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5-4 レイの能力 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

ケヴィンは、一歩下がり、能力を止めた。レイはその場に力なく座り込んでしまった。暫く、沈黙が続いた。暫くすると、ケヴィンが口を開いた
「やはり、あなたの能力は恐るべきものですね。」
レイの前に立つケヴィンは、目や鼻から出血している。そして、ゆっくりと座り込んだ。
初めに、ケヴィンは、能力を使うとレイが苦しむことになると言った。だが、明らかに、ケヴィンの方がダメージが大きかった。
どういうことなのか、レイには理解できなかった。
自分は、ケヴィンの思念波を遮断しようとしただけだった。だが、何の効果もなく座り込んでしまったからだった。
「レイさんは・・まだ・・自分の力を・・知らないだけなのです。」
ケヴィンは、床から何とか立ち上がり、ゆっくりとソファに移った。だが、姿勢を保っているのも辛そうに見えた。
「どういうことでしょう?」
レイはケヴィンに訊く。
「お話しします・・その前に、少し、水を・・。」
ケヴィンはなかなか回復しなかった。レイは、キッチンに置かれた冷蔵庫に行き、ペットボトルに入ったミネラルウォーターをケヴィンに渡す。
ケヴィンは、蓋を開け一気に水を飲む。そして、目や鼻から流れた血を拭き取ると、ようやく、平常な会話ができるほどに回復した。
「レイさんは、今まで事件捜査で、その力を使いましたよね。」
「ええ・・。」
「シンクロ能力と呼ばれていたようですが・・・。」
「はい。祖父や母から教えられたことです。私には生まれつき、特殊な能力があると・・。」
レイが答えると、ケヴィンは何故か、レイを憐れむような目つきになった。
「初めのうちは、他人の思念波を捉えることで、被害に遭っている女性の居場所を突き止めることができました。ですが、徐々に、それは、・・」
レイが話し始めたところで、ケヴィンが遮った。
「これまでのところは我々も調べて知っています。・・ただ、それは、全て、特殊な能力を持たない人が対象だったはずです。」
思い返してみると、確かに、そうだった。だが・・とレイは思った。
「剣崎さんは?」
「ああ、彼女は別です。・・彼女の能力は、我々とは違う、別のものです。物体から記憶を読み取るなんて、我々には理解できないものです。・・少し伺いますが、あなたが、シンクロした人はその後どうしているか知っていますか?」
ケヴィンに訊かれ、答えに困った。
犯罪被害者を救い出したり、犯人の行方を探したり、能力を使った後は、一樹や亜美の仕事だった。その後、どうなったかなどは考えることはなかった。
「まさか、何か影響が残っているというんですか?」
レイは、驚きを隠せず、ケヴィンに訊いた。
「いえ、心配するようなことはありません。ただ、紀藤刑事は少し影響を受けたようですね。」
ケヴィンはどこまで自分たちの事を知っているのだろう。随分、以前から自分たちの事を調べていたのだろうか。
「亜美さんが?」
レイが訊く。
「ええ・・彼女も少し特別な能力のDNAを持っているようです。あなたと何度か接触し、シンクロする場面に立ち会う中で、影響を受け、徐々に特別な能力が生まれ始めているようです。勿論、レイさんのような強い力ではありません。たぶん、・・そう、直観力が高くなったと感じる程度ではないでしょうか。」
「そんな・・。」
レイの表情を見て、ケヴィンが続ける。
「私の様子はご覧になりましたね。最初、私は、あなたをマニピュレートする事ができました。しかし、同時に、私自身も苦しむ結果となった。どういうことだか判りますか?」
レイは理解できなかった。
更にケヴィンは続ける。
「シンクロするということは、相手と同じ、思念波を持つということです。私とレイさんは、あの瞬間、一つの思念体になったんです。だから、あなたをマニピュレートして苦しめることは、自分自身も苦しむことになるのです。ここまでは、理解できますね。」
レイは、何となくその関係が理解できた。
「では、私を殺せば、あなたも死ぬということですか?」
レイが訊ねる。
「いえ、そんな単純なものではありません。ノーマルな人間であれば、命を落とすと、そこで思念波は消えます。確かに、僅かですが死を感じることになるかもしれませんが、自分が苦しむことはほぼありません。あくまで、サイキック同士の関係で成立することなのです。」
サイキック同士であればと聞き、レイは、以前、剣崎とシンクロした時のことを思い出していた。
「ただ、あなたの能力が凄いのは、そのダメージを相手に移す事ができることです。自分はさほど苦しまず、相手にその何倍かの苦しみを与える事ができるのです。その証拠に、あなたのダメージは、そこに座り込む程度だった。あと数秒、私がレイさんをマニピュレートし続けていたら、私はきっと死んでいたでしょう。」
ケヴィンの様子を目の当たりにしていたレイには、その意味がよく判った。同時に、どうして自分はそんな能力を持ってしまったのかと考えていた。
更にケヴィンは続けた。
「そのプロセスは判りません。ピッチャーが投げたボールを打ち返すと、その打球が投手のボールスピード以上で飛んでいくのに似ているような、そういうものかもしれません。」
ケヴィンの例えはよく判らなかった。
「あるいは、平面の鏡は自身の姿を映し出すだけですが、球面の鏡では実像と虚像が同じではなくなる。おそらく、そういうものだと思います。」
「それを知っていて私に能力を使ったというんですか?」
レイには、ケヴィンの行動が理解できなかった。
「いや、それが真実かどうかを確かめたかったんです。昔、マーキュリー研究所で、あなたに似た能力を持つ人物にあったことがある。その人も、自分の能力の全てを理解していたわけではありませんでした。ただ、訓練中に、事故が起きた。特殊能力を持つ研究員がいて、その人の訓練に同席していて、命を落としたのです。我々の様な能力を持つ者が、むやみに能力を使うと、相手を強く傷つけ、命を奪う事にもなる。あなたのシンクロ能力はその中でも最も危険と言えるでしょう。今まで、刑事たちの依頼で能力を使ってきたのでしょうが、それはかなり危険な行為だと理解した方が良い。」
ケヴィンは、レイに優しく忠告した。
「今、マリアは私たちの協力者の許に居ます。だが、それは時間の問題。マリアが何か不審に感じれば、彼らの意識の中に潜り込むでしょう。そして、その協力者から、私たちの存在を知ることになるはずです。そうなってしまえば、マリアは我々と対峙するに違いありません。」
「救い出そうとしていると伝えればいいのでは?」
と、レイがケヴィンに訊く。
「ええ、だが、それほど簡単ではありません。マリアはまだ十歳。社会から隔離され生きてきたのです。誰が味方か敵か、正しく判断することはできないでしょう。」
ケヴィンは哀しげな表情で答えた。
「じゃあ、どうすればいいのです?」
レイが訊ねると、ケヴィンはレイをまっすぐに見て答えた。
「レイさんのシンクロ能力が必要なのです。・・マリアに近づけば、きっとあなたをマニピュレートするために思念波を送ってくるはずです。その思念波にシンクロして、我々の真意を伝えてほしいのです。・・私は、彼女と同じマニピュレート能力を持っていますが・・おそらく、マリアの前では赤子の様なもの。どうしても、生まれつき・・」
そこまで口にして、急にケヴィンは黙った。

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5-5 レイの決心 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「本当に、私の力で、彼女を救えるのでしょうか?」
レイはケヴィンに訊く。
「いや、むしろ、あなたでなければ救えない。少なくとも、私はそう考えています。」
「今のままでは駄目なのでしょうか?」
「先ほども言ったように、今、マリアと共に居る者は、われわれの協力者です。いずれは我々の手先だとマリアは思うはずです。その時、どんなことが起こるか想像できますか?」
信頼していた者に裏切られたのだと思えば、恐らく、命を奪うほどの報復をするに違いない。レイは想像した。
「それに、剣崎さんたちもこのままにはしておかないはずです。何としても、彼女に接触しようとするはずです。無理に接触すれば、剣崎さんたちの身も危険にさらされることになります。そのうえ、FBIからの要請で派遣されているわけですから、仮に、マリアを保護できないと判断されれば、次の手を打ってくるに違いない。」
「次の手・・とはなんですか?」
「危険なサイキックを野放しにはできないという理由で、容赦なく抹殺するはずです。彼女だけでなく、周囲も巻き込んだ大きな事故に見せかけることもやりかねない。」
「大きな事故?」
「火災事故、爆発事故、手段は選ばないでしょう。そうなれば、全く無関係な一般市民にも犠牲者が出るはずです。」
ケヴィンの答えは、どんどんエスカレートしていく。ただ、それがあながちオーバーではないだろうということも、レイは理解した。
「もうあまり時間がありません。レイさん、是非、協力してください。」
ケヴィンが深く頭を下げる。不思議な光景だった。所在不明な特別な部屋に監禁された状態にあるレイに対して、拉致した者が、頭を下げている。
「剣崎さんに、一度連絡させてください。」
レイがケヴィンに言う。
「いや、それは出来ません。剣崎さんは我々をレヴェナントと呼び、抹殺しようとするチェイサーの手先なのです。あなたが連絡をすれば、マリアを救い出すどころか、我々の身も危うくなる。それでは、例え、マリアを保護できても、全てが無に帰してしまう。マリアを保護し、安全な場所に身を隠す事ができるまでは、あなたの身は我々の手にある。それは譲れません。」
ケヴィンの顔が強張り、スーツの中から拳銃を取り出し、レイに突き付けた。
「手荒な真似はしたくありません。我々に従って下さい。」
所在不明の怪しげな部屋に監禁した状態で、手荒な真似はしたくないと言われても、説得力は無いが、レイは彼らに従うほか無いことは明白だった。
「わかりました。」
レイは仕方なく答えた。
「良いでしょう。近々、マリアに会える予定です。それまではここで過ごしてもらいます。必要なものがあれば言って下さい。そこの電話を使えば、我々の部屋に繋がりますから。」
ケヴィンはそう言うと、再び部屋に鍵をかけて出て行った。

「どうでしたか。」
ケヴィンが男たちのいる部屋に戻ると、スーツ姿の少し小柄な男が訊いた。
ケヴィンは、小さく頷いたあと、ソファに横になった。
「彼女の力は想像以上だった。まだ、本人は気付いていないようだが・・あれは、シンクロなどと呼べるものではない。マニピュレートそのものだ。」
「では、あの研究記録は正しかったということですね。」
「ああ、・・いや、記録とは異なる所がある。生まれつき能力を持っている者は、自らの能力の一部しか認識できていない。幼いころから、能力を使う事を厳しく咎められていたためだろう。自らの能力を過小評価し、成長するものだとは認識していない。」
ケヴィンの言葉には何やら、悔しさの様なものがにじみ出ていた。先ほどのスーツ姿の男は、ケヴィンの話をじっと聞いていた。
「私のように、訓練で能力を開花させた者は、その能力を高めるために必死だった。そうでなければ、存在価値がない。だから、時に、必要以上に自分を追い詰めたり、薬を使ったりしてきた。彼女やマリアはおそらく、全く別の次元にあるはずだ。・・もしかしたら、想像以上の強い力となってくるかもしれない。」
スーツ姿の男がようやく本題について訊いた。
「それで、我々に協力することは?」
「ああ、大丈夫だ。彼女にも、マリアを助けたい気持ちはある。それに、いざとなれば、命を、と脅しておいた。協力せざるを得ないだろう。」
「では、予定通り進めて宜しいのですね。」
スーツ姿の男が、再度、確認するように訊く。
「ああ、予定通りに進めよう。」
ケヴィンの言葉を聞き、スーツ姿の男はスマホを取り出し、電話を掛けた。
「ああ、私だ。予定通り進める。」
電話から、女性らしき声が洩れるように聞こえる。
「大丈夫だ。心配ない。・・そっちこそ、怪しまれないように連れ出せるか?」
再び、女性の声が何かを言う。
「心配ない。手荒な真似はしない。」
スーツ姿の男は、女性とのやり取りに少し苛立ったように返答して、電話を切った。それから、ケヴィンに向かって言った。
「では、明日の午後、港近くの公園で接触します。」
そう訊いて、ケヴィンは頷いた。
それから、ケヴィンは目を閉じる。
レイをマニピュレートした時に起きた事象を、今でも強く記憶している。その感覚はまだ少し残っているようだった。
「・・レイさんがマリアと接触すれば、恐らく、想像を超えることが起こるだろうな。・・」
ケヴィンは独り言のように呟き、目を閉じて休んだ。

ケヴィンが部屋を出てから、レイは、自分のなすべきことは何かを考えた。
このまま、彼らの指示に従っていくべきなのか、それとも、何らかの抵抗をすべきか。
指示に従い、マリアと接触したとして、彼らの事を信用させることができるのか。本当に彼らは、マリアを保護してくれるのか。何処にも保証はない。
抵抗するとして、どういう方法があるか。
シンクロするだけでは何も始まらない。マニピュレートする能力があれば、彼らにダメージを与えることもできるだろうが、そんな能力は持っていない。
それよりも、この部屋を抜け出すことができれば・・とレイは考えた。少なくとも、自分の居場所を剣崎たちに伝える事ができればとも考えた。だが、それが最も難しいことも判っていた。

部屋の電話が鳴った。
「食事を持っていく。」
感情というものが感じられない声が聞こえた。
暫くして、ドアが開き、男が二人、食事をもって部屋に入って来た。彼らも特殊な能力を持っているのか、確かめるために、レイは思念波を送る。何の抵抗もなく、彼らの思念波をキャッチし、シンクロできた。その時、彼らは体を強張らせて動けなくなった。レイは彼らの思念波にシンクロし、ここの場所を手掛かりをつかむため、彼らの記憶の中に潜り込む。突然、レイの中にケヴィンが現れた。そして、二人の思念波が遮断された。
「どういうこと?」
食事を運んできた二人は、何もなかったかのように、テーブルに食事を置き、何も言わず部屋を出て行った。

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6-1 新道家にて [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

亜美とリサは、神林教授とF&F財団のつながりを調べるため、橋川市へ戻り、新道家を訪れる前に、一度、署に戻ることにした。
今、レイは何者かに拉致されている。無事だと剣崎は言ったが、確証はない。そのことを、レイの母、ルイにどう話せば良いのか。神林教授とF&F財団のつながりを調べるには、母ルイに話を聞かなければならない。そのためには、洗いざらい話さなければならないだろう。だが、どう伝えればよいか悩んでいた。
「お父さん・・いや、署長は?」
署に戻ると、受付にいる警官に尋ねた。
「先ほど、帰られましたよ。」
警官はあっさりと答えた。亜美はリサとともに、仕方なく、新道家へ向かった。
玄関先で、レイの母、ルイが温かく迎えてくれた。
リビングに入ると、亜美の父、紀藤署長の姿があった。
父はここが我が家と言わんばかりに寛いでいた。あの事件以降、父がレイの母ルイと親しくしているのは知っていたが、目の当たりにすると余りいい気はしない。
「紀藤さんから聞いています。」
ルイはしっかりした口調で言った。
どういうこと?という表情を浮かべて、亜美は父を見る。
「ああ、さきほど、矢澤から連絡があった。レイさんが拉致されたこと、そして、矢澤も一時意識不明になったこと・・随分難儀をしているようだな。」
父の口調が余りに他人事のように聞こえて、更に亜美は苛立つ。
「レイは大丈夫よ。」
ルイが亜美に言う。しかし・・と亜美は心の中で思った。
「拉致したということは、今回の事件で、レイさんはかなり重要な役割を担うに違いない。邪魔な存在なら、その場で殺されていたはず。そして、きっと、相手はレイさんの特別な力を知っている。そう考えれば、ぞんざいに扱うことはないはずだ。」
紀藤は急に真面目な顔になり、亜美が納得するように話した。
「大よそのことは、聞きました。あなた方に見せたいものがあるの。ついてきて。」
ルイはそう言うとリビングを出て、長い廊下を進んで突き当たりまで来た。何処へ向かうのか判らぬまま、亜美とリサが続く。
壁の柱に小さな細工があり、そこを開くと、レバーがあった。ルイはそれをゆっくりと引く。儀いという音とともに、壁が徐々に下がり、その先に地下へ続く階段が現れた。
「さあ、行きましょう。」
一歩足を踏み入れると、壁のライトが自動で点灯した。地下に階段が伸びている。ルイが先に降りて、地下室の灯りをつける。
20畳ほどの広い地下室。四方の壁には、難しい書物が積み上がっている。中央に大きな机がある。
「最近、見つけたのよ。神林の研究室だったようなの。」
ルイはそう言うと、脇机の引き出しを開ける。そこにはノートがびっしりと入っていた。数冊取り出し、ルイが広げて見せた。
「すべて、神林の研究記録。私の能力の発見過程や、実験記録、レイの研究記録など、とにかく、五十年近くの記録があるのよ。」
これだけの記録があれば、恐らく、F&F財団とのつながりも書かれているかもしれない。
「あの・・ルイさん、F&F財団という名前をお聞きになったことはありませんか?」
「いえ・・知らないわ。でも、もしかしたら、この中に何かそういうことが書かれているかもしれないわね・・。」
だが、膨大な量のノートである。一つ一つ開いて読み込んでいく時間はない。
「そのF&F財団というのは、いつごろからあるのかしら?」
ルイが訊いた。
「いえ、それが・・。」
亜美が答える。
「私がアメリカにいた頃には、そういう名前を聞いたことはなかったわ。」
ルイも、特殊能力の研究者として、アメリカの研究所に居たのだった。
リサが、咄嗟に思いついた。
「あの・・この方たちをご存じありませんか?」
リサが、カバンからIFF研究所の理事名簿を取り出して、ルイに見せる。
「これは?」
「今回の捜査で、マリアさんが両親を失った後、保護した養護施設の本体、IFF研究所というところの役員名簿です。名前だけですが、思い当たる人はありませんか?」
ルイは名簿を順に見ていく。そして、一番下にあった名前を指さして言った。
「同一人物かどうか判らないけれど、この・・磯村という人、もしかしたら、父の研究の助手をしていた人かもしれません。・・ちょっと待ってください。」
ルイはそう言うと、机の大きな引き出しを開いて、何かを探している。
「ああ、ありました。父が昔、大学で研究をしていた頃の写真です。」
そこには、若々しい神林教授が映っていて、周囲には難しい顔をした学生の様な若者が何人も映っていた。誰も、何故か、険しい表情をしている。悲壮さすら感じられる。
写真を裏返すと、「夢半ば」という、神林教授が書いたと思しき文字があった。
「これは?」
と、亜美が訊ねる。
「おそらく研究室を閉じることになった日に記念に撮ったんじゃないでしょうか?父の研究は、大学でも非科学的だと評価されていましたし、娘を実験台にしているということも社会的に非難されてもいました。研究室が閉められるのも時間の問題だったようです。・・そのあたりのことは、このノートに書かれています。」
ルイは、まるで他人事のように言うと、1冊のノートを机の上に広げた。
そこには、そうなった経緯と大学当局への批判が綴られていて、最後に、研究室にいた助手たちの名前が書かれていた。
そこに、磯村の名もあった。
「ルイさん、ここにあるノートを全てお読みになったんですか?」
リサが驚いて訊いた。
「そうねえ・・この部屋を見つけてから、父が私を実験台にして行った研究をどう考えていたのか、知りたくて・・一通り、目を通しました。・・しかし、父は、娘である私への謝罪など、一切書いていませんでした。研究対象、あるいは、実験台としか見ていなかった。」
ルイの言葉には悔しさがにじみ出ていた。
「随分古い写真だから、磯村という名前だけで、同一人物というのは少し無理があるかもね。」
ルイは、少し気を取り直して、亜美たちに言った。
だが、亜美は、なんとなく、写真の人物があの磯村勝だと直感的に思った。
「ここに写っている皆さんは研究室が閉鎖された後、どうされたんでしょうか?」
亜美がルイに訊く。
「さあ、研究室が閉鎖された後、このノートには何も記録されていないから・・。ただ、父は、その後、ここに籠って研究を続けていたんじゃないかしら。」
「ルイさんは?」
「まだ、十代でしたから、実験台になる苦痛から逃れるために父の元を離れました。自分のこの能力は一種の病気ではないかと考え、大学へ進み、脳科学の研究者になり、、アメリカの研究機関へ行ったんです。・・おそらく、その頃、父は、異常な世界にまで足を踏み入れていたと思います。」
「どうして、そう思うんですか?」と、リサ。
「これを見てください。」
そういって、ルイは、積み上がった書籍の中に埋もれるように置かれていた、段ボール箱を引っ張り出してきた。そして、その中から1枚の書類を取り出した。
その書類には、意味不明な数字とアルファベットが細かい文字できれいに並んでいた。どう読み取ろうとしても、意味が判らなかった。
「異常としかおもえないでしょう?何かの暗号のような・・。」
ルイが呆れた顔でそう言って、亜美の顔を見る。亜美が驚いた表情で固まっていた。

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6-2 暗号の様な祖類 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「どうしたの?亜美さん。」
暫く、亜美が返答をしないでいるので、リサが代わりに答えた。
「実は・・これと同じ様な書類を見たんです。」
リサの答えに、今度は、ルイが驚いた表情を見せた。
リサは、そう言って、持ってきた鞄を開けて、磯村健一から預かった書類の束を机の上に出した。そして、件の書類を差し出した。
文字の大きさや形は違うが、それは紛れもなく、同種であると判断できた。
「これは、IFF研究所、常務理事だった磯村勝氏が持っていたものなんです。」
ルイは二つの書類を机に並べ、しげしげと見つめる。
「もし、これが、研究に関する何かの記録だとすると、やはり、父の研究を知っている人物・・磯村勝氏は、神林教授の助手だったと考えるのが妥当でしょう。」
リサが言うと、ルイも亜美も頷いた。
「どういう内容か判りませんか?」
と、ルイが訊く。
「いいえ。暗号だとしても、読み解くキーワードさえ判りません。」
リサの言葉に、ルイは、残念そうな表情を見せた。
リサが続けて言う。
「でも、一歩前進です。IFF研究所と神林研究所のつながりが判りました。やはり、磯村勝氏は超能力の研究のために、IFF研究所を開いたに違いありません。」
亜美がようやく口を開く。
「磯村勝氏は、今、どうされているの?」
と、ルイが訊く。
亜美は、IFF研究所で起きた火事や事故、役員の自殺といった経緯をルイに話した。
「磯村勝氏には、私たちも会っていません。息子という健一さんから伺った話なのですが。勝氏は、精神を病んでおられ手、正常な会話ができないということでした。」
「そう、それは御気の毒な事ですね。でも、どこか、仕組まれたような話なんですね・・。」
ルイはそう言いながら、机の上に広げられた磯村健一から預かった書類にふと視線をやった。
書類の中に、写真の様なものを見つけた。
「これは?」と、ルイが書類の束から、その写真を引っ張り出した。
「ああ、それは、IFF研究所の落成時に撮られた記念写真のようです。その中央に写っているのが、磯村勝氏だと思います。」
亜美が答える。
「ちょっと待って・・。」
ルイはそう言って、先ほどの神林研究所の写真を取り出して、並べた。
「この人が、磯村勝氏だと言ったわよね・・。」
ルイが再度確認するように亜美に言う。
「ええ、そうです。」
そう答えた亜美も、写真を見て違和感を感じた。
古い写真で随分年齢的な違いがあるとしても、神林研究室で助手をしていた磯村と、IFF研究所の磯村勝氏が同一人物とは思えなかった。背格好や顔立ち、ほくろ、髪の毛・・あまりに違い過ぎていたのだ。
「これは別人ね・・。」
ルイが口に出した。亜美もリサも小さく頷く。
「どういうことでしょうか?」
リサが、ルイや亜美に訊く。二人とも困惑した表情を浮かべていた。
しかし、すぐに、ルイは、地下室の隅にある扉の付いた書棚に向かった。
「どうしたんです?」とリサ。
ルイは何も言わず、書棚の前に立つと、首元にしていたネックレスを取り出し、鍵穴に入れてまわした。扉を開くと、そこには、様々なファイルがびっしりと並んでいた。ルイはその中から、色が変わったいかにも古そうなファイルを取り出した。それから、ファイルの中を調べ始めた。
「ああ、あったわ。」
暫くして、ようやくルイが振り向いて1枚の写真を掲げる。
「これを見て!」
その写真には、若き磯村勝とよく似た顔の男性が写っていた。だが、笑顔はない。それは、書類の右上に貼られた身分証明の様な写真だった。
「これは?」と亜美が訊く。
「これは、私がイプシロン研究所にいた頃の研究記録の一部です。」
「研究記録?」とリサが言う。
「これは、イプシロン研究所にあった被験者の記録なんです。本来なら持ち出し禁止の書類なんです。でも、彼についてはどうしても気になることがあって・・」
ルイが答える。
「被験者?」
今度は、リサが訊く。
「ええ、彼の名前は伊尾木哲。日本から連れてこられた被験者でした。」とルイが言う。
「研究者ではなく、被験者?そんな・・。」と亜美。
「当時、私たちの様な能力を持つ者は、大半が精神異常者とされて、精神病院や矯正施設へ強制的に入院させられていたんです。その中から、特殊能力があるとみなされた者は秘密裏に、イプシロン研究所へ移送され、研究対象とされていました。」
「そんなことが許されるのですか?」とリサ。
「勿論、今ではそれは赦されない事でしょう。しかし、あの頃は、精神障害による犯罪も多発していて、社会的にはそういう風潮がまかり通っていましたから・・。今でも、全くないと言えばうそになるでしょうね。・・」
ルイは哀しげに言い、さらに続けた。
「私は、自分の特殊能力を隠して通して、研究者となれましたが、移送された被験者には、人権も何もない、惨い実験に晒されていたのです。私自身も、その実験に立ち会う立場でしたから、父を恨む立場ではないことは承知しています。」
ルイは、昔の記憶を辿りながら、自戒の念を強くしていた。
亜美は、先ほどのIFF研究所の写真と、ルイが取り出した写真を並べてみた。
確かに、二つはよく似ている。ほくろの位置、目鼻立ち、同一人物と考えても無理はなかった。
「でも、どうして、被験者だった伊尾木哲が、磯村勝になれたのでしょう?」
と、リサがルイに訊く。
「伊尾木には、私と同様に特別な能力が認められました。私の場合、他人の思念波を捉え、所在や状況を知る事ができるものでしたが、彼の能力は実験の中で飛躍的に高められ、相手の意思を変えさせるまでの能力になっていました。・・その能力を使ったと思うのですが・・・。」
それ以上のことはルイにも判らないようだった。
「あの・・飛躍的に高めるというのはどうやって?」
亜美がルイに訊いた。
「いろんな方法が取られました。食事を摂らせず身体的にギリギリの状態にする方法や、睡眠を取らせず精神的に追い込む方法、麻薬や覚せい剤といった薬物の使用、拷問に近いこともあったはずです。生命の危機に陥る時、能力が研ぎ澄まされていくという理論です。その中でも効果があったのが、ある薬品の注射効果でした。」
薬品の注射と聞き、亜美はあの忌まわしい事件を思い出していた。
同時に、亜美はルイと目を合わせた。
「そう・・私が父から受けた・・あの状態こそ、能力を飛躍的に高める一つの方法だったのです。」
ルイは敢えてそう言うことで、亜美や、リサに、余計な気遣いをさせまいとした。
「あの・・伊尾木哲にも、その方法が?」
と、リサが訊く。
「そこまでは判りません。・・ただ、彼は、ある日忽然と姿を消したのです。その日、研究所内でボヤ騒ぎが起き、研究者が屋外に避難した隙に居なくなってしまったのです。その後、研究所でも彼の行方を捜したと思います。だが、見つからず、彼の存在は闇に葬られてしまった。彼の記録の一切は廃棄されました。でも、私は、彼のことが気になって、こっそり記録の一部を隠し持っていました。それからすぐに、イプシロン研究所は閉鎖されてしまいました。」

