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AC30第1部グランドジオ ブログトップ
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32.説明 [AC30第1部グランドジオ]

ホスピタルブロックの中に入ると、フローラがベッドに横になっている。
そして、その脇にキラとガウラが立っていた。医療器具を使って、フローラの状態を診断しているようだった。
隣のベッドで横たわるプリムの横にハンクとアランが立っていて、フローラの診察の様子を見守っている。

ユウリは、そっとアランに近づき小声で言った。
「お兄さん、外は大騒ぎよ。」
「ユウリ、大丈夫だよ。心配ないさ。」
アランはユウリの肩に手を置いて安心させようとして答えた。
「女の人なの?」
「ああ、フローラという名らしい。」
ユウリは不安げな表情で、ガウラとキラを見つめた。

「ごめんね、ちょっとライブスーツを外してもらうわね。」
ガウラはそう言うと、ライブスーツの背中の箱にある小さなスイッチを押す。フローラの全身を覆っていたライブファイバーがシュルシュルと外れて小さな箱に収まっていく。
ベッドの上で、フローラは全裸になる。診察台の脇にいたキラが驚いて、目をそむけた。
診察台の上には全身を覆うようにシェルターカバーが掛かる。そして、一筋の光がゆっくりと頭の先から足先まで移動する。そして、フローラの全身の状態が解析されていく。
「大丈夫。どこも悪くないみたい。病気もないし、怪我もしてない。フィリクスの実を食べたから、水分や栄養も回復しているわ。だけど。まだ、脳が少しダメージを残しているから、意識とか記憶とかに障害が出ているようね。ゆっくり体を休めれば、徐々に回復するでしょう。それにしても、なんて美しい顔立ちをしているんでしょう。そして、均整のとれた理想的な体型。羨ましいわ。」
ガウラの美貌も素晴らしいものだったが、フローラはそれを凌ぐほどだった。
「この体格から見ると、おそらく10歳前後かしらね。まだ成長途中の様ね。きっと美しい女性になるでしょうね。」
ガウラはそう言うと再びライブスーツのスイッチを入れる。見る間に全身にファイバーが広がりスーツになった。
「キラ、もう良いわよ。」
ずっと視線を外していたキラを見て、ガウラは微笑みを浮かべて言った。
「それから・・彼女・・フローラっていうんだっけ?しばらくは、ここに居てもらいましょう。完全に意識が安定するまでは外に出ない方が良いでしょう。コムブロックの人も騒いでいるみたいだから、少し、落ち着かせないといけないしね。・・。」
「彼女の事をどう説明するんです?」
「そうねえ・・・どこから来たかは判らないけど、ちゃんとした人間だって伝えるしかないんじゃない?大丈夫、私が説明するわ。」
ガウラはそう言うと、ホスピタルブロックのドアを開けて外に出た。
外には、グラディウスを手にした男たちが集まって、今にもホスピタルブロックに押し行って来そうだった。
「どうしたの?」
ガウラはいつものように落ち着いた表情で男たちに訊いた。
「いや。あれは導師様にも判らない魔物に違いない。ガウラさんたちが食われたんじゃないかって・・・。」
それを聞いて、ガウラが声をあげて笑った。
「何言ってるのよ。あれはちゃんとした人間よ。今診断した私が言うんだから間違いないわ。それも絶世の美女。まだ少女だけどね、あと数年もすれば、素敵な女性になるわ。」
「本当か?・・じゃあ、近くに同じようなジオフロントがあるっていう事か?」
アルスが訊く。
「さあ、どうでしょう。どこから来たのかはわからないけど、病気も持っていない、ちゃんとした人間。健康そのもの。少し、意識と記憶に障害があるみたいだから、しばらくはホスピタルブロックで預かることにしたわ。キラたちは何も悪くないわ。浜で倒れていたらしいのよ。ほっとく事が出来なかったって。良いじゃない。許してあげて。」
ガウラの説明に、人々はとりあえず落ち着いたようだった。
ガウラは必要な事だけ話すとすぐにホスピタルブロックへ戻った。


33.キラとフローラ [AC30第1部グランドジオ]

「あら、フローラは眠ったみたいね。」
ベッドサイドに戻ったガウラは、フローラの様子を見て言った。
「ええ、やはり、まだ体力がないのでしょう。」
「そうね・・狭いライブカプセルに長い間閉じ込められていたんですもの・・それにしても、どれくらい長い間居たのかしらねえ・・・。」
「ライブカプセルは、100年以上耐えられるものですから・・・。」
「そうね・・・いつ生まれてどうやってここまで来たかなんて・・彼女には全く分からないでしょうね。たとえ覚えていても、それは、もう遠い遠い世界のことかもしれないんですもの。ライブカプセルじゃなくて、タイムカプセルよね。」
キラは、今になってフローラが置かれている状況に気づき、胸を痛めた。
「これからしばらくは私が面倒を見るわ。コムブロックに行けば、みんなにどんなひどい言葉を浴びせられるか判らないもの。大丈夫よ、きっと、いつかみんなも理解してくれるはず。…それより、キラ、あなたは大丈夫?」
ガウラが労わるように言った。
「ええ・・ガウラさんが皆に話してくださったので、大丈夫です。・・また、明日、来ます。」
キラがそう言ってベッドから離れようとした時、眠っていたはずのフローラが、キラの手を強く掴んだ。
キラはいきなりの事で驚いて、フローラを見た。
フローラは、淋しげな眼をしてキラを見ていた。
「大丈夫だよ・・フローラ、ガウラさんは信用できる。きっと君を元気にしてくれるよ。」
キラがそう言っても、フローラはキラの手を離そうとはしなかった。
「まあ、いいわ。今日は、キラもここに残って・・ベッドは幾つも空いてるんだから・・。」
ガウラはそう言うと、隣に置かれたプリムのベッドを、ハンクとアランに言って、部屋の隅へ動かした。
アランもハンクも、フローラの様子を気にしながらも、ドラコに飲み込まれてしまったプリムが一向に回復しないのを心配していた。
「アラン、ハンク、あなたたちも疲れたでしょう。もう帰りなさい。」
しかし、プリムの容態は依然として回復するようには思えなかった。むしろ、徐々に麻痺が広がっているように思えた。
「でも・・プリムの奴、何だか・・」
ハンクが言いかけたところを、アランが止めた。
「大丈夫さ。きっと良くなるさ。」
アランはハンクの肩を抱くようにして、ホスピタルブロックを後にした。

キラは、フローラの傍に残る事にした。
「随分、気に入られてしまったみたいね。」
ガウラが少し茶化すようにキラに言った。
キラは戸惑っていた。
「ここへ連れ帰る時も、僕の背中にしか乗ろうとはしなかったんです。どうしてでしょうか?」
「さあ・・わからないわね。・・きっと、何か・・彼女の心に触れるようなものがあったんでしょう。」
「そんな・・」
「私、疲れたから休むわね。・・奥のセルに居るから、何かあったら起こして。」
ガウラはそう言うと、キラをフローラの傍に残して、さっさと奥へ入ってしまった。
フローラは静かに寝息を立てている。
だが、右手でしっかりとキラの手を握って離さなかった。仕方なく、キラはベッドの脇のイスに座った。
キラはふと、ガウラとの会話を思い出していた。
どれくらいの時間、彼女はあの狭いライブカプセルの中にいたのだろう。10年、20年、いや100年・・・もっと長くかもしれない。もう生まれた場所はすっかり変わっているに違いない。そして、戻る事もないのだ。こんなにも幼いにもかかわらず、なぜ、オーシャンフロントから逃げて来なければならなかったのだろう。命が助かったとしても、誰一人知る人のないこの場所で、彼女はどんなふうに生きていくのだろう。
余りにも過酷な運命に置かれている事を改めて想像し、急に胸が痛くなった。そして、静かに眠っているフローラの額にそっと手を当てた。少しひんやりとしていた。
キラは、長い時間、彼女の寝顔を見つめているうちに、うとうとし始め、そのまま眠って知った。

34.プリムの異変 [AC30第1部グランドジオ]

「おはよう。」
ガウラの声でキラは目が覚めた。フローラのベッドの脇でそのまま眠ってしまったキラが慌てて顔を上げた。
「朝ご飯をもってきたわよ。・・・さあ・・。」
フローラはすでに目を覚ましていて、半身起こした状態で、キラの寝顔を見つめていた。キラはなにか急に恥ずかしくなって席を立った。
「キラの分もあるから・・・。」
ガウラがそう言って引き留めた。
「さあ・・どうぞ。」
キラとフローラの前には、ドラコをやわらかく煮込んだスープと、フィリクスの殻をすり潰した粉を使って焼いたパン、フィリスクのゼリー状の実、それと、ガウラ特性のジュースだった。
フローラは、初めて見るものばかりで、目の前に差し出されても、食べることを躊躇っている。食欲がないわけではなかった。しかし、ドラコの肉はどす黒く少しキツイ臭いをしていた。
「ごめんね・・ここではこれでもご馳走なのよ・・・。栄養はばっちりなんだけどね・・・」
ガウラは少し困った表情を浮かべていた。それを見て、キラは自分の皿を引き寄せて、ドラコのスープを持ち上げた。そして、フォークでドラコの肉を突き刺すと、大きく口を開けて噛みついた。
「うん・・美味い。」
それをじっと見ていたフローラも、同じようにフォークを取り、ドラコの肉を突き刺した。やはり少し躊躇いはあったようだが、彼女は目を閉じて一口食べた。しばらく、口の中で何度か噛んだ後、ごくりと飲み込んだ。
ガウラとキラは、彼女の表情をじっと見守った。
フローラは、にこりとした。そして、パンにも手を付けた。
「良かったわ。・・・キラ、ありがとうね。」
ガウラはそう言ってから少しフローラの顔を見つめていた。昨日ここへ運び込まれた時と比べて、どこか、雰囲気が違っているように感じていたからだった。昨日はもっと幼い感じだったのに、何だか一日で随分落ち着いた感じだわと心の中で呟いていた。
「食べ終わったら、片づけておいてね。」
ガウラはそう言うと、自分のセルへ戻って行った。
ガウラが去ったあと、フローラは、両手を使って、黙々と食べ始めた。
「おなかが空いていたんだね。」
キラは、彼女の様子を見乍ら、そう言うと、自分も食事を続けた。
フローラは、綺麗に食べ終わると急にあくびをして、そのまま、ベッドに横たわり、あっという間に寝入ってしまった。

「おはよう・・・。」「お・・起きたか?・・。」
ハンクとアランが、控えめな声でホスピタルブロックに顔を出した。
「ああ・・さっきまで朝ごはんを食べていたんだが・・また、眠ったみたいだ。」
キラが朝食のトレイを片付けながら答えた。
「そうか・・・。」
アランが残念そうな表情を浮かべて、眠っているフローラを見つめた。
ハンクは、フローラの様子を少し見た後、奥のベッドで眠っているプリムの様子を見に行った。そしてしばらく沈黙が続いた。
「おい!・・おい!・・」
いきなり、ハンクが大声を上げた。
「どうした?」
アランが駆け寄ると、ハンクが指差したまま、驚いた表情のまま固まっている。その様子を見て、アランがプリムのベッドを覗き込んだ。昨夜、見た時は、手足が変色し壊死していた。顔色も悪く、もはや長くないだろうとさえ思えるほどだった。
だが、今朝のプリムの様子は違っていた。手足はもちろん、顔色も良く、今にも起き上がりそうだった。
「一体、どうしたんだ?・・・ガウラさんを・・すぐにガウラさんを呼ぼう!」


