・。」
「おそらく犯人の衣服に付着していた血液だ。鉈で頭を割ったのだから、返り血を浴びていても不思議じゃない。やはり、真犯人は別にいるようだな。」
武藤が言う。しばらくすると鑑識班がやってきた。すぐに、裏口や竹藪の中から、被害者、善三氏の血液型と一致する血痕だと判明した。
「凶器の指紋、ドライブレコーダーの映像に、囚われすぎていたようだな。もう少し、慎重に事件現場を見なくちゃいけない・・。」
武藤が呟く。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

3-18 情報拡散 [アストラルコントロール]

そのころ、捜査本部が急に慌ただしくなっていた。
「本部長、大変です。SNSで、加茂正氏が父親を殺したという記事が拡散しています!。」
「どういうことだ?慎重に捜査をしたんじゃないのか?山崎を呼べ!」
捜査本部の片桐課長は顔を真っ赤にして怒鳴った。
すぐに山崎が来て、事情を確認した。
「私の知る限り、五十嵐たちの捜査は外部から気づかれるようなものではありませんでした。」
「じゃあ、なぜ、こんな記事が出るんだ!」
片桐課長は怒りが収まらない。こうした記事が出ないよう、事情聴取を訪問客のようにカモフラージュして行うと加茂正氏と約束を取り付けたのが片桐課長だった。自分の面目をつぶされたことに怒りが沸いているだけだった。
「判りませんね。ですが、こんな情報で我々警察を煽ったところで、捜査に影響はしませんよね。」
「もちろんだ。」
「これはきっと、何か別の意図があって・・例えば、真犯人が捜査を混乱させようとか、正氏を陥れようと狙ってやったことじゃないんでしょうか?むしろ、こうした情報の出元を探っていけば真犯人にたどり着けるのかもしれません。まあ、これで、加茂正氏が犯人ではないことが証明されたようなものですが・・。」
山崎は、片桐の怒りの矛先を別の方向に向けるように回答した。
片桐課長は返す言葉を失い、椅子にドカッと座り込んだ。
その時、捜査本部にいたほかの捜査員たちの空気が変わった。
「おい、すぐこの記事の発端になった投稿を調べるぞ。」
「ああ、おそらく、裏アカだろうから、特殊犯罪捜査室にも連絡して協力してもらおう。」
「新聞社や週刊誌あたりにも、情報提供を頼んだらどうだろうか。」
片桐課長の指示とは違う方向に動き始める。
同じころ、五十嵐は、駅前のビルの1階にある、正氏の事務所に向かっていた。
事務所に近づくと、人だかりがしている。テレビカメラを抱えたクルーも見えた。
五十嵐は、スマホを開いてみた。こういう時は必ず、速報記事が出ている。
「どういうこと?だれがこんな・・。」
表は報道陣が集まりとても近づけそうもない。
五十嵐は、正氏の事務所の隣の雑貨店に入った。表の騒ぎのせいで雑貨店には客の姿はなく、店主が呆然と通りを見ていた。
「すみません。」
五十嵐はそう言って、店主に警察バッジを見せる。
「やはり、正さんが犯人なんですか?」
正氏と同じくらいの年齢の店主が不安げに訊いた。
「捜査中なので、ハッキリしたことは言えませんが、おそらく、誰かの陰謀で犯人に仕立てられただけだと思います。それより、裏口は?」
「そこですが・・。」
「隣の事務所に行きたいんですが、通じていますか?」
「ええ、裏口から出ると、隣の裏口があります。改装の下限らしいんですが、ここと隣だけが行き来できるようになっています。」
「ご協力、ありがとうございます。・・ああ、このことは、くれぐれも内密にお願いします。正氏を逮捕に来たわけじゃなくて、彼の無実を証明するためですから・・」
「わかりました。」
五十嵐は店主に礼を言い、裏口から隣の事務所に入った。
裏口から入るとそこは倉庫になっていた。狭い通路を通り抜けると、事務所だった。外部から見られぬように、厚いカーテンで窓が塞がれ、室内は薄暗かった。
その中で、事務員らしき若い女性が席に座っていた。事務員の女性は、外の喧騒には無関心といった様子で、ぼんやりとパソコン画面を眺めていた。
「失礼します。」
五十嵐がドアを開けて入る。
がらんとした事務所に彼女一人、机は4台、田の字に並んでいた。少し離れた場所に大きな机。隣室が議員の部屋。以前に聴取に訪れたとき、すぐに議員の部屋に通されたため、事務所内をじっくり見ていなかったが、それでも、あれから数日でなんだかずいぶん変わった印象を受けた。

nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

3-19 事務所 [アストラルコントロール]

「あの、五十嵐と申します。」
そう言って、警察バッジを見せる。女性は一瞬戸惑いの表情を見せた。
「加茂議員は?」と聞くと「父は不在です。」と素っ気なく女性は答えた。
「えっ、父って、あなたは娘さんなの?」
「ええ、加茂静香です。大学を出てもなかなか就職が決まらなかったんで、ふらふらしてるなら手伝えと言われて・・ほとんど電話番くらいですけど。」
「そう、・・で、どちらに?」
「自宅も事務所も大変な騒ぎになったようで、早朝には、別荘へ行きました。」
「他の方々は?」
「秘書の結城さんも一緒に、別荘に行かれました。」
「この事務所は議員と結城さんとあなただけですか?」
「いえ、ほかにも二人・・いえ、一人。結城さんから自宅待機と命じられたので、来ていません。」
「そう・・。」
加茂静香が、言い換えたことがちょっと気になった。
「二人じゃなく、一人って、以前はもう一人いたんですか?」
加茂静香は少しためらいがちに答える。
「ええ・・そうなんですけど・・・少し前に辞めました。」
その言い方がまた引っかかった。
「辞めた理由をお聞きしてもいいかしら?」
「結城さんとちょっと揉めて・・詳しくは聞いていませんが、何か深刻そうでした。」
こうした議員事務所で秘書や事務員が揉めるというのは、大抵の場合、金に絡んだ問題だ。
「それで、辞めた方は?」
「そのあとすぐに連絡が取れなくなって・・行方不明。」
「大変ね。」
「その話はしないようにと、結城さんから厳しく言われています。」
秘書の結城とは、聴取の時に初めて会った。
実直そうで、正氏よりも頭が切れるという印象だった。正氏は2世議員である。父、善三氏が長く市議を務めた後、引退に際して地盤を受け継いでいた。正氏は、父善三氏以上に、議員として活躍し、次の選挙では県議にという勢いだった。当然、市議の地盤は、子息へ引き継がれるはずだが、正氏には娘しかおらず、結城氏が後継者と目されていた。
今回の事件はもしかしたら、事務所内の揉め事と関連しているのかもと、五十嵐は考えた。
「結城さんはどんな方?」
「あの人は、父の友人で、前の選挙の時から事務所に入って秘書になった方です。以前は、東京にいらした様ですが・・私はあまり詳しく知りません。頭は良いんでしょうけど、ちょっと冷たい感じで、あまり好きではありませんでした。」
個人的な感情を聞いているつもりはなかった。だが、確かに事情聴取の時、五十嵐も同じような印象を持っていた。
「あの・・父が本当に祖父を殺したんでしょうか?」
心配するはずの言葉なのだが、そんなふうに感じられない。
「おそらく真犯人は別にいるわ。」
「そうなんですか・・でも、あの二人ならそういうことがあってもおかしくないって思っていたから。まあ、これで、気楽に生きていけそうで、ちょっとほっとしていたんですけど・・。」
加茂静香の言葉が妙に気になって、五十嵐がどう答えてよいか戸惑っていると、
「気にしないでください。祖父も父も大嫌いでしたから。私も、いずれ父の跡を継ぐように言われていて、このままだと、次の選挙に立候補させられそうだったんで・・ほっとしているんです。」
「殺人者の家族という問題のほうが大きいとは思いますけど・・。」
「そうですか?政治家の家に育ったことも、大して変わらないように思いますけど・・。」
加茂静香は政治家の家系に生まれたことを随分恨んでいるような口ぶりだった。
「あの、別荘の場所を教えていただけるかしら?」
五十嵐が訊くと、加茂静香は、メモ用紙に住所をさらさらと書いて渡してくれた。
事務所からさほど遠くない場所だった。
「ありがとう。あなたもこんなところにいない方がいいんじゃないかしら?」
「そうですね。ここにいてもどうしようもないですね。」
五十嵐は、加茂静香とともに、裏口を出て雑貨店に戻り、気づかれぬようにその場を後にした。

nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

3-20 自殺偽装 [アストラルコントロール]

五十嵐は、加茂静香と駅前で別れて、すぐに、加茂の別荘に向かった。
「父の別荘じゃなく、結城さんの別荘なので、たぶん、報道陣は来ていないと思います。」
別れ際に、加茂静香が教えてくれた。
いったん署に戻り、山崎に事務所の様子を報告し、すぐに、山崎と五十嵐が別荘へ向かった。
「無事だと良いんだが・・。」
山崎が運転しながらぼそりと呟いた。
「どういうことですか?」と五十嵐が訊く。
「どうやら、あのSNSの発信元は、秘書の結城のようだ。」
「結城?」と五十嵐が言った。
「ああ、捜査本部の連中が情報を集めた。特殊犯罪対策室の協力もあって、色々と判った。ああ、剣崎さんたちも探ってくれたんだが・・。」
剣崎の名を聞いて、五十嵐は、ふっと零士のことを思い出していた。あれから回復したのだろうか、また、アストラルコントロールをされていないのかと心配になった。
山崎がハンドルを握りながら話をつづけた。
「結城は、どうやら、彼は加茂善三氏の子ども・・いわゆる妾の子だったようだ。その縁で、善三氏が議員時代に、事務所に入ったようだ。」
「結城が、善三氏の?」
「ああ、当初は、結城が善三氏の後継者と目されていたようだが、正氏が地盤を継いで議員になった。それに、次の選挙で正氏は、県会議員に出る予定で、市議は結城へという目論見で動いていたんだが、善三氏が反対した。孫娘に市議にしろと言っていたようだ。」
「じゃあ、結城氏は、秘書のままということに?」
「そうなるんだが・・どうもそのあたりがよくわからん。もう少し何かあるようなんだが。」
山崎は短期間のうちに結城についてかなり調べたようだった。
「あの事務所には、ほかにも職員がいたようなんですが・・何か、結城と揉めていたらしいんです。お金に関わることじゃないかと・・。」
「やはりそうか・・。SNSで正氏の件が拡散したと同時に、結城が事務所の金を横領し暴力団に流しているという書き込みも出回っていた。」
「事務所を辞めた職員かもしれません。」
山崎の運転する車が結城の別荘に近づいた。
「結城はどうするつもりでしょうか?」
「わからないが、正氏をマスコミから匿うことが目的ではなさそうだな。もしかしたら、正氏を殺害するつもりかもしれない。急ごう。」
同じころ、射場零士は、また夢を見ていた。
見たことのない風景だった。そこには、男が一人、ソファに座っていた。
「一体どうなっているんだ!」
そう叫んだのは、加茂正氏だった。
零士は、あの殺人事件で、殺された加茂善三と言い合いになっていた男だったことを思い出した。
苛立ちは半端ない。目の前にある灰皿を壁に投げつける。そこらにあるものに当たり散らし、部屋の中はまるで嵐が通過したような状態になっていた。
リビングの扉が開いて、男が一人入ってくる。
「結城!どうしてあんな記事が出た?手を打っていたんじゃないのか。」
怒鳴り散らす声に、入ってきた男は何の反応も見せず、すっと正氏に近づくと、持っていた太いロープを正氏の首に巻き付けた。
「な・に・・を・・」
正氏は抵抗しようともがいたが、男は背後に回り背負い投げの要領で力いっぱいロープを引く。グキッという鈍い音がして、正の体の力が抜けた。絶命していた。男は、そのまま正氏を背負って、隣室へ入る。大きなログ風の別荘。隣室には、自然木を使った太い梁がある。すでに、そこに太いロープをかけてから、正氏の体を持ち上げると首を入れた。それから、男は静かに部屋を出て行った。
一部始終を、零士は見ていたが、急に、意識が遠のいていく感じがした。そして、目の前の光景がぼんやりとしはじめ、周囲が暗くなってきた。
『しっかりしろ!』と、どこかで声が響いた。
『誰だ?』と零士も、意識の中で訊くと、『大丈夫だ。さあ、戻ろう。』と聞こえたような気がした。その声で、零士は目を覚ました。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