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6-3 変貌 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「伊尾木氏が磯村氏になっていたとすると、彼は、自分と同じように、特別な能力を持つ者をマーキュリー研究所に送る役割を担っていたことになります。そんなことがあるのでしょうか?」
亜美が、ルイに訊く。
「あえて、その立場にいることで、追跡の眼をかわす。そうとは考えられませんか?」
今度は、ルイが亜美に訊いた。
「神林教授の助手だった磯村氏になりすまして、周囲からの疑念を抱かせないということですね?」
今度は、リサが言った。
「亜美さん、私を一度、磯村氏に会わせていただけませんか?」
ルイが、驚くべきことを申し出る。
「磯村氏に?」
と、亜美が驚いて訊く。
「ええ、私は、伊尾木氏であるかどうか、判ります。」
「でも、彼は、精神を病んでいてまともに話もできないようですが・。」
「その真偽も確かめられるはずです。彼は、高度な知的レベルにあります。仮に、IFF研究所を閉鎖する為、誰かが策略したのなら、彼はそれをいち早く察知し、保身のため、精神を病んだように見せているのかもしれません。」 
「しかし、健一氏が会わせてくれるかどうか・・。」
「大丈夫です。顔を見なくても、きっと判ります。」
「しかし・・。」
亜美は、レイが拉致された今、ルイまで今回の件に巻き込むことに躊躇していた。
「レイのためにも、一刻も早く、この謎を解く必要があります。大丈夫です。」
ルイの力強い言葉に押されるように、磯村氏に会いに行くことが決まった。
三人の話を聞き、紀藤署長も同行すると言い、紀藤署長の運転する車で、浜松の磯村氏を訪ねることにした。途中、磯村健一氏に連絡し、以前に会ったピアンで待ち合わせすることにした。
四人が到着した時、すでに健一氏は、ピアンの奥の部屋に来ていた。亜美とリサが奥の部屋に入り、紀藤署長とルイは、客を装ってテーブルに着いた。
「健一さん、幾つか判ったことがあります。ただ、これは、勝氏に関わる重要な事ですから、出来れば真偽を確認してからお話ししたいのですが・・。」
奥の部屋で、亜美は健一氏に切り出した。
「はあ・・父に関する重大な事・・ですか。」
健一氏の様子が先日とは随分違って見えた。初めて会った時、彼は小心者で絶えずどこか警戒するような態度で口調の少しヒステリックに感じられた。
だが、今回は、随分と落ち着いていて、口調もゆっくりで周囲を気にする様子もない。どちらかというと、二人の訪問を快く思っていない様な、どこか拒絶する空気を出していた。
「あの・・何かありましたか?」
気になって、リサが訊いた。
「いえ、特にこれといったことは。ここ数日、父は随分落ち着いていますし、譫言もしなくなりました。傍に居る者としては、安心しているところです。事件のことも今更どうにもならないわけですし、父さえ落ち着いて普段の暮らしができるなら、そっとしておいたほうがいいんじゃないかと思うところです。」
やはり、彼は別人のようだった。
「では・・IFF研究所の件はもう良いとおっしゃるんですか?」
亜美が確認するように訊いた。
「まあ、そんなところです。」
亜美もリサも拍子抜けした感じで、少し沈黙した。
店内にいたルイは、テーブル席でじっと目を閉じたまま、意識を奥の部屋へ向けていた。紀藤署長はその様子を心配気な表情で見ている。
ルイは、磯村健一氏の思念波とシンクロしようとした。
レイほどの能力ではないが、至近距離であれば、相手の思念波を掴むことは難しくない。ルイの脳裏にぼんやりと、磯村健一氏の思念波の形が浮かんできた。
「えっ!」
ルイは、小さく一言発すると、目を開いた。そして、目の前のコップの水を飲んだ。
「どうした、ルイ。」
紀藤署長が声をかける。
「彼は・・一体、何者なの?」
ルイは小さな声で言うと、じっと奥の部屋の方を見つめた。
奥の部屋では、亜美が沈黙を破るように健一氏に言った。
「勝さんが落ち着いていらっしゃるのなら、一度、会わせていただけませんか?」
「父に・・ですか?」
健一氏は明らかに拒否するような口ぶりだった。
「ええ・・実は、勝氏は、本当は別人ではないかという疑いが浮上してきたんです。」
「別人?・・何を言われるかと思えば・・間違いなく、私の父です。幼い頃からともに居るのですから間違いありません。」
確かに、健一氏の年齢からすると、おそらく、勝氏と伊尾木氏が入れ替わった後に、健一氏は生まれたはずだった。おそらく、それ以前の勝氏の事は何も知らないはず。それなら、彼がそういうのは無理もない事だった。
「あなたがお生まれになる前、勝氏はどこで何をされていたか、ご存知ですか?」
亜美は敢えて訊いてみた。
「いや・・聞いたことはありません。母も若いうちに他界しましたから・・それを知っているのは父本人だけでしょう。」
おそらくこれ以上話しても、勝氏に会わせてくれることはないのだろうと亜美は思った。二人の話を聞いていたリサが口を開く。
「もし、目の前にいる親しい人が、全くの別人で、過去に犯罪に手を染めていたとしたらどう思いますか?」
それは、リサ自身のことだった。
「他人になりすましているということですね。まあ、父ならそういうことは充分にあるでしょう。だいたい、IFF研究所も怪しいところでしたし、あんな事故が起きたり役員が死んだりしたんです。まともなところとは思えない。今の父も充分に罪深い人ですから、過去に何があっても驚いたりしません。それより、今、落ち着いて日常が過ぎていくなら、それで充分です。・・もうIFFの件は終わりにしてください。」
健一氏は、そう言って席を立った。
あれほど切羽詰まった様子で、IFFの事件の事を再捜査してほしいと言った健一氏だったのが信じられない変貌ぶりだった。
亜美とリサは、ただ、そのまま健一氏が立ち去るのを見送るしかなかった。
部屋を出てきた健一氏は、すっと、ルイの方を見た。そして、一瞬、睨み付けるような視線を送って、ゆっくりと店を出て行った。少し遅れて、亜美とリサが部屋を出て来た。そして、紀藤署長とルイが座っている席に来て、横に座った。
「なんだか不思議な感じ。まるで別人だったわ。勝氏に会うどころか、今回の件は一刻も早く忘れたいような感じだったわ。」
亜美が不満を口にした。そして、マスターにコーヒーを注文した。
「別人よ。」
亜美の言葉を聞き、ルイが小さな声で言う。
「えっ?どういうことですか。」
ルイの言葉を聞いたリサがルイに訊く。
「彼の思念波を捉えようとしたの。でも、彼の思念波は厚いベールに包まれた状態だった。」
「どういうことですか?」
今度は亜美が訊いた。
しかし、ルイの様子がおかしい。急に顔をしかめ、ふらふらとして椅子から落ちそうになり、隣にいたリサに何とか支えられた。
「随分疲れているようだ。一旦、橋川へ戻ろう。」

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6-4 殻に包まれた思念波 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

亜美たちは、ルイの自宅へ戻ると、寝室のベッド部屋で、ルイを休ませることにした。
「ルイさん、大丈夫かしら?」
亜美はルイを心配して言った。
「ああ、大丈夫だ。遠出をして疲れたんだろう。少し休めば・・。」
紀藤署長はそう言いながら、寝室の方を見て心配そうな表情を浮かべていた。
「健一氏は、別人だったわ。ルイさんもそう言っていたし・・。」
リサも紀藤署長も、ルイが言ったのを聞いていて、頷いた。
「どういうことなんだろう?」
紀藤署長が言うと、亜美が答えた。
「何か不都合なことを隠しているという感じでもなかった。本当に、以前に会った健一氏とは別人。もし同じ人間だとしたら、この数日の間に、途轍もない事が起きたんじゃないかしら?」
「確か、磯村勝氏は精神に異常をきたして、まともに会話できる状態じゃないと言っていたよな。まさか、勝氏が亡くなったとか・・。」
と、紀藤署長がぼんやりと話した。
「それでも、やはり、IFF研究所の件は気になるはず。真実を知りたいと言っていたのは間違いないんだから。今になって、どうでもいいなんて言う人とは思えない・・。」
リサは、夕食の準備をしながらキッチンで二人の会話を聞いていた。
「落ち着いて日常を過ごしていると健一氏は話していたけれど、そんなに回復することがあるんでしょうか?」
リサが、キッチンから、二人に訊く。
「実際、どれほどの状態だったか、私たちは見ていないし、そもそも、精神に異常をきたしていることも真実かどうか・・・。」
と、亜美が健一氏との会話を思い出しながら言った。
「しかし、重要な書類をお前たちに預けて、事件の真相を調べてほしいと言ったんだろ?」
と、紀藤署長が言うと、
「そうなのよね・・。」
と言って、亜美がソファに寝転んだ。
頭の中にいろんなことが溢れてしまって、収拾がつかなくなった様子だった。
「ちょっと、ルイの様子を見て来る。」
紀藤署長はそう言うと、寝室へ向かった。
紀藤署長がリビングを出た時、リサが夕食の支度を整えて運んできた。
「ありあわせのものしかありませんでしたので・・。」
リサはそう言って、ダイニングテーブルにいくつかの料理を並べた。
すぐに、紀藤署長は、ルイを連れて戻って来た。
「ごめんなさい。もう大丈夫よ。」
ルイはそう言いながら、テーブルに着いた。
「あら美味しそうね。」
倒れそうだったルイだったが、少し休んで回復したようだった。目の前の食事を皆で囲んで食べた。
それから、ソファに移り、コーヒーを飲みながら、ルイは、皆に、健一氏にシンクロした時の体験を話し始めた。
「あんな体験、初めてだったわ。一人の思念波が、分厚い殻の中に閉じ込められている。そして、その殻は、間違いなく別人の思念波が作り出したものだった。」
亜美たちは、ルイの話を理解できなかった。
ルイは、健一氏の体から発する思念波にシンクロした時の様子を映像で見ていたのだった。娘のレイは、思念波を光として認識していたが、ルイは、色の束の様なものとして認識していた。
「おそらく、健一氏の思念波・・人格はその殻の中で眠っている。そして、彼に代わって、伊尾木氏が健一氏になっている。帰り際に、真相を追及するなという警告を私に送ってきたのが証拠よ。」
ルイの言葉に、亜美も、リサも、署長も驚いて声も出なかった。
しばらくして、紀藤署長が口を開いた。
「たぶん、亜美たちが、健一氏に最初に会った時はまだ彼自身だっただろう。純粋に、父の様子を見てただ事ではないと感じ、あなたたちに捜査の協力を申し出た。伊尾木氏は、健一氏がそういう行動に出るとは予想していなかったんだろう。そのことを知って、健一氏の体を乗っ取った。・・よほど、調べられては困ることがあるんだろう。」
亜美やリサも同意する。さらに、紀藤署長が言った。
「ルイさんに警告したことから、かなり重要なところまで迫っているということに違いない。」
「磯村勝氏になりすましているのは、伊尾木氏で確定ですね。じゃあ、本物の磯村氏はどうしたのでしょう?まさか、伊尾木氏が殺したんでしょうか?」
リサが疑問を口にした。
「磯村氏は、神林教授の研究内容を知っていた。研究室が閉鎖された後、磯村氏は何処に行ったんだろう?磯村氏は、イプシロン研究所にはいなかったんですよね。」
今度は亜美が疑問を口にした。
「ええ・・おそらくいなかったはずです。」
ルイはその頃のことを思い出してみた。
イプシロン研究所には多数の研究者がいた。すべてを知っているわけではないが、当時、日本からの研究者は僅かだった。その中には、磯村という名の研究者は居なかった。年齢的に自分より年上であり、経歴を考えると、重要なポストに居てもおかしくなかった。
父・神林教授、その助手だった磯村勝。
ルイがいたイプシロン研究所の被験者だった伊尾木。
何処に接点があるのか。どうやって入れ替わったのか。最大の謎が全く解明できていなかった。
「父の研究記録を見直してみましょう。磯村氏と伊尾木氏の接点が見つかるかもしれません。」
ルイの申し出で、地下室の研究記録を見返してみることになった。
記録ノートを丹念に見返していくと、研究途中で、情報漏えい事件があったことが判った。
世間からあまり注目されていなかった神林氏の研究だったが、実の娘ルイを使った実験の様子が週刊誌で面白おかしく報道された。そこには、実験の詳細が書かれていて、紛れもなく、助手の誰かが、記録を持ち出したことを示していた。
「その時の記録に、磯村氏の名前が書いてあるわ。」
ルイが記録ノートを広げて言った。
「研究室が閉鎖されたのは、この報道から間もなくだったようね。」
今度は、亜美が別の記録を見つけて言った。
研究室では、週刊誌の報道で助手の中で不信感が広がり、磯村氏が情報漏えいの犯人と決めつけたようだった。
「ほとんどの助手は、別の研究室に移ることが決まっていたけど、磯村氏だけは行き先が決まらなかったみたいね。実家に戻ったのかしら?」
ルイが記録を見ながら呟いた。
記録の中にある磯村氏の経歴書を探す。
「彼の実家は・・滋賀県長浜市・・・ですね。」とリサ。
「ちょっと待って・・・確か、伊尾木氏の生家も確か、滋賀だったはず。」
ルイが、自分の記録ファイルから伊尾木氏の書類を広げて確認する。
「やっぱりそう、長浜市よ。」とルイ。
「二人は同郷だったということでしょうか・・。」と、リサ。
「それが偶然なのか、それとも、二人に以前から接点があったのか。確かめる必要がありそうね。」
と、亜美が言う。
「長浜へ行きましょう。」とリサが言う。
すぐに必要な書類をもって、リビングに戻った亜美は支度を始めた。
「おいおい、どうしたんだ?こんな時間に。」
リビングで、既に休む支度をしていた紀藤署長が驚いて訊く。
「磯村氏と伊尾木氏は、滋賀、長浜の生まれなんです。きっと、二人は以前からの知り合い。入れ替わった理由もきっと判ると思うの。これから、行きます。」
「明日にしなさい。今から行ったところで、話を訊く相手もいないだろう?しっかり休んで行った方が良い。」
紀藤署長は、躍起になっている亜美を鎮めるように言った。
既に、夜中12時を回っていた。

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6-5 長浜 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

翌朝、亜美とリサは、磯村氏の実家のある長浜市へ向かった。
東名から名神、そして北陸道を使って、木之本インターまで向かう道程で3時間ほどを要する。
「マリアを保護するためなのに、何だか随分遠回りをしているような感じね。」
ハンドルを握る亜美が呟く。
「ええ・・でも、マリアさんの件では、もっと何か、知らなければいけないことがあるように思います。MMの時のように、単純な事件じゃなくて・・。」
と、リサが答えた。
「そうね。・・剣崎さんたちはどうしてるのかしら?」と亜美。
思えば、十里木高原を出てから、数日が経過していた。その間、特に連絡をしていなかった。拉致されたレイの安否も判らないままだった。
養老サービスエリアで運転を代わり、亜美は剣崎に連絡をした。
「どうですか?何か動きはありましたか?」
「いえ何もないわ。」
十里木高原でマリアの動静を監視している剣崎も、少し、しびれを切らしている様子だった。亜美は、これまでに判ったことを纏めて報告した。
剣崎からは、レヴェナントの動きを気にしながら、同じ場所で監視を続けている事が伝えられた。
「レイさんの行方は?」
亜美が訊く。
「いえ、あれから、カルロスが駅前の防犯カメラや、レイさんが乗せられた車の行方を調べているけど、特に進展はないわ。」
「一樹は?」と、亜美。
「もう大丈夫。アントニオと交代で様子を見ているわ。」
「遠回りをしているようですが・・。」と、亜美が言うと、「いえ、きっと、今回の事件を解決するには、IFF研究所の正体も突き止めておかなければいけないはず。しっかり調べて。」
剣崎はそう言うと、電話を切った。
木之本インターを降りて、国道8号線をさらに北へ向かう。
「この辺りですね。」
ナビに居れた住所地、石室地区に到着した。
周囲には、山に沿うように小さな集落が幾つかある。過疎地となっているようだった。集落の一つにある住民センターに車を停めて、周囲を歩く。
山際に大きな屋根を持つ寺が見えた。住民センターからその寺まで一本の道が続いていて、大半の住宅はその道筋に立っていた。人影はない。
一軒ずつ、表札を見ながら一本道を進むと、『磯村』という表札を見つけた。門の中に建つ家は殆んど朽ちている状態で、長く人が住んでいないことを示していた。
「おそらく、ここが磯村氏の実家ね。」と亜美。
「寺へ行ってみませんか?昔のことが判るかもしれません。」
とリサが言い、二人は、寺へ向かった。
目指す寺は、道から一段高い所に建っていた。石段を上ると山門があり、それをくぐると石畳が本堂まで伸びている。左手には鐘楼があり、右手に庫裡と宿坊があった。その奥に、住職の家が建っているようだった。
門を入ると、住職らしき人物が本堂に座っていた。
「あの、済みません。お伺いしたいことがあるのですが・・。」
亜美は警察バッジを見せながら声を掛けた。
住職はゆっくり立ち上がり、振り返る。随分と、高齢のようだった。ゆっくり本堂から出てくると、
「済まんが・・近頃、体の自由が利かなくなってしまってなあ・・、座らせてもらうぞ。」
そう言って、回廊の端に座った。
「あの、この村の出身の、磯村勝さんという方をご存じでしょうか?」
亜美は少し、大きな声で住職に尋ねた。
「ああ・・・体は弱っているが、耳は達者だ。普通に話してもらって構わんよ。」
亜美は少しばつの悪そうな表情を見せ、改めて訊ねた。
「この村に磯村勝さんという方が住んでいたと思うのですが、御存じでしょうか?」
住職は少し考えてから、ゆっくりとした口調で答えた。
「ああ、確か、そういう名の者は居た。だが、若い頃に出て行った。まあ、この辺りの若い者は、村から出て行くのは当たり前になっているんだが・・。」
「身寄りの方は?」と亜美。
「いや・・もう居らんな。」
住職はそう言った後、ふと何かを思い出したようだった。
「あ、いや・・そうだった。勝は、一度、戻って来た。仕事を首にされたと言って・・。暫く、生家に住んでいたが、知らぬ間に姿を消した。また、都会に出て行ったんだろう。」
「それはいつ頃ですか?」とリサが尋ねた。
「そうだなあ・・あれは・・・ずいぶん昔だな。30年いやそれより前かも知れんな・・。」
住職の話の信ぴょう性は別にして、時間的には、神林教授の研究所が閉鎖されたころと合致する。
「どんな方だったんでしょう?」とリサ。
「まあ、神童と呼ばれるほど頭が良かった。母と二人暮らしだったから、家の手伝いも良くやっておったし、真面目だった。将来は大学の教授になるだろうと、母御も話して居ったのじゃが・・。」
「お母様はどうされていますか?」と亜美。
「勝が大学に行った春に重い病気が見つかった。勝が卒業すると同時に、亡くなった。」
天涯孤独の身になったということだった。彼の生死を心配する者は居ないということになる。
「おお、そうじゃそうじゃ。勝の母御には、もう一人息子が居った。」
住職は驚くべきことを口にした。勝には兄弟がいたということか。
「まあ、息子といっても、育てていたわけではないからな。」
そういうことか判らず、亜美が眉をひそめて、「どういうことです?」と訊く。
「勝の母御は、出戻りだった。嫁いだ先の、夫が遊び好きの男だったんで、夫婦喧嘩が絶えなかった。そのことを嘆いて、姑が、離縁を勧めたんじゃ。子どもを産んですぐのことだったはずだ。勝には、哲という双子の兄がいた。哲は、そのまま伊尾木の家に残り、勝と母は伊尾木の家を出た。まあ、双子といっても、二卵性とかいって、顔は全く似ておらんので、知る者は少なかったろうがな・・。」
住職の口から、伊尾木哲の名が出て来て、亜美もリサも驚いた。
「あの・・伊尾木哲は磯村勝の兄弟・・間違いないですか?」
亜美は、確認するように訊く。
「ああ、間違いない。母御が幾度か儂のところに相談に来た。子を置いて家を出たことがどれほど非道な事かと嘆いておった。幾度も、連れ戻しに行こうと考えたようだが、何しろ、女手一つで二人の赤子を育てるなど無理な事だと判っていたようだが・・・。」
住職はその頃のことを思い出したのか、少し涙目になっている。
「嫁ぎ先の伊尾木の家はこの村ではなかったのですか?」
亜美が訊く。
「ああ、山を越えたところの・・塩津という郷じゃ。そこには寺の檀家が何軒かあるんで、盆暮れで行った時、母御に代わり、伊尾木の家に行き、哲の様子を見に行ったことがある。」
住職はそう言いながら、少し顔色が曇った。
「哲は少し変わった子じゃった。・・いつも人の顔色を窺っては、相手の心を読もうとしておったような・・周囲からは不気味がられるような子どもだったようだ。伊尾木の家でも、そんな哲の様子に悩んで、確か、小学生の頃に、伝手を使って、京都の学校に行かせようとしたらしい。だが、相次いで、姑が亡くなり、父親が亡くなり、哲は、遠くの養護施設に入れられたと聞いておる。」
「それから姿を見ることは?」と亜美。
「いや、見た事はない。結局、伊尾木の家も、磯村の家も、皆、絶えてしまったというわけだ。まあ、この村にはそういう家は珍しくはないからな。・・儂のところも、儂の代で終わりじゃ・・。」
住職はそう言うと寂しげな表情を見せて立ち上がり、「もう宜しいかな?」と言って、本堂へ入って行った。
二人は寺を出た。磯村勝と伊尾木哲は双子だった。この村のものでさえ知る者は少なく、おそらく、大人になって何かのきっかけで、兄弟の存在を知ったのかもしれなかった。伊尾木は、研究所から姿を消した後、磯村勝を名乗ったに違いなかった。