35.プリム変貌 [AC30第1部グランドジオ]

ガウラは慌ててやってきて、すぐにプリムの容態を診た。昨日までの自分の診断では、それほど早く回復するはなかった。だが、目の前のプリムは、完全に回復している。一体、何が起きたのか見当もつかなかった。
「どうなんです?ガウラさん。」
ハンクが訊くが、ガウラは答えられなかった。ただ「回復している」としか言いようがなかった。しかし、ハンクは喜んだ。理由などどうでもよかった。とにかく、瀕死状態だったプリムが元気になっている。この事実だけで充分だった。昨夜ここを出る時、もはやプリムは戻って来ないに違いないと諦めていたからだった。
「プリム!良かった、良かったなあ!」
ベッドの脇で、ハンクがプリムの手を取って喜んでいる。アランはその様子をじっと見守っていた。
やがて、プリムがゆっくりと目を開ける。だが、しばらくは周囲の様子を探るように目だけを動かしている。そして、ゆっくりと起き上ったのだった。これには、ガウラが一番驚いて、眼を見開いて様子を見る。
起き上って周囲を見回すプリムの表情が少し硬く感じられた。なにかぎこちない。
「プリム、どうした?俺だ、判るよな、ハンクだ。」
プリムの様子を察して、ハンクが言う。するとプリムが答えた。
「ハンク・・そう、君は・・ハンク・・だ。」
その声は、まるで別人だった。それを聞いて、アランがグラディウスをプリムの目の前に突き出した。
「お前、誰だ?プリムじゃないな!」
ベッドに座るプリムは、グラディウスの剣先をいきなり掴んだ。すると、グラディウスの剣先が赤く発色しはじめ、アランが思わずグラディウスを手放した。グラディウスの柄が急に高温になったのだ。カランカランと、グラディウスが床に転がっていく。
フローラのベッドの傍にいたキラも、異変に気付いて、プリムのベッドのところまで来た。
ハンクとガウラを守るようにアランが、異様な雰囲気を醸している『プリム』と対峙していた。
「何者だ!・・どうやって入り込んだ!」
アランが厳しい声で問う。
『プリム』は頭を左右に動かし、周囲の様子を探っているようだった。その動きはやはり人間とは違う。どこか機械のような動きだった。
キラが床に転がったアランのグラディウスを拾い上げ、再び、アランに手渡すと、アランは、『プリム』の右手に回り込んで、剣先は肩に乗せたまま『プリム』を睨みつける。いつでも切り掛かれる態勢を取った。キラは、『プリム』を挟んで、アランとは反対側で同じようにグラディウスを構えた。右と左の両方から『プリム』を挟み込む。狩りに出るとき、二人がいつも取る態勢で、同時に切り掛かかって倒すのだ。
「プリムをどこへやったんだ?」
キラが問う。
「プリムを食ったのか?」
今度は、アランが問う。じりじりと間合いを詰めていく。キラとアランの呼吸が揃った瞬間、二人が一気に切り掛かった。ガチンと鈍い音がした。二人のグラディウスが硬いベッドのフレームを叩いた音だった。目の前に『プリム』の姿はなかった。
「どこだ?」
二人が周囲を探す。だが姿が見えない。
「あそこ!」
ガウラが指差して叫ぶ。『プリム』は高く飛び上がり、ホスピタルブロックの天井に張り付いていた。
「やはり、虫の類か!」
アランが叫ぶと同時に、『プリム』の手がゴムのように伸びてきて、アランのグラディウスを掴んだ。それを防ごうとして切り掛かったキラのグラディウスもゴムのように伸びてきた手に包み込まれ、一気に取り上げらえてしまった。
慌てる二人に、『プリム』の声が響いた。
「危害は加えませんから、止めてください。」
そう言うと、『プリム』は天井から降り、床に降り立った。そして、次第に、形状を変えていく。
目の前には、丸いボール状の白い塊が現れた。

36.ガーディアンCPX [AC30第1部グランドジオ]

 目の前の白いボールには見覚えがあった。それは、フローラを運んできたライブカプセルが縮んだものだった。ただの容器装置だと思っていた。
「やはり、あなたたちを騙すのは無理でした。私は、ガーディアンCPX4915です。」
どこから声が出ているのかわからないが、確かに目の前の白いボールから声が聞こえた。
「ガーディアン?」
一部始終を恐れながら見ていたハンクが訊いた。
「そうです。わたしはフローラ様のガーディアン・アンドロイドです。フローラ様をお守りする為にオーシャンフロントで開発されました。ライブファイバーで何にでも変化できます。プリム様の人体情報で寸分も違わぬはずだったのですが・・やはり、外見だけではすぐに見破られますね。」
妙に人間じみた言い回しで、白いボールが答えた。
アランとキラはまだ警戒している様子だった。
「大丈夫です。私は人間に危害を加える事が出来ないようプログラムされています。」
CPX4915が言った。
「フローラに危害が加わるような時はどうする?相手に刃向う事はないのでは守れないだろう。」
アランが訊く。
「いえ、その時は、フローラ様を全身で包み込みます。ライブファイバーの強度は最強です。あなたたちの持っているグラディウスも同じ繊維でできていますから、その強度はご存じでしょう。」
アランは足元に転がっているグラディウスを拾い上げて、しげしげと眺めた。
「気を付けてください。私と接触しましたから、グラディウスもライブファイバーに戻ったはずです。あなたが念じる形にすぐに変形しますよ。」
そう言い終わらないうちに、アランの手にあったグラディウスは、いくつもの剣先をもつ複雑で恐ろしい形状の剣に変わってしまった。思わず、アランはグラディウスを手放してしまった。すると、今度は小さな丸い形状に変形した。
キラも同じようにグラディウスを拾い上げた。すると、グラディウスは大きな盾の形状へ変化した。
「おや、キラ様の御心は、武器よりも防御するものを必要としているようですね。」
キラはじっとその盾をじっと見て何かを念じた。すると、グラディウスは小さなキューブ状になった。
ようやく、皆が落ち着いたようだった。
「ええ・・とCPXさんって呼べばいいのかしら?プリムはどこかしら?」
ガウラがちょっと躊躇いがちに訊いた。
「CPXで結構です。私はガーディアンです。単なる機械です。…プリム様は、昨夜容態が急変しました。あのままでは心肺停止まであとわずかでした。それで、コールドスリープ(冷凍睡眠)状態にしました。」
「コールドスリープって・・どこにそんな・・・。」
ハンクが言う。
「おや、ご存じないのですか?ホスピタルブロックの薬品庫の奥に大きなコールドスリープ装置があります。まだつかわれた痕跡はありませんでしたが、正常に作動しました。・・・これでしばらく、プリム様は永らえる事が出来ます。」
CPXは事もなげに言った。それを聞いて、ハンクとガウラが薬品庫に飛んでいく。CPXが言った通り、ハンクの体が、透明の筒状のガラスの中で眠っていた。
「ここには、プリム様を治療できる薬剤がありません。ユービックにアクセスしたところ、どうやらコアブロック脇のセントラルホスピタルブロックにあるようです。薬を手に入れる事が出来れば、プリム様は回復できます。ですが、そこまでへの通路は発見できませんでした。」
CPXの答えに、キラが訊いた。
「ユービックにアクセスできるのか?」
「ええ、簡単です。どこにあっても問題ありません。キラ様のユービックにもアクセスしました。あなたは、何度かコアブロック近くまで行かれている。あそこへの入り口をご存じなのでしょう。すぐに薬を取りに行きましょう。」
CPXは途轍もない能力を秘めているようだった。すべてを見通している。だが、キラは、それほどのCPXを開発したオーシャンフロントの科学力を恐ろしく感じていた。
「その前に訊きたいことがあるんだが・・・。」
キラが言う。

37.オーシャンフロントの様子 [AC30第1部グランドジオ]

「ガーディアンなら、全てを知っているんだろう?フローラは何者なのか、そしてなぜオーシャンフロントから脱出しなければならなかったのか、そして、それは何年前の事なのか・・とにかく、フローラに関する事を教えてくれないか?」
キラは椅子に座り、ボール状のCPXを見つめながら言った。アランやハンク、ガウラも同様にCPXを囲むようにして座った。
「判りました。では、ユービックをここへ持ってきてください。」
CPXはそう答えた。すぐにガウラが自分のユービックを持ってきてCPXの横に置いた。すると、CPXはユービックを包み込むように変形し、小さなテーブルの形状になった。天板にはユービックが置かれている。ユービックが青白い光を発すると、そこに緑の山の3D映像が浮かび上がった。
「これがオーシャンフロントの全景です。周囲30㎞、中央部の最も高い場所は海面から500mほどあります。人工島です。このジオフロントと同じ時代に作られました。最大50万人ほどの人間が生活していた記録があります。」
その大きさは、ジオフロントを遥かに凌ぐ大きさに間違いなかった。
キラたちはじっとその映像に見入っている。
「この島の最大の特徴は、潮の流れを使って移動することです。大規模な気候変動を予見した科学者によって、この島は、快適な環境へ移動する機能を持たされているのです。常に、外気温が26℃前後のエリアを探して、地球上のどのエリアにも移動します。そのため、人間は地表で暮らすことができます。食糧も生産しています。また、すでに絶滅してしまった動植物も生き続けているのです。」
3D映像は、島全景から少しズームアップし、人々が暮らしているエリアの様子を映し出した。多くの人々が屋外で太陽の光を浴びて過ごしている。脇には、見たこともない四足の生き物が走り、樹木も多様に茂っている。
「ユートピア・・だな・・。」
キラが思わずつぶやいた。
「ユートピア?」
ハンクが訊く。
「ああ、理想郷という言葉さ。人間が生きる、理想の・・夢のような場所の事さ。」
キラが答えると、ハンクは「ユートピア・・か。」と小さく呟いた。
「だが・・どうして、そんな素敵な場所から脱出したんだ?」
アランが訝しげな表情を浮かべて訊いた。
「それを説明するには、少し、パシフィックフロントの歴史をお話ししなければなりません。」
「ああ・・いいさ。」とアランが答えた。
「最初の100年ほどは、穏やかに皆が暮らしていました。しかし、余りにも良い環境でしたから、人口がどんどん増え始めました。もともと、オーシャンフロントは10万人程度が暮らすように設計されていました。そこに最大50万人ほどまで人口が増加したのです。当然、様々なものが不足し始めました。そして、次第に治安が悪化し、ついに暴動があちこちで起きるようになったのです。統治機構は、人口抑制を判断しました。その結果、ヒューマン・ソーティングが始まったのです。」
「ヒューマン・ソーティング?」
キラが尋ねる。
「選別するのです。・・DNA分析で、より優秀なDNAを持つ者をエリートと呼び、フロントの高い場所にあるセイフティエリアに住むことを許したのです。選ばれなかった者は、下層に住まわされました。当然、セイフティエリアには潤沢に食糧や必需品が提供されました。下層には物資が抑制されました。結局、下層では治安が悪化し、人々が殺し合うまでに至りました。こうして、人口の抑制を進めたのです。」
「なんてことを・・・」
ガウラが悲しい表情で呟く。しかし、キラやアランは複雑な思いだった。自分たちも、ジオフロントのエナジー危機の際に「選ばれし者」の子孫であることを知っているからだった。
「フローラ様は、エリートの中でもさらに高いクラスで生まれたのです。フローラ様のDNAはパーフェクトです。人類の持つ最も優位なDNAを持っておられるのです。」
CPXは少し自慢げに言った。アンドロイドであるはずだが、人間の様な感情を見せるところが異様だった。
「そんなハイクラスのエリート様が、どうしてオーシャンフロンから逃げ出すことになったんだ?」
アランが妬みを込めた言い方で、再び訊いた。