3-21 踏み込む [アストラルコントロール]

山崎と五十嵐は、結城の別荘に到着した。インターホンを鳴らしたが返答はない。大きなガレージには車はなかった。山崎が門を開けて、中に入る。玄関には鍵が掛かっている。仕方なく、ガレージを抜けて、庭に入ってみた。部屋の明かりはついている。山崎と五十嵐は、中の様子を確認しようと、窓に近づいてみた。
「あっ!」
五十嵐が、リビングの大きなガラスサッシ越しに、加茂正氏を見つけた。
「山崎さん、あれを!」
五十嵐に促され、山崎もリビングの大きなガラスサッシから中を見る。首を吊っている加茂正氏の姿を確認した。
「五十嵐救急車だ!」
山崎はそう言ってから、周囲を見回し、大きめの石を見つけてガラスサッシに投げつける。ガラスが割れて飛び散り、鍵を開けて中へ入る。加茂正氏の体に近づき、状態を確認する。
「亡くなっている・・。」
山崎はそう言うと、スマホを取り出し、首を吊った状態の加茂正氏を写真に収めた。それから、椅子を持ってきて、ゆっくりと正氏の遺体を床に降ろした。ほんの数分で救急車が到着し、救急隊員が状態を確認した。
「首を吊ってから、かなり時間が経っているようですね・・。鑑識を呼んでください。」
救急隊員はそう言うと、すぐに引き上げて行った。
鑑識班が到着するまで、山崎と五十嵐は外に出た。現場を荒らさないようにするためだった。
そこへ、結城が戻ってきた。
「何かあったんですか?」
「加茂正氏が亡くなっていました・・。」
「亡くなったって・・どういうことですか?誰かに殺されたんですか?」
結城はそう言って別荘の中へ入ろうとするが、山崎が制止した。
「現場を荒らしたくないので・・亡くなってから随分時間が経っています。あなたはどちらに?」
山崎が訊いた。
「ここに、議員を送ってから、先ほどまで、党の県本部へ行っていました。事情を説明し、除名を取り下げてもらうようお願いにあがっておりました。」
結城は中の様子が気になるようで、視線はずっと別荘の中に向いていた。
ほどなく、鑑識が到着し、別荘には規制線が貼られた。1時間程で、ようやく、加茂正氏の遺体が運び出された。
「念のため、解剖に回しますが宜しいでしょうか?」
山崎が結城に訊く。
「ええ、お願いします。」
結城氏はそう答えた。正氏の遺体が車に乗せられると、結城は思わず蹲り、「どうしてこんなことに・・。」と小さくつぶやいた。
鑑識による検証が終わってから、ようやく、結城や山崎たちが別荘の中に入った。結城はリビングに入ると、部屋の荒れように驚いた。
「あの部屋で首を吊って亡くなっていました。」
五十嵐が発見した状況を説明した。
「自殺のようですが・・。」と五十嵐が言うと、結城は頭を抱えて、ソファに座り込んだ。
「議員は、例のSNS情報でずいぶん悩んでいました。まさか、情報が洩れるとは・・あれだけ、慎重にとお願いしたじゃないですか。これは警察の落ち度ですよね。」
結城は五十嵐に向かって強い口調で言った。五十嵐は、山崎を見た。
「妙ですね・・。」と山崎が切り返し、言葉をつづけた。
「あのSNSの情報は、あなたが流したことは、私たちの捜査で、すでに判っているんですよ。どういうことか説明してもらいましょう。」
「私が?そんなわけないでしょう。どうして私がそんなことを。」
結城は全く身に覚えのないことを言われて反論する。
「やっていないと?」と五十嵐が訊いた。
「やるはずないでしょう。私の使命は議員を守ることです。それは先代からも厳しく言われていましたから。仮に、議員が罪を犯したとしたら、代わりに罪をかぶる覚悟です。そんな私がどうして。」
結城は真剣な顔で答えた。
「署で詳しく話を伺います。ご同行願います。」

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

3-22 思い違い [アストラルコントロール]

結城は、山崎や五十嵐とともに、署に入った。
「議員は・・自殺だったんでしょうか?」
取調室に入るなり、結城は山崎に訊いた。
「それは、こちらが訊きたい。状況からみれば自殺のように見えるが、善三氏の殺害を考えると、そうとは思えない。我々は、あなたがやったのではないかと考えているんですよ。」
「馬鹿な!どうして私が」
結城は机を叩いて抗議した。
「善三氏殺害の際、あなたが提出したドライブレコーダーの映像で、正氏や伊藤順次氏に疑いが向くようにし、さらに、正氏が父親を殺したというSNS情報を流し、正氏を失脚させて、自殺に見せかけて殺した。そういう一連の行動を起こす動機があなたにはあるはずだ。」
山崎が詰め寄る。
「動機?私が善三氏の子ども・・妾の子だったからですか?それを恨んでいるとでも?」
「違いますか?」
「恨むどころか・・私は善三氏にはお返しできないほどの恩を受けています。」
「恩?」と隣にいた五十嵐が言った。
「ええ、実は私は、善三氏の実の子どもではないんです。善三氏は、身重な母と出会い、援助をしてくださっていた。母は暴漢に襲われ妊娠し私を産んだ。そんな身の上を哀れに感じ、ずっと援助してくださったんです。善三氏は私の母を妾だとは思われていなかった。確かに、善三氏の奥様から見れば同じことだったのかもしれませんが、そういう関係ではなかった。働き口のない私を事務所に入れてくださって、多くのことを教わりました。」
「じゃあ、なぜ、SNSで情報を流したんですか?」と五十嵐。
「私じゃない。そんなことするはずもない。」
結城の発言は信用するに値するものだと山崎は感じていた。
「次の選挙では、あなたが正氏の地盤を継いで議員になると目されていたのを善三氏が反対し、孫娘を市議にという話もあるようですが・・。」
「そんなことはありません。善三氏は私を市議に通してくださいましたが、私が辞退を申し上げました。そういう身分ではないし、私は表舞台より秘書として働く方が良いと思っています。いえ、正直に言えば、事務所に入る前、良からぬ世界に関わっていたこともあり、過去の経歴を思えば、市議になんて慣れるはずもないんです。」
当初想像していた結城氏の人物像とは真逆だと五十嵐も感じていた。
「昨日、事務所に伺った時、加茂静香さんにお会いして、事務所で揉め事があったと伺いましたが、揉め事とはどんなことですか?」
五十嵐が唐突に質問した。
「お嬢様に会った?」と、一瞬、結城が驚いた表情を見せた。そして、頭をかしげた。
「ええ、マスコミが騒いでいたので、隣の雑貨店の裏口から事務所へ伺って・・電話番蔵しか仕事がないと話されていましたが・・。」
五十嵐が答えると、さらに、結城は不思議な表情を浮かべた。
「どうしました?」
「いえ・・確か、お嬢様は、まだアメリカにいらっしゃるはずです。次の選挙に出るために、見聞を広げたいと言われ、もう半年近く行かれたままです。それに、先代が亡くなったことを電話でお伝えしましたが、すぐには戻れないという返事があって、確か、帰国は明後日のはずですが・・。」
結城はそう言いながら、スマホを取り出して、フォトを開く。
「この方でしたか?」と、結城が見せた写真を五十嵐が覗き込む。事務所で会った女性とは全く別人だった。五十嵐が首を横に振ると、結城はさらに写真を見せる。
「これは事務所の職員です。この中にいますか?」
映っていたのは、結城のほかに男性と女性が一人ずつ。
「この人です。」と五十嵐が答える。
「やはり、そうですか・・・。彼女は、ふた月ほど前に雇った女性で、石塚麗華といいます。議員・・いえ、正氏からの推薦があって事務員として雇ったんですが・・実は、彼女が事務所の金を横領していることが判り、2週間ほど前に解雇したんです。事務所の合鍵を作っていたんでしょう。」
「しかし、あなたが議員と別荘に隠れていることを知っていましたよ。」
「きっと正氏が連絡したんでしょう。私も雇った後に知ったんですが、彼女は正氏と男女の仲だったようなんです。そのことを知った善三氏は激怒されていました。そういうことには厳しい方でしたから。そのうえ、横領ですから・・・。」

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

3-23 一歩 [アストラルコントロール]