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6-6 二つの命 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「磯村勝氏と伊尾木哲氏の繋がりは判ったけど・・本物の、磯村勝氏はどうしたのかしら。」
亜美は、寺を出て、車に向かう道でふと考えた。
「亡くなったと考えるのが妥当でしょうね。」
横を歩いているリサが、応えるように言った。
車に戻る途中、もう一度、廃墟となっている磯村家を訪ねてみた。
向かいの畑に老婆がいた。
亜美が声をかけ、磯村家の事を尋ねる。少し怪訝な表情を浮かべた老婆はこう答えた。
「勝は病気だった。もう長くないと言っていたんだ。だが、突然、居なくなった。どこかの病院へ入院したんだと思っていたんだが・・。」
死を目前にした磯村勝氏、逃亡していた伊尾木がどこかで接触したという可能性が浮かぶ。
「姿を消す前に変わったことはありませんでしたか?」
亜美が訊くと
「ここらじゃ、見た事ない男がうろついていたよ。」
その老婆はやけに鮮明に覚えていた。理由を聞くと、
「その少し前に、村の娘に街の男がちょっかいを出した事件があったばかりで、村の者は皆、苛ついていた。青年団の若い衆は、自警団を作って見回りをするほどじゃった。そんな時に、不審な男がうろついていたわけだから・・当然、騒ぎになるだろう。」
「それで?」と亜美が訊く。
「いや・・その男は、勝の知り合いだと言っていたんで、一件落着。もちろん、勝も皆に説明して納得させたようだった。その直後に、勝もその男も姿を見なくなったんだ。」
二人はここで出会った。いや、伊尾木はそこに双子の勝がいることを知りやって来たに違いない。
老婆はそう言うと、少し離れた自宅へ帰って行った。
二人は老婆を見送ったあと、廃墟となっている磯村家に入ることにした。「急に姿を見なくなった」という老婆の言葉が気になり、もしかしたらという気持ちを確かめるためだった。
玄関に鍵は掛かっていなかった。建付けの悪い引き戸を何とか開いて、中に入る。長く出入りがなかったため、埃やクモの巣はあったが、意外と整然としていた。靴のまま、二人は、玄関を上がる。入ってすぐ左手には、二間続きの和室とその奥に仏壇があった。廊下の雨戸は締まっていたが、隙間から外光が差し込んでいて、様子はよく見えた。玄関から奥まで中廊下があり、右手に階段とその奥にはもう一部屋ある。ありきたりの住宅の間取りである。一番奥が台所と食堂。家具は少ない。床に血が飛び散ったような跡もなく、争ったような形跡もなかった。
亜美は、不意に、磯村、いや、伊尾木が特別な能力を持っていた事を思い出す。もし彼が能力を使って、磯村氏を死に追いやったとしたら、と思う。争うことなく、ナイフで刺し殺さずとも、磯村自身を自死に追いやることは容易にできたかもしれない。そして、それは、殺人という形では立証できないだろう。だが、もし、磯村氏が死んだとして、遺体はどうしたのだろうかと考えた。
リサは、2階の部屋を見て回った。特に異常は感じない。学習机とベッド、本棚には古い本や雑誌が入ったまま、埃だけが積もっている。ここはおそらく、磯村勝氏が子ども時代を過ごした部屋だろうと推測できた。
そんなに簡単に磯村氏の遺体を発見する事ができるはずはない。ここではなく、別の場所に運ばれて、埋められているかもしれない。
奥の台所に入った時、亜美は、そんなことを考えていた。
2階から、リサが降りて来る。
「特に変わったところはありませんね。」
リサが亜美に言った。
「ええ・・そうね。ここに二人がいたのは間違いないけれど、ここから二人で違う場所に行った可能性もあるし・・。」
亜美はそこまで言って、ふと、台所の窓から外を見た。裏庭は意外と広い。そこに、小さな物置小屋が立っている。そこに何か違和感を感じた。
「ねえ、あれ・・。」
と亜美が、リサに言う。
「物置小屋でしょうか?」
リサもそう言ってじっと見つめた。そして、ふと口にした。
「何か変ですね・・なんでしょう?」
二人は勝手口から裏庭に出た。ゆっくりと近づいていく。
「あっ!」と亜美が小さく言葉を発する。それに呼応するように、リサは口を開く。
「これ、変ですよね。」
そう言って、指さしたのは、物置小屋の取っ手に取り付けられた南京錠だった。裏庭に置かれた物置小屋には、不似合いなほど大きな南京錠が取り付けられていた。通りから全く目に付く場所ではなく、裏庭に入るには、家の脇の狭い場所を通るくらいしかなく、泥棒が狙うような場所ではない。明らかに、開けられたくないという気持ちから、必要以上に大きな南京錠をつけたということがはっきりわかるものだった。
「もしかしたら、この中に?」
と、リサが亜美に訊く。言いたいことは判っている。
「おそらく・・でも、これ以上は、ちゃんと手続きを取った方が良いわ。仮に、遺体を見つけても、恐らくミイラ化しているでしょうし、鑑定も必要になるわ。県警に連絡しましょう。」
亜美は冷静だった。
直ぐに、県警に事情を説明するために電話を掛けた。
だが、突然、他県から来た刑事が「死体があるかもしれないから調べてほしい」と言っても、そう簡単に動くものではなかった。
「仕方ないわ・・署長から連絡をしてもらうわ。」
亜美はそう言って、橋川にいる父、紀藤署長に連絡を取った。
暫く、返答はなく、半日ほど、二人は磯村家の前で待つことになった。
夕暮れが近づいたころ、ようやく、数台のパトカーとトラックがやって来た。
直ぐに、小屋の南京錠が切られ、扉が開く。
「なんだ、これは?!」
南京錠を切断する為に、扉の前にいた厳つい男の警官が叫ぶ。
そこには、座った状態で白骨化している遺体があった。すぐに規制線が張られ、鑑識班も加わって、夜を徹して現場検証が始まった。
県警の年配の刑事が、亜美のところへやって来た。
「まあ、磯村氏で間違いないでしょう。ただ、外傷はなく、出血した様子もない。あそこに閉じ込められたまま、餓死したんじゃないでしょうか?・・あの鍵がなければ自殺ということもあるでしょうが・・やはり、これは他殺でしょう。ただ、もう何十年も経っているようですから・・」
「あの、昼間に話した女性から、昔、磯村氏の・・いや、伊尾木という男がここに居たという情報がありました。その男が関わっているんじゃないでしょうか?」
亜美が昼間の話を伝えた。
「そうですか・・だが、今更、目撃証言や物証を探してもねえ・・。」
その刑事は、真剣に捜査するつもりはないようだった。その刑事はそう言うと、再び、遺体発見現場に行き、鑑識と何か会話をして、戻って来た。
「どうやら、亡くなったのはあそこではなさそうですね。誰かがあそこに遺体を運んだようです。遺体の手足の骨が折れているようなんです。死後、あのような格好にして、あそこへ置いたらしんです。・・どうして、そんなことをしたんだか・・・」
刑事は、厄介な事件が起きた者だと、うんざりした表情を浮かべている。
そう言えば、扉を開けた時、遺体は、不自然なほどに綺麗な座位を取っていた。
それを聞いて、リサが亜美の耳元で小さく話した。
「磯村氏は病気だとも言ってましたよね。もしかしたら、家の中で亡くなり、それを伊尾木氏が看取ったんじゃないでしょうか?ただ、そのままにしておけば、いずれ、磯村氏が亡くなったことが明らかになる。伊尾木氏は、磯村氏になる為、遺体が発見されにくいように、ここへ移した・・。」
亜美はリサの話を聞いて、ゆっくりと頷いた。
通報までの経緯を県警に報告した後、亜美とリサは、一旦、橋川へ戻ることにした。
伊尾木氏と磯村氏の入れ替わりの事実が明らかになった。ただ、その事実が明らかになっても、あまりに複雑すぎて、F&F財団と神林教授のつながりはぼんやりしたままだった。

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6-7 筋書 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

亜美は、橋川に戻る途中で、剣崎にここまでわかったことを報告した。
「そう・・結局、本物の磯村氏は亡くなっていたのね・・。だとすると、神林教授の研究内容は別の誰かによって、F&F財団に伝わったということになるわね・・・。」
「ですが、そういう人物は見当たらないんです。」と亜美。
「神林教授の研究室にいた他の研究員や助手はどうしてるの?」
「一応調べましたが、研究室が閉鎖された後、磯村氏以外は、別の研究機関に移って、それぞれの研究をされていました。」
「そう・・・いや、そうじゃないわ。神林教授の研究内容は、ルイさん自身のことでしょう?それなら、ルイさんの研究こそが、イプシロン研究所やマーキュリー研究所の基になっているということじゃないかしら?」
神崎は冷静に整理して言った。
「まさか・・ルイさんが深く関与しているということですか?だって、ルイさんはイプシロン研究所に研究員として入ったんですから、それ以前からイプシロン研究所は存在して・・」
亜美が、少し反発するように言った。
「もちろん、そうよ。でもね、研究所では様々な研究がされている。イプシロンやマーキュリーはいずれも、人間に備わっている特別な能力について研究していた。世界中から、サイキックの素質がある人間を集めて、実験台にしていた。その中でも、ルイさんの研究、いえ、ルイさんのシンクロ能力は特別なものだと考えられていたんじゃないかしら・・・。」
剣崎が言うと、亜美が思い出したように言った。
「確か、磯村・・いえ、伊尾木氏にも、特別な能力があって、イプシロンで被験者になっていたとルイさんが言ってました。シンクロとも違う・・・人を操る事ができるような・・・。」
「それは、マリアと同じ能力、マニピュレート。マーキュリー学園でも、その能力があるのはマリアだけだったようね。シンクロ能力がさらに高まると、マニピュレート能力へ進化する‥そういうことも考えられるんじゃないかしら?」
「ルイさんに確認してみます。」
亜美は剣崎との連絡を終えた。
運転席でリサは二人の会話を聞きながら、ふと、レイを思い出していた。
「レイさんが拉致されたのも、もしかしたら、それと大きく関係しているんじゃないでしょうか?」
リサが呟いた。
「レイさんが?」と亜美が訊き返す。
「ルイさんから聞いたんですが、ルイさんは神林教授から、能力を高めるための特別な装置に監禁されていたんですよね。」
亜美はあの忌まわしい事件を思い出す。
「でも、レイさんは、母ルイさんから能力を引き継ぎ、自然に使いこなしている。レイさんの能力は、ルイさんよりも進化しているとは考えられませんか?」
リサが亜美に訊く。
「確かに、これまで、様々な事件で彼女の能力は見てきたけど・・・。」
「彼女自身は気付いていないけど、もしかしたら、そういう経験を通じて、マニピュレートできるほど能力が高まっているんじゃないでしょうか?」
「レイさんもマリアちゃんと同じだと言うの?」
「ええ・・。」
二人の会話は途切れる。
仮定に過ぎない話ではあるが、もしそれが事実であれば、「マリアの保護」は一つの口実であり、マニピュレート能力を持つ者を炙り出し集めているということになる。マリア、レイ、そして伊尾木、既に3人がマニピュレート能力を持っている者として、明らかになりつつある。
この先、なにが起こるのか、二人は想像した。
例えば、一国の首相や大統領を意のままに操る。強大な軍事力を統率する者を操る。そうすることで、世界中を支配することも十分に可能である。政治的利用は、最も恐れる事態であることは容易に想像できた。シンクロ能力とは明らかに次元の違う能力であることは間違いない。
二人が橋川に戻ったのは、深夜遅くだった。
翌朝、皆、リビングに集まり、亜美は、ルイと署長にこれまでの経緯を話した。そして、車中で想像したことも話した。
「そんなことが・・・。」
ルイは、亜美とリサから一通りの話を聞いて、困惑している。
「全ての発端は、私・・ということなのね。」
亜美は、落ち込むルイを見て言った。
「いえ、そういうことではありません。むしろ、そういう研究を主導してきたF&F財団にこそ、その根源はあるんです。」
「ああ、そうだよ。君のせいじゃない。」
紀藤署長も、庇う様に言った。
「でも、このままだと、レイはどうなるんでしょう?マリアちゃんも・・。」
「F&F財団やレヴェナントがどういう目的をもって、そういう能力を持つ者を探し集めようとしているのか・・それが問題なんです。人を自在に操るなんて、あってはならないことです。」
リサが厳しい口調で言う。
自ら、MMという組織に拉致され訓練され、暗殺の仕事をさせられてきた経験を持つリサには、今回の事態は、恐ろしい事を引き起こす危険なことであり、能力を持つ者の人生を奪う卑劣な事に繋がることを容易に想像できた。そして、今回はそれを遥かに凌ぐ緊急事態であることも判っていた。
「まずは、伊尾木氏と接触することだな。」
紀藤署長が言う。
何故?という顔で亜美もリサも、紀藤署長を見る。
「彼は、こういう事態を想像していた。いや、それを予見したからこそ、IFF研究所を自ら閉鎖に追い込んだんだろう。」
「自らの保身ではなく、F&F財団の思惑に気付いたということ?」と亜美。
「ああ、そうだ。確かに伊尾木氏は、身分を偽り、身を隠していたんだろう。だが、F&F財団の狙いに気付いて、このままでは危険な事態に向かうと判断したんじゃないだろうか。研究員の死、研究記録一切の消失、自らも精神異常にあることを装うことで、F&F財団の接近を封じたんだとすると、辻褄があう。」
署長が説明すると、
「だから、これ以上捜査するなと警告をしてきた・・。」と亜美が言った。
「でも、我々がマリアちゃん保護のために捜査に入り、レイさんを巻き込んだことで、伊尾木氏の予見したことが現実になってしまった。」
署長が続ける。
それを聞いて、亜美が言う。
「ちょっと待って‥それって、全て剣崎さんの依頼だったんでしょ?それなら、剣崎さんもF&F財団と通じているということになるわ。」
「通じているかどうかは判らないが・・・シナリオに乗せられてしまったのは事実だろうな。」
「この先のシナリオはどうなっているんでしょうか?」
リサが二人に訊く。
「どうなるのか・・・ただ、例のレヴェナントの動きはおそらくF&F財団としては予見していなかったことかもしれない。レヴェナントが、F&F財団に抵抗する組織であれば、今回の目論見は変わってくるだろう。」
紀藤署長が言う。
「そうでなかったら?」と亜美。
「自体は一層深刻だな。」と紀藤署長は言うと、目を閉じた。
「とにかく、伊尾木氏に接触し、事態が深刻になっている事を知らせ、次の手を考えないと・・。」
亜美が立ち上がる。
「私も行きます。彼に接触するには、シンクロ能力が必要ですから。」
ルイも立ち上がる。
亜美、ルイ、リサ、そして紀藤署長は、浜松の磯村氏、いや、伊尾木氏の家へ向かった。

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6-8 犠牲者 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

4人が磯村家の近くまで来ると、国道や住宅地のあちこちに、警察車両が多数止まっているのが目に入った。車を停め、すぐに紀藤署長が、地元の警察に連絡して、事態を確認する。
「火災のようだな・・。」
磯村家に向かう住宅地内の道路は完全に封鎖され、消防車両が多数集まって消火活動をしていた。
「まさか・・。」と亜美。
「どうやら、そのようです。」
と、リサがスマホを開いて、火災のニュース画面を見せた。
磯村家やその周辺の住宅が火災を起こしていた。
『火元は、この住宅地の磯村勝さんの住宅とのことで、木造家屋が全焼、周辺の住宅3棟も類焼しました。焼け跡から、一人の遺体が発見され、現在、身元を確認しています。磯村勝さんの住宅には、勝さんと息子の健一さんの二人が暮らしており、現在、二人とも連絡が取れないということです。なお、火事の原因は現在消防で調査をしていますが、近所の方の話では、爆発音の様なものが聞こえたとの証言もあり、失火と爆発の両面で詳細に調査がされるものと思われます。』
ネットのニュースアナウンサーが解説する。
「自分で?」
と、亜美が言う。
「その可能性はあるが・・だが、遺体が一人しかないのが不可解だな。」と紀藤署長。
「ひとりは拉致されたということでしょうか?」とリサ。
「おそらく、磯村・・いや・・伊尾木氏は拉致された。そして、それを目撃した磯村健一氏が殺害されたということじゃないか?」
と、紀藤署長が答えた。
「でも、マニピュレート能力を持つ伊尾木氏が、そう簡単に拉致されるでしょうか?拉致しようとする相手を思うように操れるはずです。」
リサが、紀藤署長に訊く。
「レイさんも、拉致されたんだろう?おそらく、伊尾木氏が能力を使う前に、突然襲ったということかも知れない。レヴェナントかもしれないが・・それなら、健一氏を殺害する必要はなかったはずだしな・・。」
紀藤署長は自問自答するように答えた。
「あっ!」と、亜美が叫ぶ。
「どうした?」と紀藤署長。
「磯村氏が、サイキックの伊尾木氏だということは、F&F財団も、レヴェナントも知らなかったことですよね。それを知った人物が関与したことだと言えませんか?」
亜美が言うと、リサもその意味を理解した。
「剣崎さん・・剣崎さんがこの件に関与しているということ?」
リサが、敢えて言葉にする。
「彼女が知ったのは昨夜。それに、彼女はマリア監視のため、十里木高原に釘付けになっている。実際に手を下したのは、別の人物ということになるが・・。」
紀藤署長が整理して訊いた。
「以前、彼女は監視されていると話していました。そもそも彼女は、FBIから、マリアさんの捜索と保護を依頼された。その動きは監視されているはずです。もしかしたら、F&F財団に情報が伝わっているということではないでしょうか?」
リサが答える。
「剣崎さんの背後にいる、F&F財団に繋がる組織か・・・、あるいは、その動きを察知したレヴェナントが匿ったか・・・いずれにしても、伊尾木氏はどこへ連れ去られたか・・だな。」
紀藤署長は、まだ煙が立ちのぼっている火事現場の方角を見ながら言った。
後部座席に座っていたルイは、じっと目を閉じたままだった。
ルイは周囲に、伊尾木氏や拉致に関与した怪しい人物がまだいるのではないかと考え、思念波をキャッチしようとしていた。
「近くに・・何か・・。」
ルイが呟く。それを聞いて、亜美やリサは、火事を見ようと集まった群衆に視線を送る。
「離れていく・・。」
その言葉を聞いて、リサが車から飛び出した。
そして、遠巻きに見ていた人の群れから、遠ざかろうとする男を見つけ、すぐに後を追いかけた。こちらの動きを察知したのか、男は小走りになる。
「待って!」
リサは何とか追いつこうと必死で走った。前を行く男は少し足が悪いようで、もう手が届くくらいまで接近した。
不意に男が振り向くと、突然、リサは動けなくなり、転倒した。まるで、両足をロープで縛られたようになった。
その様子を確認すると、男は近くに止めてあった車に乗り込んで走り去った。
リサのあとを追いかけてきた亜美が、リサを助け起こす。
亜美はリサに肩を貸し、ゆっくりと立ち上がる。
「あれは、伊尾木ね。」
「ええ・・きっとそうです。一瞬、意識の中に、彼が入り込んで、自由が利かなくなりました。」
リサは転倒した時、腕や肩、膝を打撲していた。その時、不思議なことに全く痛みを感じることがなかった。自分の体でありながら、別の人の体のように感じていた。そして、意識が解放されると一気に痛みが襲ってきた。
車に戻ると、亜美が言った。
「伊尾木は生きている。火事の様子を見て驚いていた。火事を起こしたのは彼ではなさそうね。」
「レヴェナントなら、彼を殺害することはないはずだから、彼の命を奪いたい組織、たぶん、F&F財団から送られた者だろう。」
紀藤署長が言った。
『火災現場から見つかった遺体は、磯村健一氏のものと特定されました。』
カーオーディオで、ローカルFMにチューニングしていたのか、急に、ニュースで速報が流れた。
「F&F財団が彼を狙ったのは何故かしら?」
亜美が呟く。
「これまで、IFF研究所は、マーキュリー研究所や学園に子どもたちを送る役割だった。マリアもその一人だった。マリアが施設から逃げ出したことと、今回のことがどこかで繋がっていると考えらえるんだが・・・。」
紀藤署長も呟くように言った。
「富士FF学園にいたマリアをマーキュリー学園に送り出した直後に、富士FF学園は閉鎖され、さらに、IFFでも研究員の自殺と火事、役員の事故や自殺・・。役割を終えたということになったんじゃないでしょうか?」
リサが言う。
「役割を終えた組織を消し去る必要があったということか。」と、紀藤署長。
「彼の思念波には、怯えはなかったわ。」とルイが呟くように言った。
「怯えはなかった?」と紀藤署長が繰り返すように訊く。
「ええ、彼からは強い意志を感じたわ。・・おそらく、後悔から決意した感じ。そして、怒りと戦う意思。きっと、彼は、F&F財団に戦いを挑むつもりじゃないかしら?」
「じゃあ、レヴェナント側の人間ってこと?」と亜美。
「そのつながりまでは判らないわ・・。」
ルイが答えると、リサが口を開いた。
「私もそうでした。MMから逃れることばかりを考えていたけど、彼の存在を知り、彼と再会した時、戦うことを決意しました。・・伊尾木氏もそういう思いなのかもしれません。・・レヴェナントという組織がコンタクトを取ったとしても、彼は、自分の力だけで戦おうとしているのかも・・。まだ、私たちが気付いていない、F&F財団とつながりのある組織が、日本にあるのかもしれません。」
「まだ、ある?」と亜美。
「確かに、伊尾木氏の存在を知った、F&F財団の別の日本の組織がすぐに動き、伊尾木氏の家に放火したということも充分に考えられるな。そして、その組織が、剣崎さんも監視していて、こちらの情報が筒抜けになっているということになる。だが、一つ疑問がある。もし、その組織があるなら、剣崎さんがマリアを発見したのに、なぜ、マリアをすぐに拉致しないのだろう?」
紀藤署長は、首を傾げた。

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7-1 外出 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

マリアを監視し始めて、5日が過ぎていた。
十里木高原に釘付けになっている剣崎はかなり苛立っていた。監視している間に、亜美たちが、IFF研究所や伊尾木という人物の存在などの捜査を進めていたが、目的のマリア保護からは、どんどんと遠くへ向かっているように感じられた。それに、拉致されたレイの行方は依然不明のままだった。須藤夫妻も全く動く気配さえ見せなかった。
監視を始めた翌日、剣崎はアントニオに命じて、須藤の館の動きをもっと明確に掴める場所を探させ、十里木高原の中でも、比較的大きな館を借り受け、3階の屋根裏部屋を使って、須藤の館を監視することにした。
そこからは、須藤の館の庭がよく見え、2階にいるマリアの姿も確認できた。
だが、3日過ぎても、ほぼ、同じ時刻に朝食が始まり、その後、マリアと須藤英治が音楽を楽しみ、庭で遊んだり、本を読んだりして、まるで、孫が遊びに来た老夫婦の家の風景を見せられているようだった。
「戻りました。」
5日目の夕方、亜美とリサが、ルイとともに、剣崎のところへ戻って来た。
亜美とリサは、これまでの捜査の結果を、剣崎や一樹たちへ報告した。
「F&F財団が?・・IFF研究所は、世界中にある財団関連施設の中でも、小さなところのはず。そこまで徹底的に潰すなんてあり得ないわ。」
剣崎は、そう決めつけた。
「しかし・・あの現場で見つけた伊尾木は、火事になったことに本当に驚いていました。彼が火事を起こしたのなら、驚くことはないはずです。・・F&F財団から派遣された者の犯行にちがいありません。」
亜美が反論する。
「レヴェナントという線は?」
と剣崎がやや不満げに言う。
「それも考えました。でも、そういう組織が動いたのなら、伊尾木を拉致することが重要なはず。火事を起こし、証拠を消す必要があったのは、やはりF&F財団なんじゃないでしょうか?」
亜美が強い口調でさらに反論したので、剣崎はそれ以上、答えなかった。
「伊尾木の行方は気になるが、今回の目的は、マリアさんの保護なのだから、まずは、目の前のことに集中した方が良いだろう。」
剣崎と亜美の会話を聞いていた、一樹が口を開いた。もうすっかり回復したようで、以前の一樹に戻ったようだった。
「あれから5日、何の動きもない。このまま、彼女は須藤の家で暮らすつもりかもしれない。まあ、それはそれで、幸せなことかもしれないが・・・。」
一樹は、須藤の家のある方角に視線をやって、独り言のように呟いた。確かに、一樹の言う通りだった。ルイも、忌まわしい事件のあと、穏やかに暮らしてきた。リサも同様だった。穏やかに暮らすことがどれほど幸せなことか、二人は身に染みていた。
剣崎は、一樹の独り言に、苛立ちを覚えて言った。
「このまま穏やかに暮らせる?・・寝ぼけないで!彼女にはコントロールできない恐ろしい能力があるのよ。何か不安なことが起これば、その力で甚大な被害が出るのは間違いない。彼女は、保護して連れ帰るべきなのよ。」
その言葉を聞いて、亜美が更に反発するように言う。
「連れ帰るって、あの施設にまた監禁するということですか?」
「そんなこと、あなたたちだって了承済みのことでしょう?」
剣崎は、亜美や一樹に向かって、強い口調で言う。
「何か、他に方法はないんでしょうか?」
三人の会話を聞いていたリサは、落ち着いた口調で訊いた。
「レイさんが居れば、きっと何か・・。」とリサは続ける。それを聞いて、ルイが剣崎に言う。
「コントロールできない恐ろしい能力があるというなら、こちらを信用していない限り、簡単に保護できないでしょう?今の私たちには、きっと、彼女を保護することは無理ですよ。」
剣崎もそのことは充分に判っていたし、その先は、全く見えていなかった。
「剣崎さん!」
無線から、アントニオの声が響く。
「どうしたの?」と剣崎。
「動きがあるようです。先ほどから、出かける支度をしています。」
「すぐに戻って!」
一樹は、トレーラーの窓から、高倍率のモノスコープを使って、マリアのいる館を監視する。館の隣のガレージのシャッターが上がり、車が出て来た。
「出てきました!」
一樹はそう言うと、ドアを開け、トレーラーの横に停めた車に乗りこんだ。亜美も続く。
アントニオが小走りでトレーラーに戻ってくる。
「矢澤刑事、気づかれないように追跡を!」
十里木高原の別荘地の通りから、須藤英雄が運転する車が大通りに出て来た。後部座席に、栄子とマリアの姿が確認できた。
須藤英雄の車が、大通りに入る交差点で信号待ちをした。すかさず、アントニオが車の横を何気なく歩き、GPS発信機を車の後部バンパーに素早く貼り付けた。
車が走り出した。一樹が車のナビに、GPSの信号を捉える。須藤英雄の車の姿が見えなくなるころ、ゆっくりと発信した。
「何処に向かうのかしら?」
助手席で亜美が一樹に訊く。
「さあな。ここに来て5日目でようやく動いたんだ。・・まあ、単なる買い物かもしれないし、そうじゃないかもしれない。」
マリアの乗った車のGPS信号は、富士市方面に向かっていた。
「やっぱり、買い物かしら?」
亜美が呟く。
「いや。どうも違うようだ。」
一樹がGPS信号の行方を見ながら言った。
マリアの乗った車は県道から国道へ右折し、富士宮方面に向かった。その先には大きな町は無い。ゴルフ場、小さな機械工場、浅間神社を通り過ぎると、更に右折して県道に入る。しばらくは林間を進むことになる。
余り急いではいないようだった。
「マリアはまだ10歳。どこか遊びに行くのかも。」
亜美は少し願望を込めて言った。暫くすると、富士宮道路に出た。更に北上していく。ナビ画面には、牧場が表示された。そして、マリアの乗った車は、牧場の駐車場で停まった。
後を追う一樹達も少し遅れて駐車場に入った。
一方、剣崎たちは、無人になった須藤の館に向かった。アントニオが、ピッキングで器用にドアの鍵を開け、中に入る。
「剣崎さん、何を?」
ルイが尋ねる。
「サイコメトリーで彼らの行き先を見つけるんです。」
娘レイから、話には聞いていたが、目の当たりにするのは初めてだった。
剣崎は室内をゆっくり歩き、須藤栄子が最後に触れたものを探した。しかし、確実なものは見つからない。
「ルイさん、思念波が強く残っているものはありませんか?」
ルイは部屋の中をゆっくり見回した。あちこちに微かな思念波の残骸のようなものは見えるが、はっきりと須藤栄子のものとは思えなかった。
「2階はどうでしょう?」
剣崎が階段を上がる。ルイもついて行く。須藤英治の部屋に入る。長時間、そこにいたことがはっきりと判るほどの思念波があった。
「きっと、マリアさんの思念波だと思います・・。」
音楽を聴くために座った椅子。そこに剣崎がそっと手を触れる。マリアが英治とともに楽しげに音楽を楽しむ光景が広がった。無邪気なマリアの笑顔、そしてそれを慈しむように眺める英治。
だが、それ以外、三人が向かった場所を示すようなヒントは浮かんでこなかった。