38.脱出の理由 [AC30第1部グランドジオ]

「最初は、エリートと、そうで無い者の2層に分けられたのですが、その後、さらに何層にも別れ、フローラ様がお生まれになったころには、すでに5つほどの階層がありました。最も下層の人々は、貧しい暮らしを強いられていました。常に、上の階層への妬みが渦巻き、島全体の治安は最悪でした。そんな中で私の様なガーディアンが生み出されました。」
CPXが答えると、アランがすぐさま言い直した。
「つまり、エリートを守るための道具ということか・・。」
「そうです。しかし、ガーディアンには人間を傷つけないという強力な禁止プログラムがインストールされました。フローラ様を襲う者が現れた場合、私はフローラ様を包み込みじっと耐える姿勢を取り続けます。」
「反撃しないということか・・。だが、さっきはグラディウスを熱して、俺は火傷しそうになったじゃないか!」
アランが訊くとCPXが答える。
「一瞬の高熱を感じると反射的に手放すことは明確でした。傷つける危険性がないと判断したまでです。」
「ふうん。」
アランは面白くない表情をして答えると、空のベッドに寝転がった。
「結局、どうしてオーシャンフロントから脱出したのかわからないんだが・・。」
今度はキラが尋ねた。
「あの日は、エリートのエリアのすぐ下層で火事が発生したのです。自動消火装置は反応しましたが、うまく機能せず、どんどん燃え広がり、エリートのエリアにも被害が出始めました。それぞれのガーディアンが安全な場所へエリート層の人々を誘導しました。しかし、フローラ様はまだ幼く、避難する人の波についていくことができませんでした。取り残され、避難経路が遮断され、やむなく下層へ逃れる道を選びました。下層はさらにパニック状態でした。我先にと逃げ惑う人々、そして、その下層、ミッドタウンと呼んでいるエリアでは、上層から逃げてくる人への暴力や排除が広がりました。」
CPXの説明を聞きながら、キラたちはその様子を想像していた。長年積み重なった恨みや妬みが一気に噴き出し、それが暴力となり悲惨な状況となった事は容易に想像できた。
「私はやむなく、フローラ様を包み込み防御しました。しかし、そのために、群衆の眼は一気にフローラ様に集まりました。取り囲まれ、殴られ。蹴られ、火を浴びせられ、様々暴力を受けました。その間、じっと耐えるしかありませんでした。」
「痛みはないのかい?」
ハンクが思わず訊いた。
「私はアンドロイドですから、人間のような痛みは感じません。・・そのうち、誰かが何かを叫びました。すると、私は人々に担ぎ上げられました。そして、島の岸壁まで運ばれ、海へ投げ込まれたのです。」
「それで?」
今度はガウラが訊いた。
「フローラ様を包み込んでいる状態では自ら動く事が出来ません。しかし、解除すればフローラ様を海へ放り出すことになってしまいます。私はそのまま、長期睡眠状態のライブカプセルモードに入りました。フローラ様の命を守るにはその方法しかありませんでした。」
フローラは、オーシャンフロントから脱出したのではなく、放り出されたのだった。
「それからずっと海を漂っていたという事か・・・。」
キラが言うと、CPXは「はい。」と答えた。
「灼熱や極寒の季節でもずっと海を漂っていたってことか?」
もう一度、アランが訊いた。
「ええ・・長い間、氷塊に閉じ込められたこともありました。赤道近くで一度海岸に打ち上げられた事もありました。灼熱の中、乾燥に耐えていました。・・」
「中のフローラは大丈夫なのか?」
「カプセルモードは、海水から作ったゼリー物質にフローラ様は包まれた状態にあります。私のライブファイバーとゼリーが内部の温度を一定に保てるのです。私のエナジーシステム全てをゼリーの状態安定に使いました。フローラ様は全く外の気候を感じる事はなかったはずです。」

39.過ぎた時間 [AC30第1部グランドジオ]

「さっき、フローラは幼かったと言ったが・・その火事が起きたのはどれくらい前のことなんだ?」
キラはCPXの話を思い出しながら訊いた。
「私のシステムクロックが狂っていなければ87,600時間前・・。ほぼ10年前でしょう。」
それを聞いて、みんな驚いた。
「10年前?じゃあ、その間、ずっと海を漂っていたのか?」
「そうです。」
ハンクやアランは、呆れた表情をしている。
しかし、キラは違っていた。ライブカプセルは100年以上耐えられると知っていて。もっと長い時間かも知れないと考えていたからだった。
「フローラはその時幾つだった?」
「まだ、5歳でした。」
それを聞いて、ガウラが驚いた。
「5歳?・・何かの間違いでしょ。・・彼女は10歳ほどの体格よ?」
「長期睡眠状態でも、身体の成長は進みます。もちろん、カプセル内部の時間は外の半分程度の速さです。ですから、ちょうど10歳ほどまで成長なさっているのでしょう。」
「知力はどうなのかしら?」
ガウラが訊く。
「すべて5歳で停まっています。カプセルは身体の成長を抑制しながら生命維持ぎりぎりの状態を保ちます。脳は著しくエナジーを消費しますから、ほとんど仮死状態にします。記憶障害や意識障害は当然発生しますが、そのリスクよりも身体ダメージを最低限に抑える事が重要なのです。」
「体は10歳、でも、頭は5歳か・・・。」
3人がフローラを見つけた時、まるで幼子のような表情をし、キラにしか懐かなかったのはおそらく、フローラが5歳ほどの知識しかなかったからだろう。本能的に、キラを信頼できるものと見分けたのだと想像できた。ホスピタルブロックで朝食を取った時に戸惑っていたのは、ナイフやフォークの使い方が判らなかっただけなのかもしれなかった。
「フローラはオーシャンフロントの記憶は残っているのだろうか?」
キラが何気なく口にした。
「いえ、ほとんどないでしょう。」
「父や母の事はどうだろう?」
「エリートエリアでは、父や母という関係は存在しません。生まれてすぐDNA検査が行われます。もし優位性がなければ、エリートエリアには住めませんから。」
「そんな馬鹿な・・父や母を知らないって・・・。」
ハンクが驚いて言う。
「オーシャンフロントを守るためのシステムです。実際、下層の人々の人口は抑制されています。そして、エリートエリアには何よりも優位性の高いDNAを持つ人々が暮らし、命をつないでいます。バランスが取られているのです。」
「そんなことって・・・。」
ハンクは腹立たしさを覚えて言った。
「そんなことっていったってさ・・俺たちだって似たようなもんだろ?ここのエナジーシステムが壊れて、選ばれし者だけが生き残る道に置かれたんだからな。・・その挙句の果てが俺たちだろ?」
ベッドに寝転んだままのアランが吐き捨てるように言った。
「今、オーシャンフロントはどうなっているんだろう?」
キラが訊くとCPXはしばらく沈黙してから答えた。
「判りません。・・・ここへ着いてから、何度か、オーシャンフロントへのコンタクトを試みていますが・・通じません。地球上のどこか離れた場所にいるのかもしれません。このエリアはもうコールドシーズンに入りましたから、もっと南に移動しているのでしょう。」
「じゃあ、暖かくなれば近くに来るという事もあるのか?」
キラが訊く。
「必ずとは言えませんが、外気温を26℃に保てるように、海流を測定して移動し続けるシステムですから、可能性はあります。」

40.これからの相談 [AC30第1部グランドジオ]

一通り話を聞き、フローラの置かれた状況とCPXの性能について、みんなは理解したようだった。CPXは、もとの球形に戻っていた。
「これからの事ですが・・。」
CPXが切り出した。すると、ガウラが言った。
「まずは、プリムの治療よ。余り長い時間、コールドスリープ状態のままにしておくのは危険なのよ。脳へのダメージが残るかもしれないから。・・一刻も早く、禁断のエリアに行き必要な薬を持ってきましょう。」
「場所と薬はすでに判っています。」
CPXが言う。
「入口を知ってるのはキラだけだから・・・キラと私、CPXで行けば良いでしょう?」
「フローラは大丈夫かな?」
ハンクが言う。
「禁断のエリアの中心部分まで行くことになるから、おそらく半日以上掛かるでしょう。その間に何か起こるといけないから、ガウラさんはここに残ってください。」
「俺も行く。」
ベッドから起き上がったアランが言った。するとハンクも「俺も行くよ」と立ち上がった。
「いや、3人も行くと、誰かが不審に思うかもしれないだろう。」
極寒の季節に入ったライフエリアでは、皆が、コムブロックで様々な作業を分担するのが約束だった。それぞれ仕事は決まっている。男たち3人がいなければきっと誰かが気付くに違いなかった。おまけに、フローラを連れてきたばかりだ。ライフエリアの人たちは、3人に強い警戒心を持っている。キラひとり居ないだけでもおそらく不審に思われるに違いなかった。
「CPX、君はプリムの姿形になっていたけど・・他の人にもなれるかい?」
「人体データがあれば誰にでも化ける事はできます。」
「なら、君はここへ残ってくれ。僕一人で行ってくる。その間、僕に姿を変えて、ホスピタルブロックでフローラの傍に居てくれないか。・・大丈夫さ、ユービックを持っていくから、これで連絡を取れば良いだろ。・・。」
「それなら、私も行くわ。・・どうせ、私はここに居るのが仕事でしょ?・・フローラに何かあれば、CPXが治療もできるでしょう。ここの住民はもう外に出る事はないから、大きな怪我もしない。おそらく、私の姿が見えなくてもだれも不審には思わないし・・・。」
それを聞いて、キラが言った。
「アラン、ハンク、良いかな?誰かが居場所を聞いたら・・」
「ああ、わかったよ。ホスピタルブロックに居るって話を合わせるよ。コムブロックの仕事は任せろ。」
ハンクが答える。アランは、禁断のエリアへ行きたいと思っていたが、了解した。
「CPX、頼んだよ。フローラを守る為なんだ。」
「判りました。・・では、お二人の身体データをいただきます。」
CPXはそう言うと、球体から1枚の布のような形状に変化した。そしていきなりキラを包み込んだ。その後、ガウラも同様に包み込んだ。そして、もとの球体に戻った。
「これでお二人のデータは取れました。いつでも化ける事が出来ます。」
出発は夜にした。人目を避け、ツリーの最上部まで行かなければならないからだった。それまでの間、キラとガウラはCPXから、コアブロックの隣にあるホスピタルブロックと薬の在り処を確認した。他にも、ジオフロント全体の様々な個所について、CPXの調べた事を聞いた。アランとハンクも、キラと一緒にCPXの話を聞いた。
夕刻になって、アランとハンクは夕食を取りにコムブロックへ行った。その間に、フローラが目を覚めた。
「フローラ様!お目覚めですか?」
CPXが声を掛けた。しかし、フローラは、まるで初めて見たように、驚いた表情を浮かべた。脇でキラが言った。
「君のガーディアン、CPXだろ?」
しかし、フローラは眉を顰めて不審な目つきでCPXを見ている。
「まだ5歳だったんでしょ?ガーディアンなんて理解していなかったんじゃないかしら?」
ガウラがそう言いながら近づき、ベッドの上部にあるバイタルモニターを見た。すぐに「おや?」という表情をした。そして、ベッドに座るフローラを見る。

