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アスカケ外伝 第3部 ブログトップ
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1-31 愛発からの報せ [アスカケ外伝 第3部]

イカルノミコトの使者から、凡その話を聞いたタケルは、すぐにナミヒコを呼んだ。
「ナミヒコ様、すぐに山城の国へ向かってください。そして、ムロヤ様に次第をお話し下さい。このままでは、伯耆の国で大きな戦が起きます。何としても、越の兵を少しでも遅らせねばなりません。御力をお貸しいただきたいとお伝え下さい。そして、その足で、難波津へもお伝えいただきたい。」
「判りました。・・ところで、タケル様はいかがされるおつもりですか?」
ナミヒコはタケルの体を案じて訊いた。
「もうすっかり体は回復しています。戦を止めるために、私がやるべきことがあります。心配は要りません。」
「しかし・・」
「そのために、ヤマトの力が必要なのです。さあ、急いでください。」
タケルにそう言われ、ナミヒコは山城国のムロヤのもとへ向かった。
タケルは、淡海国の主だった者たちに集まってもらった。
イカルノミコトは、クジを伴い大嶋の館を訪れた。クジは、タケルの姿を見るなり、その場にひれ伏した。
「ヤマトの皇子に刃を向けるなど、到底赦されぬこと。本当に・・申し訳ございませんでした。」
それを見てタケルが言う。
「もう済んだ事です。体もすっかり戻りました。それより、貴方は、厳しい冬の間、雪に埋もれながら、越の国の動きを探り、此度は、とても重要な事をいち早く知らせてくださいました。これは、淡海国のみならず、倭国の全ての民にとって大きな救いとなりましょう。これからもどうか、民のために働いて下さい。」
クジは、涙を流し、タケルの言葉に聞いた。
「さあ、クジ様、詳しくお聞かせください。」
タケルはそう言うと、ひれ伏したままのクジの手を取って、立たせた。クジは涙を拭き、皆の前で、自分の知っている事の全てを話した。
「越の国では、先代の王が亡くなり、まだ幼き皇子が跡を継がれました。政など判らぬ年のため、先代の王に仕えていたヤマカという者が、後見となりました。ヤマカは、出雲国のモロ一族の男で、軍を率いる将として、出雲から参った者でした。今、越の国は、ヤマカが王同然に振舞っております。淡海国で騒ぎを起こすよう、私たちに、命じたのも、ヤマカでした。」
「どうにも、邪な者のようだな。」とイカルノミコトが言う。
「何故、出雲の者がその様な要職になれたのでしょう?」
とタダヒコが訊く。
「越の国と出雲国は、古より縁が深く、先代の王の母君は、出雲国から輿入れされたのです。その頃、ヤマトで争乱が起きており、越の国も争乱に巻き込まれぬために、兵力を高めておかねばならないと考えられたのでしょう。山々に囲まれた越の国は、他国と戦をした事はなく、兵と呼べる者など居りません。ですから、出雲に頼ったのだと思います。」
クジが答える。
「此度の挙兵の目的は?」とナオリが訊く。
「それが、出雲を侵す、伯耆の国の、アキヒコノミコトなる者を征伐する為との事です。」
と、クジが言う。
「伯耆といえば、出雲の隣国。その様な遠きところまで越国の軍が行くという道理はなかろう?伯耆の国の征伐と言いつつ、この淡海国を侵そうという目論見ではあるまいな。」
重ねて、ナオリが訊く。
それを聞き、クジは答えに窮した。
ナオリが言う事も一理ある。西へ軍を進めるという事は、手薄になった本国を、淡海から山越えで攻められれば、ひとたまりもない。その様な危険を冒して、伯耆の国へ行くとは考えづらい。
「先般、大丹生の郷から、高嶋の郡に逃れてきた者がございました。その者によると、大丹生の郷長は、越国の徴兵の命令には逆らえず、民へ徴兵の御触れを出しつつも、若い者達には郷を捨て、外へ逃れるよう命じられているとの事です。」
高嶋の郡の新しき長となった、モリが話す。
「郷を守ることより、民を守ることを選ばれたということか。天晴な心掛けじゃ。」
ナオリは感心するように言った。そして、さらに言葉を続けた。
「角鹿の郡はいかがであろうか?越から多くの兵が動くとすれば、船。ぐるりと回り、必ず、笥飯(けひ)の港へ立ち寄るはず。そこで、おそらく、兵のための食糧を調達するに違いない。春を迎えたばかりでは、蓄えも心細い時期。角鹿の長も苦難されておるのではなかろうか。」
それを聞き、皆、静まった。
淡海国の郷も、充分な蓄えがあるわけではない。今、この戦に巻き込まれれば、いずれの郷も、大きな痛手となるのは明白だった。戦をする事ほど無益なことはない。皆、充分に解っている。
「しかし、このままでは、越の国も、若狭も、いや、我ら淡海も大きな戦に巻き込まれてしまうでしょう。何としても、戦を止めねばなりません。」
タケルは、まだ、明白な手立てがあるわけではなかった。だからこそ、皆に意見を求めた。その日は、夜遅くまで、皆で知恵を出し合った。
喧々諤々、戦を止める手立てを話しあい、一応の決着がついた。
タケルは、数日後に、角鹿の郡へ向けて旅立つことになった。