思いも寄らぬ方向に動き始める。
だが、五十嵐が事務所で会った女性が石塚麗華なら、到底、鉈を使って頭を割るような殺害や、正氏を首吊り自殺に見せかけて殺すなど、できるとは思えなかった。
射場零士の夢でも、鉈を振るったのは男性だと言っていた。おそらく正氏を殺したのも同じ男性だろう。石塚麗華とその男性がぐるになって行ったと考えれば辻褄があう。
だが、これまでの現場検証では、そうした人物の存在さえ掴めないくらい、証拠が少なかった。
SNSの解析で、正氏の容疑者情報が発信されたのは、結城氏のPCからだと判ったが、それは、石塚麗華が結城氏が不在の際に使用したものだということはわかった。
結城氏は解放された。
彼の話を全面的に信用したわけではないが、加茂静香を名乗った、石塚麗華は今回の一連の事件に深くかかわっているのは間違いないだろうと、山崎も確信していた。
五十嵐は、零士の様子が気になって、署を早々に出て、零士のアパートへ向かった。
零士のアパートには、剣崎たちも来ていた。
アストラルコントロールを受けたために、零士はかなり危険な状態だったが、伊尾木の力で何とかつなぎとめることができていた。
「零士さん!」
五十嵐は、ベッドに横たわる零士を見て、思わず抱きついた。
「大丈夫だよ。彼女たちが助けてくれた。それより、正氏を殺した犯人のことなんだが・・。」
「犯人のこと?」
「ああ、夢を見た。正氏が梁にロープでつるされた現場を。・・・その時、男の腕に傷跡を見つけた。古い傷のようだった。火傷かもしれないが、右腕に大きな傷跡があったんだ。犯人を特定する証拠なんだが。もちろん、夢で見たことは証拠にはならないが、特定のヒントにはなるだろう。」
「古い傷ね。判ったわ。」
五十嵐は立ち上がり、部屋の外に出て、今の話を山崎に伝えた。
「石塚麗華の周辺にそういう男はいないか、調べてみよう。」
山崎からの返答を聞き、五十嵐は再び部屋に戻る。
「零士さんをアストラルコントロールしているのが誰か、突き止めたんですか?」
五十嵐は少しきつい口調で剣崎に訊いた。
「零士さんの命が危ういんですよ。もしかしたら、これまでの事件に深く関与しているかもしれないんです。どうなんですか!」
一層トーンを強めて五十嵐が訊く。
剣崎は、その様子が、紀藤亜美に似ているような気がして、わずかに笑みを浮かべた。
「ええ、見つかったわ。でも、彼は事件を防ごうとしていたのよ。いわば、私たちの側の人間だった。射場さんをコントロールしたのは、彼と射場さんの思念波がシンクロしやすかったからなの。」
剣崎の話した内容に、五十嵐は混乱した。
「意味が分からない。どうして?死ぬかもしれないってわかってやったというのなら、れっきとした殺人者でしょ?私たちの側って・・いったいどういうこと?」
五十嵐はかなり興奮している。
「五十嵐さん、落ち着いて。はじめからちゃんと説明するわ。」
そう言ってから、喫茶DREAMのマスターがアストラルコントロールをしていたこと、それは一連の事件を暴くために行ったことだと説明した。
「ここからが重要なの。実は、日本には、私たちのような特別な能力を持つ人間が他にもいるのよ。あなたが想像している以上にたくさんいるの。そういう能力を隠して生きている人間はほとんどなんだけど、中には力を悪用しようと思うものもいる。そしてそれをさらに操ろうとしている人間もいる。そして、残念ながら、それは、政治の世界ともつながっているのよ。」
一通り話を聞いて、五十嵐はある程度納得したものの、腑に落ちないことがあった。
「その・・DREAMのマスターは、今回の事件の黒幕を知っているんでしょ?なら、警察に通報して事件を止める方が正しいはず。どうして、零士さんの命を危うくしてまで、そんなことを?」
その点は五十嵐に言われるまでもなく剣崎も最初はそう思っていた。
「事件の黒幕もまた特別な力を持っている人間だからなの。DREAMのマスターではとても太刀打ちできないほどの力を持っている。だから、私たちを呼び寄せる必要があった。そのために、射場さんをアストラルコントロールしたという訳なのよ。」
「だからって・・。」
五十嵐はやはり納得できなかった。

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

3-24 石塚麗華 [アストラルコントロール]

五十嵐のスマホが鳴った。山崎からだった。
「石塚麗華の居場所が判った。すぐに向かってくれ!」
話は途中だったが、まずは今回の事件の犯人逮捕が優先だった。
結城氏が、石塚麗華のスマホの番号を知っていて、彼女の居場所(正確にはスマホのありか)を見つけたのだった。
石塚麗華は、相模湖畔に停めた車の中にいた。
「結城が逮捕されるはずだったんじゃないの!」
石塚麗華は強い口調でスマホでしゃべっている。相手が何かを言ったようだが取り合おうとはしなかった。
「何とかしなさいよ!」とさらに語気が強まる。
相手が何か言ったようで、すぐにスマホを切った。
「どうしよう・・このままじゃ捕まるのは時間の問題・・。」
「逃げよう!」
運転席にいた若い男が言う。
「逃げるって言っても、どこへ?」
「わからないけど・・とにかく、遠くへ・・。」
「馬鹿じゃないの。逃げれば、自分が犯人ですって言ってるのと同じでしょ?」
「じゃあ、どうする?俺、もう二人も殺したんだ・・捕まったら死刑になる・・いやだよ。」
「そうね・・あなたは二人殺したのよね・・。」
石塚麗華はわずかに笑みを浮かべている。
「おい、お前が結城に罪を被せられるからっていうからやったんだぞ。」
「そうよ。誰かが罪を被れば良いのよ。」とさらに不敵な笑みを浮かべている。
遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。
石塚麗華は、車のダッシュボードを開ける。そこに小さなナイフが入っていた。それを取り出す。
「どうするつもりだ?」と、男は不審そうに見た。
石塚麗華は、それを男に手渡した。そして、いきなり自分の腕をそのナイフに突き刺す。
赤い血が飛び散る。
「やめろ!」と男は叫ぶ。
だが、石塚麗華はさらにナイフに身を当てる。来ていたワンピースが赤く染まる。
そして、ドアを開けて走り出した。何度も転び、泥だらけになる。靴も脱げ、ぼろぼろの状態で、湖の周回道路に出て倒れた。
そこに、パトカーが到着した。
山崎から連絡を受けた地元の駐在所から来た警官だった。道路に倒れている女性を発見すると、すぐに駆け寄った。
「大丈夫ですか!」
警官が倒れた石塚麗華を抱えて起き上がらせる。血に染まったワンピースを見て、警官も慌てた。
「本部、本部!女性を発見。出血しています。」
すぐに救急車が出動する。もう一人の警官が周囲を確認し、駐車場に止まっている不審車両を発見した。その車両から、血痕が点々と続いている。
「女性を刺した犯人の車両を発見しました!男性が乗車している模様です。」
そこへ、五十嵐が到着した。その後を、剣崎たちのトレーラーが続いた。
警官と五十嵐が、駐車している車両へゆっくりと近づく。逃走する様子はない。
そっと、窓から中を確認する。男性が首筋から血を流していた。手元にはナイフが握られていた。
救急車が到着し、石塚麗華を病院へ連れて行った。
すぐに鑑識がやってきて現場検証を始めた。
山崎や武藤たちも鑑識班と一緒にやってきた。
「鑑識の調べた範囲では、自殺の可能性が高いということです。握っていたナイフから彼女の血が検出されたため、石塚麗華を刺した後に自ら首筋を切って自殺したと思われます。」
五十嵐が山崎に報告した。
「事件の発覚を覚悟し、無理心中を図ったというところか?彼女はどうした?」
「さっき、運ばれた病院に行った林田から、命に別状はないとのことでした。腕と胸の2か所に傷があったそうです。まだ、話は聞けない様子でした。」
武藤が報告した。

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

3-25 迫る [アストラルコントロール]

近くに停めたトレーラーの中から、剣崎やレイ、マリアたちが様子を見守っていた。
「罪をすべて、彼に押し付けるということね。」
剣崎が呟く。
剣崎たちは、シンクロで五十嵐から事情を知ることができた。
「石塚麗華はこうなることまで指南されていたんでしょうか?」と、レイが言う。
「どうでしょう。彼が自殺することまで想定はしていなかったんじゃないかしら。一度、戻って、彼に確認しましょう。車を出して。」
剣崎が言うと、トレーラーが動き始めた。山崎と五十嵐はちらりとそれを見た。
『先に戻るわ。この事件の真相はあとでお話ししますね。』
レイが五十嵐と山崎に思念波で伝えた。
五十嵐と山崎は顔を見合わせ、ちょっと複雑な表情をした。
「まずは男の身元だな・・。」
「所持していた免許証から、名前は三上和也。25歳。住所は、横浜ですね。」
武藤が報告する。
「署に戻るか・・。」
山崎たちは署に戻り、刑事課の会議室に集まった。
会議室のホワイトボードには、加茂善三・加茂正・結城徹・石塚麗華・三上和也の写真と関係図、それぞれの事件が時系列に書かれていた。
五十嵐が皆の前で経過を整理しながら確認していく。
「死んでいた三上という男は何者だ?」と山崎。
「署のデータベースですぐにわかりました。以前、一度、交通事故で検挙されていました。その事故で職を失い、夜の仕事・・いわゆるホストの仕事に就いていました。あまり売れている様子はなかったようですが・・。」と林田が答えた。
「石塚麗華との関係はどうだ?」と山崎が言うと、再び、林田が答えた。
「石塚麗華と三上和也は、大学時代からの知り合いで、一時、同棲していたようです。ただ、石塚麗華は、三上以外にも何人か交際相手がいて、加茂正もその一人だったようです。大学時代の知人の何人かから情報を得たところ、彼女は男性に貢がせる能力に長けていたようで、トラブルも多かったとのことでした。ホストだった三上とはおそらく店で再会したんでしょう。ただ、ホストのくせに、石塚麗華に相当貢いでいたという情報もありました。」
「恐ろしい女だな・・。」と武藤が呟く。
「結城氏によれば、石塚麗華は正氏と肉体関係を持ったことをネタに事務所に入り、おそらく、小遣いももらっていた。しかし、それでは満足できず事務所の金に手を付けたことが発覚して解雇された。それが、一連の殺害の動機ということになる・・だが・・・」
山崎がホワイトボードを見ながら言った。
「ええ、横領や脅迫の証拠はありますが、殺害を命じた証拠がないんです。実行犯だったのは三上。死んでしまったため、石塚麗華に命じられたという証言は取れません。このままでは、二人の殺害の容疑者は三上で、死亡のまま送検という決着になります。三上が実行犯だという、確たる証拠もありませんから、起訴できるかも・・。石塚麗華は、横領や脅迫で起訴はできるでしょうが、それも。」
五十嵐が残念そうに言う。
「計画し、命令した首謀者は罪に問われずということか・・。」と山崎。
会議室は沈黙した。
「彼女の自白が頼りというわけか・・・今回は少し厄介だな。」
「したたかな女のようですし、三上に刺された被害者ということを前面に、三上に脅されていたというかもしれませんし・・。」と林田が言う。
山崎がちらりと五十嵐を見た。
前回の事件のように、射場零士が自白を引き出す方法を見つけているのではないかという期待の視線だと五十嵐は受け止めた。
「もう少し捜査を続ける。とにかく、石塚麗華が三上を操っていたという証拠を見つけるんだ。」
武藤も林田も、部屋を出て行った。
「射場さんはどうしている?」と山崎が五十嵐に訊く。やはりそうかと五十嵐は思った。
「様子を見てきます。」
五十嵐も部屋を出て行った。
nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

3-26 偽物 [アストラルコントロール]