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7-2 牧場 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「ダメだわ・・須藤英治やマリアは何も知らされていないみたい・・。」
剣崎は残念そうにそう言うと、部屋を出て、階下へ戻った。
「剣崎さん、これはどうでしょう?」
ルイが指差したのは電話機だった。
「外部から連絡があるとして、もちろん、携帯電話ということもあるでしょうが・・ただ、これからは思念波がはっきり見えるんです。」
ルイがそう付け加えた。直ぐに、剣崎が受話器を取り上げてサイコメトリーを始める。
確かに、須藤栄子が握っていたことは判った。剣崎は頭の中に広がる映像の時間を巻き戻してみる。受話器を取り上げ、栄子が何か厳しい表情に変わり、「判りました・・これから出かけます。ええ・・判っています・・それより、マリアを本当に保護して守ってくれるんですよね・・はい、ええ・・そうします。」と、会話をしている映像が続いた。
「誰かに呼び出されて出かけたのは間違いないようね。」
サイコメトリーを終えて、剣崎はやや疲れた表情でそう言った。
「どこに向かったかは?」
「判らなかった・・マリアを保護してくれるのかと、訊いていたから・・おそらく、レヴェナントじゃないかしら。しかし、彼らに本当にそんな事ができるかしら・・。」
剣崎が呟く。
「矢澤刑事たちが頼りね。レヴェナントが接触する前に何とかマリアを保護しないと・・。」
剣崎が言うと、ルイが訊いた。
「その・・レヴェナントにレイも捕まっているんでしょう?」
「ええ・・そうよ。」
「それなら、このまま、彼らの計画に乗ってみたらどうなんでしょう?」
剣崎は、ルイの質問に少し戸惑っていた。
マリアを保護する方法も、その後のことも何も明確になっていないままだった。むやみに接触し、刺激すると、自分たちも無傷では済まないだろう。レヴェナントがレイを拉致したのは間違いない。彼女の能力を知って拉致したのだとすると、彼女こそ、マリア保護の切り札であるにちがいない。この先で、マリアがレイと接触する可能性が高いことは容易に想像できた。
「レヴェナントが、レイさんを使ってマリアと接触することは間違いないでしょう。だからと言って、それが本当に良いことかどうか・・・。想像を超えた惨事が起きるかも・・。」
剣崎はようやく頭の中を整理して、ルイに答えた。
剣崎とルイは、トレーラーに戻り、マリアを追うことにした。
大きなモニター画面にマリアの乗った車が進んでいく。
ルイも、剣崎と同じことを考えていた。だが、ルイは、マリアとレイが接触すると想像を超えた恐ろしい事態に向かうのではないかと思えてならない。磯村健一氏とあの店で接触した時、鋼の様な繭に覆われた思念波を感じた。それはおそらく、マリアの能力と共通するのではないか。レイがシンクロする事で、レイ自身が鋼のような繭に閉じ込められてしまうのではないか。そうなった時、解放する術はあるのか・・。悪い想像が膨らんでいく。
一樹から連絡が入る。
「富士樹海牧場で車を降りました。今、亜美とリサが気づかれないように接近しています。」
一樹は、車中に残り、レヴェナントと思しき人物が、ここへ到着するのではないかと目を光らせていた。亜美とリサは、女友達の旅行を装って、牧場の中に入った。
牧場といっても、観光牧場となっていて、入口近くにはバーベキュー広場や子供向けの遊具があり、その先には、羊の毛刈り、乳しぼり、バター作りなどの体験工房が並んでいる。その先に、広々とした緑地に羊や牛が放牧されている、総合レジャー場というようなところだった。
マリアを連れた須藤夫妻は、牧場に入ると、遊具広場や体験工房等を順番に回って遊んでいる。亜美とリサも、少し離れて追っていく。
「孫を連れた老夫婦・・ですね。」
牧場の白い柵越しに、羊に餌をやりながら、リサが呟く。
マリアは、大きめの麦わら帽子を被り、時折、無邪気な笑顔を見せている。それを目を細めて眺めている須藤夫妻。このまま何も起きずに居てくれればと、ふと、亜美も思っていた。
牧場の中には、他にも、家族連れが居て、マリアたち同様愉しんでいる姿があった。
牧場の一番高い所には、牛舎と羊舎が建っている。
何か前方が騒がしい。
「何かあったのかしら?」
そう言って、亜美が小走りに騒ぎの方に向かう。リサも続く。そこは、羊舎の少し下の緑地だった。観光客が徐々に集まってくる。
『さあ、皆さん、牧場名物の羊の行進です!』
場内アナウンスが響き渡る。
突然、わーっという声が響く。すると、羊舎から、百頭以上の羊が出て来て、観光客の前を一気に走り抜けていく。子どもたちが走り抜ける羊を追っていく。それにつられて親たちも走り出す。羊たちが土を蹴る足音、歓声で辺りは騒然となった。
亜美とリサも突然の事に気を取られてしまった。
羊たちは、緑地に入ると静かになって草を食む。観光客も白い柵越しに羊たちを眺め始め、ようやく静寂に戻った。
ふと周囲を見る。須藤夫妻とマリアの姿がない。
「マリアさんたちは?」
亜美がリサに叫ぶ。リサも、柵周辺に並んでいる観光客に視線を送る。だが、そこには須藤夫妻もマリアの姿もなかった。
「一樹!須藤夫妻を見失ったわ!」
亜美が無線で一樹に連絡する。
「なんだって!」
一樹はずっと駐車場を出入りする車に注意を払っていて、牧場の様子を全く知らなかった。すぐに、牧場の入り口に視線を移す。だが、出て来る人影はない。駐車場を出入りしていた車に不審な車両もなかったはずだった。
「きっとまだ中にいるはずだ。探すんだ!」
「判ってるわよ!」
亜美とリサは、手分けして園内を探し回った。
「あっ!あれは?」
リサが、牛舎の前を歩く夫妻の姿を見つけた。須藤英治と栄子に間違いない。英治がマリアを負ぶっているようだった。大きな麦わら帽子が英治の背中にあった。二人はそのままゆっくりと、出入り口の方へ向かっていく。夫妻の姿を見つけ、亜美とリサは少し安堵した。
マリアは歩き回って疲れたのだろう。それで英治の背中で眠っているのかもしれない。そう思いながら、少し離れて、二人のあとを追う。
ちょうど、そのころ、剣崎とルイを乗せたトレーラーが富士樹海牧場へ到着した。
「須藤夫妻は中にいます。亜美とリサが近くで監視しています。」
一樹は、トレーラーの神崎に報告する。
「接触してきた者は?」と剣崎。
「今のところ、ありません。」と一樹。
「そう・・。引き続き、不審な車両が入って来ないか監視して!アントニオ、周囲の様子を探ってみて。カルロスは、牧場の裏手に回って。」
剣崎はそう言うと、トレーラーを降り、牧場入口へ歩いていく。ルイもついて行く。カルロスは、駐車場を走り抜け、山の中へ入って行った。アントニオはドローンを使って、空から周辺の様子を監視し始めた。
「あれね。」
剣崎は、牧場の中に入り、すぐに須藤夫妻の姿を確認した。20mほど離れた位置に、亜美とリサがいた。剣崎は、小さく二人に合図を送る。亜美とリサも応えるようにうなずいた。
ゆっくりと剣崎とルイが、須藤夫妻に近付いていく。
急に、ルイが立ち止まった。
「あれは・・。」とルイが呟く。
「どうしたの?」と剣崎が訊く。
「あれは・・マリアさんじゃない。別人です。思念波が・・違う・・」

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7-3 すり替え [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

ルイの言葉に剣崎が反応し、真っすぐに須藤夫妻のところに走り出した。その様子を見て、なにが起きたのかと、亜美とリサも慌てて走り寄った。
剣崎は、須藤夫妻の前に立ちはだかるようにした。
「なんですか!」
須藤栄子が声を荒げて言った。
亜美がすぐに警察バッジを見せて言った。
「警視庁です。・・須藤英治さん、栄子さんですね?お聞きしたいことがあります。」
須藤栄子も英治も決してたじろぐことなく、平静な表情を浮かべたままだった。
「おんぶしているのは、どなたですか?」
英治と栄子は、視線を合わせる。
「いや・・これは・・迷子になったお子さんですよ。これから、迷子センターへ連れて行くところなんですが・・。」
英治がゆっくりした口調で答えた。
「迷子?」
「ええ・・そこの・・そうそう、羊の行進が終わった時に、親御さんからはぐれてしまったみたいでね。泣き疲れたのか、歩けないって言うんで、おんぶして連れて行くところです・・それが何か?」
英治は、悪びれる事もなく、穏やかに答えた。
「一緒にいた、マリアさんは?」
亜美が訊くと、栄子が微笑を浮かべて答える。
「マリア?・・だれですか?」
「一緒にここにきたマリアさんです。何処ですか?」
亜美がさらに追及する。
「いえ・・ここには私たち二人で来ましたよ。マリアなんて子は知りません。何かの間違いじゃないんですか?」
栄子は落ち着いて答える。
「とぼけても無駄ですよ。私たちはずっとあなた方を監視していたんですから・・。」
亜美が少し興奮気味に言った。
「監視?どうして私たちが監視されるんですか?人権蹂躙です。訴えますよ。」
「あなた方夫妻は、マリアという少女を匿っていたでしょう。・・少女の拉致監禁で逮捕できるんですよ。正直に答えてください。」
「少女の拉致監禁?・・全く、どうなっているんでしょう、この国の警察は。そんな証拠があるのなら見せてください。・・ああ、そうです、ここへ入場券を払って入ったですから、受付で確認してみてください。私たちは二人でした。そんな少女は連れていませんでしたから・・。」
栄子は自信満々に答えた。すぐにリサが受付に走り確認して、戻って来た。
「残念ですが・・受付の担当者は・・確かに二人だったと証言されました・・。」
リサが言うと、「そんな・・バカな・・。」と亜美。
「そうでしょう?何を根拠にそんな根も葉もない事を・・それより、この子を早く迷子センターへ連れて行かなくちゃ・・。もう良いですか?!」
栄子の口調が勝ち誇ったように聞こえた。
須藤夫妻はそう言うと、迷子センターへ歩き出す。
それを見つけたのか、すぐに、若い夫婦が駆け寄ってきて、おんぶされている子どもを受け取り、何度も何度も頭を下げてから離れて行った。
一部始終を剣崎は無言で見ていた。
「戻りましょう。」
剣崎はそう言うと、トレーラーへ戻って行った。
トレーラーハウスに着くと、皆、思い思いの場所に座り、しばらく無言だった。
トレーラーには、アントニオが残っていて、ドローンで周囲の様子を監視していた。
「ボス!空からは何も・・。」
とアントニオは残念そうに報告した。
「レヴェナントに仕組まれたわ・・。」
剣崎が吐き捨てるように言った。
「一体、どういうことですか?」
悔しい表情を浮かべながら、亜美が剣崎に訊いた。
「人の記憶を入れ替えるなんて、彼らにすれば容易いことなのよ。須藤夫妻も全く動じていなかったし、受付も、恐らく、あの若夫婦も、造られた記憶を植え付けられたのよ。二人でここへ来た。そして、迷子を見つけた・・それは、須藤夫妻にとって、全て事実でしかない。マリアと一緒にいたという記憶すら消されているにちがいない・・。」
「そんな事ができるんですか?」
と、リサも驚いて訊く。
「思念波を捉え、思うように操るということは、そういうやり方もあるのよ・・それができるのは、おそらく・・No051・・ケヴィン・・。」
剣崎が初めて聞く名前を口にした。
「ケヴィン?」
一樹が訊く。
「マーキュリー研究所で、私と一緒にいた被験者の一人。彼には、マニピュレート能力が認められたの。でも、弱々しくて、コントロールできないものだった。でも、ある薬が開発されて、飛躍的に能力を伸ばしたの。その後、彼は、工作員になって世界中を飛び回っていたわ。でも、薬の副作用が出てしまって・・・・。」
薬と副作用と聞いて、ルイが反応した。自らも、父、神林教授によって、様々な薬の実験体として扱われ、生きた屍だった過去を思い出していた。
「副作用というのは?」
ルイが剣崎に尋ねる。
「はじめは幻聴。神の啓示だと口走るようになった。でも次第に彼の中で現実の世界になった。彼は自らをメシアだと思うようになり、自らの能力を神から与えられたものだと信じた。工作員だった彼は、呼び戻されて、一時、研究所は彼を監禁して、暴走が進まないよう、薬を絶った。」
「やはりそういうことなのね。」とルイが頷きながら続ける。
「イプシロン研究所でも同じようなことがあったわ。被験者の能力を引き出すために極限状態に長期間隔離したり、命を落とすことなど構わず薬を投与したり・・。人として扱われることはない。特別な能力を高める以前に、人格崩壊も・・。おそらく、彼もそういう経路をたどったんでしょうね。」
自らの境遇と重ねながら、ルイが言うと、剣崎が応えるように言った。
「研究所には様々な研究員がいる。開発した薬の成果を確認し続けようとする者もいた。その研究者たちが、彼を解放して、何処かに匿ったんでしょう。・・・・だから、組織は、彼らのことをレヴェナントと呼び、警戒したのよ。」
ひとしきり剣崎の話を聞いていた一樹が、少し苛ついた口調で言う。
「剣崎さん!一体、どこまで知っているんですか?知っていることを全て話して下さい。」
一樹は剣崎を睨みつけている。
だが、剣崎は口を閉ざした。答えられずにいた。
そんな様子を見て、今度は亜美が詰め寄る。
「マリアちゃんの保護は、本当に、正しいことなんですか?連れ戻した後、彼女はどうなるんですか?彼女は・・」
亜美はそこまで言って、大粒の涙を流した。
僅か10歳の少女は、特別な能力を持ったゆえに、隔離され生きて来た。そこをようやく抜け出したのだが、再び、怪しい者達の手に落ちた。そこから救い出したとしても、彼女の未来は閉ざされている。そう思うと、怒りと悲しみ、悔しさが一度にあふれだし、涙が止まらなくなった。
「もう少し時間をちょうだい。」
剣崎は険しい表情を浮かべて答えた。
「カルロスが戻ってこない!」
ひとしきり、皆の話を聞いていたアントニオが、思い出したように言った。
「カルロスは?・・カルロス!カルロス!」
一樹が無線で呼びかける。だが、返答はなかった。

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7-4 チェイサー [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「カルロスは牧場の裏山に入っていったんだったな。」
一樹がアントニオに訊く。
「ええ、まちがいない、そうです。」
アントニオはそう返事をして、ドローンの映像を早送りにしてモニターに映し出した。
山道を登っていくカルロスの姿があった。ドローンは急上昇し、広く周辺の映像に切り替わり、カルロスの姿は確認できなくなった。
「止めて!少し戻して!」
映像を見ていたルイが叫ぶように言った。
カルロスが登った道の先に、映像が切り替わったところまで戻すと、ルイが目を閉じた。
何かの思念波とシンクロしようとしている。
「どうしたんですか?」
心配になってリサが訊ねる。
すると、ルイは目を開けて答えた。
「その大きな木が立っている辺りに、レイがいたようだわ。もう映ってはいないけれど、その木の映像から、とても強烈な思念波を感じるの‥。ドローンを見つけて、思念波を送ってきたのよ。」
すぐに、地図を広げて位置を確認した。
「行きましょう!」
亜美が言うと、一樹とリサも立ち上がった。
一樹と亜美とリサの3人は、カルロスが上った山道を登っていく。周囲が少し開けたところに、車が入れる林道があった。
「こんなところに抜け道があったのか!」
轍がついているところを見ると、ごく最近、車が通過したのは間違いない。
林道はそのまま牧場へ続いているようだった。少し進むと、人影があった。林道脇に立っている大杉にもたれて座っているように見えた。
「カルロスか?」
すぐに、一樹が走り寄る。
だが、そこに居たのは黒いスーツを身につけた見知らぬ男だった。意識がない。
「一樹、こっちにも・・。」
亜美が、林の中に倒れている男を見つけた。こちらも気を失っているようだった。
「おい!起きろ!おい!」
一樹が、杉の木にもたれかかっている男を強く揺さぶって起こした。男は目を開けたが定まらない。何かに精気を吸い取られたように見える。
「ダメだ!亜美、そっちはどうだ?」
「こっちも・・目を開けそうにないわ。」
一樹は周囲を見回す。カルロスがきっと近くにいるはずだ。
「ここです!カルロスさんが!」
リサが、林道の先、牧場の裏手に入場できるゲートの方から叫んだ。一樹と亜美が急いで向かう。
カルロスもさっきの男達と同様に、完全に意識を失っている。その上、肩口から出血しているようだった。
一樹は、大男のカルロスを何とか背負って、トレーラーまで戻って来た。カルロスをすぐにベッドに横にさせた。
「矢澤刑事の時と同じね・・。」
カルロスの様子を見て、剣崎が言った。
「じゃあ、これはマリアが?」
一樹が訊く。
「いえ・・そうじゃないわ。マリアなら、カルロスは死んでいたはず。おそらく、ケヴィン。」
「やっぱり、あそこに、レイが居たのか!」
一樹は悔しそうに言う。
「マリアも、ケヴィンたちが連れて行ったに違いないわ。」
剣崎が言うと、亜美が訊いた。
「マリアは大人しくついて行ったんでしょうか?」
「きっと、レイさんが拉致された時のように、気づかれぬうちに意識を奪ったんでしょう。」
と、剣崎が答える。
「あの男たちは?カルロスさんと闘って、意識を失ったわけじゃなさそうでしたけど。」
今度はリサが剣崎に訊く。
「もしかしたら・・・。」
今度はルイが口を開く。
皆がルイを見ると、少し戸惑った表情を見せて、ルイが続けた。
「もしかしたら、レイかもしれません。」
「どうして?レイさんにそんな力が・・。」と亜美が驚いて訊く。
「先程のドローンの映像にレイが残した思念波から感じた事だけど、レイの中に、恐ろしい能力が覚醒したのかもしれない。・・昔、感じた事のある思念波・・・そう、伊尾木の思念波に近い・・。」
ルイは冷静に答えた。
それを聞いて、剣崎は何かを決断した様子で口を開いた。
「もう、全て話すわ。」
剣崎を取り巻くように座り、皆、話を聞くことにした。
「まず・・倒れていた男はチェイサーの部下。」
「チェイサー?」と亜美。
「ええ、そう。コントロールできなくなったケヴィンが作り出したレヴェナントを壊滅させるため、F&F財団は、強い能力を持った者をチェイサー・・追跡者にして、行方を追っているの。」
剣崎は哀しげな顔で答える。
「私がアメリカを発った時から、ずっと彼らにマークされていた。マリアを保護することだけじゃなく、そこにケヴィンが現れると予測していたの。」
「じゃあ、私たちが捜査協力したことは、結果的に、F&F財団の思惑に沿っているということ?」
亜美が少し憤慨して、剣崎に訊く。
「まあ、結果的にそうなるわね・・。」
「なんてことだ!・・それなら、須藤夫妻のことも、IFF研究所のことも、伊尾木のことも、全て、剣崎さんには判っていたんじゃないんですか?」
亜美はさらに剣崎に詰め寄った。
「いいえ・・私は、知らなかった。本当よ。亜美さんたちの協力がなければ、ここまでは辿り着けなかった。私に判っているのは、全ての根源は、F&F財団にあるということ。チェイサーもレヴェナントも、サイキックの能力を極限に高めるためのもの。」
「サイキックの能力を極限まで高める?まさか・・じゃあ、あのプロジェクトは存在していたっていうことなの・・。」
ルイが怯えるように言った。
「あの計画って?」
亜美がルイに訊く。
「私が・・そう、私が居たイプシロン研究所には、幾つかの研究チームが作られていた。私がいたのは、もっとも初歩的な、特殊能力のメカニズムを解析するチームだった。私自身が実験台でもあったから、遺伝子や脳の構造・・いわゆる生理学的医学的な解析を行っていたわ。他にも、特殊能力を生み出すための薬品の開発・・これが、おそらく、レヴェナントを作り出したケヴィンのような被験者を使った研究チームに引き継がれたはず・・。他にも、動物を使った研究もあったわ。・・その中でも、トップシークレットとされたチームがあった。研究者の中では、エヴァ・プロジェクトというニックネームで噂されていた。」
「エヴァ・プロジェクト?」
苛立ちの表情を見せながら、一樹が訊く。
「真偽のほどは定かではなかった。でも、様々なチームから特に優れた研究者が突然姿を消すのよ。そして、最強のサイキックを創造するプロジェクトに抜擢されたという噂が流れた。」
「最強のサイキック?そんなもの、どうするつもりだ?」
一樹が誰にともなく吐き捨てるように訊く。
「世界を支配するためよ。」
剣崎が口を開く。

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7-5 支配 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「世界を支配?・・頭がおかしいんじゃないか?・・・まさか・・それこそが、F&F財団の目的だっていうんじゃないだろうな?」
一樹は、もはやついていけないという顔で言った。
「そう。その通り。F&Fは、国という概念は持たない。優れた者こそが世界を支配すべきだという信念をもっているのよ。」
剣崎は真面目な顔で答える。一樹は、呆れた顔で聞いている。
「財団は、資産を投じて、私やルイさんのように、実際に、特殊な能力を持っている者が存在していることが判ると、世界中から、研究者や被験者を集め、研究を始めた。初めは、小さな、イプシロン研究所だった。その頃はまだ、財団も少数の小さな組織だった。でも、ルイさんが研究所に入った事で大きく変わったのよ。」
剣崎は、言葉を選ぶ様に話を続ける。
「ルイさんは、研究所の中でも特異な存在だった。研究者であり、被験者でもあった。奇妙と思われた研究が、革新的な研究へと変わり、様々な団体や政府組織が支援を始めた。一気に、財団は大きくなったの。でも、大きな事故で研究所は閉鎖され、F&F財団も一時活動を休止した。」
「それは・・伊尾木が姿を消したことと関係があった・・。」
リサがルイから聞いていた話を付け加える。
「ええ、そうね。研究所で火事が起き、伊尾木が行方不明になり、研究資料が無くなった。その時、財団が一番恐れていたのは、伊尾木の能力を飛躍的に高めた薬品のことだった。おそらく、伊尾木が自らのために盗み出したと思われ、財団も彼の行方を追った。でも、結局、見つからなかった。」
伊尾木は研究所から姿を消したあと、生まれ故郷に戻り、磯村氏を殺害したうえで、なりすます事に成功し、結果的にF&F財団の下部組織に身を隠したということは、すでに、亜美たちの捜査で明らかになっていた。
「一度は休止に追い込まれた財団が復活したのはどうしてですか?」
亜美が訊ねる。
「そのきっかけになったのは、ケヴィン。彼は、陸軍の軍人だった。軍は、イプシロン研究所の研究を引き継ぎ、密かに人体実験を行っていたのよ。そこで、ケヴィンが見つかった。本格的に研究を行うため、F&F財団が引き受け、マーキュリー研究所ができたのよ。」
剣崎が答えた。
「そこには・・剣崎さんも?」と亜美。
「ええ、そうよ。財団は以前と同様に、可能性のある被験者を集め始めた。私もその一人だった。」
剣崎の言葉には、少し恨めしさがこもっていた。
「そして、それは、マリアが収容されていたマーキュリー学園へ姿を変えた。でもね、それはあくまで、研究の一部に過ぎなかったの。」
剣崎は、知っていることを洗いざらい話そうとしていた。
「今、私たちの周りで起きている事こそ、エヴァ・プロジェクト・・・そのものなのよ。」
剣崎の声が少し震えている。
「初めから、知っていたわけじゃないわ。ルイさんから聞いた話しと私の知っていることを繋いだ時、判ったの。」
剣崎の話を聞きながらも、何が言いたいのか釈然としない。
「もっと、判りやすく言ってくれないか!」
一樹が剣崎に言う。
「世界を支配するための最強のサイキックを作るには、サイキック同士が戦う必要がある。互いの能力をぶつけることで、新たな能力を生み出し高めることができる。でも、それは容易なことじゃない。ルイさんや私、レイさんも思念波で意思を通じ合う事ができる。思念波の融合は出来ても、戦うという概念はない。だから、無理やりにでもそういう状況を作り出そうというわけ。」
「レヴェナントとチェイサーか・・命を賭けて戦う構図を作り上げたということなんだな。」
一樹が、整理するように言った。
「ええ、そうよ。私は、その餌のようなもの。」
「しかし、マリアは全く無縁じゃないのか?」
「そうじゃない!そうじゃないのよ。・・・マリアはすでに最強のサイキックなのよ。」
そこまで聞いて、リサが口を挟んだ。
「じゃあ、マリアちゃんが収容所から抜け出したのは・・彼女の意思ではなく、仕込まれたことだったということですか?」
それを聞いて、剣崎が悲しげな顔を見せて答える。
「ええ・・おそらく、マリアを解放すれば、当然、レヴェナントが触手を伸ばして動き始める。そうなれば、当然、チェイサーも動く。そして、ルイさんやレイさんのように、F&Fが把握していない者達も集めようと考えた。そうすれば、彼らが目指す最強のサイキックが生まれるに違いないと・・。私は、そんなことも判らず、F&F財団の計画に乗ってしまった・・。本当にごめんなさい。」
暫く、みな沈黙した。
誰もが、マリアの保護とは、もはや次元の違う事態に向かっているという状況を、漠然と理解したものの、自分はこれからどうすれば良いのか、何ができるのか、自問自答していた。
このまま、マリアの居場所を見つけることができたとしても、チェイサーが迫ってくる。そして、レヴェナントとチェイサー、そしてマリア、レイの力がぶつかった時、何が起こるのか想像さえできない。何かしなければならないのは判っている。
「レイさんはどうしているのかしら?」
沈黙を破るように、リサが言った。
ルイは、それを聞いて、シンクロを始める。
目を閉じて意識を集中させる。先ほどの映像からキャッチしたレイの思念波にシンクロする。微かだが、レイの思念波を見つけた。
「北へ・・北へ向かって下さい!」
すぐにアントニオがトレーラーを発車する。左手に富士山を見ながら、トレーラーは北上する。
「この先は、本栖湖・・よね。」
亜美が誰にともなく訊いた。モニターにマップが映し出される。国道139号線をさらに進んでいく。精進湖が見えたところで、ルイが口を開く。
「止まって下さい!」
ルイはずっと目を閉じたまま、レイの思念波を追っていたのだった。
「消えてしまいました・・・ごめんなさい。」
ルイは額に汗を浮かべ、青い顔をしている。今にも倒れそうだった。
「ルイさん、大丈夫ですか?」
リサが、肩を抱くようにして寄り添う。
「ごめんなさい・・限界・・力を使い過ぎたみたい・・・。」
ルイは、弱々しい声でそう言うと、意識を失った。リサがすぐに抱え上げて寝室へ連れて行く。
この先、左へ曲がり国道358号線に入れば、甲府へ抜ける。そのまま直進すれば、西湖、河口湖方面へと向かうことになる。すぐにルイは回復しないだろう。この先、レイを追うのは難しい。
「くそっ!ここまで来て!」と、一樹は悔しがる。
「二手に分かれてみてはどうでしょう?」と、亜美が提案する。
寝室から、リサが戻って来た。
「ルイさんは眠っています。疲れたようです。・・あの・・これは、私の勘違いかもしれないんですが・・さっき、ルイさんを抱えた時、私の頭の中に、ルイさんの声が聞こえたんです・・。」
「いえ、それはきっとルイさんが薄れる意識の中で、あなたに思念波を送ったのよ・・それで?」
剣崎が訊いた。
「レイさんは深い森の中・・と聞こえたようなんです・・。」
リサは確信が持てないまま、自分が聞いた声を思い出しながら答えた。
「深い森?・・まさか・・。」
剣崎はそう言って窓の外を見た。
道路から右手、富士山に向かって、青木ヶ原の樹海が広がっている。
「まさか、この森の中に?・・。」
亜美も驚いて言う。