41.フローラの変化 [AC30第1部グランドジオ]

「ちょっと良いかしら。」
ガウラがフローラの手を取り、じっと見つめる。次に、腕、足、そして首筋に手を当てる。最後に、顔と目と口の中まで丹念に見ていった。
「どうしたんですか、ガウラさん?」
キラが訊いてもしばらくガウラは答えなかった。バイタルモニターをもう一度点検し、数値に間違いがないか確認した。
その上で、キラの耳元で囁くように言った。
「フローラの体が少し変なのよ。」
「どういうことです?どこか病気なんですか?」
キラもフローラには聞こえないような小声で訊いた。
「いいえ・・・ここへ来てまだ24時間くらいのはずよね。でも、随分体重が増えているの。身長も伸びているし・・普通の人間には考えられないくらいの変化なのよ。・・変化というより、成長している・・。」
ガウラが言うと、キラはフローラを見た。
確かに、初めて見た時は幼い女の子だった。だが確かに、顔立ちが少し変わっているように感じた。髪も伸びているのが判った。
「ライブカプセルの私の中で、留めていた時間が急に流れ始めた結果でしょう。もともと、成長期にあったフローラ様の体内時計を無理やり止めていたわけですから、解放されて、一気に動き始め、驚くほどの成長スピードとなったのでしょう。」
CPXが言った。
「おなか、すいた」
フローラが幼子のように言った。そこへ、アランとハンクが食事を運んできた。フローラの前に差し出すと、今度は、躊躇することなく、フローラは食べ始めた。
「落ち着いて食べなよ。」
ハンクが脇から言っても、全く耳に入らないように一心不乱に食べ物を口に入れる。綺麗に食べ終わると、フローラは再び眠りに落ちた。
「いったい、なんなんだ?そんなに、腹、空いていたのか?」
アランが呆れて言った。
ガウラは心配そうな表情を浮かべてフローラの寝顔を見て呟いた。
「こんなに急激に成長するなんて・・きっと、どこかに歪が出るはず。・・注意しなくちゃ・・・。」

深夜近くになって、いよいよキラとガウラが禁断のエリアに出発する事になった。
「フローラが心配。急激な成長が始まっているから、ショック症状が起きたり、全身に痛みが走ったりするかもしれないの。CPX,しっかり見ていてね。鎮静剤を投与すればじきに収まるでしょうから。」
「判りました。私はフローラ様のガーディアンです。必ずお守りします。」
「じゃあ行ってくるわ。」
キラとガウラは、ホスピタルブロックをそっと抜け出し、コムブロックの隅の暗がりを走り抜けて、セルツリーの階段を静かに登って行く。
「大丈夫、誰にも気づかれていない。」
キラは、最上階にまでやって来て言った。そこには、クライブント導師のセルがあり、灯りがついていた。キラもガウラもクライブント導師は存在していない事は承知していた。だが、灯りの洩れるセルの中には誰かがいるように見える。時折、人影のようなものが動いていた。おそらく、誰かが導師の存在をアピールするために行っているに違いなかった。その光景を見て、キラもガウラも空しく感じてしまった。
「急ごう。」
キラはそう言って、導師のセルの横にある扉を静かに開けた。その先には、真っ暗な通路が続いている。二人は通路に入るとドアを閉め、ライトを点けた。通路はまっすぐ続いている。その先がどこまでなのか、全く分からない。壁も床も真っ黒に塗られているようで、灯したライトの光が反射しない空間だった。
「初めて入った時、灯りも持っていなくて・・・上も下も前も後ろも判らなくなって、とても怖い場所でした。戻ろうにも、どっちへ行けば良いかもわからなくて・・ただ、ひたすら、まっすぐ歩いたんです。」
キラが並んで歩くガウラに告白した。

42.禁断のエリアへ [AC30第1部グランドジオ]

どれほどの時間が経ったのかわからないほど歩いて、二人は遂に、禁断のエリアに入る扉に到達した。
「ここを開けると禁断のエリアです。良いですね・・ガウラさん。」
キラがガウラに確かめる。
「ええ・・大丈夫よ。」
ゆっくりと扉が開かれた。目の前には下に続く階段が見える。ライトで行く手を照らしながらゆっくりと降りていく。
二人は長い時間真っ暗な空間を歩いてきたせいか、禁断のエリアがどこかぼんやりと明るく感じられた。灯りが点いているわけではなかった。壁や床が真っ白であることと、ところどころに小さな反射体が埋め込まれているためだった。
階段を降りたところから、奥に向かって広い通路が真っ直ぐに伸びている。
前日にCPXから説明を受けたとおり、中央通路を進んだ。
白い床がどこまでも続いている。両脇に、いくつもの扉と小さな通路がつながっている。キラはそれらすべてがどんなものなのか一つ一つ確認したい気持ちが高まっていたが、今回はプリムの治療薬を手に入れるのが最優先であったため、ちらちらと見ながらも、真っ直ぐ奥を目指した。
足元の床の色が白からオレンジに変わった。どうやら、中心部に達したようだった。
キラは、持っているライトを高く掲げ、周囲を照らしてみる。
高い天井は小さなライトの光を反射するには至らない。床を照らすと、色の違うラインが数本引かれているのが見えた。その一つの青いラインの途中にホスピタルブロックのドアにあるのと同じマークがついていた。
「キラ、ほら、これ。きっと、この先にあるんじゃないかしら?」
ラインを先に見つけたのはガウラだった。
「行ってみましょう。」
キラはライトで床を照らし、青いラインを辿っていく。
真っ直ぐまっすぐ伸びたラインがある場所で90度曲がり、その先でS字になっている。二人はラインを見失わないようにゆっくり歩いて辿って行く。中央通路は巾が200mほどもあり、ラインがなければ到底辿り着けないと思われた。
ようやく、中央通路からそれぞれのブロックへつながる細い通路が目の前に見えてきた。この先に目指すべき場所があると思うと、二人は少し小走りになっていた。
ブロックの入り口を示すラインが消え。目の前に、ホスピタルブロックを示すマークが光って見える。
「着いたわね・・。」
「ええ・・。」
大きなマークの下に大きな扉が見える。ジオフロントがまだ生きていた頃、きっとこの扉は大きく開け放たれていたはずである。今は固く閉じている。
「どこかに小さな扉があるはずよ。」
ライフエリアのホスピタルブロックにも、解放される扉とは別に、通用口がある。それと同じものがきっとあるとガウラは考えたのだった。厚い大きな扉に沿って。ゆっくりと探っていく。通路の端にあたる箇所にあった。
「ここよ。」
扉の引手をゆっくりと引くと、軽く扉は開いた。手に持ったライトを最大照度にして全体を照らしてみる。そこはライフブロックの何倍もの広さを持っていた。天井まで何層ものベッドルームがあった。エナジーシステムが停止しているため、各層へ上がるエレベーターは動かない。
「薬品庫はきっと一番奥ね。」
ガウラは、キラの手からライトを取り上げ、先に進んだ。通路の両脇には、高度な医療器具が整然と並んでいる治療室らしき部屋がいくつも並んでいた。一番奥の壁までたどり着いたが、それらしい場所は見当たらない。
「変ね・・きっと一番奥だと思ったんだけど・・・。」
ガウラは困惑している。キラはユービックを取り出してCPXへ連絡してみる事にした。そっと撫でてユービックは起動した。しかし、何も反応しない。何度も試してみるが、変化はなかった。一旦、光を発するがその後真っ暗になり停止する繰り返しだった。
「肝心な時に!一体どうしたんだ。」
キラはユービックでCPXにコンタクトすることを諦めるしかなかった。
「自力で探し出すしかなさそうね。きっとこの場所のどこかにあるはずだから・・。」
ガウラはそう言うと、入り口方向へ歩き出し、今度は周囲に目を向けて探し始めた。キラもガウラとともにホスピタルブロックの中のどこかにあるはずの薬品庫を探した。

43.エリアキーパー [AC30第1部グランドジオ]

キラとガウラは、高度な医療器具の置かれている『治療室』らしき場所に入った。すると、治療室の奥に赤く塗られたドアが見えた。『危険』の大きな文字があり、そこが薬品庫だと判った。
ドアノブに手を掛けた時、いきなり、背後でモーター音が響き、二人を強いライトが照らした。暗闇を小さなライトを頼りに長時間過ごした二人は、強いライトで視力を奪われ、しばらく動けなくなってしまった。その間に、モーター音が二人に近づいてくる。ジオフロントの大半のエリアはエナジーシステムの故障で全く機能していないはずだった。だが、確かに何かが動いている。
「あなた方は誰ですか?」
人間とは違う、無機質な声が強い光の向こうから聞こえた。少し光に慣れたキラが、目の前に黒く大きな影が立っているのを見つける。ガウラもようやく視力が戻って来ていた。
「君こそ誰なんだ!」
キラが言うと、二人を照らしていたライトが周囲を照らす方向へ切り替わり、相手の正体がはっきりと見えた。そこに立っていたのは、大型のロボットだった。キャタピラを持つ下半身の上に、いくつもの腕が付いている。二人を照らしていた強いライトも腕の一つだった。
「私は、ジオフロントのエリアキーパーです。ジオフロントの掃除が仕事です。」
そう言われて、ロボットの構造に納得する。
「掃除と言っても・・もう、ここにはだれも住んでいないでしょう?」
キラが訊くと、エリアキーパーが答える。
「はい。300年ほど前、エナジーシステムが故障し閉鎖された後、最後のお一人を埋葬してから誰も住んでいません。」
「最後の一人を埋葬したの?」
ガウラが驚いて訊いた。
「はい。それが私の仕事です。ここに住んでいたすべての住人を一人一人埋葬しました。絶望し、自ら命を絶たれる方がほとんどでした。小さな子どもも数多くおられました。最後の方は、ジオフロント最後の統治者であり、閉鎖の決断をしたクライブント様でした。すべてを見届けられた後、自ら命を絶たれました。」
キラとガウラは、エリアキーパーからクライブントの名を聞いて、驚いた。
導師として崇められ、ライフエリアを守ってきたクライブントは、ジオフロントの最後統治者であったのだ。人類の未来を託して、非情なる決断をし、生き残った人々が道を誤らぬようにするため、導師となったのだと判った。
「クライブント様は、いつかライフエリアから勇者様が来ると言い残されました。」
「勇者が来る?」
キラが訊く
「あなた方は、ライフエリアからあの扉を開いてここまで来られたのでしょう。あなた方こそ、勇者様に間違いありません。扉にメッセージがあったはずです。あなた方は、ジオフロントを復活させる使命を負った方なのです。クライブント様は、勇者が来たなら手伝うよう指示されています。」
ジオフロントの復活、それは確かにキラたちの希望であった。だが、その前にライフエリアの延命が必要だった。そして、ここへ来た目的は、プリムの治療薬を手に入れる事。ジオフロント復活は、容易いものではない事もキラは知っていた。
「エナジーシステムが故障し、全ての機能が停止しているのに、なぜ、君は動いているんだ?」
キラは素朴な疑問を投げた。
「私の中に小さな地磁気変換システムがあります。カルディアストーンもほんの1gほど。それでも500年ほどは動ける設計です。300年ほどじっと動かずここに居ましたから、まだまだ充分に動けます。何をお手伝いしましょうか?」
エリアキーパーが事もなげに答えた。
「まずは、薬品庫よ。」
ガウラが言う。
「ホスピタルブロックの薬品庫はここ?」
「はい。その奥です。」
エリアキーパーはそう答えると、二人の間を縫ってドアの前に立ち、腕を器用に動かして開けた。そして、先ほどの強いライトで薬品庫の中を照らした。
天井まで棚で仕切られ、様々な薬品が収納されていた。
「強力な解毒剤が必要なの。ドラコの消化液で神経麻痺が起きている患者がいるのよ。」