五十嵐は、零士のアパートに着いた。
零士は起き上がっていて、ぼんやりとコーヒーを飲んでいた。
「大丈夫?」
五十嵐は部屋に入るなり、零士に訊いた。
「ああ、もう大丈夫だ・・それより、事件のほうはどうなった。さっきニュースで、容疑者が自殺したと報じていたけど・・。」
「ええ、容疑者の一人、三上が自殺したわ。」
「そうか・・。」
それから、五十嵐は、これまでの捜査でわかったことを説明した。
「おそらく僕が見たのは、その、三上なんだろう。・・これで事件解決かな?」
「いえ・・今回の一連の事件の首謀者は、三上に刺されたと言っている石塚麗華だと考えているの。でも、彼女が三上に指示してやらせたという証拠がないのよ。このままだと、彼女は、被害者の一人として罪に問われないことになるわ。」
「そうか・・。」
零士はそう答えてからコーヒーを飲んだ。
「剣崎さんたちは?」
不意に零士が五十嵐に訊いた。
「トレーラーハウスに戻って真相を突き止めると言っていたようだけど・・。」
「そうか・・。ところで、石塚麗華はどういう女性なんだ?」
「一度、事務所で会ったけど・・・そうね、可愛い感じの女性、自殺した三上の大学時代の知り合いで、一時同棲もしていたらしいわ。男に近づくのはうまいようね。加茂正氏とも関係をもって、それをネタに事務所に入り込んで、横領までやったようよ。」
五十嵐の説明はシンプルだが、彼女への憎悪のようなものを感じた。
「石塚麗華が三上に殺害を実行させたとすると、二人の関係はかなり深いことになる。三上が入れ込んでいたか、弱みを握られていたか、それとも、金目的だったか・・。」
五十嵐は零士の推理をじっと聞いていた。
「二人も殺害したんだ。相当な覚悟だったはずだし、ばれないという確信があったともいえる。そのあたりはどうなんだ?」
五十嵐は、零士の言葉が、時々、山崎と重なるような妙な感覚を感じていた。
「今、そこを調べているわ。」
「今回、加茂善三氏の殺害では、正氏が出て行って、伊藤順次さんが家に入ってくる、わずかな時間の空白を使って実行していた。結城氏の車のドライブレコーダーに伊藤順次さんが映ることも計算していた。正氏殺害は、結城氏が不在の時間を確実にわかっていて実行している。これだけのことをやるには、石塚麗華と三上は、かなり綿密に連絡を取っていたはずだ。スマホやパソコンは調べたのか?」
アストラルコントロールで現場を見るという特殊な経験がなくても、射場零士には、刑事と同じほどの推理力がある事を五十嵐は認めざるを得なかった。
「山崎さんに連絡してみるわ。」
五十嵐は山崎に連絡して射場零士の話を伝えた。
「だが、本当にこれだけのことを、石塚麗華一人で考えたとも思えないな・・。」
「裏で手引きしていた人物があるってこと?」
「前の二つの事件もそう。一連の事件ではきっとまだ裏があるような気がしてならないんだ。」
「剣崎さんたちが今調べてくれているわ。何か途轍もないことが判るかもしれないわ。」
それを聞いて、零士も納得した様子だった。
「腹が減ったな・・。何か食べに行くか。」
そう言って、零士は立とうとしたがまだ万全ではなかった。
「何か出前でも、取りましょうよ。」
「ああ、そうだな・・そうしよう。」
「何が良いかな・・。」
「体力がつくものが良いわね。これなんかどう?」
そういうやり取りをしている最中に、スマホが鳴って、山崎から連絡が入った。
「はい、わかりました。病院へ向かいます。」

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

3-27 決着 [アストラルコントロール]

石塚麗華が治療を受けている病院には、すでに山崎と林田が到着していた。そこへ、五十嵐が来た。
「怪我をしているから、短時間の面接は許可を取った。」
林田が言った。
石塚麗華はすでに治療を終え、ベッドに横になっていた。医師からは、傷は致命傷ではなく、止血程度で済んだことが伝えられた。
はじめに、林田と山崎が病室に入り、看護師が様子を見守る形で聴取が始まった。
ベッドの上の石塚麗華は、腕と体の2か所に包帯がまかれ点滴をしているという痛々しい姿だった。
「事件のことを教えてください。」と林田が訊くと、
「私は被害者なんです。彼がすべて仕組んだんです。私は彼に二人の行動を連絡しただけです。善三さんが殺された後、彼にもうやめようと言ったんです。でも聞き入れてもらえなくて・・共犯なんだと脅され仕方なく・・。」
と言って、石塚麗華は、ベッドに泣き崩れた。
「では二人を殺害しようと言い出したのは、三上だったと・・。貴女は脅されてやむなく手伝ったのだと・・」
林田が言うと、石塚麗華は小さくうなずいた。
そこへ、五十嵐が入ってきた。山崎は、五十嵐からの連絡のあとに判明したことを五十嵐に伝えていた。五十嵐は、詳細を頭に入れていた。
五十嵐は、病室に入り軽く挨拶をした。
「あなた、加茂氏の事務所で会った時、娘の加茂静香を名乗っていたわね。どういうことかしら?」
五十嵐が訊くと、石塚麗華は表情を強張らせ、そっぽを向いて返事をしなかった。
「私は被害者ですって言っているようだけど、そういうわけにはいかないわ。」
石塚麗華はちらりと五十嵐を見た。
「三上のスマホを復元したら、貴女が頻繁に連絡し指示していた記録が見つかったわ。あなたが今回の事件を仕組んだのよね。」
石塚麗華は返答しない。
「加茂正氏に近づき、肉体関係を持ったうえで、彼を脅迫したうえ、事務所の金を横領したことは結城氏の証言で判ってるのよ。・・そこでやめておけばまだ罪は軽く済んだのにね。」
五十嵐がそう言うと、石塚麗華は少し表情を変えた。
「どうしてこんなことをしたの?誰かにそそのかされたの?」
五十嵐が質問を変えた。
すると、急に石塚麗華が五十嵐を見た。
「判らない。どうしてこんなことになったのか・・判らないの。」
石塚麗華はそう言うと涙をぽろぽろと零した。
「判らないって・・あなたがやったことでしょ?」
「判らないの・・横領が見つかって、加茂善三さんに呼び出されて怒られたのは事実。でも、その後は・・何か・・誰かに言われたような・・いえ・・そうじゃない。記憶ははっきりしているの。でも、自分じゃない誰かがやっているような・・判らない・・どうして・・。」
石塚麗華はそう言うとベッドに突っ伏して泣いた。
石塚麗華は、治療を終え退院すると同時に逮捕された。
ほどなく、石塚麗華が業務上横領と脅迫、そして、殺人教唆の罪で逮捕された報道がされた。
石塚麗華の身辺を再度捜査したが、彼女が供述した「誰かに操られていた」という決定的な証拠は出なかった。精神鑑定もされたが、心神喪失という診断には至らなかった。
「彼女がすべての絵を描いたとは思えません。背後に誰かきっといるはずです。」
刑事課の中で五十嵐は山崎に食い下がっていた。
「しかし・・これだけ調べても、そういう証拠が何も出ないんじゃしょうがないだろ。加茂正氏に近づいて事務所に入るなんてことをやってのけた女なんだぞ。罪を逃れようとしてきょうじゅつしているにちがいない。」
武藤が窘めるように五十嵐に言う。
山崎は、五十嵐の主張に内心賛同しているのだが、武藤の主張も理解できた。
「五十嵐、少し様子を見よう。また、何か新たな証拠が出るかもしれない。」
山崎はそう言って五十嵐を落ち着かせる。
「このままだときっとまた事件が起きます。山崎さん、私だけでも継続捜査させてください。」
「ああ、わかった。気の済むようにしろ。だが、報告は怠るなよ。」
山崎はそう言って席を立った。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

4-1 マスターの記憶 [アストラルコントロール]

剣崎たちは、トレーラーハウスのディスプレイ画面で、これまでの事件を整理していた。
はじめの本田幸子の事件、次の桧山平一郎の事件、そして、今回の加茂親子殺害事件。
「これまでの犯行を指南した人物はだれなの?」
剣崎が、マスターに訊く。
「客の一人だ。彼が店に来る日の翌日には事件が起きていた。何かのルーティンなのかもしれないが・・奴の思念波に入り込んでみたんですが、正体までは掴めませんでした。おそらく奴も私たちと同じサイキックでしょう。」
「何がやりたいのかしら?」とレイが訊く。
「わからない。ただの愉快犯なのかもしれないが・・。」とマスター。
「パソコンを見ていたのなら、殺したいと思う人間を見つけているということかしら?」とレイ。
「そうなるように操っているのかも・・マリアのような力があるなら、相手の思念波にシンクロして殺害へ向かうようにコントロールすることはできるでしょ?」
剣崎が言うと、マスターが頷きながら答えた。
「ああ、そういうことかもしれない。その気になった人間に、殺害の計画を送り付ける。それを実行していくことを楽しんでいるのかもしれない。だが、ただの楽しみのためとも思えないが・・。」
マスターの話を聞きながら、剣崎は、少し引っ掛かることがあることに気づいた。
「ねえ、マスター。射場さんをアストラルして確実に、事件現場に送っていたでしょ?どうして、事件の現場が判ったの?」
剣崎の質問に、急にマスターの顔色が変わる。
「そうね、殺害の現場なんて予想できるものじゃないわ。ピンポイントでその場に零士さんをアストラルすること自体、かなり難しいはず。どうしてかしら?」
レイも訊いた。
「実は・・」と、マスターが重い口を開く。
「私は、断片的でかなり限定的ですが、次の日のことが予知できるんです。」
剣崎もレイもマリアも驚いていた。
今まで何人かのサイキックと出会ったが、予知能力を持った者にはあったことがなかった。
『片鱗はあったと記憶している』
マリアの中の伊尾木が言う。
『財団の研究所で予知能力の研究もされていたが、自在に使える者はいなかった。だが、スパイダーは、その能力があると見られていた。』
「ええ、そうです。中東での作戦決行の前日、私は失敗すると予知しました。失敗すれば消されるのが宿命。だから、私は行方を眩ませた。そのまま、静かに暮らすつもりだったんです。」
「だが、ハンターに追われ、点々としてここへたどり着いたというわけね。」と剣崎。
自らハンターの一翼を担っていたことを思い返しながら言った。
「今回の事件の背後にいる人物は、財団の研究所にはいなかったのかしら?」とレイが訊く。
「記憶の限りではそれらしき人物は思い当たりません。」とマスターが答える。
「店に何度か来ていたということは、この辺りに住んでいるということかしら。」
レイがマスターに訊く。
「どうでしょう。ただ、随分若かったように思います。」
『スパイダーの記憶を共有してみてはどうか?』と伊尾木が言う。
「そうね・・。レイさん、お願い。」
剣崎に言われて、レイがマスターの手を取る。そして、目を閉じて集中した。レイがマスターの思念波とシンクロする。そして、剣崎とマリアもレイに触れる。
4人の思念波がシンクロしていく。
「マスター、その時の様子を思い出して!」
レイが言う。より鮮明に記憶にシンクロするためだった。
その人物が、喫茶店のドアを開けて入って来て、奥の席へ座る。マスターが席に行き、注文を取る。その人物は顔を上げず、コーヒーを注文し、そのまま、手元にあった黒い皮のカバンからパソコンを取り出して開く。マスターがコーヒーを淹れながらその人物を見る。画面を見ながら、笑みを浮かべている。うつむいているために顔ははっきりしないが、その口元には笑みが感じられた。マスターがコーヒーを運んでくると、その人物は外を見る。マスターが戻ると再びパソコンを覗き込んだ。
マスターの記憶はその先で曖昧になった。
皆、目を開けた。
「この人物を探すということね。」と剣崎は言った。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