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第2章 北へ 2-1 角鹿の郡 [アスカケ外伝 第3部]

話し合いの結果、タケルとミヤ姫が越の国へ向かうことになった。道案内には、クジがついた。
大嶋から船で伊香の郷まで向かい、そこからは山越えの道であった。まだ、周囲には残雪があり、峠を越えると、愛発の郷に入る。十軒ほどの民家があるが、半分は山猟師マタギたちが寝泊まりするためのものだった。蒲生の郷で悪さを働いた男たちは、その一軒に隠れ住んでいた。タケルとミヤ姫も、そこで一晩を過ごした。
「越の国府、足羽へ向かうには、笥飯(けひ)の港から、船で向かうのが順当ですが、どうされますか。まだ、多少、波は高い時期ですが、何とか行けるはずです。」
クジは囲炉裏に火を入れ乍ら言う。
北に開いた湾の一番奥まったところが角鹿の郷である。冬の間は、北西側の山が風除けとなる港を、春には東風を防ぐ山裾の港と使うようにしており、郷はその真ん中に広がっている。
翌朝、タケルたちは角鹿の郡へ入る。
川沿いをゆっくりと進むと、山が開け小さな郷に入る。そこは、中の郷と呼ばれる小さな集落だった。その郷の入口辺りで、タケルたちより先に角鹿の様子を探ってきた、シラキが待っていた。タケルたちは郷の者達に怪しまれぬよう、河原の草叢に身を隠した。
「まだ、越の兵たちの姿はないようです。それに、笥飯(けひ)の港は、春を迎え、産物を送り出すために賑わっておりました。」
「若狭、大丹生辺りとは随分と違うようですね。」
タケルが言うと、シラキが答えた。
「おそらく、これまでも、角鹿郡の長が、越の国に従順だったために、そのままにしているのではないでしょうか。若狭国は、一つの国。越の国の支配を受ける事を良しとは思っていない者も多く、敢えて、兵を出せと厳しく求められたのではないでしょうか?」
「では、いずれ、ここは兵たちの拠点となるのでしょう。・・やはり、淡海の国にとっても重要な場所という事になりますね。」
タケルたちは、そこから、シラキの案内で、角鹿の郡の長の館へ向かうことにした。館は松林の中にあり、そこから港まで大通りが続いていて、多くの倉が建ち並んでいる。
「北国からの産物が一旦この港の倉に納められます。一部は、山越えの道を使い、淡海へも運ばれておりますが、大半は、隣国の若狭からさらに西へ運ばれているようです。」
シラキは、館の前でタケルたちに説明する。
「長はどのような御方でしょう?」とミヤ姫が訊く。
「私もまだお会いできておりません。まだ、若いとは聞いておりますが。」
と、シラキは答え、先に、館の門を入ると、門番に何かを尋ねているようだった。すぐにタケルの許に戻ると、
「今、頭領は港に居られるようです。行ってみましょう。」
と言って、館に背を向け、大通りを港に向けて歩き出す。タケルたちも後に続く。
「難波津ほどではありませんが、随分と多くの人がいるようですね。」
タケルが周囲の様子を見ながら言う。
「この地のものだけでなく、遠く、北国から来ている者も居るようです。」
シラキはそう言いながら、頭領の姿を探している。前方に、ひと際声高に叫ぶ若者の姿が目に入った。
「おい、ぐずぐずするな!じきに、越国の軍が来る。早く運び出せ!」
若者は人夫に指示をして、蔵の中の産物を運び出しているようだった。大きな荷車が幾つも並び、山ほどの荷を積んでいる。
「ああ・・あの方が、頭領です。確か・・イザサ様と言われます・・。」
タケルたちは、しばらくその若者の動きを見ていた。遠くからでも姿が見えたのは、イザサ自身が荷車の上に乗っているからだった。利発そうな若者である。厳しい声で指図しているのだが、どこか、楽しそうにも見える。暫くすると、イザサがタケルたちを見つけ、荷車から飛び降りて駆けてきた。
「もしや・・ヤマトの皇子、タケル様ではありませんか?」
タケルは驚いた。初対面のはずだった。
「いかにも、そうですが・・。」
戸惑いながら、タケルが答えると、イザサが笑顔を見せ言った。
「我が手の者が、愛発の郷にヤマトの皇子が居られると教えてくれたのです。淡海国を一つに纏められたと聞きました。・・それに、大きな怪我もされ養生されてもいたと・・もう、宜しいのですか?」
イザサは、全て知っている様子だった。
「どうしてそれを?」
訊いたのは、シラキだった。
「港には様々な人が出入りしております。諸国の動きを知ることは、産物を商う上でも大事な事。我が父からの教えです。淡海にも、山背にも、私に様子を教えてくれる者は居ります故。それに、ヤマトの皇子様の動向は、皆の関心事。様々な噂が流れて参ります故、真偽を確かめるうえでも、多くの者から話を聞くことは何よりなのです。いずれ、この地においでになるであろうとお待ちしておりました。」
屈託のない笑顔を見せて、イザサが言う。周囲にいる人夫たちの様子を見ても、皆から信頼されているのはよく判った。
「さあ、館へお越しください。是非、ゆっくりお話しをいたしましょう。」
イザサはそう言って、タケルたちを館へ案内した。