44.薬品庫 [AC30第1部グランドジオ]

薬品庫の中に入った二人は、目当ての薬を探した。
ガウラは、収納されている薬に大いに興味を持った。300年以上前の薬だったが、きちんと管理されていた。しかし、種類が異常に多かった。目当ての薬にはなかなか辿り着かない。
「お手伝いしましょう。」
エリアキーパーが長い腕を伸ばし、棚の中を探索していく。
薬品庫の中ほどまで来たところで、エリアキーパーが腕を上方に伸ばし始めた。天井近くの棚まで腕を伸ばすと、そこから箱を取り出す。
「これでしょう。」
エリアキーパーはガウラの前に箱を置いた。すぐに中を開いて薬品名を確かめる。
「間違いないわ。これでプリムは元気になれるわ。」
笑顔でガウラが答える。
「これも持っていくと良いでしょう。体力が落ちているでしょうから、即効性の栄養剤です。それと神経強化剤もあると良いでしょう。」
次々に薬を取り出し、ガウラの前に置いた。
「これだけあれば充分だわ・・。急いで戻りましょう。」
すぐに箱をまとめた。

ライフエリアに戻る通路までは、エリアキーパーが薬の箱と二人を腕に乗せて運んだ。
「ユービックはお持ちですか?」
戻る途中で、エリアキーパーが尋ねる。
「ああ、持ってる。だが、ホスピタルブロックでは使えなかったよ。」
「あそこはホスピタルセンターと呼ばれていて、高度な医療機器が在って、治療に支障が起きないように通信遮断されています。他のホスピタルブロックとは違うのです。」
「そうか・・・。」
「ユービックを通じて、私にコンタクトできますから、また、必要なものがあれば指示してください。あの扉までは持っていけますから。」
「判った。・・・だが、ジオフロントの復活はまだ約束できません。エナジーシステムの修復には、カルディアストーンを入手しなければなりません。でもその当てがありません。」
「そこまでお分かりなら十分でしょう。きっとカルディアストーンは見つかります。」
エリアキーパーは言った。
「その前に、ライフエリアのエナジーシステムの修理が先でしょ?」
ガウラが言った。
「ライフエリアのエナジーシステムも故障しているんですか?」
エリアキーパーが訊く。
「ええ・・あと10年持つかどうか・・・それが停まれば、皆、死ぬことになります。・・あそこにもカルディアストーンが必要なのです。・・・。」
しばらく、エリアキーパーが沈黙した。そして、言った。
「それは予測されていませんでした。ジオフロントのエナジーシステムに不具合が発見された時、緊急用として設置されたものでした。カルディアストーンに異常がなければ半永久的なシステムです。あと10年というのは危険です。おそらく、その間に不具合が起きれば突然停止の可能性が高いはずです。急がなければなりません。」
「どこかに代替システムはないの?」
ガウラが訊いた。
「あるなら、ここを閉鎖することはありませんでした。とにかく、一刻も早く、カルディアストーンを手に入れなければいけません。」
エリアキーパーは先ほどとは違って切迫した状態であると警告する。しかし、カルディアストーンは自然石ではなく、高度な科学力が産んだ人工石であった。ジオフロント以外の場所、オーシャンフロントこそが唯一の望みであることをキラは判っていた。

45.フローラの異変 [AC30第1部グランドジオ]

ライフエリアへの通路に到着した。帰りはハウスキーパーに乗って戻ったために、最初の予定の半分ほどの時間で済んだ。おそらく、ライフエリアに着くころには、まだ、皆、眠っている時間だ。
キラとガウラは大きな薬の箱を背負い通路への階段を上る。
「お気をつけて。・・それから、私にはクライブント様からいただいた名前があります。エリックと呼んでください。」
エリアキーパーはそう言って、二人を見送った。
外見はまったくの工作機械に様に見えるのだが、口調や考え方は妙に人間じみていた。
「エリックだって・・なんだかおかしなロボットね。」
通路を歩きながら、ガウラが思い出したように言った。
「ええ・・・ちょっとハンクに似ているみたいでした。」
「そうね・・力持ちだし・・真面目なところも・・・。」
目当ての薬を手に入れて、ガウラは少しほっとしていた。これで確実にプリムは回復するはずなのだ。
セルツリーに下りる階段に着くと、キラが先に降りて、コムブロックの様子を伺う。まだ、だれも起きていないようだった。すぐに、ガウラに知らせ、二人は静かにホスピタルブロックへ向かった。

二人が禁断のエリアから通路に戻ったころ、ホスピタルブロックでは、フローラに異変が起きていた。
夕食のあと、再び眠りに落ちたフローラが、急に苦しみ始めたのだ。
傍に居たCPXは、すぐにベッドサイドのバイタルモニターを確認した。血圧が上昇、体温も38℃を超え、脈拍も通常の倍程度まで増えている。そして、フローラは全身が痛いのか、手足を折り曲げた格好で苦しんでいたのだ。
CPXは、ガウラの姿に変身し、ベッドサイドですぐに鎮静剤を投与した。だが、すぐには、容態は変わらなかった。狭いベッドの中で、フローラは苦しんでいる。しかし、CPXにはそれ以上手当ての方法がなかった。
鎮静剤が幾分利きはじめたのか、フローラがうっすらと目を開けた。
「フローラ様・・大丈夫ですか?」
CPXはそう言うと、もとの球形に戻った。
「ガーディアンのCPX4915です。判りますか。」
CPXは呼びかけた。だが、フローラの記憶の中にCPXは無かった。フローラは、驚いて、目の前の球形をしたCPXを手で払いのけた。CPXは、ころころとベッドの下に転がった。
「・・キ・・」
何か、フローラが譫言を呟いているようだった。CPXが音声解析すると、小さな声で「キラ」と言っているように聞こえた。CPXはすぐにキラの姿に変身した。
「フローラ・・判るかい?しっかりするんだ。」
CPXはキラの声をコピーし、優しく言った。
フローラの表情が少し緩んだように見えた。だが、再び、もがき苦しみ始める。
「痛い!痛い!」
彼女はそう叫ぶと、腕や足の関節辺りを押える。
「鎮痛剤の方が良いようですね。」
キラの姿をしたCPXは、鎮痛剤を投与する。すぐに痛みが和らいできたのか、フローラは静かになって、再び眠りに落ちた。
「ガウラ様が申された通りだった。・・・」
CPXは、静かになったフローラのベッドサイドで、バイタルモニターをチェックする。驚いたことに、身長がぐんと伸びている。髪の毛も伸びているようだった。顔だちも変わってきている。
そこへ、キラとガウラが戻ってきた。
「薬は手に入ったわ。・・フローラの様子はどう?」
ガウラはすぐにフローラのベッドサイドに来た。
「え・・これがフローラ?・・一晩でこんなにも成長しているなんて・・・。」
ガウラは驚いた表情でバイタルモニターをチェックする。
「鎮静剤と鎮痛剤を投与しました。」
横でCPXが言う。

46.コールドスリープ解除 [AC30第1部グランドジオ]

「停まっていた時間が急に流れ出して異常な速さで成長しているわ。・・ひょっとしたら、彼女の実年齢15歳まで成長が続くかもしれないわ。」
ガウラが心配そうな表情で言う。今のスピードなら1か月ほどはこんな状態が続くとガウラは続ける。
「ただ・・体は大きくなっても、知能がついていかないはず。脳へのダメージもどうなのか判らないし・・。心と体のバランスが崩れるかもしれないわ。・・キラ、やっぱり当分フローラをここで預かるしかないようね。」
キラは同意するほかなかった。たとえ、元気になっても、コムブロックの中で皆と一緒に穏やかに暮らせるとも限らない。いや、おそらく、受け入れてもらうには相当の時間が必要だろうと考えていた。それならば、ここでじっくり時間をかけて普通の暮らしができる条件を整える事が必要だと考えた。
「ガウラさん、お願いします。ライフエリアのみんなの事は僕が何とかします。それまでフローラをお願いします。」
ガウラも承諾した。
「さあ、次は、プリムの治療よ。CPX、コールドスリープを解除してここへ連れてきて。」
すぐにCPXがプリムを連れてきた。
ドラコの消化液による壊死は食い止められていたが、体温を徐々に上げていくにつれて、再び壊死が広がり始めた。
「一刻を争うわよ。さあ、始めるわ。キラ、手伝って!」
持ち帰った薬が投与される。10分、20分、時間の経過とともに、茶色に変色していた手足の先端が徐々に黄色くなり、血液の循環が始まった。
30分を過ぎた時、栄養剤と神経強化剤を投与すると、プリムの指先がピクリと動いた。
「キラ、もう少し体温を上げましょう。」
ガウラが言うと、キラがベッドの上部にセットした治療具の調整をする。
透明のカバーに覆われたベッドに横たわるプリムの体温が少しずつ上がっていく。呼吸と脈拍も次第に高くなる。
1時間ほどで完全に平常の体温と血圧まで戻った。
「あとはプリムが意識を取り戻すのを待つだけね。」
ガウラは一つ深呼吸をするとそう言って、椅子に座りこんだ。プリムに治療を始めて1時間ほどが経過し、昨夜から一睡もしていないこともあり、ガウラは疲れ切っていた。そのまま、椅子で眠ってしまった。
キラはしばらくプリムの容態を診ていたが、同じように、椅子に持たれた格好で眠っていた。
CPXはキラに姿を変え、ガウラを抱え上げて、ベッドに移動する。同じように、キラも抱え上げ、フローラの隣のベッドに寝かせた。早朝の静かな空間で、フローラ、プリム、キラ、ガウラの4人がベッドで眠り、それをCPXが傍で静かに佇んでいる。しばらくは静かな時間が流れた。