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8-1 静かな戦い [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

レイは、相変わらず、閉鎖された部屋の中にいた。
食事を運んできた二人の思念波にシンクロして、ここの所在地を掴もうとしたが、ケヴィンに邪魔された。その後、数度同じようなチャンスはあったが、その都度、ケヴィンに阻止されてしまった。
「明日朝、行動を開始します。我々に協力した方が身のためですよ。」
ケヴィンは、珍しく夕食を運んできて、そう告げた。
翌朝、ケヴィンは数人の男とともに、レイの部屋に現れ、レイの顔に黒い布を被せた。
「無駄な抵抗はやめてください。」
ケヴィンはそう言うと、レイの手足も縛り、男達にレイを抱えさせて部屋を出て行った。
レイは大きなワゴン車の中にいた。
ドアを閉める音、エンジン音、時折、サイレンのような音も聞こえた。
レイはひたすら、自分が連れて行かれる先を想像していた。どれくらい車で移動したのか判らないほどの時間だった。
「さあ、着きましたよ。」
ケヴィンはそう言うと、レイの手足の縄を解き、顔にかぶせてあった布を取る。眩しい光で一瞬目の前が真っ白になる。徐々に慣れてくると、周囲には森が広がっていた。
「ここで、マリアと対面します。おかしなことはしないように。」
ケヴィンはそう言って車を降り、森の中を歩いていく。
レイは数人の男達に囲まれた状態で、ケヴィンの後ろを歩いていく。
ケヴィンが、男達に小さく合図をすると、3人の男が森を出て、斜面の下に見える建物に向かっていった。
レイは、その様子をじっと見ていたが、ふと、上空高い所にドローンが飛んでいるのに気付いた。
ケヴィンに気付かれないように、そっと視線を送る。おそらく、あれは、剣崎が送り込んだドローンだと思った。なんとか、自分の存在を知らせたい、そう思ったが、どうして良いか判らなかった。しかし、急がなければ、ケヴィンに気付かれてしまう。レイは、一瞬だけ強い思念波をドローンに向けて飛ばした。
建物の方から大きな音が響いた。何を言っているのか判らないが、歓声が聞こえた。その声で、観光牧場なのだとレイは判った。
レイは、ケヴィンに気付かれないように、思念波を探る。そこには、剣崎や一樹がいることが判った。だが、遠すぎて、自分の存在を伝えることはできなかった。
しばらくすると、建物から先ほどの男達が、大きな袋を抱えて戻って来た。
「よし、予定通りだ!」
ケヴィンはそう言って、レイを連れて、車両に戻ろうとした。
「マリアなの?」
レイが訊くと、ケヴィンは、「ああ」とだけ答えてドアを開ける。
その時、レイは、急に、頭が締め付けられるような痛みに襲われ、その場に座り込んだ。マリアを抱えた男達も、車の直前に来て座り込んでしまった。
「くそっ!チェイサーか!」
ケヴィンは車から降り、周囲を探る。
そして、ポケットから注射器を取り出し、腕に突き立て、体に薬を注入した。それから、目を閉じる。髪の毛が少し逆立ち、顔が紅潮している。まさしく、能力を使っている状態だった。
レイは、強い思念波が頭の中に突き刺さるような感覚に耐え切れず、頭を抱えこんだ。そして、何とか自分を守ろうと念じた。次第に、自分の周囲にバリアを張るような形で思念波の殻ができた。完全に無意識、自己防衛のためにできたことだった。
強く突き刺さる思念波とケヴィンの思念波が、目に見えない矢羽根のように飛び交っている。突き刺さるような思念波は、遥か遠くから飛んできているように感じられた。
男が一人、樹にもたれ掛かるようにして蹲っている。完全に意識を失っている。先ほどの強い矢のような思念波に、意識を貫かれたのだ。
周囲には、敵対意識を持った別の男達が迫ってきていた。
ケヴィンは、その男達に向けて、突き刺さるような思念波を送る。一人がその場で倒れ込んだ。それを見て、他の男達は怯んだ。
銃の乱射とは違い、音のない戦いが5分ほど続く。
その様子を、少し離れた木の陰から、カルロスが見ていた。
カルロスは、ケヴィンたちが車を離れた隙を見て、車体にGPSを貼り付けて、木の陰に隠れていたのだった。
カルロスの視覚では、その光景は異様に映った。
誰ひとり、戦っていない。だが、何かの拍子に男が倒れ込む。男たちの一番後ろで、レイの傍に居る男が恐らく、剣崎から聞いていたNo051、ケヴィンなのだと判った。そして、あの布袋にはきっとマリアが入れられている。マリアとレイを奪還するには、ここで、ケヴィンを殺すしかない。
カルロスは咄嗟に判断した。
ポケットからピストルを取り出し、サイレンサーを取り付けて、木の陰から狙いを定める。
ケヴィンの傍にはレイがいた。仕留め損ねると、レイを傷つけてしまう。じっと、引き金を引くタイミングを計っていた。
「今だ!」と思った時、カルロスはケヴィンの強い視線を感じた。同時に、頭の中にケヴィンの大きな瞳が浮かび、迫ってくる。徐々にカルロス自身の意識を奪われている感覚を憶えた。手足が思うように動かない。そして、手にした銃口が徐々に自分の方へ向いてくる。カルロスは何とか抵抗しようとするが、もはや体は思うように動かない。
「ズキュン」
小さな発射音とともに、カルロスはその場に倒れた。自ら、脇腹に銃を発射したのだった。
チェイサーからの矢のような思念波は徐々に減ってきた。
「よし、行くぞ!」
ケヴィンが、周囲の男達に声をかける。
ケヴィンは、マリアとレイを車に押し込むようにして乗せて、無事だった男達とともに、その場を立ち去った。
車中でケヴィンはじっと目を閉じたまま動かず、苦しそうな表情を浮かべている。思念波の戦いで応力を大幅に消耗したようだった。
ケヴィンたちの車は国道139号線を北上し、途中で林道へ入る。
狭い道だったが、中に入るとキャンプ場があった。既に数年前から休業している様子で、入口の門は閉ざされていた。それを開いて、さらに奥へ入っていくと、大きなロッジが建っていた。
車が止まると、男たちはマリアが入っている袋を担ぎ、ロッジへ入る。
少し遅れて、ケヴィンがレイを連れて、ロッジへ入った。
ケヴィンは、ロッジに入ると、大きなソファに身を沈めた。もはやわずかな体力しか残っていない様な辛い表情を浮かべていた。
レイがロッジに入ってから、しばらくすると、男達が、布袋からマリアを出して、ベッドに寝かした。マリアは静かに眠っているように見えた。
「無事なの?」
レイが訊くと、一人の男が少し笑みを浮かべて答える。
「大丈夫。少し眠ってもらっているだけですよ。あと1時間ほどで目を覚まします。」
男が立ち去ると、レイはマリアの傍に座り、様子を確認する。
手荒な真似はされていないようだった。十歳の少女はあどけない表情を浮かべて眠っている。ケヴィンはかなり疲れていて、少し眠っているようだった。
レイは、マリアの額にそっと手を置いてみた。
微かな思念波を感じる。眠っているはずなのに、少し覚醒し始めているのかもしれない。それならばと、レイはそのままの姿勢で、マリアに思念波を送ってみた。
『私はレイ。あなたのように、特別な力を持っている者です。ケヴィンという男があなたを拉致しました。でも、あなたの味方ではありません。このままでは、きっと、あなたは、悪事に利用されてしまうでしょう。私と一緒に、ここから逃げましょう。私を信じて。』
ピクリと、マリアの手が動いた。
レイの意識の中に、マリアが現れた。
困惑した表情ではあるものの、レイに向かって小さく頷いたように感じた。

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8-2 逃避行 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

『ケヴィンは今、力を使い果たして疲れて眠っています。・・今なら、手下の男達を操れるかも知れない。』
レイは、姿勢を変えずに思念波で語りかける。
レイの言葉に、マリアがそっと目を開けた。マリアは、レイの顔を見て、安心したような笑顔を見せた。そして、『私に任せて。』そう思念波で伝えてきた。
マリアは再び目を閉じる。
すると、マリアから柔らかい思念波が徐々に広がってくる。
『レイさん、思念波で、自分を守って。』
マリアの思念波が頭の中に広がり始めた。
レイは、すぐに思念波で自分の意識を守る殻のようなもので自分を防御した。ゆっくりと、マリアの思念波が部屋に広がり、そこにいた男たちは徐々に倒れ込んでいく。
マリアは静かにベッドから起き上がる。
レイはマリアを連れて、寝室の脇にあるキッチンの勝手口から外に出た。
そして、二人はそのまま、森の中へ入って行った。
暫くすると、ケヴィンが目を覚ました。部下の男達が倒れているのを見つけ、すぐに寝室へ行く。そこには、マリアもレイの姿もなかった。
「逃げられたか!」
ケヴィンは怒りを抑えきれず、ベッド脇にあった電気スタンドを投げつけた。その音で、男たちが目を覚ます。
「レイとマリアが逃げた。まだ、それほど遠くには行っていないはずだ。探せ!」
ケヴィンが強い口調で命じる。
すぐに男たちは外に出て、手分けして探し始める。
「ボス!林道の先に入っていないようです!」
国道まで出て行った男が戻ってきて、ケヴィンに報告する。
「森へ入ったか!・・行け!探すんだ!」
青木ヶ原の樹海に無暗に立ち入るのは無謀であった。樹海の中に、僅かながら道はあるが、周囲は深い森、自分の方向がすぐに判らなくなる。同じような景色で、同じところを何度も通ることになり、そのうち、体力を消耗して動けなくなり、最後には命を落とすことになる。
男たちはそうなることを知らなかった。
森へ分け入った男たちは、出発点であるキャンプ場を見失うのは確実だった。そう気づいた時、ケヴィンは途轍もない大きな力が迫ってきていることを察知した。
「いけない・・奴らがくる・・。」
ケヴィンは、この強大な力はチェイサーだと察知した。部下たちはまだ戻ってきていないが、このままでは、チェイサーと戦うのは無理だと判断した。
ケヴィンは部下たちを置き去りにして、車に乗り込み、その場を離れた。
ケヴィンがキャンプ場から出て国道を南下し、本栖湖へ向かった頃に、入れ替わるようにして、1台のワゴンがキャンプ場に現れた。
ワゴン車からは男が数人降りてきて、ロッジの中を物色する。
「ボス、誰もいません。」
戻ってきた男が、車中の男に報告する。
それを聞いて、男は目を閉じる。彼こそ、チェイサーの一人で、クロスと呼ばれる男だった。
「おかしい・・この周囲に、強い思念波を感じる・・・樹海の中か・・。」
クロスは、ゆっくりと車を降りると、樹海を睨みつける。
そして、両手を広げると、大きく前に突き出す。この動作と同時に、矢のような思念波が飛んでいく。クロスが発する矢のような思念波が森の中を飛び交う。森の奥でうめき声が響く。
「うむ・・奴はいないようだな・・。何処に行った?」
クロスは、向きを変えて四方に同じように思念波の矢を放つ。
「近くにはいないようだな・・・。」と、残念そうに言う。
「ボス、森の中でこんなものが・・。」
手下の一人が、白い布を持って戻って来た。クロスはそれを手にして、目を閉じる。サイコメトリーをしている。
「ほう・・これは・・マリアの着衣のようだな・・・。そうか、マリアは奴の手を逃れたということか・・おい、マリアを追うぞ。」
クロスは手下を呼び集めると、森の中へ入っていく。
手には、マリアの着衣を持ち、サイコメトリーをしながら進んでいく。着衣から見える光景を一つ一つ探りながら、マリアとレイの後を追っていく。
一方、その場を離れたケヴィンは、まだ充分に体力が回復していなかった。
ケヴィンは、自らの能力を最大限に引き出す薬を常用していた。その結果、体はボロボロになっていた。幻覚も進んでいた。もはや限界に達していた。
なんとか、本栖湖の湖畔まで逃げて来たものの、徐々に意識が薄れ、それ以上動けなくなってしまい、湖畔の駐車場に何とか車を停め、休むしかなかった。
「あのチェイサー・・一体、誰なんだ・・・。あと少しだったのに・・。」
うわごとのように呟き、ケヴィンはそのまま眠ってしまった。
そこに、誰かが近づいてきた。
「ご苦労様・・お前の役目は終わったな。」
そう言うと、窓越しに手を当てた。
掌から一瞬鋭い光が発したように見えた。暫く、そのまま、中の様子を見たあと、静かにその場を離れて行った。

その頃、レイとマリアは、青木ヶ原の樹海の中を歩いていた。
細い林道は時々行先が見えなくなる。その度に、レイは、思念波を使って人の気配を探し、方向を定めていた。同じような景色の中だが、レイとマリアは確実に東へ向っていた。
その先には、富岳風穴があるはずだった。そこまで行けば、何とかなるとレイは考えていた。
そして、クロスたちも、残像を追って、着実に迫ってきていた。
日が傾き、森の中は暗闇が広がり始めていた。
ふと見ると、マリアは相当疲れているようだった。
まだ十歳の少女である。長く、施設に収容され、体力があるとは言い難い。
「マリアさん、まだ歩ける?」
レイが労わるように訊いた。
「大丈夫。まだ・・歩けます。」
マリアは、答える。だが、かなり疲れているのは判った。
「少し休みましょう。」
レイは、そういうと、倒木が重なり、ちょうど屋根になっているような穴を見つけ、そこに入った。
「少し眠る?」
レイが訊くと、マリアは小さく頷き、レイの体に頭をもたげる仕草を見せた。レイは、そっとマリア載せに手を回し、抱き寄せるようにした。
僅かの時間だが、マリアはレイと一緒にいる間に、思念波の波動が、よく似ていることに気付き、レイの事を姉のように感じ始めていた。
レイもうとうとしていた。だが、何か大きな力が近づいてくる事に気付いて、はっと目が覚めた。
「マリアさん、行くわよ。」
レイはそっとマリアを起こした。倒木の間を抜けた先に大きな岩があった。
その大きな岩を越えた時、目の前に、舗装された道が見えた。風穴へ続く観光道路だった。そこに出ると、数人の観光客がいた。
「御免なさい。助けてね。」
レイは、そういうと、女性二人連れの観光客に思念波を送り、彼女たちの思念波とシンクロした。
女性たちは、急に立ち止まると、レイとマリアの方に近付いてきた。それから、二人の手を取り、駐車場へ向かっていく。
そして、そのまま、彼女たちが乗ってきた車に二人を乗せ、その場を離れた。
クロスたちはようやく樹海のはずれまで達していた。レイとマリアが休んでいた倒木の穴の中を覗き込み、その先へ進む。
もう完全に日が暮れて、富岳風穴の辺りには誰ひとりいなかった。
「逃げられたな・・・。」
クロスは、その場で、再び、周囲の思念波の矢を放つ。だが、人の反応はなかった。

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8-3 恐れるべき力 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

カルロスを救いだした後、レイが残した「森の中にいる」という言葉を聞き、一樹たちは後を追うことにした。
「どうして、こんなところに?」
一樹が呟く。
トレーラーの窓から見える、青木ヶ原の樹海は深く暗く、その奥がどこまで続いているのか見当もつかない。何処を探せば良いのか。
その時、カルロスがようやく目を覚まし、起き上がって来た。
「モニターヲ、ツケテクダサイ。」
カルロスはアントニオに言う。
まだ、完全に回復してはいないようだが、何とか動ける程度だった。
カルロスはアントニオに、二言三言、話をして、アントニオがPCを操作した。すると、モニター画面にマップが表示され、いくつかの光が点滅している。
「これは?」と、剣崎が訊くと、アントニオがカルロスに代わって答えた。
「牧場の裏山で見つけた車両のいくつかにGPSを取り付けたようです。」
それを聞き、皆、食い入るようにモニターを見た。
二つの点滅は、キャンプ場らしきところに停まっている。もう一つの点滅は、本栖湖だった。
「きっと、レイさんはあのキャンプ場の近くにいる。」
すぐにトレーラーはキャンプ場へ向かうが、キャンプ場の入口通路が狭く、奥には入れない。一樹と剣崎が、バイクで奥へ向かった。
「アントニオ!カメラは作動している?」
林道をバイクで疾走しながら、剣崎が無線で話す。
「OK!ボス!」
ヘルメットに取り付けたカメラから映像がトレーラーのモニターに届いている。トレーラーに残っていた、亜美、リサ、カルロスたちは、様子を見守る。
一樹と剣崎が、キャンプ場に着いた。
車が2台放置されている。ロッジの中には誰もいない。
剣崎は、すぐにロッジの中にある様々なものに触れて、サイコメトリーをした。そして、ベッドに触れた時、「ここにマリアがいたのは確実よ。」と言い、一樹に周囲を探すように言った。
だが、日が傾き始めていて、森の中はもはや暗くてよく見えない。
それでも一樹は、必死で二人の姿を探した。森の奥に入ったのだろうが、追いかけるには危険すぎる。じっと森の中を睨みつけていると、木陰からふらふらと男が歩いて出て来た。
男は視点が定まらない様子で、まるで、夢遊病者の足取りで、木の根や石ころに躓きながら、ゆっくりとこちらへやってくる。
「おい!止まれ!」
一樹が拳銃を取り出し、銃口を向けて制止する。
だが、男はそのまま、ふらふらと出てきて、一樹の前でつんのめり、ばたりと倒れた。
「おい!しっかりしろ!」
うつ伏せで倒れた男を起こそうとして肩を掴む。
「うわっ!何だ?」
男の肩は、ぐにゃりとして、コンニャクのように柔らかい。
「いったい、これは・・。」
これまで体験した事の無い感覚で、一樹は思わず手を放す。
その拍子に、男の体が地面にドサッとつくと、そのまま、空気が抜けた風船のようになってしまった。生身の人間では考えられないような変化に一樹は思わず、吐き出してしまった。
「チェイサーの強い思念波にやられた様ね・・。」
一部始終を見ていた剣崎が苦々しく言った。
「こんなことって・・。」
一樹はまだ吐き気が収まらない様子で口を押さえながら言う。
「これが、チェイサーの本当の力なのよ。その気になれば、分子レベルまでばらばらにできるでしょう。この程度で済んだのはまだよかったかも・・。」
さすがの一樹も、剣崎の言葉を聞き、肝を冷やした。
「マリアやレイさんたちは無事だろうか?」
ようやく気持ちが落ち着いた一樹が、剣崎に訊く。
「森の中に入ったようね。マリアちゃんとレイさんは大丈夫よ。チェイサーの能力を凌ぐだけの力を持っているはずだから。」
剣崎の言葉に、一樹はまた驚いた。
マリアの能力がどれほどかは知らないが、レイにはそれほどの能力があるとは思えなかった。もしも、剣崎の言葉が本当なら、自分の知っているレイの力はごく一部にすぎないことになる。だが、それを確かめる勇気はなかった。
「ケヴィンもここに来たんですよね。」
「ええ、間違いないわ。」
剣崎は、放置された2台の車に触れ、1台はケヴィンたちの者、もう1台のワゴン車はチェイサーたちのものだと判別した。
「奴らは、森に入ったのか?」
「おそらく、そうでしょう。ここに、マリアとレイさんが居たのは事実。その先は・・。」
そこまで剣崎が言った時、「剣崎さん!!」と無線からアントニオが叫ぶ声がした。
「どうしたの!」
剣崎は、無線で応答する。
「GPS信号を発している、本栖湖に停まったの車があります。もしかしたら、捕まえられるかもしれません。」
「すぐ戻るわ。」
剣崎と一樹はバイクに乗り、すぐにトレーラーに戻った。
剣崎はアントニオが言ったGPS信号を確かめると、本栖湖へ向かうため、国道を西へ向かう。
途中で、不意に剣崎が空を見上げる。
同じ時、寝室にいたルイも目を開け、「えっ」と呟いた。
二人は何かを察知したようだった。
国道から、本栖湖へ続く道路を降りていく。夕方になり、殆んど観光客は居なかった。
GPSがついた車が湖畔に停まっている。
「あれね・・。誰か乗っているようね。」
剣崎が呟く。
一樹がトレーラーから降りて、気づかれないように、その車にそっと近づく。
運転席に男が一人、眠っているように見えた。窓ガラス越しにじっと顔を見て、一樹は驚いた。運転席に座っている男は、口から泡を噴いてすでに死んでいるようだった。
剣崎もすぐにその車のところへ来た。
「ケヴィンよ、間違いないわ。」
「誰にやられたんでしょう。」と一樹。
剣崎は、車の窓ガラスに手を当てて、サイコメトリーした。
そのとたん、「ううっ」と呻いたかと思うと、剣崎が蹲った。
「剣崎さん!大丈夫ですか!」
驚いて、亜美が駆け寄り、肩を支える。と同時に、亜美の体も電気に触れたように痺れ、二人ともその場に座り込んでしまった。
「一体どうしたんだ?」
一樹が二人を支える。
「判らない…でも、途轍もなく強い思念波だった・・こんなことって・・。」
剣崎も呆然としている。
「亜美!亜美!」
一樹は、亜美の異変に気付き、肩を揺する。亜美は完全に意識を失っていた。一樹は亜美を抱え上げ、トレーラーに運ぶ。
「どうしたんですか?」
リサがトレーラーに運ばれた亜美を見て一樹に訊く。
「判らない、突然、意識を失ったんだ。」

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8-4 リスク [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

その騒ぎを聞いて、寝室にいたルイが起きてきた。そして、そっと亜美の額に手を当てる。
「強い思念波に貫かれたようね・・。」
「そう・・邪悪な思念波だったわ。」
何とか、自力でトレーラーに戻って来た剣崎が言った。
「あの男は、ケヴィン。レイさんを拉致したレヴェナント。死んでいたわ。途轍もなく強い思念波に殺された様だわ。」
剣崎の言葉に、一樹が反応した。
「チェイサーなのか?」
一樹は、キャンプ場で酷い死に方をした男を見て、チェイサーの恐るべき能力を知った。同じように強い思念波であれば、ここにチェイサーが来たことになる。
剣崎は、先ほどの光景を思い出しながら答える。
「あの車には、その思念波が残されていた。触れただけで意識を失うほどの強い思念波。咄嗟に私は防御したけど、その代わりに亜美さんが全てを受けてしまったみたい。でも、あの思念波は、キャンプ場で感じたものとは違うわ。」
「じゃあ、誰なんだ?まさか、マリアか?それとも、レイ?」
一樹は先程の剣崎の「マリアもレイもチェイサーの能力を凌ぐだけの力を持っている」という言葉を思い出していた。
「いえ・・違うわ。」と、剣崎が答える。
「まさか、レヴェナントやチェイサーとは別に、強大な力を持ったサイキックがいるというのか?」
一樹は驚きを隠せない。その様子を見て、ルイの表情が変わる。
「さあ、判らない。私の知っている限り、あれだけの力を持っているサイキックは居ない。」
剣崎はそう言うと、目を閉じてソファに座り込んだ。
ルイも剣崎の隣に座った。
『剣崎さん!』
それは、ルイの思念波だった。
剣崎は、一瞬、ルイを見たあと、周囲に目配せをして、再び目を閉じた。
『どうしたんですか?』
『この先のことを考えたんです。このままだと大変なことになるのではと・・。』
ルイと剣崎は思念波で会話をしている。もちろん、一樹やカルロスたちには判らない。
『ケヴィンを殺した相手のこと?』
『ええ・・あれだけの強大な力を持つサイキックが、敵だとしたら、矢澤刑事や亜美さんは無事ではすまないでしょう。私たちだってどうなるか・・。』
『しかし、マリアちゃんやレイさんを見つけなければ・・。』
『レイはきっとマリアさんを守るために逃げているはずです。追いかけても無駄だと思います。相手が誰なのか・・』
『ルイさん、あれが誰か、あなたには判っているんでしょう?』
剣崎は目を開けて、ルイを見る。ルイの表情が曇る。
「亜美の様子を見てきます。」
ルイはそう言って席を立ち、隣の寝室へ入った。
剣崎は、この先どうすればよいか思案していたが、なかなか結論が出ずにいた。
「ディナーにしよう!」
アントニオが、その場の雰囲気に似合わないほどの明るい声を出して言った。
すぐに用意され、一樹たちは何とか食事を取って、思い思いのところで休んだ。
翌朝、テレビをつけると、青木ヶ原キャンプ場と本栖湖で、身元不明の変死体が発見されたというニュースが流れていた。警視庁と県警が合同で捜査本部を立ち上げたというアナウンスだけでニュースは終わった。
一樹は、朝食のパンを食べながら、ぼんやりとそのニュースを見ていた。
身元不明の変死体というありきたりの言葉では片付けられないはずだった。おそらく、警視庁辺りから報道規制が掛かっているのだろう。正確な情報を流せば、多くの視聴者が恐怖に陥り、パニックになると考えたのだろう。そして、この事件が、通常の捜査では決して犯人を特定できないことも判っていて、あえて、事件をオブラートで包んでいるに違いない。
一樹は昨日の光景を思い出し、食べていたパンを吐き出しそうになった。
そこへ、ルイが姿を見せた。
「亜美の具合は?」
一樹が訊くと、ルイは少し笑みを浮かべて頷いた。
「もう大丈夫よ。でも、まだ動けるほどではないわ・・。もう少し休ませておいてあげて。」
ルイはそう言って、一樹の隣に座り、朝食に手を付けた。
「剣崎さんは?」
ルイが一樹に訊く。
「ああ、さっき、あの現場をもう一度見てくると言って出て行きました。規制線が張られているので、近くには行けないと思いますが・・・。」
「そう・・。」
ルイは窓の外に視線をやった。
その頃、剣崎は、規制線の貼られた現場が見える高台にいて、現場を見ながら、昨日の光景を思い出していた。
優れたサイキック能力をもっていたはずのケヴィンが、あっさりと殺されていた。
あの死に様から見ると、強烈な思念波で脳細胞が破壊されたくらいの状態に違いない。
チェイサーには、思念波で細胞レベルにまでばらばらにできるほどの能力を持った者はいたが、それとは違う。
昨日、車体に触れただけであれほどの衝撃を感じたのだ。
尋常なレベルではない。だが、近くにいた自分やルイは、その時の異変を察知できなかった。やはり、もう一度、現場に行き、サイコメトリーしなければならない。
剣崎はそう決断すると、急いで、トレーラーへ戻った。
一樹は何とか朝食を終えていて、コーヒーを飲んでいるところだった。
「矢澤刑事、出番です。行きましょう。」
剣崎はドアを開けるなり、強い口調でそう言った。
アントニオが急いで運転席へ戻り、発車させる。本栖湖畔に入ると、入口で警官が制止した。
「この先で事件です。入れません。」
一樹は警察バッジを見せる。
「今、追っている事件と関連がある事件です。捜査本部に許可を取って下さい。」
一樹の言葉に、その警官は不審な表情を浮かべつつ、すぐに無線で捜査本部に連絡した。すぐに返答がきた。
「本部長から、あなた方が追っている事件というのは何かと問われていますが・・。」
一樹と剣崎は顔を見合わせた。
マリア保護は極秘任務である。警察組織の中でもごくわずかの人間にしか知らされていない。おそらく、説明したところで、県警の捜査本部長程度では知り得ないことに違いなく、問答を繰り返した挙句、門前払いを受けることは明らかだった。
「どうします?」
一樹が剣崎に訊く。
『剣崎さん、私が何とかします。』
ルイが思念波で剣崎に話しかけてきた。
『できるんですか?』
『ええ・・実は・・昨夜から、少し新しい力を感じるようになって・・』
『新しい力?』
『ええ、シンクロだけで無く、そこから相手を動かせるようになったようなのです。』
『マニピュレートの能力ですか?』
『ええ、おそらく。』
思念波で二人が会話した後、剣崎が言葉を発する。
「ルイさん、お願いできるかしら?少しの間、皆さんに大人しくしてもらいたいんだけど・・。」
「やってみます。」
ルイは、窓際に立つと、外を見つめて、精神を集中する。すると、集まっていた報道陣が、カメラを置き、次々に座り込んで眠ってしまった。