4-2 情報から [アストラルコントロール]

トレーラーハウスに、山崎と五十嵐、そして射場零士が呼ばれた。
「これからお話しすることをすぐには理解できないかもしれませんが、このままでは、同じような犯行が増えるのは確かです。ご協力ください。」
剣崎がいつもと違い丁寧に話をする。
それから、三つの事件の概要を見ながら、その構図を説明した。
「これらの事件には、ある人物が深くかかわっていることが判っています。」
そういうと、ディスプレイに喫茶店の席に座る男の映像が映し出された。
「これは、DREAMのマスターの記憶を映像にしたものです。証拠能力はありませんが、皆さんに理解いただくために作成しました。」
その男は、帽子を目深にかぶり、俯いてパソコン画面を見ている。
「何者なんだ?」と山崎が訊く。
「この人物を探し出してもらいたいのです。この男が、三つの事件の影の首謀者です。殺害の実行犯に事件を起こすためのシナリオを提供し、実行させたのです。おそらくネット経由で情報提供していると考えられます。」
剣崎が説明すると、五十嵐が言う。
「私たちも、事件の背景を調べましたが、石塚麗華のパソコンやスマホには、三上以外の人物との通信履歴はありませんでした。本田幸子、桧山雄一郎も同様でした。」
「あらそうなの・・きっと、通信記録が消える細工をしているんでしょうね。・・じゃあ、喫茶DREAM周辺の防犯カメラの記録から調べるしかないわね。」
剣崎はそう言うと、にやりと笑って、「生方!」と叫んだ。
「聞こえてますよ。剣崎さん、もうあなたの部下じゃないんですよ。そんな簡単に呼び出さないでくださいよ。」
モニターから聞こえたのは、かつて剣崎の部下だった生方だった。
特殊捜査課で情報分析の担当だったが、現在は、特殊犯罪捜査課の特別官になっていた。
「言われた通り、DREAMは、特殊犯罪捜査課の捜査員も立ち寄っていたようです。実は、今回とよく似た事件が都内でも発生していて、捜査の一環だったようですが・・。」
「特殊犯罪対策課はどこまで捜査が進んでいるの?」と剣崎。
「いえ、DREAMには行ったようですが、何も掴めていませんでした。やはり、これは、剣崎さんたちが言う通り、サイキックによる犯行ではないかと思います。」
「生方、そんなことはわかってるのよ。それより、映像の男は?」
と少し剣崎は苛立った言い方をした。
「画像をもとに、男の行動の痕跡を探っています。今、AIが、周辺の監視カメラ映像から、同一人物をピックアップして、行動パターンの解析をしているところです。」
「そう・・早めにお願いね。」
「了解。」
目の前で進んでいることに、山崎や五十嵐、そして射場は少し追い付いていない様子だった。
「この人物が今回の一連の事件を操っているのだけど・・手口や動機が全くわからない。特殊能力を使うのなら、こんなまどろっこしいことをしなくてもいいはずなのに・・。」
剣崎は、呆れた顔をしていった。
「あの・・」と五十嵐が口を開く。
「本当にそんな・・サイキックと呼ばれるような人なんでしょうか?人を操って事件を起こさせるということは、過去にもあります。お金だったり脅迫だったり・・三つの事件もあまり共通性も感じられない。思い過ごしじゃないんでしょうか?」
「そうじゃないんです。」と、DREAMのマスターが口を開く。
「これは、悪意を・・いえ、殺害を望んだ悪人を懲らしめるためなんです。だから、全て、犯人がぼろを出して逮捕された。そうやって、悪を懲らしめている・・そういう構図だと思うんです。」
「悪を懲らしめるため?それは警察の仕事です。それに、悪を懲らしめるのなら、殺人を起こさせない方が良いはずでしょう?未遂に留めて・・」
と五十嵐は少し不満そうに言いながらも、このさきは警察官が口にすべきことではないと気付いて止めた。
「確かにそうなんでしょうが・・。それでは懲らしめにはならないのではないでしょうか?」
とマスターが反論する。
「事件の話に戻りましょう。」
剣崎が二人を止めた。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

4-3 記憶の中の男 [アストラルコントロール]

「マスターの記憶に残っていた男が何者か、早急に突き止めなければならないでしょうね。」
レイが続けた。
「ただ、強力な能力の持ち主だとすると、正体を突き止めることは難しいかもね。・・生方のほうはどうなっているのかしら?」
剣崎が言うと、スピーカーから生方が返答した。
「AIを見くびらないでいただきたい。正体がつかめましたよ。氏名は、斎藤俊。24歳。浜西大学の工学部の4年生でした。・・今は大学に言っているようですね。」
「こんなに早く特定できるの?」
五十嵐は、生方の説明に驚いた。
「まあ、今回は、マスターの記憶の映像でしたから、どこまで正確なのか、心配していたんですが、周辺の監視カメラ映像から、似た人物を抽出して、そこから、周辺の大学や会社の登録証やパスカードの顔写真と照合して、特定しました。」
生方が得意げに言った。
「いったい、個人情報はどうなってるの?」
と五十嵐は呆れた顔で言った。
「あれ?五十嵐さんも、犯人のモンタージュから、警察のデータベースで人物の特定をするでしょう?それと同じですよ。ちょっと、元になるデータが多いだけですがね。」
「しかし・・大学や会社の登録証からなんて・・違法じゃない!」と五十嵐が反論する。
「別に、会社や大学のデータにアクセスしたわけではありませんよ。AIは、監視カメラ映像から、情報を収集しているにすぎません。会社や大学、コンビニ、駅、いろんなところに設置された監視カメラデータは、我々のセクションで収集することは認められているんですよ。そこから、データを解析しただけのこと。もちろん、外部に流出することはありませんから、ご心配なく。」
生方の得意げな話をひとしきり訊いた後、剣崎が言った。
「まあいいわ。それで、彼の行動パターンから判ったことは?」
「真面目な学生です。きちんと講義にも出ています。ただ、ネットの使用は多いですね。」
「ネットを使って犯罪を起こさせているの?」と五十嵐。
「いえ、そういうわけではなさそうです。アクセスログからは、工学系のWebサイトの閲覧やダウンロードばかりでしたから・・ああ、時々、Youtubeも見ているようですね。」
「そんなことまでわかるの?」五十嵐は驚いて訊いた。
「これはちょっと違法性があるかもしれませんが・・。」
と生方は答えるとさらに続けた。
「しかし、メール記録を覗いてみましたが、今回の事件との関わりは見つかりませんでした。まあ、こういうことをやるからには、あらかじめ証拠が残らないように、消去したかもしれないので、今、ネット情報の収集を進めています。彼の発信ログをたどれば、どこかのサーバーに残っているかもしれませんから。」
すぐに生方から斎藤俊に関するデータが配信された。
「確かに、見る限り、今回の一連の事件とのつながりは皆無ね。」
剣崎が慎重に言った。
「生い立ちも調べましたが、ごく普通の家庭で育ち、大学にも苦労なく入っていました。医療情報も特にありません。」と生方が言う。
「高度な能力を持つサイキックなら、それを隠し通していることもできるでしょう。」
剣崎が言う。
「彼が今回のすべての首謀者なら、迂闊に近づくのは危ないわね。」
剣崎は生方から届いたデータを見ながら呟く。
「彼の思念波にシンクロしようとしたが、できなかった。かなりの能力だと思います。」
マスターが付け加えるように言う。
「いえ、私は彼に会ってみます。私には特別な能力はないですが、刑事です。彼が首謀者かどうか、見極めます。それが、警察のやり方ですから。」
五十嵐はそう言うと、生方から贈られたデータをスマホに移して立ち上がる。
「それなら、私も行きます。万一の時、彼女を守らなければ・・。」とレイが立ち上がる。
「僕も行きましょう。彼が首謀者なら特ダネですから。」
射場零士はそう言いながら、実のところは五十嵐が心配だと感じただけだった。
マスターも店に戻ると言って出て行った。

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

4-4 斎藤俊 [アストラルコントロール]

五十嵐と射場、そしてレイは、生方が示した斎藤俊のアパートへ直行した。
夕刻になっていて、アパートの窓から明かりが見えた。
「零士さんとレイさんはここで待っていてください。ここからは警察の捜査です。民間人を巻き込むことは許されません。」
「だが・・」と零士が言いかけたところで、レイが言った。
「判りました。大丈夫です。私はあなたとシンクロしています。何か起こればすぐにわかります。零士さん、大丈夫ですよ。」
レイと零士は、アパートから少し離れたところで様子を伺うことにした。
五十嵐はインターホンを押す。短いチャイムが響いて、ドアに向かって歩いてくる足音が聞こえた。
ゆっくりとドアが開く。
「警察です。斎藤俊さんですね。ちょっとお話を伺いたいんですが。」
五十嵐がバッジを見せながら言った。
「警察?どういう要件でしょうか?」
そう答えた斎藤俊は、少し神経質そうに見えるが、ごく普通の学生だった。
「最近、この町で殺人事件が連続して起こっているのは知っているかしら?」
「いえ・・。」と、敢えてとぼけている様子でもない。
「知らない?」
「ええ、テレビも新聞も見ないので・・それで、僕に何か関係しているんでしょうか?」
「捜査の過程で、あなたの名前が出てきたんですよ。」と五十嵐。
「僕が?何かの間違いでしょう。」
そんなやり取りの最中に、廊下に隣室の住人が顔を出し、様子を伺っているようだった。
「判りました。とりあえず、ここでは迷惑になりますから、部屋にどうぞ。」
斎藤俊はそう言って、ドアを開いて五十嵐を招き入れた。
ドアの中に五十嵐の姿が消え、零士は穏やかではいられなかった。
「大丈夫、すぐに中の様子を・・。」
レイはそう言うと目を閉じて集中し、五十嵐の思念波にシンクロした。それから、零士の手を握った。零士の頭の中に、五十嵐が見ていている風景が広がってくる。零士は声が出なかった。体験したことのない感覚だった。光景が見えるだけではない。部屋の中の臭いまで感じられた。
部屋の中は、シンプルだった。いや、あまり、家財がない。部屋には大き目の机と周囲に本が積まれている。冷蔵庫はあるが、あまり、生活感が感じられなかった。
「課題の提出が近いんで、手短にお願いします。」
斎藤俊はそう言うと、小さな折り畳みテーブルを部屋の真ん中に出し、小さな座布団を置いた。
五十嵐は、静かに座り、部屋の中を見回した。
彼の言う通り、テレビはない。最低限必要なものがあるというところだろう。だが、敢えて、そういう演出をしているのかもしれないと懐疑心が強まる。
「あなた、本田幸子という人物を知っているわよね。」
「本田?・・幸子・・。いえ、思い当たりませんが・・。」
「じゃあ、桧山雄一郎という名は?」
「いえ、わかりません。」
「石塚麗華は?」
「いえ・・一体何なんですか?名前を並べられても全くわかりませんし、謎解きに付き合っているほど暇じゃないんです。」
五十嵐は彼の反応を見て、直感的に、我は今回の一連の事件とは無関係だと感じた。
「3人とも殺人犯。いえ、殺人計画を考え実際に行った被疑者よ。貴方が3人にシナリオを描いて実施させたんじゃないかと考えたんだけどね。」
五十嵐の言葉はすでに彼を被疑者ではないと判断した言い方だった。
「そんな馬鹿な・・どうしてそんなことをしなくちゃいけないんです。・・そんな暇はないんです。課題を出すだけで精一杯なのに・・どうして僕が疑われなくちゃいけないのか訳が判らない。」
その時、レイが思念波を通じて五十嵐に伝えた。
『彼は無関係ね。彼から特別な能力を一切見つけられないわ。戻りましょう。』
『そうね。』と五十嵐は思念波で返事をして立ち上がる。
「ごめんなさい、人違いだったみたい。」
五十嵐はそう斎藤俊に告げて、アパートを出てきた。