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2-2 笥飯(けひ)の館 [アスカケ外伝 第3部]

「さて・・どこからお話いたしましょう。」
館の離れにある小さな部屋で、イザサはタケルたちと話すことにした。
周囲の者達に、ヤマトの皇子と面会している事をあまり知られたくない様子だった。諸国との信頼で成り立つ生業である。不穏な動きを悟られたくないという事はタケルにも十分に理解できた。
「私を待っていたとおっしゃったようですが・・・。」とタケル。
「そうですね・・それには、今の越の国の事情をご承知おきいただくべきだと思いますが。」
「越国の事ならば、クジ様からもお聞きしておりますが・・。」
「いえ、恐らくそれは表向きの話。実のところ、越の国は既に深い病に侵されておるのです。」
イザサは、そう前置きして、話し始める。
「先代の王が亡くなり、幼き皇子が跡を継がれたというのはご存じのようです・・実は、今、王の座に居られるのは、第一皇子ではないのです。第一皇子は、病に伏しておられます。王には、たくさんの御子が居られますが、男児はヒシオ様と末の男児ヤシオ様のお二人。後は姫君で、お一人は角鹿に輿入れされました。・・実は、わが妻なのです。」
「では、イザサ様は、今の王の義兄ということですか?」
「はい。ヒシオ様の病の事は、身内しか知らぬ事です。わが妻から事情を聴き、私も驚いております。」
「事情とは?」
「はい。先代の王が亡くなったのは、ヤマカが出雲から来たばかりでした。そして、ヒシオ様もすぐに病に倒れられました。」
「流行り病でも起きたのですか?」
と、ミヤ姫が訊く。
「流行り病なら致し方ない事と諦めもつきましょう。」
イザサは哀しげな顔を見せて言う。
「・・まだ、3年ほど前の事です。王もヒシオ様もとてもお元気でした。ですが、ヤマカを側近に置かれるとすぐに体を悪くされ、寝込まれることが増えました。ヒシオ様も同じように・・・当時、王やヒシオ様は毒を盛られたのだという噂も立ちました。」
「事実なのですか?」とタケル。
「判りません。ただ、王に代わり、ヤマカが政の実権を握ると、古くから王に仕えていた者が次々に亡くなったり、姿を消したりされました。毒を盛られたという噂も、あるいは事実なのかもしれません。」
「それが真実なら、忌々しき事。」とタケル。
「わが妻も、王が亡くなった時、足羽山へ出向き、后様を訊ねたようですが、身を守るために何も語れぬとおっしゃったようです。」
「ヒシオ様は今どうされておるのでしょう?」
「足羽山の館から少し離れた所に居られます。后様から妻が聞いて参りました。意識がなく、ただ眠っておられるようだと・・。」
「なんと・・」
「タケル様、ミヤ姫様、お待ちしておったのは、ヒシオ様の病を治していただけぬものかと考えたからでございます。どうか、お二人の御力をお貸しください。」
イザサはタケルとミヤ姫の前に傅いて言った。
タケルとミヤ姫は顔を見合わせる。
「荷を運んできた、美濃の者から東国での奇跡の話を聞きました。此度、蒲生の郷でも、ミヤ姫様はヤチヨ様の御命を奇跡の御力をもって救われたともお聞きしました。越の国を救い、無用な戦を止めるには、何としてもヒシオ様にお元気になっていただき、王の座についていただくほかないのです。そのためには、タケル様、ミヤ姫様の神の御力に縋るよりほかないと考えておるのです。」
タケルも、ミヤ姫も大よその事情は理解した。
「一つ伺っても宜しいですか?」とタケル。
「何でしょう。」
「それ程まで、越の国を思っておられるのであれば、自ら、ヤマカを倒し、王として国を率いていくとはお考えにならないのですか?」
それを聞いて、イザサが困惑した表情を浮かべ、答える。
「私とて、ただ見ている事などできず、幾度挙兵しようと思ったか・・ですが、越の国は、偉大なるオホド王の代から、王族への信頼は厚く、王家の血を受け継ぐ者への忠誠こそ、誇りなのです。例え、私がヤマカを討つために、挙兵したとしても、皆はついては来ないでしょう。そういう地なのです。」
イザサは、ここ数年、捩れるような思いを持ち続けてきたのだった。
「判りました。・・どれほど御力になれるか判りませんが、とにかく、ヒシオ様にお会いしましょう。」
「おお・・何という事・・これで越の民は救われます。」
イザサはタケルの手を握り、涙を流した。
それから、すぐに、クジが呼ばれた。
「クジ殿。これより、タケル様とミヤ姫様を足羽山へ案内してもらいたい。そなたは、幼き頃から足羽山で育ったのであろう。そなたには伏せておいたが、今、ヒシオ皇子が病に臥せっておられる。タケル様とミヤ姫様の御力でお救いするのだ。」
イザサの言葉に、クジは少し驚いた表情を見せたが、素直に返事をした。
「はい。」
タケルとミヤ姫は、越の国の都、足羽山へ向かう事にした。