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8-5 メール [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「まさか!・・こんなことが・・。」
一樹は驚いた。
他人の思念波にシンクロする能力は、知っていたが、相手を操る事ができるなんて初めて見る光景だった。
「これがマニピュレート能力よ。シンクロ能力はその入口、相手の思念波とシンクロするということは、相手の意思を操れることになる。今まで、ルイさんやレイさんはそういう場面に出会わなかっただけ。その気になれば、命を奪うことだってできるでしょう。」
剣崎が落ち着いた声で説明して、一樹を見た。
「しかし・・一度にこれだけの人を?そんな・・。」
一樹はいまだに信じられない様子だった。
「きっと、それは、同じような能力を持つ者と接触したからよ。サイキック同士が接触する事で互いの能力を高める作用があるらしいわ。私は出来損ないだから、とてもそういう領域には達しないけれど・・ルイさんやレイさんのように高い能力を持つ場合、そういうことが起きるのよ。」
剣崎は少し悲し気に説明した。それが何を意味するのか、一樹はその時は気付かなかった。
「さあ、急ぎましょう。」
剣崎はドアを開けて、事件現場の車両へ走り寄る。周囲を見ると、刑事たちも報道陣と同様に、座り込んで眠っている。
剣崎は、車両に近づき、サイコメトリーを始めた。
直接触れるとまた強い思念波に襲われる。ギリギリの場所に立って、手を翳し、そっと目を閉じた。だが、何の映像も浮かんでこない。
「ダメだわ・・やはり、触れないと・・。」
剣崎は迷っていた。
再びあの思念波に触れると、自分が壊れてしまうのではないか・・不安を抱きながらも、やはり、ケヴィンを殺害したサイキックの正体を確かめる必要がある。
ゆっくりと手を伸ばし、車体に触れる。
その瞬間に、全身に強い衝撃が走る。
真っ白な映像。ぼんやりと人のシルエットが浮かんでいる。男の様だと辛うじてわかる程度。そのうち、意識が朦朧としてきた。
後ろから剣崎を観察していた一樹が、思わず駆け寄る。
剣崎は手を伸ばしたまま、大きく瞳を開き、口から泡を噴いて立ちすくんでいた。
「剣崎さん!剣崎さん!」
一樹は剣崎を抱きかかえ、急いで、トレーラーに戻った。
剣崎は意識を失ったままだった。
ルイも、初めてマニピュレートをして異常に体力を消費したために、ソファに倒れ込んでいた。
あまりの状況に、一樹は、アントニオにすぐにその場を離れるように言い、トレーラーを発車させた。トレーラーは、西富士道路を南下する。
周辺に、チェイサーが潜んでいる可能性があると思った一樹は、とにかく、今は、剣崎やルイを守ることが最優先であり、そのためには、その場から離れることが必要だと考えていた。アントニオには、出来るだけ街中、人の多いところへ向かう様に告げた。
西富士道路から、新東名高速道路に入る。
「追いかけて来る車はなさそうだな・・。」
バックミラーを見つけて、一樹が呟く。
「アントニオ、次のサービスエリアに入ろう。」
運転席のアントニオはウインクで答えた。
「カルロス!二人の様子は?」
剣崎とルイはソファーに横たわっていて、カルロスが介抱していた。
「まだ、目が覚めません。」
トレーラーは、新静岡サービスエリアに入り、パーキングの一番奥に停まった。
「さて、これからどうすればいい?」
一樹は小さく呟き、ソファに横たわる剣崎とルイを見ながら考えた。
レヴェナントを抹殺したチェイサーはおそらくマリアとレイを追うはずだ。
いや、チェイサーではない、別のサイキックがレヴェナントのケヴィンを抹殺したのだとしたらどうなる?そのサイキックは、マリアやレイを追うのか、それとも、何か別の目的があって、ケヴィンを抹殺したのか。その目的は?
マリアとレイはどこへ消えたのか。
そう考えながら、一樹の脳裏には、あのキャンプ場の男の遺体の様子が浮かぶ。拳銃やナイフで殺された遺体も酷いものだが、あの遺体はもはや人間のものとは思えないものだった。目に見えない思念波で襲われれば、防御のしようがない。立ち向かう術などない。
改めて、今、自分たちが対峙している相手の恐ろしさを思い知らされたようだった。
しかし、何としてでも、マリアとレイを見つけ保護しなければならない。一体どうすれば良いのか。
一樹は、答えのない問いを続けていた。
「一樹。」
寝室から亜美が起きてきた。足元はまだおぼつかない。
「大丈夫か?」
一樹が、亜美の方を振り向いて訊く。
「ええ・・ここは?何があったの?」
一樹は、亜美に、朝の出来事を話した。
一通り話を聞いた亜美は、剣崎とルイの様子を見た。
「剣崎さんがこんなになるなんて・・。」
亜美も、一樹同様、これからどうすれば良いのか判らず黙ってしまった。
「矢澤さん!ボス・・いや、剣崎さんにメールです。」
カルロスはそう言うと、モニターにメールを映し出した。
送り主は、「U」とだけ記されていた。幾つか、画像データが何点か添付されたメールだった。
「生方さんからだわ。」
亜美はそう言うと、画像データを開く。
画像はフェルメールの絵画のようだった。それを、以前生方から送られたソフトに落とすと、文字が現れ、「L、M、OK」と読み取れた。
「L、M?」と、一樹が呟く。
「レイさんとマリアさんの事じゃないかしら?」と亜美が閃いたように言った。
もう一つの画像を開く。今度は、レンブラントの絵画だった。
同じように、ソフトに落とすと、20桁の数字が浮かび上がった。
「二人の居場所かしら?例えば・・緯度と経度とか・・。」
亜美はそう言うと、すぐにマップソフトを開き、その数字を打ち込んだ。だが、そこは太平洋の真ん中あたりで、とても二人の居場所とは考えられなかった。
「緯度と経度なら、17桁程度だろう。何か別の数字なんだろう。・・もう一つある。それと関係があるかもしれないな。」
そう言って、最後の一つを開く。
それは、幾何学模様が幾つも重なっている画だった。ソフトに落としてみたが、特に数字や文字は現れなかった。
「さっぱりわからないな・・・。」
一樹は、二つ目の数字と、三つ目の文字を交互に睨みながら呟いた。
「最後の一つだけ、どうして、こんな幾何学模様なのかしら?」
亜美も呟く。
「レイさんやマリアさんが無事というのも、推測の範囲だな。生方からのメールとも限らない。もっと、確証がなければ・・・。」
一樹が否定的な言葉を口にした。
「いえ、これは生方さんからのメールよ、だって、あのソフトに落としたら文字が浮かんできたんですもの。間違いないわ。」
「じゃあ、どうして、最後の画像だけ何にも浮かんでこなかったんだ?」
「それは・・。」
亜美はそう言ったものの、反論するだけの考えはなかった。

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8-6 暗号 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

二人が頭を抱えているのを見て、リサが、MMにいた時に訓練を受けた「暗号」を思い出した。
「あの・・いいでしょうか?」
リサの言葉に二人がぼんやりと反応する。二人の頭の中は、数字と文字で一杯になっていて、他の情報はもうは入らない様子だった。それでも、一樹が「何か、思いついたのか?」と訊く。
「一つ一つバラバラじゃなくて、重ねてみたらどうでしょう。・・何か、あの幾何学模様の絵はそんなふうに使うんじゃないかと思うんです。」
そう言われて、亜美がゆっくりと画像を重ねてみた。
「これは・・。」
モニター画面には、人物の写真の入ったデータが浮かび上がっている。
その時、剣崎が意識を取り戻した。
一樹と亜美、そしてリサはモニター画面を消して、剣崎を見る。
剣崎はカルロスに支えられながら起き上がった。
「大丈夫ですか?」
リサがいたわるように訊くと、剣崎は「大丈夫」というように手を少し上げて答えた。
「ケヴィン殺害の犯人の顔は判らなかったわ・・。」
剣崎は、強い衝撃で意識を失ってしまったことで、残像をサイコメトリーできなかったことを強く悔しがっていた。
そのうち、ルイも目を覚ました。
ルイは起き上がると、すぐに、剣崎の手を取った。そして、目を閉じる。
「どうしたんですか?大丈夫ですか?」
心配する亜美が声を掛けたが、既に、ルイは剣崎の思念波にシンクロしているようだった。ほんの数秒の事だった。
ルイは、大きく溜息をついた。
「やはり・・彼なのね・・。」
予想していた通りだとルイは哀しい表情を見せた。
「判ったんですか?」と亜美が訊く。
「ええ、剣崎さんの思念波に残っていた映像にシンクロしました。かなり強い思念波が、剣崎さんの中に残っていました。そして、そこには、彼の・・伊尾木の姿が見えました。」
ルイの言葉に皆驚いた。
「どういうこと?彼にそれ程の力が?」
剣崎がルイを質すように訊いた。
ルイは、小さく頷き、何から話すべきかと頭の中を整理する様子を見せた後、口を開いた。
「彼は、イプシロン研究所の被験者だったという話はしましたね。」
亜美も一樹も、頷いた。
「イプシロン研究所には、未熟な研究者が多かったんです。その上、特別な能力の存在を証明することに研究の大半を費やし、特別な能力が起こす現象を捉えることに熱心だったんです。被験者がどのような能力を持っているかよりも、サイコキネシスとか透視とか、素人でも理解できる現象を追い求めていました。・・私自身も、シンクロ能力がどういうものかというより、それで何ができるのか、例えば、相手の心を読むとか、特定の人の所在を思念波で見つけるといった、そういう実験ばかりに明け暮れていたんです。だから、私や伊尾木が持っている能力の可能性について・・いえ、その能力がレベルアップするとどうなるのかまで、研究のテーマにしていなかった。」
「つまりどういうこと?」と剣崎が聞き直す。
ルイは少し間を置いてから答える。
「特別な能力は、それ一つではないんです。人間が成長するように、能力も成長する。父も、そこに着目し、私を実験台にしていた。伊尾木もおそらくそのことに気付いていたんでしょう。イプシロン研究所の事故は、彼が、あそこから逃げ出すために仕組んだものだったんです。」
「ルイさんはそのことを知っていたんですね?」
と、剣崎が再度訊く。
「ええ・・でも、そのことは黙っていました。イプシロン研究所で行われていた非人道的実験を知り、研究所は存続すべきではないと思っていたからです。おそらく、伊尾木が事件を起こさなければ、私が起こしていたかもしれません。それ程に酷い実験を繰り返していたんです。」
ルイは、イプシロン研究所の事を思い出し、少し震えていた。
「でも、伊尾木は、磯村氏になりすまして、IFF研究所を作った。矛盾していませんか?」
亜美が訊く。
「ええ、身を隠すためという方法としては賢い方法ではない。むしろ矛盾しているように見えるかもしれませんね。」
ルイが答える。
「矛盾しているように見える?」と、亜美が訊く。
「おそらく、彼は、イプシロン研究所のバックにいるF&F財団に立ち向かうために、敵の懐に入ったのだと思います。内情を探るには、格好の場所ですから。」
剣崎が、ルイの話を聞いてハッと閃いた。
「きっと彼は、F&F財団の情報を得る中で、エヴァ・プロジェクトを知ったのかも・・。」
「おそらく、そうでしょう。」とルイ。
「ちょっと待ってください。・・確か、マリアが施設を抜け出たのは、エヴァ・プロジェクトの第一歩だったと言ってましたよね。でも、その・・うまく言えませんが・・・マリアをマーキュリー学園に入れたのも、伊尾木だったんでしょう?・・彼は、マリアの能力を知らなかったはずはないと思うんです。マリアをマーキュリー学園に入れなければ、エヴァ・プロジェクトも始まらなかったんじゃないんですか?」
亜美は、混乱する頭を整理するように言葉を綴り、質問する。
「知っていたけれど、抵抗する事ができなかったのでしょう。」
ルイが言う。
「それで、富士FF学園やIFF研究所を閉鎖したのでしょう。これ以上、F&F財団に加担することは自分自身許せなかったのかもしれません。」
剣崎も、ルイの言葉を続けるように言った。
「じゃあ、伊尾木は、マリアさんやレイさんを守るために、ケヴィンを殺害した・・私たちの味方ということでしょうか?」
リサも訊く。
「そんな簡単なものじゃないだろうな・・。」
話を聞いていた一樹が口を開く。
「浜松で、彼を見た時、探すなと言ったんだろ?きっと何か別の思惑があるはずだ。」
一樹はそう言うと、先ほどのモニター画面を起動した。
そこには、生方から送られたデータから見つかった文書が映っている。
「え?これは何?」
剣崎が画面を食い入るように見る。ルイも同じように画面を見た。
「これ・・伊尾木の・・被験者だったころの記録です。なぜこんなものが?」
ルイが訊く。
「生方さんから送られてきたんです。どういう意味か判らないんですけど・・。」
亜美が答えると、剣崎が訊く。
「これはどんな形で送られてきたの?」
そう訊かれて、元データを映し出した。
「これには、L/M/OK、の文字と20桁の数字が隠されていました。L/M/OKというのは、きっとレイさんとマリアさんが無事だという報せではないかと…もう一つの数字は全くわかりません。」
亜美が説明すると、剣崎は、すぐにパソコンのキーボードを叩く。
どうやったのかは判らないが、文字と数字を打ち込んだ後、何か別の文字を入れたようだった。
すると、画面には意味不明なアドレスが表示された。さらに、剣崎は、何か文字を打ち込んでいく。そこにはIFFとかEvaの文字が並んでいた。
「何が書いてあるんですか?・・というか、これは何ですか?」
一樹が剣崎に訊く。
剣崎は、一樹の質問に答えず、じっと画面を食い入るように見つめている。

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8-7 トップシークレット [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「やはり・・そうなんだわ・・。」
剣崎はそう呟くと、画面から目を離し、一樹たちの方を向いた。
「すべて判ったわ。さっきの画面はF&Fについて、アメリカ政府が独自に調査していた記録にちがいない。生方はそれのありかを見つけたのよ。」
剣崎は続ける。
「さっきの文字と数字は、昔、私が彼に教えた暗号だったの。教えてくれたのは、トップシークレットを保存しているサイトのアドレスよ。Lというのは左から、そしてMというのは真ん中から、OKは、ゼロをKに置き換えろと言う意味。暗号化されたサイトへの入り口を教えてくれたのよ。」
意味が判るような判らない様な説明だったが、とにかく、トップシークレットとされた情報を入手したのは間違いなかった。
生方は、剣崎が特別な能力を持つとは知らない。ただ、今回の事件から、彼なりに調べた結果のようだった。
「それで何が判ったんだ?」
一樹が訊く。
「エヴァ・プロジェクトの発端は、やはり、伊尾木だったようね。」
「伊尾木が発端?そんなはずは。彼は、イプシロン研究所の被験者の一人に過ぎなかったはず。」
ルイが驚いて反論する。
「伊尾木自身が始めたというわけじゃないわ。被験者の一人だった´伊尾木’の能力がある条件で飛躍的に高まることを発見した研究者がいたのよ。そして、それは、財団トップに報告された。そこから、エヴァ・プロジェクトが始まったのよ。」
「その研究者は?」とルイ。
「あなたも知っているはずよ。報告したことを知った伊尾木がその研究者を殺し、研究所を閉鎖に追いやるほどの事件を起こして逃げた。そのあと、彼は、じっと身を潜め、この計画を潰す機会を待っていたようね。」
剣崎が言うと、一樹が言う。
「だが、彼自身、IFF研究所から、マリアをマーキュリー学園に送り込んだ張本人。自ら、エヴァ・プロジェクトの片棒を担いでいる・・矛盾している。」
「ええ、そう。彼もおそらく、マリアにそれ程の能力があったとは知らなかった。でも、組織にいて、マリアの事を知った。それでエヴァ・プロジェクトが始動した事も知ったはず。」
「自分で蒔いた種じゃないか!」
一樹は腹立たしさを隠さず強い口調で言った。
「だから、彼は、富士FF学園を廃止し、IFF研究所も閉鎖した。おそらく、自宅に放火したのも彼自身かもしれないわね。・・そうやって、エヴァ・プロジェクトを潰すことを最後の目的にしているのでしょうね。」
剣崎が言うと。亜美が驚いて訊いた。
「まさか、計画を潰すというのは?」
剣崎は哀しげな顔で答える。
「マリアさんを抹殺するということでしょうね。すでにマリアさんには、伊尾木を凌ぐほどのマニピュレーターとしての能力がある。このまま、レイさんと一緒にいれば、それは一層高まっていくでしょう。そうなる前に、伊尾木はきっとマリアさんの居場所を突き止め、殺すつもりでしょう。」
剣崎は、生方から送られたメッセージを確実に読み解き、冷静に分析して確信をもって言った。
「そんな・・彼女は何も知らない少女なのに・・」
ルイが涙を流しながら言う。
それは、娘レイの歩んできた道と重なると感じたからだった。ルイに備わっていた能力は、確実に、娘レイに引き継がれた。そして、それが、彼女の人生を大きく左右してきた。娘レイには、受け入れがたい運命(さだめ)だったはずである。
「一刻も早く・・いや、伊尾木よりも早く、レイさんとマリアさんを見つけなければ・・。」
一樹が言う。
「でも、どうやって・・。」
亜美が言う。
ルイが、まだ濡れた瞳のままで、そっと言った。
「探さない方が良いわ。」
一樹も亜美も、信じられないという表情を浮かべてルイを見た。
ルイは涙を拭い、一呼吸おいてから言った。
「昨日、富士山の中を走っていた時、一瞬だけど、独特の波長をもった思念波を感じたの。おそらく、あれは、伊尾木のもの。伊尾木は、ケヴィンを殺害した後、キャンプ場へ向かったはず。私たちは、すれ違ったのよ。剣崎さんも感じたんじゃありませんか?」
ルイに問われ、剣崎も小さく頷いた。
「彼も私たちの存在に気付いたはず。・・あの思念波は、近くにいるサイキックを見つけるための・・言わば、レーダーのようなものだったんじゃないかと思うんです。」
「レーダー?」と一樹。
「ええ、そうやって、彼はきっとケヴィンの居場所を突き止めて殺害した。もしかしたら、次はチェイサーを仕留めようとしていたのかもしれません。伊尾木の力は、想像を超えた領域にあるはず。」
ルイが説明を続ける。
一樹は、あのキャンプ場で無残に殺された男たちの姿を思い出していた。思念波で人を殺すというのは、銃やナイフで殺害するのとは次元が違うことを目の当たりにして、そんな相手を殺害しようと考えている伊尾木の能力はもはや想像すら届かない者だろうと感じていた。
「でも、それなら、なおさらレイさんやマリアさんを早く見つけないと・・。」
亜美が重ねて訊く。
ルイが答える。
「私たちがレイの居場所を突き止めようとしている事は、恐らく伊尾木も気づいている。私たちが気付かないところで、彼は私たちの動きを監視しているように思うんです。」
「そんな・・じゃあ、私たちはどうすれば・・。」
と亜美が言うと、剣崎がルイに代わって答えた。
「きっと、彼はマリアさんだけでなく、マリアを守ろうとするレイさんも殺害するはず。そして、ルイさんもターゲットにしている可能性があるのよ。一堂に会したところで一気に仕留めるということだって考えられるわ。もし、レイさんがマリアさんとともに、安全な場所に身を隠しているのなら、少しそっとしておいてみたらどうかしら?・・その間に、伊尾木とどう戦うかを考えなければ・・今の私たちには勝ち目はないでしょう?」
剣崎の真意は判った。
確かに、今、伊尾木と対峙しても圧倒的な能力の違いに為す術はないだろう。伊尾木という人物をもっと知らなければならない。そのうえで、彼と対峙するのではなく、彼とともにエヴァ・プロジェクトを潰すためにできることを見つけることが最善だと言えるだろう。
「一度、橋川へ戻りましょう。」
剣崎が皆に訊く。亜美やルイ、リサが頷いた。
「俺はもうしばらく、ここに残る。伊尾木がチェイサーを狙っているなら、まだ、近くにいるはずだ。伊尾木が俺たちの動きを監視していると言っても、おそらく、剣崎さんやルイさんたちのようなサイキックだけかもしれない。俺は対象外だという可能性は高い。それなら、こちらから伊尾木の居場所を掴むこともできるかもしれない。」
一樹の提案は判ったが、命の危険が高い事も事実だった。
「亜美、橋川に戻って、レイさんが身を潜めていそうなところを探してくれ。きっと何か手掛かりがあるはずだ。」
一樹は、皆の了解を取るまでもなく、カルロスから乗用車のキーを奪う様にして取り上げ、さっさとトレーラーを降りて行った。
「まあ、良いわ・・カルロス、矢澤刑事と一緒に行って!」
カルロスがすぐに一樹の後を追って出て行った。
「アントニオ、橋川へ戻るわよ。」
トレーラーはゆっくりと動き始める。それとは反対の方向に、一樹とカルロスの乗った乗用車は走り出した。

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8-8 疑惑 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

亜美たち一行は、橋川に戻ると、新道家へ向かった。
ルイは、ほんの数日、離れていただけなのに、随分と長く離れていたように感じていた。家に着くと、紀藤署長が待っていた。
ルイは、リサに支えられるようにしてトレーラーから降りて来る。すると、紀藤署長がすぐに駆け寄った。
「ルイさん、疲れていないかい?」
「ええ・・少し・・。少し横にならせて・・。」
そう会話すると、リサがルイを支えて、早々に家の中へ入って行った。ルイを見送ってから、トレーラーが動き始めようとしたところに、玄関から一人の女性が飛び出してきて、トレーラーに駆け寄った。
「あの・・紀藤さん・・紀藤亜美さんはいらっしゃいますか?」
白髪交じりではあるがしっかりした姿勢と明瞭な声をもった女性だった。
その女性を追いかけるようにして、リサも出てきた。
「安川さん・・どうされました?」
そう言ったのは、リサだった。
「ああ、リサさん・・・あの、紀藤亜美さんにお伝えしたいことがあるんです。」
その女性は何か切羽詰まった表情で言った。
「この方は、昔から病院で働いておられた安川さん、昨年まで総看護師長をされていたんです。私もここへきてからずっとお世話になっていました。確か、先代の神林院長のころからいらしたんですよね。神林院長の事件も、その後の病院内の事件も、何もかもご存じの方です。もちろん、レイさんやルイさんの特別な能力の事も・・。」
と、リサは、皆に安川を紹介した。
「私が、紀藤亜美です。何かありましたか?」
トレーラーを降りてきた亜美が訊く。
「ああ・・良かった。実は、レイさんからメールを貰ったんです。」
安川はそう言って、スマホのメールを開いて見せた。
そこには、短い文章が書かれていた。
『紀藤亜美さんに、無事と伝えて。』
「どうして、安川さんにメールを?」
と亜美が不思議に思って訊いた。
「いえ、これは私宛ではないんです。病院連絡用のメールで、レイさんと医師、看護師の間で、緊急時に情報のやり取りするためのものなんですが、私が退職した時、別のアドレスに代わったので、使われていなくて・・・偶然、気づいたんです。何か、特別なものだろうと思って、何とかお伝えしようと、お待ちしていました。」
「これは、いつごろ?」
「二日ほど前でした。」
二日前は、レイとマリアが青木ヶ原の樹海に姿を消した日だった。
「無事のようね・・。」
と、剣崎が、何とか息を吐き出すように言った。冷静に振舞っていたが、剣崎はルイとマリアの安否を誰よりも気にしていたようだった。
「二人はどこにいるんでしょう?」と亜美。
「これだけでは何も判らないけど、とにかく、チェイサーから逃れて身を潜めているということでしょうね。」
「でも、どうして、安川さんのところに?」とリサが訊く。
「レイさんたちは、まだ、ケヴィンが追跡していると思っているのでしょう。私たちは今までも彼らに監視されていた。だから、私たちに直接メールを送れば、所在が突き止められると考えたのでしょう。まさか、今は使われていない様なアドレスまでは監視していないでしょうから。とにかく、無事ということが判ったんだから、私たちも、出来ることをやりましょう。」
トレーラーは、港湾地区の空き地へ向かう。剣崎がアメリカから戻るまで常時駐車していた場所。
亜美は一度自宅へ戻ることにした。
トレーラーは、剣崎とアントニオだけになった。
簡単に食事を済ませると、剣崎は、生方が送ってきた情報を検証した。
まだ読み取っていない情報があるのではないかと考えたのだった。
モニターに、絵画の画像を広げる。以前に生方から入手した解読ソフトで暗号を解読する。3枚の絵画の重なりを変えて何度も読み取っているうちに、剣崎の脳裏に違和感が浮かんだ。
「これ、ほんとうに生方からの情報かしら?」
剣崎は呟く。
メールには「U」に文字があっただけで、生方からだと信じていたが、彼にここまで詳細の情報を入手することが本当に出来たのだろうか?だいたい、彼がF&F財団の事をどこまで正確に理解しているのかも不明なのだった。
捜査の初期に、生方は姿を消した。身の危険を感じたと言っていたが、その後、「ケヴィン」の情報を知らせて来た。だが、それ自体、不思議だった。自分たちがサイキックであることを生方は知らないはず。だが、暗号画像の手法を生方に教えたのは自分であり、この方法を知っている者が他に…と考えていくうちに、或る仮説が頭に浮かんだ。そして、以前、亜美が持ち込んできた資料の束を開き始めた。
同じころ、亜美は自宅へ戻っていた。あのメールが本物であるなら、レイとマリアは無事に追ってから逃れたということになる。少し安堵した。
久しぶりに自分の部屋に戻ると、一気に緊張が解けた。亜美はベッドに身を投げるようにして深く眠った。
翌朝、亜美は、病院へ向かい、昨日メールを見せてくれた安川に会いに行った。
受付で、安川の所在を聞くと、3階のリラックスルームだと教えられた。
安川は、リラックスルームの隅に座っていた。入口で彼女の様子を見ていると、時折、どこかを凝視しては、近くにいる看護師に合図する。看護師が安川のところに来ると、安川は看護師に何か耳打ちしている。すると、看護師は、すぐに近くにいる患者に駆け寄り、何か処置をした。
「あの、安川さん、昨日はありがとうございました。」
亜美が近寄り、挨拶をする。
「あら、紀藤さん。」
安川は、柔らかな笑顔で答えた。
「安川さん、先ほどから拝見していると、看護師の方へ何か指示されていたようでしたけど・。」
亜美が訊くと、安川は少し戸惑った顔を見せてから、答えた。
「いいえ、指示というわけではないの。もう看護師長ではないのですから・・ただ、先ほどの患者さんの点滴が少し具合が悪そうだったので、確認してほしいと伝えたんです。看護師長を退職した後、ここで患者さんの話し相手になってみようと思ったんです。ボランティアなんですけど・・昔の癖がつい出てしまって・・お恥ずかしい限りです・・。」
安川は、根っからの看護師だった。
亜美が安川と会話している最中も、彼女の眼は周囲にいる患者に向いていた。何か気になると、近くにいる看護師に小さく合図を送っている。
「あの・・安川さん、レイさんの隠れていそうなところに心当たりはありませんか?」
亜美は何とかレイたちの居場所を突き止めたかった。
「レイさんが身を潜めていそうなところですか・・・。私もあのメールを見て気になっていたんですけど・・・。」
安川はそう言いながらも、リラックスルームを出入りする患者を気にしていた。ある患者が入って来た。車椅子に乗せられているが、見るからに衰弱が進んでいるようだった。
車椅子を押す看護士が何か話しかけるが、ほとんど反応できない様子だった。それを見て安川がハッと思い出した。
「もしかしたら・あそこかも。・・院長がまだこちらに来られた間もない頃、末期癌の患者の方を診られて、臨終まで・・それは丁寧に対応されたんです。その後も、その方の奥様が事あるごとに病院に来られて、ご家族のようにお付き合いされていた方がありました。最近は御顔を見なくなりましたが・・もしかしたらその方のところかもしれません。・・何かあったら御力になっていただけるからと私にも話されていましたから・・。」
安川の言葉を聞き、亜美は藁をも縋る思いで、その人の住所を調べてもらうことにした。