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

4-5 リフレーミング [アストラルコントロール]

レイはトレーラーハウスに戻ってきて、斎藤俊と対面した時の様子を伝えた。
「彼は首謀者じゃない。ノーマルな人間だった。」
「そうね。」と剣崎も答えて、データが映し出されたままのモニターを見ている。
マリアは、体の中にいる伊尾木と何か話しているようだった。
「おじさんも同じ考えみたい。」
「しかし、マスターが見誤ることがあるでしょうか?」とレイ。
「初めの事件は、本田幸子が誘導されるように殺人を犯した。そして、それには、事務所の社長が大きく関与していた。かなりまどろっこしいやり方だったわ。本田幸子を罰するためなら、もっと効率よくできるはず。それと、事件を誘導した事務所社長は何の罪にも問われず行方をくらましている。結局、悪を野放しにしていることになる。本田幸子はむしろ被害者かもしれない。」
剣崎が事件経過を読み直す。
「犯罪計画を請け負った人物がいるということですよね。」とレイが言う。
「そうなのよ。2件目の事件は確かに直接誘導したと言えるけれど、桧山雄一郎自身がかなり主体的に動いている。全く関連性がないように見えるのよね。」と剣崎が言う。
「3件目では、自ら手を汚さず人を使って殺害に及んでいます。初めの事件に似ているようですけど、少し稚拙な感じです。」と、レイが続ける。
「マスターの言うように、誰かが計画を立て、特別な能力で人を操って事件を起こさせたというのは何か違うように思えるわね。」と剣崎が言った。
「ねえ、伊尾木さんが伝えたいことがあるって・・。」
とマリアが口を開いた。
『彼の予知能力は本物なのか。』
伊尾木が言っているのは、マスターのことだった。
「マスターのこと?」
『ああ、そうだ。彼に会って話をし、今回の事件にサイキックが関与していると我々は信じ切っていた。だが、冷静に考えると、やはり、斎藤俊が事件の首謀者だという根拠は、奴の証言しかない。本当にそうだろうかと疑ってみると、一連の事件は、偶然に起きたものではないかともいえる。射場零士が殺害現場にアストラルされたということを除けば、共通性は極めて低い。』
伊尾木が思念波で皆に話す。
「じゃあ、マスターはどうやって事件現場を特定できたの?やはり予知能力があるんじゃない?」
剣崎が反論気味に言う。
『レイさんやマリアが持っている能力、シンクロ能力があればどうだ?』
「どういうこと?」とレイが訊いた。
『本田幸子とシンクロ出来れば、彼女がやろうとしていることを知る事は容易い。同じように、桧山雄一郎も、石塚麗華も、シンクロすることで何をしようとしているかが判ればできるはずだ。』
「マスターが偶然、3人とシンクロしたということ?」
剣崎がやや呆れたように言った。
『偶然ではなく、そういうふうに仕向けることだってできるだろう。』
伊尾木が言うと、剣崎とレイは顔を見合わせた。
スパイダーはサイキック工作員だった。ターゲットの思念波にシンクロし、思うようにターゲットを操ること、それこそ、スパイダーの最大の能力だった。
「でも、なぜそんなことを?」
レイが言うと、剣崎が答えた。
「悪への制裁なんでしょう。良からぬことを考える人間を見つけ犯罪を起こさせ逮捕させる。おそらく、殺された人間も彼に言わせれば罪人なのかもしれないわ。」
「単なる自己満足でやっていたということ?」とレイ。
「あの財団で育成されたサイキックには、善悪の正しい価値観などないわ。自らの能力を活かして自らの命を守ること。命令に従えば生きながらえる。幼いころからそういう教育を受けてきたのよ。マリアのように、それを受け入れずにいられることは珍しいのよ。」
剣崎はそう言うと、マリアを見た。
外の世界から隔離された環境に置かれ、過酷な訓練を受け、自らの価値観など意味を持たない世界。マリアはそこから逃れる道を選んだ。剣崎はその世界を受け入れ、任務を果たし生き延びてきた。
スパイダーは、その能力ゆえに、剣崎より厳しい環境で過酷な訓練を受け、命を奪うことに何のためらいももたないサイキックに育てられた。ともに、特別な能力を持っていても、生きざまは様々である。

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

4-6 逃走 [アストラルコントロール]

『全てが推論に過ぎないが、そう考えれば、辻褄があるだろう。』
「マスターに直接確かめるしかなさそうね。」
剣崎はレイやマリアとともに、喫茶DREAMを訪れた。
ドアを開けると、「いらっしゃい」と声が響いた。マスターはカウンターの向こう側で洗い物でもしている様子だった。
「どうぞ、お好きなところへ。」
マスターの応対は妙だった。とりあえず3人は、奥の席へ座った。
マスターは、剣崎たちとは初対面の様子で、トレイに、グラスを乗せ水を入れて運んでくる。マスターはゆっくりとグラスをテーブルに置き、「ご注文は?」と尋ねた。
「マスター?」
レイが訊く。
「はい・・なんでしょう?」
その瞬間、レイはマスターの思念波にシンクロした。
「いえ、ああ、コーヒー二つとオレンジジュースをお願いします。」
「はい判りました。」
マスターはそう言うとカウンターの向こうに入っていった。
『彼はスパイダーではないわ。』
レイが思念波で、剣崎とマリアに伝えた。
「そのようね。」
『スパイダーは、私と同じ、思念波だけの存在だ。もう、誰かの体に入ってしまっているのだろう。』
マリアの中の伊尾木が皆に伝える。
「私たちが彼の正体に気づいたことが判って逃げたのかしら?」
レイが言うと剣崎が
「逃げたのならまだいいのかも。それより、次のターゲットを見つけたのかもしれない。また、殺人事件が起きるかもしれないわ。」
剣崎が言う。
そこに、マスターがコーヒーとオレンジジュースを運んできた。温和な表情だった。
「あのマスター、私たちのこと、覚えていませんか?」
レイはあえて訊いてみた。
「いや、申し訳ないんだが・・実は、ここ数年の記憶が曖昧なんですよ。ただ、この店でコーヒーを淹れていたことは覚えているんですが・・このあと、医者に行こうかと・・認知症かも・・。」
マスターはレイの質問にかなり不安そうな表情を浮かべて答えた。その口調や声は、以前とは全く別人だった。
3人は店を出た。
「一体、どこへ消えたんだろ?」と剣崎が言うと、レイが目を閉じ集中する。
「この近くには彼の思念波は感じられないわ。・・どこか遠くに逃げてしまったのかしら?」
レイが目を開けて言った。
『いや、奴は、レイさんが思念波で探し出すことを予見して、バリアを張っているに違いない。奴を探すのは難しいかもしれないな』と伊尾木が思念波で伝えた。
「五十嵐さんに連絡した方が良いわね。」
剣崎はそう言うと、スマホを取り出し、五十嵐に連絡した。
3人がトレーラーハウスに戻るのと同時に、五十嵐がやってきた。
トレーラーハウスの中に入り、剣崎は、これまで皆で推理した内容を伝え、マスター、いやスパイダーの所在を突き止めなければならないと伝えた。
「まだ、十分に理解したわけではありませんが、そのスパイダーと呼ばれた人物こそ、今回の一連の事件の首謀者なんですね。」
と、五十嵐が再確認するように訊いた。
「ええ、でも、何の証拠もないわ。サイキックである私たちには確信を持てる内容だけど、おそらく、犯罪として立証するのは無理でしょうね。」
剣崎が少しあきらめ気味に言った。
「いえ、犯罪者は犯罪者です。彼自身に証拠がなくても、これまでに逮捕した3人とスパイダーの繋がりが見つかればいいはずです。きっと何かあるはずです。」
五十嵐は強気に言った。

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

4-7 破壊 [アストラルコントロール]