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2-3 愛発の砦 [アスカケ外伝 第3部]

その頃、愛発の郷には、イカルノミコトを先頭に、大勢の男達が到着していた。伊香の郷だけでなく、蒲生の郷や多賀、そして、難波津から来た者達の顔もあった。
イカルノミコトは、愛発の郷の手前に陣取って、作業を始めた。
太い木々を山から切り出し、根を掘り越し、平地とし、谷筋近くに石積みを行い、獣除けの柵より一回り大きな柵を谷あいに張り始める。
「良いですか、皆さん。ここは淡海を守る砦。万一、越国の兵が攻めてきても容易には破られぬよう、堅固な砦に致しましょう。」
「おおー!」
皆が集まった席で夜を明かした話し合いの末、無益な戦をせぬよう、越国と淡海との境に、砦を築くことをイカルノミコトが進言し、了解された。
十日ほどで、砦は形になってきた。
それに合わせるように、甲冑に身を包んだ兵士達の一群が、砦に姿を見せた。兵を率いてきたのは、ナミヒコだった。兵の大半は、山城国の民であったが、仰々しい甲冑や大ぶりな剣や槍を担ぎ、谷あいに怒号を響かせる。そして、砦作りに励んでいた淡海の男達も混ざり、静かな谷あいの郷は物々しい雰囲気を出している。
愛発で砦が築かれている事は、すぐに、イザサの耳に入った。
「淡海の衆も動き始めたようですね。我らも、急ぐぞ。」
イザサはそう言うと、港に集まっている人夫達を指揮して、倉の中にある産物を運び出していく。
「越の国の産物はそのままで良い。他国の産物を奪われてはならぬ。角鹿の信用に関わるからな。さあ、急ぎ、奥の倉へ運ぶのだ。」
イザサは、荷車に山のように産物を積み、館の裏山に設えた穴の中へ産物を運んだ。運び込むと、次々に穴は閉じられ、木々を置いて隠していく。
港にある倉の大半の荷物はこうして山中に隠された。
「よし、仕事が終わったら、愛発へ行くのだ。淡海の衆が居られるはず。加勢して、砦作りを進めるのだ。」
人夫達は、イザサの言葉通り、愛発の砦へ向かった。
港には、僅かな男達が残った。郷の女や子供たちは、すでに、金ケ崎の隠れ郷へ逃れている。