コムブロックに人々が集まってきて、朝食の準備が始まり、にぎやかになった。昨日の出来事は誰も口にしなかった。皆、複雑な思いを抱えていたのだろう。良いとか悪いとかいう事ではない。このジオフロント以外にも人間が居る事が判ったのは、皆に何か救われた思いを抱かせた。だが、外から現れたあの少女はここに居る人々とは余りにも姿が違っていた。透き通るような白い肌、赤い髪、青い目、か細い手足、どれを見ても同じ人とは思えず、それが不安を広げていた。救いと不安が入りまじり、言葉にするのが怖かったのだった。
ハンクとアランは、朝食を持って、ホスピタルブロックへ向かった。まだ、キラもガウラも静かに眠っていた。
「もう、戻ってきたのか?」
アランが驚いてCPXに訊いた。
「はい。明け方に戻ってこられて、すぐにプリム様の治療をされました。」
それを聞いたハンクは、プリムのベッドを覗きこんだ。
「おお!プリムが、・・プリムが!・・・治療は成功だったんだね!」
ハンクは半泣きでベッドを覗きこんでいる。
「あとはプリム様の意識が回復するのを待つだけだそうです。」
「良かったなあ!」
アランがハンクの肩を抱いて喜んだ。その声で、キラが目を覚ました。
「キラ!ありがとう!ほんとにありがとう!」
目を覚ましたキラを見つけて、ハンクが駆け寄って礼を言う。
「疲れてるだろう、まだ寝てれば良いさ。今日の仕事は俺たちがやっておくから・・。」
アランも喜んでいた。

47.勇者の誓い [AC30第1部グランドジオ]

夕方近くまで、キラは眠っていた。少し前に、ガウラは目を覚まし、プリムとフローラの容態を診てから、自分のセルへ戻っていた。アランとハンクは、コムブロックで与えられた仕事をこなし、夕食をもって、再びホスピタルブロックに現れた。
「キラ、もう夕方よ。」
キラは、ガウラに起こされた。フローラはまだ眠っている。アランとハンクは、キラから禁断のエリアの様子を聞きたくてベッドサイドに座って待っていた。
目を覚ましたキラは、一通り、コアブロックやホスピタルセンターの様子を話した。二人は真剣な表情で話を聞いた。
「エリックというロボットが居たんだ。」
キラが口にすると、ガウラが突然笑い始めた。エリックとハンクが重なったに違いなかった。
「エリックは300年以上、じっと待っていた。最後の統治者、クライブントの遺言を守っていたんだ。」
「クライブントの遺言?」
アランが反応した。
「ああ、クライブント導師はジオフロントが閉鎖された時の最後の統治者だったんだ。その意思をコンピューターに残し、ライフエリアの人間が誤まった道へ進まないようにしたんだ。そして、クライブントは、エリックに勇者が来るのを待っているように遺言した。」
キラが言うと、アランは少し憂鬱な表情で言った。
「あの扉の張り紙もクライブントか・・・なんだか、遠い昔の亡霊に操られているみたいだな・・・。」
アランの言うとおりだった。
「そんな事よりも、まず、目の前の問題だ。ジオフロント復活は確かに大きな夢だが、まずはライフエリアの延命だ。エリックは、緊急用のエナジーシステムはいつ停止してもおかしくないと言っていた。ジオフロントのエナジーシステムも不具合が見つかってすぐに停止したようだ。・・時間がない・・・。」
キラは真剣な表情で言った。
「だが、カルディアストーンの在り処は判らないんだろう?」
ハンクが訊くと、キラは落胆した様子で答える。
「ああ・・そうなんだ・・・。オーシャンフロントが唯一の望みだったんだが・・・どこにあるのか・・」
「そうだったな。」とアランが言う。
「春が来れば、近くに現れるかもしれないんだろう?」
ハンクがわずかな望みをつなぐように言う。
「春を待つしかないか・・・。そうだな・・。その間にできる事をやっておこう。」
キラが言うとアランが訊く。
「できること?」
「まずは、フローラの事だ。しばらくはここに居るとしても、いずれみんなと一緒に暮らせるようにしなくちゃいけないだろ?・・それから、ライフエリアの寿命を話さなくちゃならない。きっとみんな、パニックになるだろう。クライブント導師の秘密、禁断のエリアの事・・・とにかく、ライフエリアのみんなに本当の事を知らせなきゃ。」
アランやハンクの頭にはライフエリアの皆の顔が浮かんでいた。今まで信じてきたものすべてを覆すような話を素直に聞き入れるとは思えなかった。クライブント導師の事だけでもかなりの困難が生じる事は明らかだった。
「できるかな・・。」
ハンクがぼそりと呟く。アランもキラも応えられなかった。
「やるしかないでしょ?もう扉は開かれてしまったのよ。あなたたちは勇者になるの!」
三人の様子を見ていたガウラが励ますように言った。
「勇者・・か・・・」
アランが呟く。
一部始終を聞いていたCPXがみんなの前に転がってきた。
「大丈夫です。私が必ずオーシャンフロントを呼び寄せます。フローラ様も、オーシャンフロントへお帰りいただかないとなりません。そうするのがガーディアンの私の使命ですから。」
「そうだな・・・どんなことがあってもやり遂げなくちゃいけないんだ。勇者の道を選んだのは自分自身なんだから。アラン、ハンク、ガウラさん・・一緒にやり遂げましょう。」
キラが力強く言った。

48.決行の日 [AC30第1部グランドジオ]

フローラはその日からしばらく目を覚まさなかった。その間、ガウラは、CPXの力も借りながら、自らの持てる知識を総動員して、必要な栄養剤を投与し、鎮静剤や鎮痛剤も使って、フローラを診つづけた。プリムの体は、ほぼ完治していたが、意識が回復しなかった。
キラたちは、昼間はコムブロックで与えられた仕事をこなし、夜にはホスピタルブロックへ集まって、これからの相談をした。時折、ジオフロントのエリックにもコンタクトして、情報を集めた。三人は何度も何度も議論した。
当初は、フローラの受け入れられる環境を作る事から始め、馴染めたところで、自分たちの置かれている状況を知らせる方が良いというハンクの考えで、まとまりつつあった。だが、時間が掛かり、春になるまでにうまくいかず、仮に目の前にオーシャンフロントが現れたら、取り返しがつかなくなるとアランが言い出した。
アランは、ジオフロントへ他の人間も連れて行ってはどうかと言い出した。そして、山ほどある武器を持ってきて、春に地表に出てから虫たちを駆除して、安全なエリアを作るのはどうかと言った。一度も地表を見たことのない人間もいる。外の世界を見れば考えも変わるのではないかと考えたのだった。だが、禁断のエリアへ行こうという者がいるかどうか、武器を持って地表に出られるのは春になってからで、やはりオーシャンフロントが現れれば間に合わなくなるかもしれなかった。
何度も話し合った結果、皆が崇めているクライブント導師が実在していない事を明らかにする事に至った。
決行は、プリムの意識が回復する日と決めた。
その日の朝、ガウラは、プリムの変化に気づいた。狭いベッドの中で、プリムの腕が動いているのを見つけた。
「プリム、目が覚めた?」
プリムは目をはっきりと開け、自分の両手を目の前にかざしてしげしげと見ていた。
「もう大丈夫よ。・・辛かったでしょう・・。」
すぐに、キラとハンクとアランが顔を見せた。
「プリム、良かった。助かったな!」
ハンクはプリムの手を取って喜んだ。
「起こしてくれないか・・。」
プリムが言う。ハンクはプリムの背に手をまわして、ゆっくりと上半身を起こしてやった。ガウラが温かいスープを持ってきて、プリムに飲ませる。プリムはゆっくりとスープを飲んでから言った。
「長く暗闇の中に入っていた気分だよ・・・。」
「しばらくはリハビリが必要ね。・・・歩くところから始めなくちゃ・・。」
プリムが意識を回復した事でいよいよ決行する事となった。
その前に、プリムにこれまでのいきさつをハンクが説明した。

いつものように、コムブロックには十人のほとんどが集まっている。毎朝、朝食を済ませ仕事に入る前には、クライブント導師の話を聞くのが習慣だった。
コムブロックの中央にビジョンが開かれた。皆、真っ直ぐにビジョンに向かい、映し出されたクライブント導師を見つめている。
『みな、息災の様だな。極寒の季節が来た。これから100日間、地表は氷に閉ざされ、活けるモノはすべて地中に潜る。われらも同様である。次の春が来るまでやるべきことは多い。辛い季節だが、皆、力を合わせて乗り切るのだ。』
落ち着いた声がコムブロックに響く。
これまで何度も同じ言葉を聞いてきたように感じられた。だが、集まった皆はじっと目を閉じて静かに聴いている。数年前、収穫物が少なく食糧不足が生じた年には、クライブント導師のこの言葉で、皆が絶え凌いだ。狩猟で命を落とした者が多かった年も、クライブント導師の言葉が皆を救った。
キラはクライブントの言葉を聞きながら、これからやろうとすることが、ライフエリアの住人の未来に繋がる事なのか、改めて自問自答していた。
クライブントの話が終わると、キラの父アルスが一歩前に出た。
「今年は、若者たちが力を発揮して、多くの収穫がありました。ドラコの肉も手に入りました。春まで安心して暮らせます。これも導師の御導きによるものです。感謝いたします。」
そう言って、深く頭を下げた。
『善き事じゃ。若者は我等が未来。もっと励むが良い。』
クライブントの言葉が再びコムブロックに響く。

49.本当の事 [AC30第1部グランドジオ]