「例えば、最初の事件・・本田幸子が実際に殺人を犯したわけですが・・そこに至るまで、事務所の社長夫妻が大きく関与していたはずなんです。実際、あの後、姿をくらませています。真相を知っている、彼らを見つければ、スパイダーとの繋がりが見つかるかもしれません。」
五十嵐が思い付いたように言った。
「そのことなんですが・・」
突然スピーカーから声が響く。生方が割り込んできた。
「何なの?」と剣崎が少し鬱陶しいと言いたげな返答をする。
「剣崎さん、五十嵐さん、実は、こちらでも独自に、あの社長夫婦を探していたんですよ。」
「それで?」と剣崎。
「二人とも、入院していました。」
「入院?」と剣崎。
「ええ、山梨の精神科の病院です。」
「精神科?」
「ええ、山中湖のコテージで、意識不明の状態で発見され、入院となったようです。調べた限り、精神に異常をきたしていて、回復は無理ということでした。」
『彼の仕業に違いない』
マリアの中にいる伊尾木が思念波で伝える。
「強力な思念波を使って彼らの意識を破壊したのね。」と剣崎が言う。
「やはり、スパイダーが関与しているのは確実ね。・・もう、彼と事件をつなぐ証拠はないわ。」
剣崎の言葉に応えるようにレイが言う。
「もしそうなら、これまで事件に関与した人間も同様に廃人にされるんじゃないでしょうか?」
「3人は拘置所にいるんです。廃人になんてできないでしょう。」
と五十嵐が答えると、生方が思念波で答えた。
『何処に居ようが問題ない。奴は、今、思念波だけの存在。物理的な障壁は無意味だ。すでに、着手しているだろう。奴を止めるのは、普通の人間では無理だ。』
伊尾木の言葉に皆が一気に危機感を高めた。
「一刻も早く、彼を見つけて止めなければ・・。」とレイが言う。
「一体、どこに行ったのかしら?」と剣崎が言う。
『思念波だけでは長くは存在できない。きっと、誰か、シンクロしやすい人物の体に入り込んでいるはずだ。その人物を見つけることだ。』と伊尾木が思念波で話す。
しばらく沈黙したが、みんな、ほぼ同時に同じ人物にたどり着いた。
「射場さん・・じゃないかしら?」
レイが五十嵐を見ながら口を開く。
五十嵐自身も、そうではないかと考えていたが、改めて、レイに言われて強い不安に包まれた。
「何度も、アストラルコントロールを受けたことを考えると、その可能性が最も高いでしょうね。」
剣崎も言う。
五十嵐の不安はさらに強まっていく。
「体に入り込まれたら・・零士さんは・・どうなるんでしょう・・。」
五十嵐が、絞り出すように訊いた。
『射場の思念波が強力であれば、おそらく、思念波のぶつかり合いが起きるだろう。それはかなりの消耗戦であり、おそらく、射場零士の思念波は消えてしまう。そして、最終的に体は完全に乗っ取られてしまうだろう。」
「そんな・・。」と五十嵐が蹲る。
『抵抗せず、奴を受け入れたとしても、同じことだ。射場の思念波は思念波で作られた繭の中に閉じ込められてしまう。結果は同じだ。』
「じゃあ、もう乗っ取られたということじゃ・・。」と剣崎が伊尾木に訊く。
「いえ、大丈夫です。」
今度はレイが口を開いた。
「まだ、はっきりと彼の思念波を感じることができます。今ならまだ・・。」
それを聞くと同時に、五十嵐はトレーラーハウスを飛び出していった。
「私たちも行きましょう。」
剣崎はみなを連れて、五十嵐の後を追った。

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

4-8 零士 [アストラルコントロール]

零士は、ようやく動けるほど回復していて、久しぶりに外出していた。
何処に行く用事もないのだが、外の空気を吸いたい、そういう思いだった。アパートを出て、大通りを歩いて、海が見える公園までやってきていた。
入れ違うように、五十嵐がアパートに到着した。留守だと判り、五十嵐は慌てた。
「零士さん!何処に行ったの。」
アパートから駆け出してきた五十嵐と剣崎たちは鉢合わせした。
「いないの・・どこにいったのかしら・・。」
五十嵐はもう刑事ではなく、零士を愛する一人の女性になっていた。
「大丈夫。彼の思念波を追っていけば必ず見つかるから。」
レイはそう言うと、精神を集中して、零士の思念波を追う。
あちこちに思念波の残骸のようなものがある。それをたどっていくと、海が見える公園についた。
公園の入り口に着くと、五十嵐は、そこらじゅうを走り回り、零士の姿を探した。
零士は、公園の白い大きなベンチに横になっていた。
「零士さん!」と五十嵐が声をかける。五十嵐の声に気づいて零士が起き上がった時、怪しい光が凄まじいスピードで零士に向かっていく。そして、それは五十嵐の目の前で、零士の体に突き刺さるように入り込んだ。次に、零士の体がぼんやりと光り、零士が苦しみ始めた。伊尾木が話した通り、今、目の前で零士の思念波とスパイダーの思念波が戦っている。だが、わずかな時間で苦しみの表情は収まった。射場の体は、スパイダーに乗っ取られた。
「零士さん?」と、五十嵐が恐る恐る声をかける。
零士は、じっと五十嵐を見つめたあと、「やあ、五十嵐さん」と返事をした。
それは、今までの零士とは明らかに別人だと五十嵐はわかった。
今まで、これほど軽く名前を呼ばれたことはなかった。零士はどちらかというと、顔を見ずもごもごと話をするタイプだった。推理をしている時も、そうでない時も、何か自分の中に向かって話をしているようなところがあった。
「零士さん?」
「どうしたんだい?」
「貴方、零士さんじゃないわね。」
「どうやら判っているようだな。」
今度は少し凄みのある言い方だった。
剣崎たちもようやく二人の場所にやってきた。
『もはや乗っ取られてしまったようだな』と、二人の様子を見て伊尾木が言った。
「五十嵐さん、離れて!」と、剣崎が叫ぶ。だが、五十嵐は一歩も動けなかった。体が思うように動かないのだ。五十嵐もスパイダーに、体の自由を奪われていた。
「五十嵐さん、一緒に行こう。」
零士の体に入り込んだスパイダーは、五十嵐の肩にそっと手をかける。
「動かないでください。五十嵐さんの身に何かあればあなた方のせいですよ。」
スパイダーはそう言うと、五十嵐を連れて公園を出て、タクシーに乗り込み、姿を消した。
剣崎たちは、動けなかった。すでに零士の体を乗っ取ったスパイダーは、これまでとは違う強い力を得ているのが判ったからだった。思念波はその人の生命力そのものである。喫茶店のマスターの年齢では、おのずと力は弱くなる。だが、射場零士はまだ40代であり、生命力がもっとも充実している年代である。その力をスパイダーの思念波は十分に使える。零士に近づいた五十嵐を難なくコントロールしたのがその証拠である。
零士と五十嵐の乗ったタクシーは走り去っていった。
剣崎たちの追跡を逃れ、五十嵐を連れたスパイダー(零士)は、自分のアパートに戻った。
そして、部屋に入るとすぐに、取材に使っていた皮のカバンを探し出し、中身をぶちまけた。それから、いくつか手帳を拾い上げ、中身をパラパラと捲った。連れてきた五十嵐は、まだ、スパイダーにコントロールされていて、茫然とした状態で立っていた。意識ははっきりあるが体がいうことを利かない。ただ、スパイダー(零士)の行動を見ているだけだった。
しばらくすると、スパイダーは、五十嵐に向かって言った。
「これから起こることはすべてお前たち警察の不始末が原因だ。罰するならまず身内からだぞ。」
スパイダーの言葉は五十嵐には聞こえている。だが、反応できない。
そんな様子を見て、スパイダーはにやりと笑って、五十嵐の肩に手を当てた。その瞬間、全身がバラバラになったような痛みが走り、五十嵐は気絶した。

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

4-9 新たな事件 [アストラルコントロール]

剣崎たちはいったんトレーラーハウスに戻っていた。
「彼は何がしたいのかしら?」
剣崎が呟く。
「どうすれば、二人は解放されるのかしら。」
今度は、レイが呟く。
二人の言葉には、特別な能力を持ったがゆえに尋常ではない生き方を強いられた辛さが感じられた。それは、マリアも伊尾木も同じだった。
「また、殺人事件が起こるかしら?」と剣崎。
「それ以上のことが起こるかもしれませんね。」とレイ。
『財団にいたときは、財団の命令に従い達成することだけに生きてきたのだ。自らの行動に目的を持つことはなかったはずだ。だからこそ、今回のような矛盾することを繰り返したんだろう。チェイサーに追いつめられていた時は、身を隠す、逃れることが目的だったはずだ。それがなくなって、きっと迷い道に入り込んでしまったんだろう。自らの能力をどう使えばよいか、判らない日々だったろう。』
伊尾木が言う。
「じゃあ、今、零士さんの体を乗っ取って、五十嵐さんを連れて逃げるということが、彼にとって重要な目的になったということかしら?」
レイが伊尾木に訊く。
『ああ、我々が居場所を探し追いかけることで、彼には満足できる目的を与えることになる。そして、われわれが彼と対峙すれば、彼は自らの能力を解放して挑んでくるだろう。それこそ、彼の存在証明になるだろう。』
伊尾木が答える。
「しかし、このまま放置することはできないわ。」
剣崎が少しいらだった調子で言った。
『ああ、そうだ。気づかれぬように彼に近づき、力を封じ込める必要がある。早くしないと、射場零士の思念波は永遠に失われてしまうだろう。五十嵐さんも無事には居られまい。』
剣崎のスマホが鳴った。相手は、刑事課の山崎だった。スピーカーに切り替える。
「ああ、山崎だ。今朝から、五十嵐と連絡が取れないのだが、何か知っているか?」
山崎の声は少し疲れていた。
「何かあったんですか?」と剣崎が訊く。
「ああ、1時間程前に、男が駅前で自らの喉を切って死亡する事件が起きた。それから30分後には、別の駅前で同じような事件が起きた。こっちも喉を切って死亡した。こんな事件が連続して起きるなど前代未聞だ。例のサイキックとの関連があるんじゃないかと思って、五十嵐に連絡を取ったんだが、電話に出ず、居場所も不明だ。」
山崎は二つの事件の捜査に駆り出されているようだった。
「二人に何か共通点はないの?」と剣崎。
「今、それを捜査している。薬物かもしれないんだが・・」と山崎が答えた。
「きっと、まだ起こるわ。おそらく、死んだ二人は、以前に、何か犯罪を起こして逮捕されずにいるはずよ。そういう人間に制裁を加えようとしているのよ。」
剣崎が直感で答えた。
「なんだって?制裁?よくわからんが、二人の過去を調べてみよう。それで、五十嵐は?」
山崎が訊く。
「端的に言うわ。その事件、制裁を加えたのは、射場零士と五十嵐さん、いえ、正しく言うと、射場零士の体を乗っ取ったスパイダー、そして、五十嵐さんは彼に捕らわれているの。」
「射場が今回の事件を仕掛けているというのか?」
「いえ、射場さんの体をスパイダーに乗っ取られて・・。」
「理解できん。とにかく、二人は一緒にいるということだな。」
「ええ、でも迂闊に・・」
「判った。すぐ二人を探し出す!」
山崎は剣崎の話をさえぎって電話を切った。それほど追い詰められているのがよく判った。
「どう動けばいいの?」と剣崎。
『奴の居場所はすぐわかる。それより、奴をどう倒すか、その方法を見つけなければ。』
伊尾木はそう言ったきり、黙ってしまった。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

4-10 シンクロ [アストラルコントロール]