同じころ、若狭と高嶋郡の境、天増川と寒風川が合流する辺りにも、高嶋の郡のモリが指図して、大きな砦が築かれていた。
「モリ殿、相談があるのだが・・。」
そう言ってきたのは、ホツマだった。
「ホツマ殿、このようなところにおいでにならなくても・・力仕事は我らがやります。郷へお戻りください。」
モリは、高齢のホツマを心配して言う。
「いや・・おいぼれにも果たすべき仕事はありましょう。・・実は、大丹生の郷長とは、若き頃から知った仲なのです。此度の事を、報せてやれぬものかと思った次第。」
「報せていかがなさるおつもりですか?」とモリ。
「先般、聞いたところでは、兵を出さぬために若者を逃しているとの事。越の将に加担する意思はないのは明白。ならば、我らとともに戦えぬかと持ちかけてみようと思うのです。」
「タケル様は、戦にならぬようにと仰せでした。この砦も、戦の備えではなく、ヤマトと淡海の力を見せるためのもの。」
「それは判っておる。だが、無傷という事は無理であろう。越の軍が港に着き、兵が居らぬと判れば、きっと郷を襲うに違いない。それを止めるには、やはり我らも武器を持つほかないであろう。その時のために、大丹生の郷長と意思を通じておくことは必要ではあるまいか?」
モリは悩んだ。大丹生の郷の民が襲われるのを砦でじっと息を殺して見ている事などできないだろう。かといって、戦となれば、これほどの人数で勝ち目はない。無駄死にするに違いない。
「すこし考えたい。」
モリはそう言うと、砦作りの場所から少し離れ、川筋を眺めていた。
そこへシラキが姿を見せた。シラキは、角鹿での様子をモリへ知らせるため、タケルの指示でやって来たのだった。
「モリ様、角鹿ではヤマカの軍を迎えるため準備が進んでおりました。」
シラキはそう言うと、タケルとイザサの話の中身を伝えた。モリは、シラキの話にじっと耳を傾けていた。
「なるほど・・それは良い・・それならばきっと・・。」
モリはそう言うと、ホツマを呼び、角鹿での作戦を伝えた。
「ほう・・それは良い。その話を大丹生の郷長へ伝えましょう。きっと、上手くいくでしょう。」
ホツマは笑顔を見せ、すぐに大丹生の郷へ向かった。天増川から大丹生までは僅か一日で着ける。ホツマはすぐに、郷長に面会し、事の次第を話した。
すぐに、大丹生の郷から大勢の男達が天増川へ向かっていった。
こうしている間に、ヤマカが率いる越国の軍は、三国の港から船を連ねて、西へ向けて出航した。
多くの兵を乗せた船は、一気に若狭の海を越える事が出来ず、岸から遠くない辺りを進み、二日ほどで大比田の小さな港辺りに達していたが、春の嵐と呼べるほどに、東風が強く吹き、波も荒れ、兵を乗せた船はなかなか進まず、江良の磯に船を止めて時を過ごしていた。
越の軍船が近づいたことは、すぐに、イザサへ知らされ、角鹿では兵を迎える準備が始まった。

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2-4 足羽山の麓 [アスカケ外伝 第3部]