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8-9 末路 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

マリアとレイを追って、青木ヶ原樹海に入ったチェイサーたちは、富士風穴まで追っていった。
「急げ!」
チェイサーは部下に強い口調で命じる。部下たちは、生い茂る木々の間を走り抜けてついに、風穴へ続く道路に辿り着く。
チェイサーたちが着いた時、富士風穴は既に門を閉ざし、誰ひとり居なかった。
チェイサーは、周囲にマリアたちが潜んでいるのではないかと思念波を使って探ってみた。だが、周囲には居なかった。
部下たちも周囲を探してみたが、これといった手掛かりは得られなかった。次の日に、キャンプ場へ戻ることにした。
先に戻っていた部下の一人から連絡が入った。
「レヴェナントの首謀、ケヴィンが死にました。」
ケヴィンの死は予想していなかった事だった。
「ケヴィンが?どういう死に様だった?」
チェイサーが部下に訊いた。
「湖のほとりの駐車場の車中で死んだという報道でした。薬物中毒ではないかと・・」
「そんな馬鹿な・・おそらく、薬物中毒に見せかけて殺したか、警察も原因を特定できずにいるかだな・・。」
チェイサーはそう言うと、考え込んだ。もしかして、マリアたちか?・・いや、マリアとレイは確かに森へ逃れた。他にも、サイキックがいるというのか?ケヴィンを殺す事ができるとは、かなりハイレベルなサイキックのはず。そんな存在は本部からの情報にはなかった。やはり、マリアとレイが関与しているというのか。だが、彼女たちが青木ヶ原を抜けて逃れたのは間違いない。
「それと、キャンプ場周に多数の警察車両が集まっています。」
ケヴィンの部下たちの遺体は、剣崎たちが通報していたため、すぐに警察が現場に集まってきていたのだった。
「判った。だが心配は要らない。」
チェイサーはそう言って、部下たちに森の中に身を潜ませた。
キャンプ場を見下ろせる場所に来ると、眼下に予想以上に多くの警察車両が集まっているのが見えた。警官の数も多い。
「心配ない。」
チェイサーはそう言って目を閉じる。
そして、警官たちに思念波の矢を放った。ケヴィンの手下たちを殺害した強い殺傷力を持った思念波であった。チェイサーは警官も殺害するつもりだった。
だが、一人の警官も変化はない。
「いったい、どういうことだ?」
再びチェイサーが、思念波の矢を放つ。
先ほどよりもさらに強い思念波だった。だが、警官たちに、到達しているようには見えなかった。
「なぜだ・・・まさか・・」
チェイサーはそう呟くと、今度は、弱い思念波の波を周囲に送り始め様子を探った。チェイサーの脳裏には、キャンプ場を取り巻く思念波のバリアが見えた。
「・・誰かがバリアを作っている!・・一体・・誰だ!」
キャンプ場一体に大きな思念波の壁でできたドームが覆っている。それは、チェイサーの強い思念波の矢をいとも簡単に弾き返すものだった。ドームの中心に不審な人影はない。中心から発せられた思念波のバリアではなく、外から覆いのように掛けられたものだった。
「ケヴィンは死んだ。一体、だれが・・まさか、マリアか?」
チェイサーは周囲に思念波の波を更に広い範囲に送り、探った。
近くに、サイキックがいるのなら反応が返ってくるはずだった。
だが、放った思念波は何かに吸い取られていくように消えていく。そして、それと同時に、恐ろしく強い思念波の矢が向かってきているのが判った。
「いかん!」
チェイサーは咄嗟にバリアを作った。
そして、対峙するサイキックがこれまで出会った事もない最強の能力を持っていることを悟った。このままでは、自らの命が危うい。
普通の人間の眼には見えない、棘のように強い思念波の矢が向かっている。それは、一方向から真っ直ぐに飛んでくるのではなく、まるで、チェイサーを取り囲むようにして、生き物が獲物を捕らえるかの如く、向かってきている。
周囲に居たチェイサーの部下は、全くその存在に気付かず、ただ、為す術なく、次々に、頭部を射抜かれて倒れていく。
チェイサーは、自らの身を守るのが精いっぱいだった。とにかく、強く分厚い思念波のバリアを張り、身を守っている。
チェイサーは、しばらく、思念波の矢に耐えて過ごした。これだけ強力な思念波の矢を放ち続けるには膨大なエネルギーが必要なはず。暫くすると、矢はパタリと止まった。
周囲には、部下たちが倒れている。おそらく、みな頭部を射抜かれ、脳はぐちゃぐちゃになっているに違いなかった。
矢が止まった隙をみて、チェイサーが反撃に出た。
今まで以上に強いエネルギーを使って、周囲に向けて、思念波の矢を放った。相手がどこにいるのか判らず、無差別に矢を放つ。
だが、放った思念波の矢は吸い取られているように感じられた。
あれだけ強力な思念波を発した相手が誰なのか、見当もつかない。だが、相手を探るよりも我が身を守ることが優先だと判断し、チェイサーは、青木ヶ原の樹海深くに身を隠すことにした。

一連の様子を、一樹が目撃していた。
一樹は、キャンプ場の遺体発見者として、警察の臨場に同行し、警察車両の中に居たのだ。
一樹は高台に人影があるのを偶然に見つけ、高精度スコープで様子を見た。
数人の男達、中央の男がこちらを睨みつけている。暫くすると、その男は驚いた表情を浮かべ、再度、こちらを睨み付けた。その後、男は、蹲り身構える。と同時に、周囲に居た男たちが次々に倒れていく。
一樹はその一部始終を見ながら、サイキック同士の戦いが起きているのだと直感した。
高台に居る男が戦っている相手は誰なのか、一樹も周囲の様子を、スコープを使って探った。だが、それらしき人物は見当たらない。
警官の中に紛れているのかと考え、キャンプ場にいる警官の様子も探った。
相変わらず、警官たちが手分けをして、現場検証を行っている。発見した遺体を一つ一つ検分して、写真に納め、遺体袋に入れ運び出していく作業が粛々と進められていた。だが、それらしき人物は見つからない。
「いったい、どこにいる!」
再び、高台に目を向けると、残った男が樹海の中に入っていくのが見えた。おそらく、あの男は、剣崎が話していたチェイサーに違いない。マリアとレイの安全を確保するためには、チェイサーを捉えなければならない。
「おい、あそこの高台にも遺体があるぞ。」
一樹は、車から降りると、近くにいた警官に声をかけ、自ら、高台を目指して走り出した。
一樹のあとを数人の警官が追ってくる。
一樹が言った通り、高台の周囲には十人程の男が倒れている。一樹はそっと駆け寄り、首筋に手を当てる。脈はない。
「皆、死んでいるな・・。」
追って来た警官は、すぐにキャンプ場に居る指揮官に連絡を入れる。現場で何かどよめきのような声が聞こえ、大勢の警官が高台にやってくる。
一樹は、その様子を確認すると、そっとその場を離れて、男の後を追って樹海に入って行った。

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8-10 マニピュレート [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「ここまでくれば大丈夫だろう。」
何とか逃れてきたチェイサーは、樹海の大きな岩に腰掛け体を休める。思念波の戦いで、精神的に疲弊し、さらにここまで逃げてきて体力的にも限界に近かった。先ほどの高台からはかなり離れたはずだった。
「あれほどの力・・尋常じゃない。」
チェイサーは、F&F財団の研究所の中で育成されたトップクラスのサイキックであると自負していた。思念波を使った戦いで後れを取ったことはなかった。だが、到底かなう相手ではないことを体感し、逃れるのが精いっぱいだった。
「まさか、エヴァ・プロジェクトはすでに怪物を生み出したというのか?」
ふと、自分は、エヴァ・プロジェクトの単なる囮にされたのではないかと疑念がわいた。
急に、周囲の音がピタリと止んだ。
ただ静けさが訪れたのとは違う。周囲を大きな力が包み込んでいるようだった。

そして、それは明らかに、思念波で造られた巨大なボールの様なものだった。完全にチェイサーは思念波の中に捕らえられてしまった。そして、それは徐々に縮まっていく。
チェイサーの中に恐怖が広がる。
抵抗する為に、最後の力を振り絞って、強い思念波の矢を放った。だが、それはただ吸収されてしまうだけだった。
そのうちに、腰かけていた岩が動き始める。
そのまま、少しずつ浮かび始めて、完全に宙に浮いてしまった。

一樹は少し離れた場所から、その先で起きている異変に気付き、足を速めた。
目の前に、巨大なボール状のものが浮かんでいる。
よく見ると、地面ごと切り取られた形になっていて、その中に、先ほど見た男がいる。
周囲の異変に狼狽えた表情を見せている。暫くすると、その巨大なボール状のものが徐々に小さくなっていく。その中にいる男は、切り取られた地面の土や岩に押しつぶされそうになって、もがき苦しんでいる。
そして、ついに、それは手のひらほどの大きさにまで小さくなり、パチンと弾けて消えてしまった。
一樹は、目の前で起きた事が信じられなかった。
どういうふうにすれば、あれだけの物体が消えてしまうのか。マジックを見ているようだった。
だが、それは次に自分の身にも起きることかもしれない。一刻も早くこの場から離れなければならない。慌ててきた道に戻ろうとした。
だが、振り返ると、道が無くなっていた。周囲のどこを見ても深く暗い森が続いている。抗う事が無意味なのは先ほどの出来事を目の当たりにして、理解していた。
一樹は、ジタバタするのはやめた。そして、その場に座り込んだ。
一瞬、体の中に何かが入って来たのを感じた。
『私は敵ではない』
そう、頭の中で声が響く。
『誰だ?』
一樹は、声ではなく頭の中で会話を試みた。
『正体など、意味のないことだろう。既に君は私の一部になっているのだから』
そう言われて、確かに、意識はあるが自分の意思では自分の体を動かす事ができなかった。
『どうするつもりだ?』
『命を奪うつもりはない。ただ、しばらく、その体を借りることにする。』
そこまでの会話を最後に、一樹は自らの意識を失ってしまった。
夕刻になり、一樹はようやく樹海から出てきた。
「心配しましたよ。」
県警の警察官の一人が、樹海から出てきた一樹を見つけて駆け寄ってきた。
「大丈夫だ・・残念ながら、犯人らしき男は逃してしまった。」
一樹は答えた。
「樹海の中に逃げたんですか?」
「いや、確証はない。人影らしきものを見たので追っていったんだが、途中で見失った。」
それを聞いた警官が現場の指揮官に報告した。
「樹海の中に夜間に入るのは危険だ。捜査は明日にするぞ!」
現場の指揮官の声が響き渡る。
キャンプ場と森の高台にあった男たちの遺体は収容され、近くの公民館に運ばれた。一樹は、一通りの事情聴取を終え、夜遅くにようやく解放された。
一樹は、カルロスと合流して、橋川へ向けて車を走らせる。橋川に着いたのは明け方近くだった。
「あら、もう戻ったの?」
早朝、一樹とカルロスが、トレーラーが置いてある駐車場に戻ったのを、偶然、剣崎が窓越しに見つけて、出てきた。
「はい。あそこにいても手掛かりは得られないので。」
一樹が、そう返答したのを聞いて、剣崎は少し違和感を覚えた。
「なにかあった・」と言おうとした時、亜美が顔を見せた。亜美は自宅に戻って、英気を養ったようで、何か活き活きした表情で現れた。
「あら、一樹、もう戻ったんだ・・。その様子だと何の収穫もなかったみたいね・・。」
亜美は少し嫌味を込めて言った。
「はい。何もありませんでした。」
一樹の反応に亜美も違和感を覚えた。
「ちょっと、一樹、変よ?何かあった?」
亜美は遠慮なしに訊いた。
「・・いや、何も・・。」
一樹はそう言うと、トレーラーの中に入る。剣崎と亜美は目を合わせ、首を傾げた。そして、一樹に続いてトレーラーに入った。
トレーラーではアントニオが朝食を作っていた。突然、一樹とカルロスが戻ったので、慌てて朝食を増やして、テーブルに並べた。
食事を終えて、剣崎が口を開いた。
「ちょっと聞いてもらいたいことがあるの。・・例の、暗号絵画のメールの事だけど・・ちょっと気になることがあるの。」
「何か新しい情報でも見つかったんですか?」
と、亜美が訊く。
「いえ、そうじゃないの。あれは生方が送ってきたのは間違いないのだけど、なにか、ちょっと違和感があって・・それでいろいろ考えた結論として、生方ではない人物からではと思ったの。」
「どういうことかよく判りませんが。」
一樹が言うと、剣崎は少し顔をしかめて、答えた。
「生方は、サイキックの存在を前の事件の時に知ったの。彼はあの事件のあとでもまだ半信半疑だった。それなのに、F&F財団のトップシークレットをいとも簡単に見つけた。あまりにも唐突な感じでしょ?勿論、彼のリサーチ力は私が誰よりも判っている。だけど、あの情報は余りに荒唐無稽、エヴァプロジェクトなんて、財団の中でも限られた人間しか知らない。実態があるかどうかも判らない。・・あの情報は、それをよく知る人物が彼に送らせたんじゃないかと思ったのよ。」
「わざとトップシークレットを?何のためにそんなことを?・・まさか、伊尾木?」と亜美。
「ええ、そう。そうすることで、マリア保護で動いている私たちを誘導しているんじゃないかと思うのよ。」
剣崎はそう言いながら、一樹の顔を見た。
「伊尾木だとして、その目的は?」
と、一樹が訊く。
「エヴァプロジェクトを潰すのが彼の目的。マリアさんは、プロジェクトの対象者。彼女が存在しなければ、プロジェクトは無くなる。彼女の抹殺が彼の当面の目標になっているんじゃないかしら?」
剣崎が答えると、一樹は押し黙った。
「じゃあ、やっぱり、マリアさんとレイさんの所在を掴もうとしているということですね。」
亜美が言うと、剣崎は強く頷いた。

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9-1 つかの間の休息 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

レイとマリアは、太平洋を見下ろす高台に建つ家の前に居た。
富士の風穴で、女性観光客の二人組をマニピュレートして、三島駅まで出て、そこから、東海道本線に乗り、菊川駅に着いたところで、レイは、公衆電話からどこかに電話をしていた。
駅からはバスに乗った。1時間半ほど乗ったところでバスを降りる。
御前崎海洋センター前のバス停で、一人の老婦人が待っていた。
「レイさん、お久しぶり。」
「しばらくお世話になります。」
レイは深々と頭を下げる。老婦人はにこやかな笑顔で家まで案内してくれた。
「さあ、どうぞ。いつ来てくれるのかって首を長くして待っていたんですよ。」
その老婦人は、笑顔をほころばせて、レイとマリアをリビングに招き入れる。
「すみません、山下さん。突然お邪魔してしまって・・。」
「いえ、良いんですよ。どうせ、独り身ですし、特に用もなくのんびり暮らしているんですから。さあ、お座りになって・・。ええと、そちらは・・。」
「マリアさんです。ちょっと訳があって、一緒にいるんです。」
レイの口振りを察したのか、老婦人は、それ以上は訊かず、
「マリアさんていうの。可愛い名前ね。ゆっくりしてくださいね。自分の家だと思って。」
この老婦人は、山下玲子。
かつて、レイの病院に夫が入院していた。山下玲子の夫は、建設会社を経営する傍ら、生きづらさを抱える人達の居場所となるシェアハウス開設やフリースクールの運営、社会貢献活動に奮闘するNPOへの支援等の慈善活動に熱心だった。レイの病院再建の際にも協力してくれた人物であった。だが、検診でがんが見つかり、公立病院に入院したものの癌の進行を止める事ができず、末期の状態でレイの病院へ転院してきたのだった。
レイは、ターミナルケアに全力を注いだ。最後まで、本人の尊厳を守り、妻である玲子に寄り添った。夫が亡くなると、山下玲子は、資産を整理し、レイの病院に多額の寄付をしていた。
今は、御前崎の高台に小さな・・と言っても充分に立派な家を建て、単身で住んでいる。
「マリアちゃん、ここは私が大変お世話になった山下さんのお宅なの。しばらく、ここで過ごさせてもらいましょう。」
レイは、笑顔を見せてマリアに話す。マリアの表情は硬い。
大きなガラス窓越しに、海原が見える。マリアの視線が向いているのを見て、レイが言う。
「海へ行ってみる?」
マリアは小さく頷く。
「海岸に出るのなら、その先に道があるから・・ちょっと急だから気をつけてね。」
山下玲子は、明るい声で二人に言った。
二人は、玲子の教えてくれた道を下って、海岸に出た。
通称、御前崎サンロード。目の前には太平洋が広がっている。
比較的、風は穏やかだったが、太平洋からの波は高い。
「これが海?」
ようやくマリアが口を開いた。
マリアは、幼い時に両親と別れ、施設で過ごし、アメリカの収容所の様な所に隔離されていた。海を間近で見るのは初めてだった。
「ええ、太平洋よ。」
マリアの視線は、ずっと水平線に向いている。
「この海の遥か向こうに、アメリカ大陸があるわ。」
レイの言葉にマリアがピクッと反応する。
あの忌まわしい収容所のような場所が連想されたようだった。
まだ十歳の少女。記憶の大半は、マーキュリー学園の独房で過ごした時間だけ。何故、そこに入れられているか理解する前に、すでのあの場所に居た。外の世界の記憶は、富士FF学園の須藤夫妻とすごした僅かの時間しかない。
レイとマリアは、少し海岸を散歩することにした。
「あれは何?」とマリア。
視線の先には、灯台があった。岬の先に立つ御前崎灯台だった。
「灯台・・御前崎灯台ね。行ってみる?」
二人は一旦、山下邸まで戻ると、灯台を視界に入れながら、歩いていく。徐々に近づいていくと、遠目で見る以上の迫力を持つ、真っ白に塗られた灯台が現れた。
「大きい!」
マリアが思わず声を上げた。
灯台に入り、螺旋階段を登ると展望台があった。
そこから海を見下ろすと、水平線が少し丸く感じられた。
マリアは目を閉じる。
そして、波の音、風の音、鳥の声に耳を澄ます。どこまでも広い空間。この世にただひとり存在しているような感覚。何か、今まで心の中にあった大きな壁の様なものが壊れていくような感覚があった。なぜか涙が零れていた。
レイは、そっとマリアの肩を抱く。
「もう一人じゃないからね。」
レイが、耳元で囁く。
暫く、そこで過ごしたあと、一旦、山下家へ戻った。
「レイさん、街へ行ってみたい。」
マリアは灯台から戻ってから、表情が明るくなった。そして、自らの意思を示すようになっていた。
「じゃあ、港に行ってみる?」
レイは山下玲子から車を借りて、出かけることにした。
車でほんの数分、北へ走ったところに、マリンパークというモニュメントが建つ観光施設があった。隣接する市場に入る。平日の昼間のため、入場者はパラパラという感じだったが、それがかえって安心できた。
マリアは、そこにあるすべて、初めて見るものばかりだった。海産物や農産物、土産物、嬉々として見て回った。水産物のお店では、丸ごとの魚が並んでいて、マリアは驚き、目を輝かせた。
「そろそろ、お腹が空いたよね。」
レイがマリアに訊くと、強く頷いた。
食堂に入り、メニューを広げると、マリアは食い入るように見つめ、レイに訊いた。
「これ、さっきの魚?」
少女らしい言葉だった。
「ええ、そうよ。マグロっていう大きな魚。美味しいのよ。」
レイが言うと、マリアはそれを注文すると言った。すぐにマグロの丼が運ばれてきた。
マリアは、きょとんした顔を見せる。
マリアは、箸を使う事を知らなかった。レイが器用に箸を使って食べているのが不思議だったのだ。自分もマネするがうまくいかない。
「マリアちゃん、スプーンで良いわよ。」
そう言われても、何とか箸を使いたいと悪戦苦闘している。
レイはそっと手を添えて箸の使い方を教える。何とか、様になった頃には、丼は空になっていた。
「少し、お買い物をしましょう。」
レイはそう言って、少し車を走らせて、大型ショッピングモールに入った。
マリアは、様々な商品が並ぶショップを見て、目を輝かせる。
子供服のショップで、レイはマリアのためにいくつか洋服を見繕った。マリアは収容所のようなところで、いつも同じ白い服を着ていた。それが当たり前だと思っていた。だが、そこに並ぶ洋服はカラフルであり、様々なスタイルで、どれも個性を放っていて魅力的だった。試着するたびに、別の人間になれるように感じて、夢見心地になった。
今まで抑圧されていた感情が一気に爆発してしまいそうで、嬉しいのか楽しいのか判らず、気づかぬうちに涙が零れていた。
「大丈夫?」
レイがそっと声をかける。
マリアは満面の笑みを返した。

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9-2 守るべきもの [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