「クライブント様!」
キラが声を響かせて、皆の前に出た。
「クライブント様、お尋ねしたいことがあります。」
父アルスは困惑した表情でキラを見た。
「なんだ、いきなり!無礼であろう!」
キラはアルスの制止を聞かず続けた。
「あなたは、ジオフロント最後の統治者だった方でしょう。そしてあなたはもうこの世にはいないのでしょう!」
キラの声がコムブロックに響いた。
「キラ!黙れ!下がれ!」
アルスが車椅子を勢いよく動かし、キラの許へ来た。
「父さん。父さんだって、判ってるはずだ!導師は、実在していない。遠い昔の亡霊に過ぎないんだ!」
キラが叫ぶ。
「黙れ!黙るんだ!」
アルスがキラを殴りつける。
車椅子の体になったとはいえ、昔はエリア一番の怪力の持ち主だった。太い腕で、殴られたキラは数メートルも飛ばされ、アランの足元まで転がった。
若者たちや子どもは、何のことか判らない様子で大人たちを見た。だが、大人たちはじっと静寂を保ったままだった。
アランが手を貸して、キラはゆっくりと立ち上がった。そして、居並ぶ住人達に向かって、キラが言った。
「僕は、禁断のエリアに入りました。」
それを聞いて住人達からざわめきが上がる。
「これを見てください。」
差し出したのはユービックだった。
「これは、禁断のエリアから持ち帰ったものです。・・さあ、見てください。」
ユービックから、禁断のエリアの様子がぼんやりと浮かんでいる。
映像は、クライブント導師が映っているビジョンに転送される。ぼんやりと浮かぶ映像、エリックのカメラが映し出したものだった。
「死に至る病が蔓延し、閉鎖されたと教えられ、立ち入ることを禁じられた場所。でもそれは嘘でした。ジオフロント全体を支えていたエナジーシステムが壊れ、機能が低下し、住めなくなったんです。その時、一部の人間を選び出し、ライフエリアで暮らすことが許された。大半の人間は、ジオフロントの中で亡くなったんです。・・そうですよね、クライブント様!」
ビジョンのクライブントは答えなかった。キラは構わず続ける。
「その時、決断したのが、ジオフロント最後の統治者であったクライブント様です。人類の滅亡を避けるためとはいえ、何万人もの人が、絶望の中で、自ら命を絶った。おそらく、想像を絶する世界だったはずです。そして、一番最後に命を絶ったのがクライブント様でしょう。」
「もう良い。止めろ。止めてくれ!」
キラを制止するように、父アルスが言った。そして、続ける。
「もう、はるか昔の先人類の時代の事だ。・・それに・・われわれの命は、その尊い犠牲の上に繋がっているんだ。」
アルスは全て知っているようだった。
「お前には・・私の命が尽きるときに伝えるつもりだった。・・ここに居る大人たちはみなそうやっていつか真実を伝えられることになっていたんだ。・・だが・お前は、禁断のエリアに立ち入った。・お前はこのライフエリアの秩序を壊した。・・・もはやここで生きる資格はない。」
アルスはそう言うと、キラの手からグラディウスを奪い切りつけた。しかし、不自由な体では長いグラディウスを思うように扱えず、剣先は空を切り、足元に転がった。
ビジョンのクライブントの声が響く。
『もう良かろう。その若者は扉を開けたのだ。それは、勇者の証。彼こそ、ジオフロントを復活させる使命を負ったものである。』
「勇者?」
誰かが呟く。

50.導師の決断 [AC30第1部グランドジオ]

『すべてを伝えるべき時が来たようだ。』
クライブント導師の声は落ち着いていた。
『巨大な彗星の衝突が予見され、人類は世界各地に人類を守る為のシェルターを建設した。ここもその一つであった。今から700年ほど昔の話だ。ついにその日が来た。地表にあった人類のすべての都市は破壊され、地球規模の地殻変動が起き、気候も一変した。もはや、人類は・・いや多くの生命が、地表では暮らせないほどの過酷な環境だった。』
クライブント導師の話に合わせて、ビジョンに映像が映し出される。
『ここはグランドジオ73と呼ばれ、各地に作られたシェルターの中でも最も規模の大きなものだった。巨大な地下都市、人類が数百年・・いや1000年以上暮らせるだった。あの日から200年は、豊かな暮らしを続けていたのだ。』
ビジョンには、正常に機能していた頃のジオフロントの映像が次々に映し出される。
大人も子どもも、その映像を食い入るように見ている。そこには幸せそうな笑顔が溢れている。見たこともない生物・・牛や豚、犬や猫、空を飛びまわる鳥なども映し出されれている。
『しかし・・ジオフロントを支えるエナジーシステムが、突然不具合を起こしてしまったのだ。・・決断を迫られた。当時10万人もの人々が暮らしていたが、エナジーシステムの停止は、滅亡を意味する事は明らかだった。だから、人類の滅亡は避けなければならなかった。そのために、人々の選別を始めた。優秀なDNAを持つものを残す道を選んだのだ。そして、“選ばれし者”だけがライフエリアで暮らすことを許された。ここに居る者は、その末裔なのだ。』
最初の選ばれし者たちが、ライフエリアに入っていく様子が映し出される。皆、悲痛な表情を浮かべている。
『そして、私自らが、ライフエリアの隔壁のスイッチを押したのだ。・・残された者は、絶望し、自ら命を絶った。私は、統治者としてすべてを見届け、そして最後に命を絶った。』
ビジョンは真っ暗になった。そして再び、クライブントの顔が映し出された。
「エナジーシステム修復はできなかったのですか?」
キラが訊く。
『お前には判っているのだろう?エナジーシステムは、中心にあるカルディアストーンが全てだ。不具合が見つかったのはストーンの亀裂が判ったからだった。・・ここにある技術では修復できない事はすぐにわかった。それゆえ、他のジオフロントを頼るほか道がなかった。・・そして、勇気ある、多くの若者たちが、地表に出て、ジオフロントの探索に旅立っていった。だが、誰ひとり戻ってはこなかったのだ。』
「ジオフロントには、優れた武器がたくさんありました。グロケンやウルシンたちなど恐れる事はなかったはずです。」
キラが再び問う。
『確かに、ここには優れた武器はたくさんある。だが、200年間、ジオフロントで過ごしてきた者には、地表の世界は想像を絶するものだった。武器を満足に使える者は居なかった。過酷な自然の中を生き抜ける力を持っていなかったのだ。・・おそらく、皆、途中で息絶えたに違いない。』
皆、沈黙している。
今でも、地表の世界は容易く生きられるようなところではない。油断すれば、虫たちの餌食になる。酷暑と極寒の季節には、ほんの1時間でも耐えられない。実際、毎年、命を落とす男たちは絶えなかった。
『勇者、キラよ。お前は、禁断を犯し、全てを暴いた。すべてが明らかになった以上、人類の未来はお前の手に委ねられたのと同じなのだ。その事が、判っておるのか?』
強い意志を持つ言葉だった。
キラは、じっとビジョンを睨んでいる。
集まった人々の中に、キラの母ネキは居た。ネキは、クライブント導師に問い続けるキラを見て、驚きと恐れと悲しみに襲われ、立っていられないほど動揺していた。傍で、キラの妹さらがそっと母を支えていた。
「クライブント様、もう一つお聞きしたいことがあります。」
キラは覚悟を決めたようだった。
「このライフエリアのエナジーシステムにも不具合が生じ始めている事はご存知でしょうか?」
『なに?・・ライフエリアのエナジーシステム?・・・』
「ユービックが教えてくれました。今のままでは、ここもそう長くはありません。」
これを聞いた住民たちはざわめいた。
「どういう事だ、キラ。」
アルスが訊く。
「ジオフロントのエナジーシステムが故障した事を調べていた時、ライフエリアのエナジーシステムも見てみたんです。もともと緊急用のシステムでした。ユービックの計算では、あと10年ほどで完全停止するのです。

51.悲哀 [AC30第1部グランドジオ]

『それは間違いない事なのか?』
住民たちのざわめきの中に、クライブントの声が響く。
「ええ、残念ながら・・まちがいありません・・。出力の低下は明らかでした。今後、どれほど維持できるのか、はっきりとはわかりません。ですが、少なくとも10年後には完全に停止するでしょう。・・」
『それは想定されていなかったことだ。』
クライブントはそう言うと、沈黙した。
住民たちのざわめきは収まらなかった。いや、クライブントの言葉に、一層、不安が広がり、女たちの中には、泣き崩れる者が出た。
「キラ、修復できないのか?」
アルスが問う。
「ジオフロントのエナジーシステムが停止した時と同じです。代わりになる、カルディアストーンを手に入れる以外ありません。」
「しかし・・そんなことができるのか?」
アルスの問いに、キラは即答しなかった。
『キラよ!お前は禁断のエリアに立ち入り、秘密をすべて暴いただけでなく、ライフエリアの危機さえも、皆に明らかにしてしまった。もはや、ここに住む者たちには、未来はないと宣言したのだ。この罪は重いぞ。・・・』
未来はないというクライブントの言葉が、コムブロックに響くと、皆、声を上げて泣いた。
今でさえも、絶えず、食糧の不安を抱えている。命をかけて虫たちと闘わねばならず、これまでにも多くの男たちが傷つき命を落としてきた。じっと息を殺して生きているような過酷な暮らしを強いられている。この先、ライフエリアのエナジーシステムが故障すれば、どのような暮らしになるのか。おそらく、一年も暮らせはしない。そんな未来を想像して皆悲しんでいる。

クライブントの言葉をじっと聞いていたアランが叫ぶ。
「キラは真実を明らかにしただけでしょう。このまま、何も知らずにただ死に向かうしかない運命よりもずっとましじゃないですか!それのどこが罪なのでしょう。」
『お前は誰だ?』
クライブントが訊く。
「おれはアラン。俺も一度、通路に入り、禁断のエリアの入り口まで行きました。そして、その扉に貼られた紙を読みました。そこには、勇者よ、扉を開け未来を拓けとありました。あれは、あなたが貼った物でしょう。・・いつか、禁断を破る者をずっと待っていたんでしょう。・・俺はあの貼り紙を剥がしました。だから、キラは何も知らず禁断のエリアに入ってしまったのです。罪というなら、俺の方が重いはずです。」
アランは、顔を紅潮させて言い放つと、剥がしてしまった貼り紙を掲げた。セピア色に変色している紙には、黒く変色した血文字が見えた。
『では、キラとアラン、お前たちが力を合わせ、この危機を救わねばならない。』
「はい。」
キラとアランは揃って返事をした。
『さて、ではどうするつもりだ?』
クライブントが問うと、キラが躊躇なく答えた。
「カルディアストーンを探しに行きます。」
それを聞いて、アルスが言う。
「クライブント様は、探しに出た若者たちが居たが全て命を落としたと言われたではないか!無理だ!いくら、狩猟の腕前が良くても、どれほど遠くまで行けるというんだ?灼熱と極寒の季節が訪れればそこで死ぬほかないだろう。到底、できるわけはない。」
「確かに、僕とアランだけではきっと無理でしょう。しかし、方法はあります。」
キラは落ち着いて答える。ホスピタルブロックの前で車椅子に座ったプリムの傍に、居たハンクが心配げに呟いた。
「キラのやつ、一体どうするつもりかな?カルディアストーンはそんな簡単には手に入らないって言ってたよな。」
「キラにはきっと考えがあるに違いないわよ。」と、ガウラが言う。

52.CPXの力 [AC30第1部グランドジオ]