足羽山ヘ向けて、タケルたちは出発した。
「クジ殿、海路ではなく、山越えの道はないのですか?海路を使えば、途中、ヤマカの軍に出くわすかもしれません。万一を考え、山越えが良いのではと思うのですが・・。」
タケルが、クジに訊く。
「峠越えの道があるにはあるのですが、ほとんど獣道のようなところです。大丈夫でしょうか?」
クジはそう言うと、ちらりとミヤ姫を見た。
それを察知したミヤ姫がきりりとした表情を見せて答える。
「お気遣いなく願います。これまでにもタケル様とともに険しい道は歩いてまいりました。」
ミヤはそう言ってから、裾をたくし上げる。着物の下から見えた両足には、厚手の麻布が巻きつけてある。かつて、三河の地で覚えた服装だった。
「なるほど・・では、山中峠を越えて参りましょう。まだ、雪は残っているかもしれませんが、私の郷も近く、頼りになる者も居ります。」
クジはそう言うと、館を出て、海岸沿いをしばらく歩き、水津の浦から山に入り、大比田の集落を経て、山中峠へ向かった。
山中の道は、クジが言った通り、獣道に近く、冬の大雪による倒木もあちこちにあった。それを一つずつ越えながら進むと、夕暮れ近くにようやく、山中峠が見えた。
三人は、峠を越えたところで、洞穴を見つけ夜を明かした。
「クジ様は、足羽山の館に居られたのですね。」
洞窟の中で火を焚きながら体を休めている時、ミヤ姫が訊いた。
「はい。ヒシオ様がお生まれになり、王が、将来ヒシオ様の衛士役になる者を広く郷から募られました。その時、我が郷から、私とハス、それとキリが選ばれました。他にも十人程の子どもが集められ、ヒシオ様とともに館で育ちました。」
クジが答える。
「ヒシオ様が病というのは知っておられたのですか?」とタケルが訊く。
「はい。知っておりましたが、ヒシオ様から口外無用と言われておりました。おそらく、我らの命を救うため、その事を秘密にし、館から出そうとされたのだと思います。・・しかし、我らは、ヤマカに捕らえられ、命を奪う代わりに、淡海国への間者となるよう命じられました。・・その挙句、タケル様を・・。」
クジは、まだ、タケルを剣で傷つけた事を悔いている。
「もう済んだ事です。これから為すべきことに力を尽くしましょう。」
タケルは、そう言って、クジを労った。
翌朝には出発して、山を下り、鹿蒜川沿いを進んでいく。
夕刻に、湯尾の郷に着いた。そこには、クジとともに蒲生の郷を荒らした男の一人、ハスが居て、タケルたちを迎えた。
「ここからは、船で参りましょう。」
ハスの家で一晩を過ごした後、クジはハスの手配した船で日野川を下り、タケルたちを、足羽山の麓まで連れて行った。
郷に近付くと川の流れがゆったりとなる。目の前に小高い山並が見える。
「あれが足羽山です。北を九頭竜川、南を日野川が流れており、周囲の郷から船で産物を運ぶには絶好の場所です。これも、オホド王の偉業。この周囲は深い沼が広がっておりましたが、オホド王は川を鎮め、田畑に作り変えられたのです。越の民にとっては神のごとき存在なのです。」
クジの言葉から、王への畏怖の念が強く感じられた。
「王の館は、右手の山頂辺りにあります。今は、ヤマカの一派が牛耳っており、御后様も館を離れておられるはずです。」
船は足羽山の南側の小さな郷に着いた。桟橋には、クリが待っていた。クジとハスが船を降りると、キリが走ってきた。三人は幼い頃からともに過ごし、兄弟同然の仲に違いなかった。三人は顔を寄せて何か話している。時折、クジが難しい顔をして、また、小声で何かをキリに訊く。暫く、三人が話していると、郷から年老いた女性が出てきた。クジたちは、その女性に深々と頭を下げる。その女性は、まるで幼子にするように、三人の頭を撫でて笑顔を見せる。三人も何か嬉しそうだった。
それから、クジがタケルたちのところへやって来た。
「やはり、御后様は、南の館に居られるようです。すぐに参りましょう。」
クジに促されて、タケルとミヤ姫が船を降りる。すると、その年老いた女性がキリとハスを連れてタケルのところへ来て、傅いた。
「遠路はるばる、このようなところにお越しいただけるとは有難き事。きっとこれは、オホド王の御導きに違いありません。再び、越の国に栄華な世が訪れる事でしょう。」
「御婆様、名乗らぬまま、皇子に対面するとは・・不躾でしょう。」
と、キリが少し呆れて言った。
「これなるは、シイ。我らが幼き頃、この地で親同然に育ててくれたものです。我らは婆様と呼んでおります。」
タケルは、シイの前に跪き、皺くちゃなシイの手を取った。
「シイ様、真っすぐな良き若者を育てられました。きっと、オホド王もお喜びでしょう。長生きしてください。」
シイはタケルの言葉を聞き、驚いて目を見開き、タケルを見た。
「何ともったいない御言葉・・。」
シイはそう言うと大粒の涙を溢す。
「ヒシオ様の病は、きっと治せます。そうなれば、越の国は再び素晴らしきところとなります。」
ミヤ姫も、タケルと同じく、跪き、シイの手をとり、そう言った。

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2-5 后との対面 [アスカケ外伝 第3部]