山下邸に来て数日、マリアは夢の中にいるような気分で過ごしていた。
レイと一緒にいることはもちろん、山下夫人との会話も楽しかった。
山下夫人は判らない事を尋ねると、柔らかい口調で、丁寧に、何度も何度も、優しく教えてくれた。全てを受け入れてもらえる事が何よりも幸せだった。
一方、レイは、山下夫人にどこまでの事を話せばよいか悩んでいた。
おそらく、早晩、追手がここも突き止めるに違いない。そして、それは、山下夫人も危険にさらすことになるだろう。そうなる前に、ここを去る必要があった。だが、今のところ、行く当てがない。何より、この先、マリアが安心して生きていくためには、逃避行を続けていくわけにはいかない。何としても、追ってくる敵と対峙し、勝利して自由を手に入れるほか道はない。自分はマリアを守り切れるのか。
そうした事情を山下夫人に話して、どこまで理解してもらえるのだろうという不安が大きかった。
マリアがベッドに入った後、山下夫人とレイはリビングでコーヒーを飲みながら寛いでいた。
「レイさん、何でも話してね。言えないこともあるかもしれないけれど、私に気を遣わないで。あなたにはお返しできないほどの御恩があるのだから・・。」
山下夫人は、笑顔でレイに言った。
「ありがとうございます・・。」
レイはそう答えるのが、やっとだった。
「マリアちゃんは良い子ね・・。私には子どもは居ないから、小さな子どもとお話できるのが嬉しくて・・。子どもの好奇心というのは素敵なのね。思いもしない質問が飛び出してきて、まるで、びっくり箱みたい。ずっと一緒に居られたらいいのにって思うわ。」
山下夫人の言葉に、レイは思わず目頭が熱くなった。そして、山下夫人には全てを打ち明けても良いかもしれないと思った。
「玲子さん、聞いて貰えますか?信じていただけないような話に思われるかもしれませんが・・今、マリアちゃんと私に起きている真実をお話します。」
そう前置きして、レイは、山下玲子に、マリアの生い立ちや特別な能力の事、そして、自分にもそういう能力があること、なにより、それが原因で命を狙われているということを一つ一つ順を追って話した。
ひとしきり話を終えたところで、山下夫人が、「コーヒー、冷めてしまったでしょ。淹れ直すわ。」と言って、席を立ちキッチンへ行った。
山下夫人は、レイから聞いた話しを自分なりに整理しながら理解しているようだった。そして、入れ直したコーヒーをもって戻って来た。
「私にできることは何かしら?」
そう、笑顔でレイに訊いた。
暫くここに身を隠しておくということだけしか、レイの頭にはなかった。
「できれば、暫くここに居させてください。」
「勿論、いつまでいてもらっても構わないわ。」
夫人は笑顔で答えた。
「レイさん、あの子は、私の孫だと思ってもいいかしら?もう、勝手にそう思っているんだけど。」
「ええ・・そう思っていただけるなら・・。」
「それなら、話はシンプルね。」
夫人の言葉にレイは少し戸惑った。シンプルとはどういうことなのか、すぐには思いつかなかった。
「だって、身内の人間が誰かに危害を加えられそうだとしたら、あなたならどうする?」
「守ります。命に代えて。」
「そうでしょう?可愛い孫が見知らぬ誰かに命を狙われているのよ。”ばあば”は、自分の命に代えても守るわ。それが例え意味の無い事だと言われてもね。ましてや、娘と孫の両方が危ういというなら、なおさらでしょう。残りの命、全て、あなたたちに捧げるわよ。」
山下夫人の眼は真剣だった。
「どんな敵なのか判らない。命を差し出しても守れないかもしれない。そんなこと関係ないわ。目の前であなたたちが傷つくなんて、許せない。私は覚悟を決めたわ。」
もはや、レイは返す言葉が浮かばず、ただ、夫人に縋って涙を流した。その夜、レイは久しぶりにぐっすりと眠る事ができた。
翌朝、レイが目覚めた時、夫人とマリアの姿が無かった。ガレージに車がないのを確認すると、二人で出かけたのは明らかだった。だが、どこに行ったのか判らず、レイは不安を抱えて、ずっと外の様子を気にしていた。
目覚めて1時間ほど過ぎた頃、玲子の車が戻って来た。助手席にはマリアが乗っていた。
「あら、御寝坊さんね。」
玲子は、少し意地悪な言い方をする。
すると、マリアもそれを真似て「レイさん、御寝坊さんですね。」と言って笑った。
二人は大きなショッピングバッグとクーラーバックをトランクから取り出して家の中に運び込んだ。
「マリアちゃんが、魚が食べたいっていうから、朝市に出かけたのよ。」
玲子はそう言いながら、バッグの中から食材を取り出し、冷蔵庫に仕舞う。マリアも、クーラーバッグから、魚を取り出して、玲子に渡す。
「朝市に久しぶりに行ったわ。以前は主人と行った事があったんだけど、一人じゃ・・ね。楽しかったわね。」
玲子が言うと、マリアも笑顔で頷いた。
「お昼は海鮮丼を作りましょう。・・レイさんは、朝ご飯、どうする?」
「いえ、コーヒーだけで良いです。」
大きなカップでコーヒーを淹れて、マリアがレイのもとへ運んできた。
「ばあば、凄いの。店の人に、ニギ、ナギ、いや、なんだっけ・・そうそう、値切って随分安くしてもらって、たくさん買ったの。店の人がもう勘弁してくださいって・・面白かった・・。」
マリアは、無邪気な笑顔で楽しそうに話した。
なにより、玲子の事を、「ばあば」と呼んでいることにレイは驚いた。レイはすぐに玲子の顔を見た。玲子は少し顔を赤らめて、「まあ、良いじゃない」というような表情を見せている。
その後も、マリアは玲子といろんな話をしたり、玲子の夫が残したクラシック音楽のCDを聞いたりして過ごしている。
レイは、富士の麓で、レヴェナントのケヴィンが拉致したマリアと初めて対面した時、マリアに喜怒哀楽の表情を全く感じなかったことを思い出していた。
十歳になるまで、感情を抑圧されて生きてきた少女が、今、ごく普通の少女の表情を浮かべている。
他人と交わることがなかったにも拘らず、今は、玲子とこれほどまでに親しく過ごせるようになっている。
あの場から、逃げ出してきた事は間違っていなかった。そして、これからも、ごく普通の少女として生きていくことが何より大切なことなのだと考えていた。
そして、それを守り続けることが、最も難しい事も判っていた。それでも、一日も長く、こんな日が続くことを祈るほかなかった。
レイは、あのメールが亜美のもとに届いたのか、ふいに思い出した。そして、ケヴィンはまだ自分たちを追ってきているのかも知りたかった。
「玲子さん、ここ、インターネットは使えますか?」
「ええ、2階にあるパソコンなら使えるわ。どうぞ。」
マリアの相手をしながら、玲子はそう答えた。
レイは2階の部屋に行き、パソコンを開いた。あのメールに返信は来ていないか。
「あったわ。」
安川から返信が入っていた。
『亜美さんに伝えました。レヴェナントは死亡。新たな敵が近づいています。所在は不明。今、亜美さんたちが調べています。気を付けて下さい。』
「どういうことかしら・・他にも私たちを狙っている人がいるの?」
レイは、新たな不安を抱えた。あのケヴィンを殺したとすると、新たな敵は大きな脅威だった。既に近づいているのかもしれない。レイは自分たちの居場所を伝えるべきか悩んだ。居場所を知らせれば、亜美たちは安心するだろう。だが、新たな敵に知られる可能性もある。
レイは結局、返信はせず、パソコンを閉じた。

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9-3 内なる敵 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

橋川署にいた亜美のもとに、安川がやって来た。
「紀藤さん、レイさんの居場所の事ですが・・ここじゃないかと思うんです。」
安川はそう言うと、メモを開いて見せた。
「ここは?」と亜美が訊く。
「以前、院長が最期を看取った患者の方で、特に、懇意にされていた方です。社会貢献に強く関心を示され、亡くなったあとも多額な寄付をいただきました。確か、今、ご夫人がお一人でお住まいになっているはずです。頼られるとしたら、ここが一番かと思います。」
亜美はメモを見ながら考えた。
ここに居るのはほぼ間違いないだろう。だが、自分たちが動くことで伊尾木にも知られてしまうかもしれない。どうしたものかと悩んだ。
「それから・・今日、メールが既読になりました。先日のメールに返信をしておいたんです。おそらく、レイさんに新たな敵についても伝わったはずです。」
「ありがとう。」
亜美はそう言うと、安川と別れ、トレーラーへ向かった。
トレーラーには、剣崎とカルロス、アントニオがいた。一樹はまだ現れていなかった。
「剣崎さん、ご相談があるんですが・・。」
亜美は、先ほど安川が持ってきたメモを剣崎に見せた。
「そう・・ここかも知れないと・・あなたの判断は正解よ。今、動けばきっと伊尾木に知られる。」
剣崎はそのメモを亜美に返した。
「私からも一つ良いかしら。」
「なんでしょう?」
「矢澤刑事の事なんだけど・・ちょっと変じゃなかった?」と剣崎が言うと
「ええ・・何だか、ちょっと変でした。何か、別の人みたいで・・、」
「やっぱりそうなのね。長く一緒にいるあなたの方が判るかと思って・・。」
「ええ、でも、確かに彼は一樹です。変装とかそういうんじゃないと思うんですが、人格が違うというか、何かに操られているような感じです。」
亜美がそこまで言って、ハッと気づいた。
「マニピュレート・・でしょうか?」と亜美が剣崎に訊く。
「そうかも知れないわね。どこかで彼は伊尾木と接触した。そして、マニピュレートされている。」
「そうだとしたら・・。」と亜美が言った時、トレーラーのドアがノックされた。
「どうぞ。」
剣崎が返事をすると、ドアが開き、一樹が入って来た。本来の一樹なら、ノックなどしない。我が家に入るように、勝手にドアを開けて入ってくるはずだった。
剣崎と亜美が視線をかわして頷く。
「何か進展は?」
一樹は入るなり、訊いた。
「いや、今のところ、新しい情報はないわ。」
剣崎が答えた。一樹は不機嫌な表情でソファに座った。そこはいつも剣崎が座る場所だった。
暫く沈黙が続き、「これから・・・」と亜美が口を開いたとき、亜美の携帯が鳴った。
「誰かしら?」
亜美はそう言って電話に出る。相手は滋賀県警察だった。
「磯村氏の死因は餓死。やはり、閉じ込められた事が原因だって。ただ、あの小屋にかけられた鍵を調べて不思議な事が見つかったみたいよ。」
亜美はわざと一樹に向かって挑戦的な口調で伝えた。
「そんな事件、もうどうでも良いだろう。」
一樹は、敢えて無視するような口ぶりで答える。
「不思議なこととは?」剣崎が質問する。
「古い南京錠で指紋の採取は難しいと思われていたのだけど、何とか一人分の指紋が採取されたらしいの。」
亜美は、一樹の表情を読みながらゆっくりと伝える。
「やはり伊尾木の指紋が出たのね。」
剣崎が言うと、一樹の表情が一瞬強張り、すぐににやけた表情に変わった。
「いえ、出た指紋は、隣の女性でした。畑で話を聴いた老婆なんです。かなりのご高齢で、磯村氏と伊尾木が入れ替わった頃としても、その老婆がそんなことできるはずはないんです。」
「単に、鍵を触っただけということも?」
「いえ・・それが、鍵に付着していた指紋は、磯村氏の遺体周辺にもあって、状況からあの老婆が磯村氏を倉庫に運んで鍵を掛けたという見立てなんです。でも、あの老婆にはその時の記憶はなくて、身に覚えがないと供述しているようなんです。」
亜美は、一樹がどう反応するか、表情を確かめながら報告した。だが、一樹の表情は全く変化がない。というより、既に知っているというふうだった。
「おそらく、警察は状況からその老婆を監禁罪で逮捕するでしょうね。矢澤刑事はどう思う?」
剣崎も一樹の表情を確かめながら訊いた。
「誰かに脅されたか、磯村氏に依頼されたか・・餓死したというなら、覚悟のうえで自死したということも考えられる。まあ、そんな事件、どうでもいいんじゃないですか?それより、レイとマリアの行方を捜す事が優先でしょう。何か手掛かりになるものは出ていないんですか?」
一樹はあっさりと答え、話題を代えた。
「今のところは・何も・。」
亜美が少しくぐもった声で答えた。
「病院関係者に当たってみましょう。レイさんが身を寄せる場所はそれほど多くないはずです。きっと、見つかるでしょう。」
一樹はそう言うとすっと立ち上がり、トレーラーから出て行った。
「一樹!」
亜美も慌てて一樹の後を追う。安川に接触すれば、すぐに判ってしまう。そうならないよう注意してきた事が無駄になる。
トレーラーを降りたところに、一樹が待っていた。
「どうしたの?」
亜美が訊くと同時に、一樹が亜美の口をふさぐ。そして、そのまま、乗用車の傍まで連れて行く。
「無駄なことを・・。」
一樹が、亜美の額に手を当てる。亜美の頭の中に、得体のしれない思念波が入り込んでくる。亜美は自分の思念波で無意識に抵抗する。
「ほう・・お前も思念波が使えるのか?・・だが、無駄だ。」
一樹はそう言うと、さらに強い思念波で、亜美の意識を包み込んでいく。
「そうか・・そこにいるのか・・。」
一樹はそう言うと、亜美をその場に残して、乗用車に乗り込んで走り出した。
何か嫌な予感がした剣崎が、トレーラーから降りてくると、亜美が倒れているのを見つけた。
「亜美さん!しっかりして!」
亜美がうっすらと目を開ける。
「一樹は・・伊尾木に操られて・・・います・・・レイさんの居場所を知られました・・。」
とぎれとぎれに何とか事の次第を伝えた。
「カルロス!」
剣崎が強い口調でカルロスを呼ぶ。カルロスがトレーラーから飛び出してきて、亜美を中に運び込んだ。
「アントニオ、すぐに、御前崎に向かって!急いで!」
トレーラーが動き始める。
一樹の乗った乗用車は既にはるか先を走っている。おそらく、追いつくのは難しいだろう。
剣崎は、一樹を追いながら、紀藤署長に連絡を入れた。そして、レイの居場所を伝え、レイにそこから逃げるよう、何とか連絡を取るよう依頼した。紀藤署長は、静岡県警に連絡し、御前崎署から警官を派遣するよう依頼した。
「一刻を争う。事情はまた報告する。まずは、新道レイという女性を見つけてもらいたい。そして、すぐに保護してもらいたい。これには、三人の女性の命が掛かっている。」

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9-4 悪魔の子 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

レイとマリアは、朝食を済ませた後、海岸に散歩に出かけた。
少し風が強く吹いている。先日見た海とは様相が違っていて、大きな波が海岸に打ち寄せていた。
そんな中、何人かのサーファーが連れだって、ボードに乗って、沖へ出ようとしている。
レイとマリアは、海岸の石段に座ってぼんやりとその光景を見ていた。
サーファーたちは時折やってくるビッグウェーブに盛んにアタックしていた。
だが、皆、敢え無く、途中で波に飲み込まれてしまうか、乗り切れずに落ちてしまう。それを何度も何度も繰り返していた。
暫くすると、疲れてしまった数人が砂浜へ戻って来た。
沖に残っているのは二人だけのようだった。そこに、大きな波がやって来た。
砂浜に引き上げて来たサーファーたちは立ち上がり、盛んに指さして合図を送っている。
「良い波が来る!」
沖にいた二人も気づいた様子だった。
少しガタイのいい男性サーファーが先にアタックする。
今までとはケタ違いに大きな波だった。寄せて来る波の大きさは、その前の引き波の強さで実感する。波に乗ろうと近づくと、予想もしないほど強い力に引き寄せられていく。
余りのスピードに、ボードに立とうとするが、とても対応しきれず、バランスを崩して敢え無く波に飲み込まれた。
次に、女性らしいサーファーが横から波に向かった。スムーズに引き波に寄せられていく。そして、ウェーブのトップで彼女はボードに立った。彼女は、器用に何度か反転し波を下り、チューブの中へ向かう。皆、固唾をのんで見守っていた。
上手く滑り込んだように見えたが、その途端、波が一気に崩れ始めた。彼女を容赦なく飲み込んでいく。その勢いのまま、波は通り過ぎ、砂浜に押し寄せた。ビッグウェーブが鳥居過ぎた後には、ボードだけが漂っていた。
「いけない!」
急に、レイが立ち上がる。
彼女が波に飲み込まれ、海中深く引きずり込まれたと直感したのだ。
近くにいた男性のサーファーも周囲を見回し、彼女の姿を探しているようだった。だが、見つけられない。砂浜に居たサーファーたちもすぐに異変に気付いて、ボードを抱えて海へ出る。
「どうしたの?」
隣に座っていたマリアがレイに訊いた。
「さっきのサーファーが溺れたの。このままだと死んじゃう。」
レイは、マリアに説明しながらも、成り行きに気が気ではない。
マリアはじっと海を見つめている。
波に消えたサーファーの居場所を探している。
「いる。あそこにいる。」
マリアは、そう言って指さした。
皆が探しているところとは見当違いの場所だった。
「私が助けるわ。」
マリアはそう言うと、すっと目を閉じる。
レイには、それがどういうことかすぐに判らなかった。
おそらく、普通の人には見えないがレイには見えた。
マリアの体から、糸のような思念波が先ほど指さした方角に向かって一気に伸びていく。そして、その糸は海中に入る。その後、サーファーが内から吐き出されるような勢いで、海面に浮きあがってきたのだった。そして、そのまま、思念波の糸が彼女の体を包み込み、砂浜まで引き上げて来た。
仲間のサーファーたちは、まだ、先ほど見失ったあたりに居た。
「あそこ!あそこにいるわ!」
レイは、大声でサーファーたちにに呼びかける。だが、波が強くて声が届かない。
「心配ないわ。」
マリアは落ち着いた声でそういうと、思念波の糸を、仲間のサーファーの一人に向けて放つ。
糸の先端がサーファーに届くと、そのサーファーは、急に、ボードに乗って、引き上げられた彼女のもとへ向かっていく。そして、彼女のもとへ着くと、マリアは思念波の糸を解いた。
続いて、仲間たちもやって来た。皆が彼女の周りに立っている。
その中の一人が、何度か体を揺らしていると、彼女がゆっくりと体を起こした。
「無事だったみたいね。」
マリアは、何の衒いもなくそう言った。
「今のが・・マニピュレート・・なの?」
レイが訊く。
「知らない。でも、私が思うと、目の前の人が思いを叶えてくれるの。」
マリアは、無邪気に答えた。
まだ自分の本当の能力を理解していないのだった。
他人との関わりが極端に少ない環境で育ち、様々な実験を受けさせられ、なにが起きているのか理解せずに成長したのだろう。事の善悪さえも認識できていないかもしれない。
レイは何と言ってそのことを教えればよいのか判らなかった。ただ、マリアが、無邪気に能力を使う事は著しく危険だということを教えなくてはいけない。
「マリアちゃん、あなたには特別な力があるの。今は、あの人を助ける事ができたから、すごく良い事をしたことになるけど、無暗に使ってはいけないのよ。」
レイの言葉を、マリアは充分に納得できていない。
「どうして?・・やっぱり、私は悪魔の子なの?」
「悪魔の子?」
「あそこで、皆そう言っていた。私に近づくと殺されるって。だから、私はいつも一人だった。」
マーキュリー学園の隔離棟に収容された時に、研究員たちが言っていた事なのだろう。
レイにも、そういう経験があった。小学生の頃、帰り道で大きな思念波の光を見つけた。それは何とも悲しそうで苦しそうな色をしているように見えた。そこにきっと苦しんでいる人が居る。小学生のレイはそう思うと、脇道に逸れて向かった。そこには、乱暴されている女性がいた。突然、頭の中で何かがはじけたように感じた。すると、目の前で暴力をふるっている男性が血を流して転がった。その一部始終を、一緒に帰宅していた友達に見られた。
『レイちゃんは悪魔みたいだった。』
何気ない友達の一言が、学校中に広がり、レイは悪魔、デビルと言われるようになり、皆から距離を置かれたのだった。その日以来、レイはそういう能力を封印してきた。唯一、シンクロ能力だけは自分ではコントロールできずにいた。だが、その能力のおかげで、一樹や亜美という理解者を得て、母を救い出す事ができた。マリアにも、理解者が必要だった。だが、今はまだその段階にない。
「いいえ、あなたは悪魔の子なんかじゃないわ。玲子さんはあなたが来てくれてとても幸せだって言ってたでしょ?私もマリアちゃんと居て幸せよ。」
「でも・・。悪魔の子だから・・追われているんでしょ?」
マリアは自分が置かれている立場をわかっていた。
「悪魔の子だから、追われているんじゃないわ。」
「なら、どうして、捕まったの?」
「あなたの特別な力を悪いことに使おうと考えている大人がいるの。その人たちがあなたを捕まえようとしているのよ。あなたは悪くないのよ。」
レイは今追ってきている相手が、何者か、はっきりと判っているわけではなかった。
マリアを拉致しようとしたケヴィンは、F&F財団に虐げられたサイキックを解放すると言っていた。だが、それが真意とは到底思えなかった。
それに、樹海を逃げていた時感じたサイキックの思念波は、ケヴィンのものとは違っていた。別のサイキックが追ってきていると考えていた。
いずれにしても、マリアを捕まえたいと願う者達は、彼女を自由にすることはないとはっきりわかっていた。
「あなたが、その力を使わないこと。そうすれば、きっと、誰もあなたを悪魔の子なんて呼ばないし、悪い大人に追われることはないのよ。」
これが、レイがマリアに、唯一伝えられる事だった。

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9-5 追跡 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

紀藤署長から県警への要請で、ようやく、警官が山下邸に到着した。
「あの、こちらに、新道レイさんがいらっしゃるでしょうか?」
真面目そうな警官は、少し事務的で切迫感を感じさせない質問をした。
応対した山下玲子は、いきなり、レイの名前を出されたことに驚き、すぐに信用できるとは思えなかった。
レイは、身を隠すためにここに来たはず。そう、あっさりと返答できない。
「新道レイさん?」
玲子は、少しとぼけた返答をした。
「橋川署の紀藤署長から伝言を預かっているんですが・・。」
訪ねてきた警官も、戸惑いの表情を浮かべている。
要件の内容詳細までは訊かされていないに違いない。とにかく、新道レイの居場所を明らかにして、危険が迫っていることを伝えるという単純なメッセンジャーの役割に、割り切れない気持ちをのぞかせた。
「少し、お待ちください。」
玲子は、警官を玄関で待たせたまま、奥に入ると、受話器を手にして考えた。誰に何を確認すれば良いのか。正しい答えを知るにはどうすれば良いか。
「そうだわ・・。」
玲子は、橋川に居るはずの、ルイに電話を掛けた。
「ルイさん、私、玲子です。」
山下玲子は、レイと共に母ルイとも懇意にしていて、幾度か、ここにも招待したことがあった。玲子は、ルイに警官が訪ねてきた事を話すと、すぐに紀藤署長が電話を代わった。
「間に合ったか。」
そう言うと、紀藤署長は、一連の出来事をありのままに伝えた。
「どこまで信じてもらえるかは判らないが、今、レイとマリアさんは途轍もなく恐ろしい相手に狙われているんです。そして、そいつが今、そちらに向かっている。一刻も早く、そこを離れるように伝えてください。」
玲子は、レイが突然訪ねて来た理由がようやく分かり、納得した。
荒唐無稽な内容なのだが、玲子はありのままに受け止めたようだった。そして、カーテン越しに外の様子を見た。どんな悪人が近づいているのか全く想像できないが、それでも、不穏な空気を感じる事ができるのではないか、そんな気持ちだった。
電話を切ると、玄関に戻り、警官には、紀藤署長と電話で話して事情は全て聞いたと答えた。
警官は、何か理解できないという表情を浮かべていたが、一応、要件を済ませた事を確認すると、すぐに立ち去った。
「どうしよう・・レイさんに知らせなくちゃ・・。確か、浜に行ったはず・・。」
玲子は家を出ると、海岸が見下ろせる場所に向かった。
長い砂浜が続いている。あちこちにサーファーの姿らしきものが見える。
玲子は目を凝らして、レイとマリアの姿を探したが、間近なところには見つからなかった。
「とにかく、ここから逃げさせなくちゃ・・。」
玲子はそう言うと、自家用車を出して海岸へ向かった。海岸に出るには、急な段差を降りる舗道か、通りを一旦、港まで出て大きく迂回しなければならない。車で向かうなら、う回路になる。
玲子は、周囲を確認しながら、一旦港へ出た。そこから、迂回して、海岸通りを進む。
港の前を通った時、1台の車が少し離れて玲子を追うように走っていく。
海岸通りを少し走ると、砂浜に座るレイとマリアの姿があった。
玲子は車を停めると、二人に手を振った。
マリアが先に気付いて、手を振り返してくる。
「逃げて!」
玲子は、この限りに叫んだが、波の音でかき消されてしまう。
「レイさん、玲子さんが。」
マリアは、手を振った後、レイに言った。
レイも立ち上がり、玲子を見る。
「何かおっしゃってるようだけど、聞き取れないわ。」
そう言うと、レイは思念波で玲子とシンクロする。玲子には気づかれていない。
「マリアちゃん・・逃げなくちゃ・・。見つかったようだわ。悪い奴が追ってきてる。」
レイは、マリアの手を取って、玲子の車へ走り出す。
「良かった・・判ってくれたのね・・・。二人の居場所がばれたって・・矢澤という刑事さんが二人を追ってきている様なの・・うまく言えないけど、その・・矢澤という刑事は伊尾木という人に操られているって・・あなたたちの命が危ないからって、紀藤署長が連絡をくれたわ。」
玲子は、レイたちに端的に説明した。
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました。」
「そんなこと、言わないでよ。レイさんの母親、マリアちゃんのばあばのつもりでいるんだから。家族が命を狙われているなら、親として、母として命を賭けて守るのが当然でしょ。さあ、この車を使って、遠くへ逃げるのよ。」
玲子は、そういうと、レイとマリアを車に乗せた。
「できるだけ遠くへ・・良いわね。」
レイは玲子に深く頭を下げてから、アクセルを踏んだ。
砂が打ちあがっている路面を少しスリップ気味に発進する。レイは、どこへ向かえばよいか、まるで頭に浮かばない。ただ、あの場所に留まるのは最も危険だと判っていた。
海岸沿いの道路をほんの数分走ったところで、バックミラーに1台の黒い車が映った。
「まさか・・もう?」
レイはバックミラーを凝視する。追ってくる車の運転席の姿が確認できた。
「一樹・・」
レイは、一樹に思念波を送る。
本当に、伊尾木という男に操られているのか自分で確認したかったからだった。一樹からは、異様な思念波が返ってくる。今まで感じた事の無い、途轍もなく強い思念波だった。ケヴィンの思念波とは比べ物にならないほど、それは強く、複雑な色が混ざり合い、「混沌」という言葉が似合うものだと感じていた。
徐々に迫ってくる。もはや逃げ切れるとは思えなかったが、それでもレイはスピードを上げた。
『逃げても無駄だ。』
急に、一樹から強い思念波が発せられた。レイの頭の中に強い衝撃が走る。
その衝撃で、レイはハンドル操作を誤り、路面に転がっていた岩に乗り上げ、弾んだ。そのとたん、車はコントロールを失って、路側帯にぶつかって止まった。
かなりのスピードだったために、ぶつかった時の衝撃は大きく、車は大破して動かなくなった。
「マリアちゃん、大丈夫?」
そう言ったレイは額をどこかにぶつけたのか、出血していた。
マリアは咄嗟に身を固め防御したようで、無傷だった。
ゆっくりと、一樹の車が近づいてきて、止まった。
ドアが開き、一樹が降りて来る。
一歩二歩、二人の車に近づいてくる。
レイは、ずっと、一樹から異様な思念波を感じていた。自分自身、強い思念波を発する事で、その思念波を排除しようとしている。それでも徐々に飲み込まれていくような感覚があった。
レイは、車から降りて、マリアとともに車の陰に身を隠し、傍に居るマリアを強く抱きしめ守ろうとした。
マリアは、レイから強い恐怖と不安の思念波を感じ取った。
「大丈夫よ、きっと私が守るから。」
レイの声は震えている。
一樹から感じる異様な思念波。相手は恐ろしいほど強力な能力を持ったサイキックに間違いない。勝てる相手とは思えなかった。
レイの腕に抱かれたマリアは、そっと目を閉じ、本能的に能力を使った。
自分を抱き締めて守ろうとしているレイと自分自身を守るため、強力な思念波のバリアを作った。レイはふっと今までのみ込まれそうな強い思念波から解放された。マリアの思念波は、あの強烈な思念波を弾き飛ばすほどのエネルギーを持っていた。
近づいてくる一樹は、表情一つ変えず、それを見ていた。

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