「ハンク!」
不意にキラが呼んだ。呼ばれたハンクは驚いて転びそうになる。
「ハンク、CPXをここへ連れてきてくれ!」
再びキラが叫ぶ。ハンクは慌てて、ホスピタルブロックへ飛び込んで、フローラのベッドサイドに居たCPXを両手で抱えて出てきた。そして、キラの許へやってきた。
キラは、CPXを脇に置いた。
「そのボールみたいなものは何だ?」
怪訝な表情を浮かべて、アルスがキラに訊いた。
「これはCPXです。あの少女、フローラをあの浜まで運んできたのです。」
キラの説明では皆は理解できなかった。
「そんな小さなボールの中に居たというのか?」
「いえ・・そうだ。CPX、変身してくれないか?」
キラが、CPXに向かって言うと、アルスが可笑しな顔をして、「キラ、大丈夫か?」と言った。
「大丈夫です。さあ、CPX、頼むよ。」
キラが再びそう言うと、キラの脇の床に置かれたCPXが白く光り始め、急にぐんと縦に伸びた。そして、再び小さくなったと思うと、人間のような形に変形した。さらに、細部まで変形が進むと、キラとそっくりになった。
「キラが・・二人になった・・・・。」
見守っていた住民全員が驚いた。
「CPXは、アンドロイドなんです。自在に変形します。こんな風に人間そっくりにも変形できる。・・CPX、もう良いよ。元に戻ってくれ。」
その声とともに、声の主であるキラが、丸いボール状に戻ってしまった。
人々は再び驚いた。
「今のは、CPXの悪戯です。人間以上の知識もあるし、人間を守る事を使命としています。彼とともにカルディアストーンを探しに行きます。彼がいれば、シェルター代わりになり、酷暑も極寒の季節でも耐えられるでしょう。心強い味方です。これで遠く、どこかにあるはずの別のジオフロントを捜し出し、カルディアストーンを手に入れてきます。」
キラが自信を込めて、クライブントに向かって言った。すると、脇に居たCPXが言う。
「キラ様、それは無理です。私はフローラ様のガーディアンです。フローラ様の傍を離れるわけにはいきません。」
「これは、フローラの為にでもあるんだ。彼女がここで生き延びるためには、ライフエリアが存続しなくてはならないだろう?そのためにはどうしてもカルディアストーンを手に入れなければならないんだ。頼む。手伝ってくれ。」
キラが言うと、CPXは「判りました。仕方がありません。」と承諾した。
それを聞いていたクライブントが言う。
『判った。そのアンドロイドがどれほどの力を持っているかは判らぬが、キラとアランはカルディアストーンを探し出さねばならない。行くが良い。だが、歩いて辿りつけるほど近くにはないだろう。・・・一つ、手助けしよう。ジオフロントにいるエリックに命じて、アラミーラを取り寄せなさい。きっと役に立つだろう。成功を祈っておるぞ。』
そう言うと、ビジョンは真っ暗になった。
集まった住民たちは、じっとキラとアラン、CPXを見つめたままだった。
「導師の言われる通り、キラとアランに未来を託すほかないようだ。」
アルスが口を開いた。人々は、顔を見合わせる。余りに深刻な真実を突き付けられ、まだ、信じ難い心境であった。だが、事実である。
「ああ・・そうするほかなさそうだ。」
誰かが言うと、皆が頷いた。それを見て、キラが言った。
「・・必ず、カルディアストーンを見つけて戻ります。いや、命に代えてもここを守ります。」
その言葉に、皆から拍手が起こった。キラは続けた。
「ひとつだけ・・皆さんにお願いがあります。フローラの事です。彼女は、はるか遠くのオーシャンフロントから脱出してきました。まだ、意識がはっきりしないほど大変な旅を経てここへ流れ付いたのです。もう二度と戻る事は出来ないでしょう。ですから、どうか、ここで、皆さんと一緒に、幸せに暮らせるようにして下さい。」
再び、大きな拍手が起きた。
こうして、キラとアランは、CPXとともにカルディア・ストーンを探す旅に出る事になった。

53.アラミーラ [AC30第1部グランドジオ]

キラはすぐにエリックに連絡し、ジオフロントから、新しい武器のいくつかと「アラミーラ」を取り寄せた。「上手く動くと良いのですが」とエリックは一言加えてから、渡してくれた。
「アラミーラ」は、グラディウスと同じように全体は白く塗られ、1か所だけブルーに彩色された楕円形の円盤状のものだった。中央より少し上部にあたる部分に、細い紐状のものが出ている。
キラとアラン、ハンクとプリムは、「アラミーラ」を真ん中にしてじっと見入っている。
「どういうものなんだろう?何かに使うんだろうけど・・・。」
ハンクが呟く。
「その紐をもって盾にでも使うのかな?」
アランが言う。
「エリックは、上手く動くと良いがと言っていたんだ。それに、導師も歩いて辿り着くほど近くにはないだろうと言われてから、手助けするといってアラミーラの事を教えてくれた。・・何か、関係があると思うんだが・・・。」
キラが言う。
不意に、プリムが細い紐状の部分を持った。すると、意外に軽かった。それに、少し弾力もあった。
そんな4人の行動を見ていたCPXが言った。
「アラミーラとは…不思議な翼という意味ですよ。」
「不思議な翼?・・翼って何だい?・・虫たちが空を飛びまわる、あの翅みたいなものってことかい?」
ハンクが訊く。
「ええ・・そうです。翅とは違いますが・・・まあ、いいでしょう。キラ様、その円盤の上に立ってみてください。」
CPXに言われるまま、キラは円盤の上に立った。
「そしたら、その紐上のものを左手で握って、引っ張ってみてください。」
「こうか?」
キラは言われたとおりに、細い紐状のものを引き上げる。シュンと何か小さな音がした。
「では、そのまま左手を胸の前に突き出して・・・そうですね・・・上がれと言ってみてください。」
言われるままにキラは左手を突き出して、上がれと言った。すると、アラミーラが徐々に浮き上がってくる。突然の事にキラは慌てて姿勢を崩して、左手を離してしまった。その途端、ドスンと円盤も地面に落ち、キラは放り出されてしまった。
「そうか・・こいつは、空を飛びまわる事が出来るんだな!」
アランの眼がきらりと光る。アランは、さっきのキラの動きを思い出しながら、円盤の上に立ち、紐を引き、上がれと叫んだ。すると、すーっと円盤が浮き上がった。「前へ進め」そう言うと円盤が宙に浮いたまま前進する。「回れ」というとくるっと向きを変えた。アランはすぐにコツをつかんだようだった。
「CPX、これでいいんだろ?」
コアブロックの天井近くまで上がったアランが叫ぶ。CPXが答える。
「ええ・・そうです。ただ・・口に出さなくても考えるだけで自在に動けるようにならないといけません。・・オーシャンフロントでも限られた人にしか与えられていない道具です。これがあれば、歩いて移動する何倍も早く動けます。」
すぐに、キラも練習を始めた。アランは半日ほどで自在に操れるようになったが、キラはなかなかうまくいかない。心落ち着けて乗ろうとするが、思うように動かず、何度も何度も落下した。
「乗るんじゃなくて・・自分の体と思えば良いんだよ。・・足の裏側に貼りついているつもりになればいいんだ。」
アランがアドバイスする。2日ほどで何とかキラも操れるようになった。
「アラミーラの中にも極小のカルディアストーンが入っています。地球の磁力に反応して、浮き上がる力を得ています。おそらく、地表に出ればもっと高く飛ぶことができるでしょう。・・でも注意してください。高く飛ぶことは、虫たちにも見つかりやすいという事です。もちろん、虫よりも早く飛べれば良いですが・・そうでなければ、餌食にされます。仮に高く飛び上がって、虫に攻撃され、意識を失うと一気に地面まで落下して命を落とすことにもなります。」
CPXはそう説明した。

長い長い極寒の季節、キラたちは旅立ちの準備を続けた。キラとアラン、そしてCPXは、禁断のエリアにも何度か行き、ほかにも役に立ちそうなものはないか、物色した。アランは、できるだけ軽量小型で威力のある武器をいくつか選んだ。キラは万一の事を考え、医薬品や食料の代わりになりそうなものを探した。

54.目覚めたフローラ [AC30第1部グランドジオ]

キラたちが旅立ちの準備を進めている間、ガウラは、フローラの世話をした。
フローラは、ぼんやりとした意識の中で、朝と夕に目覚め、食事を摂ると再び眠りに落ちる事の繰り返しだった。そして、目覚めるたびに、ぐんぐんと成長をしていくのが判った。
ハンクは、プリムが少しでも早く普通に動けるよう、リハビリに協力していた。
こうして、長い長い極寒の季節がようやく終わりを告げようとする頃になった。
「さあ、準備は整ったな。」
「ああ、明日には出発できそうだ。」
二人がそう決めた日に、フローラが、はっきりとした意識を持って、目覚めた。
フローラがここに運ばれた時はまだ10歳程度の幼い少女だった。しかし、今は、立派な女性の体格に成長していた。ほんの数か月の間に、5年、いや10年近く成長したように見える。
ガウラがフローラのバイタルチェックをしていると、フローラが叫んだ。
「キラはどこ?キラを連れてきて!」
フローラが、はっきりとした意志を持って初めて口にした言葉だった。
旅立ちの準備をしていたキラが、CPXとともにすぐにやってきた。

「フローラ、目覚めたんだね。大丈夫かい?」
ベッドの脇に立って、キラは優しく声を掛けた。まともに会話をするのは初めてだった。フローラは、キラをじっと見つめたまま、小さく頷いた。
その表情は、浜辺で初めて見た時とは別人だった。あの時は、あどけない表情が残る少女に過ぎなかった。だが、目の前のフローラは、明らかに大人の女性であった。
「体の方は良いみたい。急激な成長も止まったわ。もう大丈夫よ。」
ガウラがほっとした表情で答える。
「そうだ・・僕はアランと・・CPXと・・その・・明日、旅に出るんだ。しばらくは戻れないだろう。」
フローラは明らかに不安な表情を浮かべた。
「・・ああ、大丈夫さ、君がここでちゃんと暮らせるように、みんなにお願いした。ガウラ先生もいるし、ハンクもいる。君をちゃんと守ってくれるから、安心して・・。」
キラは、フローラの変貌に少しドギマギしながら言った。ただ、ガウラが以前に、体は成長しても知能はどうか判らない、もしかしたら10歳のままかもしれないと言ったのを思いだし、言葉を選びながらだった。
「私も連れて行って下さい。」
フローラは、落ち着いた声で、言い出した。
「いやダメだよ。・・とても危険な旅なんだよ。・・無事に戻れる保証はない。ここに居なきゃだめだ。」
キラは反対した。
聞いていたガウラも言った。
「まだ、目覚めたばかりでしょ。まともに歩けるかどうかも判らないし、足手まといになるだけよ。危険すぎる。きっとキラは無事に戻ってくる。・・ね、ここでキラたちの帰りを待っていましょう。」
「嫌です。一緒に行きます。」
フローラの意志は固いようだった。
すると、CPXがフローラの前に転がり出た。
「フローラ様、覚えておいででしょうか?CPX4915です。」
白いボール状のCPXをフローラは、CPXの事を思い出せないのか、じっとしばらく見つめていた。
すると、CPXがいきなり大きく膨らみ、卵状になって、フローラを包み込んだ。そして、何度か、青白い光が点滅した。中から、フローラの呻くような声が聞こえた。
5分ほどその状態が続いて、光がぼんやりと赤く変わると、徐々に萎み始め、フローラを覆っていた膜のようなものが糸状になり、するすると縮まると、CPXはもとの状態に戻った。
「フローラ様にこれまでの事を全てお教えしました。もう大丈夫です。」
フローラは、大粒の涙を流していた。
「僕たちは、ここに住む人たちの未来を拓くために旅に出るんだ。判ってくれるね?」
キラが訊くと、フローラは小さく頷いた。

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