「ヤマカは軍を率いてすでに三国の港を出たようです。すぐに、御后様に会いに参りましょう。」
クジはそう言って、郷の道を山に向かって進み、藪の中に入っていく。
「表には見張りの兵がいますので、裏口から入ります。少し、足元が悪いですが、御辛抱ください。」
藪の中には、ほんのわずかに道の様なものがある。おそらく、これまで、幾度かクジたちが館へ向かったのだろうと思われた。館の屋根が見えたところで、クジが身を屈める。周囲に兵の姿がないか探っている。
「今なら大丈夫でしょう。」
そこは、森に囲まれた場所で、すぐにそれをわかる所ではなかった。王族が住むような代物ではなく、むしろ、蔵のようなところだった。さっと藪を抜け、裏口の戸を開くと、小さな庭に、幼い男の子と女性が遊んでいた。郷の者とかわらぬ衣服を着ていた。
クジとキリ、ハスがその女性の前に並ぶようにして傅いた。すると、その女性は、周囲を見ながら、部屋の中へ入って行った。タケルたちも後に続く。
板張りの床の小さな部屋に入ると、周囲の戸板をすぐに締める。
「お久しぶりでございます。御后様。」
クジとキリが深々と頭を下げる。
「苦労を掛けます。・・それで、こちらは?」と后が訊く。
「ヤマトよりお越しいただいたタケル皇子とミヤ姫様です。」
クジが答えると、后の顔がパッと明るくなり、思わず涙を溢した。
「では・・ヒシオの病が治るのですね?」
后は、タケルをじっと見つめて訊く。
「ヒシオ皇子はどちらに居られますか?まずは、ご様子を伺ってからとなりましょう。」
タケルが答えると、后はさっと立ち上がり、隣りの部屋へタケルとミヤ姫を案内した。
薄暗い部屋に、横たわる皇子の姿があった。
「以前は話も出来たのですが・・近頃は、ずっと眠ったまま・・食事もできず痩せ衰えていくばかりなのです。もはや、命の灯が燃え尽きるのを待つ有り様。」
后は、横たわる皇子の手を取り、優しく撫でながら言った。末の弟ヤシオが、后の膝に取り付いている。王と呼ぶには似つかわしくないほど、幼い。
ミヤ姫が后の隣に座り、ヒシオの顔を覗き込む。ヒシオは、うっすらと目を開ける。ミヤ姫が、ヒシオの手を握ると、弱々しいながらもヒシオが握り返してきた。
「ミヤ姫、いかがですか?」とタケルが訊く。
「判りません。ですが、ヒシオ様は生きたいと願っておられます。その思いがあればきっとお元気になられます。」
「では・・」とタケルが言うと、ミヤ姫は懐から鏡を取り出した。
「タケル様も御力をお貸しください。」
ミヤ姫はそう言うと、ヒシオを手を握りしめたまま、目を閉じ祈る。手にした鏡がぼんやりと光を発し始める。タケルも、越につけた剣を外し、膝の上に乗せると、剣の柄を握り締めて祈った。剣からも光が漏れ始める。二つの光が徐々に大きくなり、部屋の中を満たしていく。隣室にいたクジとハスが、隙間から漏れ出している光を見て驚く。そして、二人も立ち上がり、襖を少し開く。部屋の中は眩い光に満ちている。
外にいた見張りの兵が、小屋の異変に気付き、騒ぎ始める。
「何者だ!」
兵たちが集まり、光が漏れている小屋を取り巻いた。
「ハス、やつらを食い止めねばならぬ。」
クジはそう言うと、外に飛び出し、越にしていた剣を抜く。ハスも続く。
「お前は、クジ!いつ戻ってきた!ここで何をしている!」
兵の一人が怒鳴るように言った。
「ここより先には行かせぬ!」
クジとハスは、兵を睨み付け剣を構える。じりじりと、兵たちがクジたちに迫る。
ふっと光が消えた。クジたちも兵たちもそれに気づき、動きを止める。
バンと小屋の戸板が開くと、タケルが剣を構えて出てきた。
「私はヤマトの皇子タケル。この国の疚しき事態を聞き、まかり越した。命が惜しくば、剣を捨てよ!」
クジとハスも、タケルの隣に並ぶ。タケルの剣はまだ光を帯びている。
「ヤマトの皇子だと?」
兵を押しのけて、ひときわ大きなガタイの男が出てきた。
「俺は、ヤマカ様から留守居役を仰せつかった、トラジだ。刃向かう者は殺してよいと言われておる。ヤマトの皇子だろうが、我らに刃向かう者には容赦せぬぞ。」
トラジは、タケルの剣よりも一回り大きな剣を、肩に担ぐようにしてタケルに対峙した。
「トラジは、ヤマカとともに出雲から遣わされた者。これまでにも多くの民を殺めております。お気を付けください。」
クジが肩越しに囁く。
「民の命を何だと思っているのだ!」
タケルが、強い口調でトラジに迫る。
「知ったことか!」
トラジはそう嘯くと、肩に担いだ剣を大きく振り降ろした。
タケルはさっと身を翻し剣を交わした。トラジの剣は地面を叩き、ドーンと音を立て、その衝撃で、周囲にいた兵が吹き飛ばされた。
「ふん。」
トラジは、再び剣を担ぎ上げ、タケルとの間を詰めて来る。タケルの背後に館の壁が迫る。

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2-6 皇子復活 [アスカケ外伝 第3部]