山崎とのやり取りの後、すぐに、生方から連絡が入った。
「剣崎さん、五十嵐さんが見つかりました。」
「どこ?スパイダーも一緒なの?」と剣崎。
「射場零士のアパートの前で見つかりました。近所の方が救急に連絡したようです。今、市立病院に搬送されています。」
「無事なの?」
「詳しくはわかりませんが、意識がない状態で部屋の前に倒れていたらしいんですが、詳しくは判りません。」
「そう。判ったわ。すぐに病院へ行くわ。」
剣崎は皆を見た。それから、「カルロス!トレーラーを病院へ!」と叫んだ。
ほんの数分でトレーラーは病院に着き、剣崎とレイは、五十嵐が運ばれた救急病棟へ向かった。
山崎刑事も姿を見せていた。
「命には別条はないようだが、意識が戻らないようだ。」
現れた剣崎とレイに山崎が説明した。
検査を終えベッドに横たわった五十嵐が処置室から出て、病室へ運ばれていく。
「剣崎さん、彼女にシンクロします。」
レイが剣崎に言った。
それを聞いた山崎が、「どういうことだ?」と剣崎に訊く。
「五十嵐さんの意識の中に入るということです。彼女はその能力を持っていますから・・。」
剣崎が説明した。山崎は困惑した顔をしたまま、レイを見ていた。
レイが静かに目を閉じる。剣崎がそっとレイの手を握る。こうすることで、レイと繋がり、五十嵐の思念波を共有することができる。1分、2分、それはかなり長い時間に感じられた。
ふうと息を吐き出し、レイが目を開けた。剣崎も目を開けた。
「射場さんは完全にスパイダーに支配されているようですね。」
レイが口を開く。
「なあ、五十嵐の意識は戻るのか?」
山崎が不安そうに訊く。
「ええ、もうすぐ意識が戻るはずです。かなりダメージは受けているようですが、しっかりとした思念波を感じることができました。ただ、しばらくはそっとしておいた方が良いでしょう。」
レイが答えると、山崎がさらに訊いた。
「自刃した事件のことだが・・やはり、その・・スパイダーとやらが関わっているのか?」
「ええ、間違いないでしょう。」と剣崎が答えた。
「まだ同じようなことが起きるのか?」
「おそらく、スパイダーを止めない限り、もっと悲惨な事件が起きるはずです。」
剣崎が答えると、さらに山崎が訊く。
「俺たちにできることはないのか?」
剣崎が少し考えてから答える。
「スパイダーが操って、自殺させた人物は、いずれも、不起訴になった人物ですよね。それも、山崎さんたちが関わって立件した事件のようです。過去の事件を調べれば、ある程度、対象は絞れるかもしれません。・・ああ、それと、射場さんがフリーの記者として関わってきた事件も大きく関係しているはずです。五十嵐さんの意識にシンクロして、彼のアパートで、なにか調べている様子が残っていました。」
「そこまでわかるのか?」と山崎。
「ただ、決して、気づかれないように動いてください。もしかすると、あなたたちもコントロールされる危険性があります。・・対象者を特定しても近づかないように。接触するようなことがあれば、それこそ、スパイダーの思惑通りになるはずです。山崎さん自身が対象者を殺してしまうように操られることも考えられます。」
「判った。とりあえず、過去の事件を調べてみよう。対象者をある程度特定できなければ、どうにもならない。何かわかったら、すぐに連絡するよ。」
山崎はそう言うと、病室を出て行った。
「大丈夫でしょうか?」
レイが呟く。
「どうかしら・・私たちは私たちの方法でスパイダーの居場所を突き止めましょう。」
剣崎はそう言って窓の外を見た。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

FINAL1 因縁 [アストラルコントロール]

それから数日は特に事件は起きなかった。スパイダーの行方は依然として掴めないままだった。
『どうにも釈然としない』
伊尾木が苛立ったような思念波をみんなに送った。
「どうしたの?」と、トレーラーハウスのベッドで横になっていたマリアが、起き上がってから、不思議な顔をして訊いた。
会議スペースにいた剣崎とレイも、驚いてベッドルームに顔を見せた。
『スパイダーは、公園から逃げた後、立て続けに二人の命を奪ったにも関わらず、そのあと全く動きを見せないのは何故だ?』
伊尾木の苛立ちは、剣崎やレイも同じだった。
「次のターゲットを探しているが、見つからないってことじゃないかしら?」
剣崎がマリアの横に座って答えた。
『拘置所にいる者はどうだ?』
三つの事件の犯人は、拘置所にいる。彼らへの制裁を行うかもしれないと考えていたが、幸い無事のようだった。
「山崎さんからは特に連絡はないわね。」
『レイさん、何か感じないか?』
ドアの近くの椅子に座っていたレイに伊尾木が訊く。
「射場さんの思念波も、スパイダーの思念波も捉えられないんです。」
『そうか・・・やはり釈然としないな。』
伊尾木はそう言って沈黙した。
「あれから、射場さんの手帳を手に入れて調べてみたんだけど、ターゲットになりそうな人物はかなりいるのよ。絞るのは難しいんだけど、ちょっと気になる人物がいたわ。」
剣崎はそう言うと、会議ルームへ戻ってから、モバイルPCを抱えて戻ってきた。そして、ベッドルームのモニターに、ある人物を映し出した。
「以前、射場さんが誤認逮捕された事件。取り調べたのは山崎刑事。すぐに無実だと判ったんだけど、この事件、まだ犯人が逮捕されていないの。」
剣崎はそう言うと事件の概要をまとめた画面に切り替えた。
「4年前、師走の繁華街で傷害事件が起きた。被害者は、小松原雄一。県会議員の長男で、繁華街に入り浸っているような不埒な所業で、その日は、大通りから一本入った通りで、背後からアイスピックのようなもので刺されて倒れた。通行人も多数いて、すぐに救急搬送され一命はとりとめた。通報を受けて警察が非常線を張ったところ、目撃者の証言した犯人と服装や背格好が似ている射場が容疑者となって、山崎の取り調べを受けることになったということなの。」
剣崎が短くまとめて事件の経緯を説明した。
射場は、小松原雄一を取材対象として一か月近く追っていた。正確には、小松原雄一の父親の収賄疑惑を取材し、その長男がガードが甘いと踏んで、取材を進めていたのだった。だが、これといった情報が掴めず、突撃取材を決行しようと考えていた時に、事件が起きた。
結局、容疑者となったために、小松原に接触することはおろか、週刊誌側からもネタの持ち込みを断られ、業界の中では、射場は信用を失って、事実上干されてしまった状態にまで陥った。
事件自体も、多くの目撃証言があるにもかかわらず、犯人にはたどり着けず、迷宮入りしていた。
「この事件の犯人を探しているのかしら?」
レイが剣崎に確認するように言った。
「犯人を特定するのは無理でしょうね。」と剣崎が答える。
「射場さんはすぐに釈放されたんでしょ?」とレイ。
「ええ、そうみたいね。現場近くにいたのは事実だったようね。目撃者の証言で、服装と背格好が一致したこと以外は何もないわけだし、射場さんも取材していたことを証明したようね。写真とか取材メモとか全て提出させられたみたいだし。やっていないことを証明するのは難しいはずだけどね。」
剣崎はそう言いながら、何か引っかかっているようだった。
「どうしたの?」とレイ。
「何か、この事件、不自然なのよ。ひと気の多い繁華街で、脇の通りに入った場所とはいっても多くの通行人がいる。そこでわざわざ実行している。それに、致命傷でもない。リスクが高すぎるでしょ?しかし、犯人は特定できていない。射場さんが容疑者となったのも、特徴的な服装だったことだけなの。カーキ色のロングコートと皮のリュックサック。でも、彼はもっと目立つ大きなカメラを持っていた。証言にはカメラのことは一切出て来ない。不自然なのよ。」
レイは剣崎の話をじっと聞いていた。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

FINAL2 最後の事件 [アストラルコントロール]

「誰かが射場さんを排除するために起こした事件ということかしら?」
レイが思い付いたように言った。
「そうか・・。そういうことなのね。・・射場さんが邪魔だった。だから排除するために事件を起こした。」
剣崎が確認するように言った。
「そうなると、小松原雄一の父親、県会議員の収賄は実際にあったということかしら?」
と、レイが言う。
「そのあたりを今、スパイダーが調べているということでしょうね。」と剣崎。
「でも、どうして?射場さんは完全に取り込まれ、意識はないはずです。なのに、射場さんの意思で動いているなんて・・ありえないでしょう?」
レイが疑問をぶつける。
『射場は取り込まれていないかもしれない。』
突然、伊尾木が思念波を送った。
「どうして?」と剣崎。
『射場の命を救うため、私が彼の思念波にシンクロしたのを覚えているだろう。かなり衰弱していたために、私が少し思念波を操作した。わずかだが、私の思念波を彼の中に残してしまった。スパイダーに取り込まれながら、そのことで部分的に射場の思念波がスパイダーに抵抗をしているのかもしれない。』
「スパイダーは、射場さんを取り込んだつもりでいるが、実は、射場さんに操られているかもしれないということ?」
レイが伊尾木に訊いた。
「でも、それなら、五十嵐さんを人質にしたり、身を隠したりしなくてもいいんじゃないの?」
剣崎も訊いた。
『初めはおそらく射場は完全に取り込まれ意識を失っていたんだろう。だが、徐々に立場が変わってきているのかもしれない。いずれにしても、スパイダーの居場所を突き止めるほか方法はない。』
「この小松原県会議員が鍵ね。まずは彼に接触しましょう。」
剣崎はそう言うと、小松原県会議員の自宅へ向かった。
小松原県会議員の自宅は、町の郊外にある高級住宅地のもっとも高台に建っていた。閑静な住宅街にトレーラーで乗り入れるのはさすがに目立つため、タクシーで乗り付けた。
「どう?レイさん、スパイダーの思念波を感じる?」
剣崎がレイに尋ねる。
「いえ、周囲には居ないようです。」
屋敷の入り口は、大きな石造りの門扉で閉ざされていた。あちこちに監視カメラがついている。周囲を歩いてみる。家をぐるりと取り囲むように、塀と生垣があり、中の様子は全くわからない。
剣崎のスマホが鳴った。
「生方です。小松原氏は、県外視察だったようですね。夕方には戻る予定で、今は、新幹線に乗車中です。」
「息子の雄一は?」
「父親の秘書として同行しています。」
「スパイダーの姿は?」
「新幹線の中には居ないようです。現在、駅周辺のカメラで監視しています。動きがあればお知らせします。」
電話を終えると剣崎が、レイに「駅へ行きましょう」と提案した。
二人はすぐに、新横浜駅へ向かうと、改札口が見える小さなカフェに入った。
周囲に、スパイダーの思念波がないかをレイはじっと探っていた。剣崎は、改札を通過していく乗降客を監視した。
「そろそろ到着する時間ね。」
剣崎は目を凝らして改札を見ていた。
「感じる!・・スパイダーの思念波・・かなり強い・・・・うう・・。」
レイが頭を抱えた。
「レイさん!シンクロしないで!危ないわ!」
そう言って剣崎がレイを見たと同時に、構内に悲鳴が響いた。
改札を出たあたりで、通行客が足早に逃げていく。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー
前の30件 | 次の30件 アストラルコントロール ブログトップ