「どうしても戦いたいようですね。」
タケルは、そう言うと、ぐっと力を込めて剣を握り締める。ぼんやりとしていた剣の光が、怒りを匂わせる、青白い光に変わる。
「子供だましの妖術か?逃げ場ないぞ!」
トラジはそう言い放つと、剣を振り上げる。タケルはトラジの剣を自らの剣で受けた。ガキンという鈍い音がして、トラジは剣を持ったまま、後ろへ飛ばされた。剣と剣がぶつかった衝撃をそのままトラジの体が受けた格好となったのだ。トラジは慌てて起き上がり、体勢を立て直す。そして、また、剣を構えようとすると、剣は根元から折れて、トラジ自身の足を串刺した。
吹き出る血と痛みに狼狽え、トラジがそこらを転げまわる。その様子を見て、あたりに居た兵は一気に剣を放り投げ、その場から消えた。
「命を奪われた民の痛みは、それとは比べ物にならぬほど大きいのです。」
トラジは痛みと出血で意識が朦朧としていた。
そこへ、小屋の奥からヒシオ皇子が現れた。
つい先ほどまで、命が尽きる寸前だった皇子が、見事に回復しているのを見て、クジやハスは、夢ではないかと我が目を疑う。
「楽にしてやりなさい。」
ヒシオ皇子の言葉で、クジが留目を刺した。トラジはその場で息絶えた。
「ヒシオ様・・。」
クジもハスもそれ以上言葉にならなかった。タケルとミヤ姫の奇跡の力の話は聞いていたが、これほどのものとは思っていなかった。
奥から、ミヤ姫が后に支えられるようにして顔を見せる。
「ヒシオ様には、生きたいと思う強い御心があったのです。」
ミヤ姫はそう言うと、その場に崩れた。タケルはミヤ姫を抱え上げる。
「ミヤ姫、頑張りましたね・・。」
「ええ・・。」
ミヤ姫はそう言うと、静かに目を閉じ、眠った。
「ヒシオがこれほどに回復するとは・・。まこと、神の御力とはこう云うものなのでしょう。ありがとうございました。」
后はミヤ姫を見つめ、涙を流しながら礼を言った。
ミヤ姫を横にした後、タケルはヒシオ皇子と対面し、クジたちも交えて、今後の事を話した。
「私は、すぐにも、越の国の民を救わねばなりません。」
ヒシオ皇子は強い眼差しでタケルに言う。
「しかし、今は、ヤマカを倒す事が先決です。このままでは、越の国だけでなく、近隣諸国の民にも害が及びます。何とか止めねばなりません。」
クジがそう言って、角鹿や若狭で起きようとしている事を皇子に話した。
「父を殺し、わが命まで奪おうとしたヤマカは逆賊。すぐに追討軍を作り、後を追いましょう。」
ハスも提案する。
「淡海国や難波津の者達が、手筈を整えているはずです。」
タケルは、淡海国のイカルノミコトたちと相談した中身を皇子に伝える。
一通り話を聞き、ヒシオ皇子が決断する。
「すぐに王家の館へ向かい、弟ヤシオから王の座を引き継ぎ、次なる王として宣言します。そして、ヤマカ追討の号令を発します。クジ、ハス、キリ、其方たちは将となって、討伐軍を率いて下さい。」
翌朝、ヒシオ皇子は、足羽山の王の館へ向かった。
王の館に近づくと、ヤマカが残していた兵たちが外門に集まっていた。トラジが死んだことを聞いた兵たちは戸惑い、これからどうするべきかを相談していた。そこへ、館へ近づく者たちの姿を発見し、わらわらと戦構えをし始めた。だが、やってくるのがヒシオ皇子と判ると、皆、一様に驚き、武器を捨てる。残っていた兵のほとんどは、元々、越国の郷から集められた者であり、郷の者達を守るために、やむなくヤマカに従ったのだった。
「ヒシオ様!」
皆、病に倒れたと聞いていた皇子が元気な姿で現れたのを喜んだ。
皇子復活の報せはすぐに周囲の郷に広がり、民が足羽山の館の周囲に集まってきた。
外門は開かれ、多くの民を中に入れた。ヒシオ皇子は、先代の王の煌びやかな衣服を身につけ、民の前に姿を見せた。
隣には、タケルが居た。
「此度、ヤマトの皇子タケル様とミヤ姫様の御力によって、わが命を取り戻すことができました。これより、私は越の国王となり、民のために働く覚悟です。」
ヒシオ皇子は高らかに王位継承を宣言する。
集まった民は歓喜に沸く。
「先代の王の命を奪い、私の命を奪おうとした、ヤマカは逆賊。すぐに、追討の軍を送る。」
集まった民が、『おお!』と声を上げる。
ヤマカに対して、どの郷でも命を奪われたり、追放されたりして、深い恨みを持つ者は多い。
「追討軍の将は、クジとする。我こそはというものは集まるが良い!」
それを聞いた者達が、我こそはと集まってきた。
「ヒシオ様、深い恨みを晴らすためでは、大きな戦となってしまいます。戦うことなく、ヤマカを討ち取る策を考えねばなりません。」
タケルは、歓声響く館の隅で、ヒシオ王に囁いた。
ヒシオ王は、タケルを見て、頷いて言った。
「これは、民の心を纏めるため。集まった者達には、日々の仕事があります。特に、春は田畑の仕事に追われる時です。クジは十分承知しています。追討軍は、クジの目利きで、精鋭を揃え、僅かな人数に絞ります。」

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2-7 追討軍 [アスカケ外伝 第3部]

すぐに、追討軍編成が始まった。
ヒシオ王は、追討軍は船一艘とし、兵は漕ぎ手も含めて僅か三十人程と命令した。クジは、集まった者の中から、弓矢や剣等の使い手を選び出した。
ハスは、近くの郷の者を集めていた。
「良いですか、皆様。ヒシオ王はヤマトの皇子タケル様とミヤ姫様の御力で病から回復され、ヤマカを討つため挙兵された事を一人でも多くの民へ伝えるのです。今こそ、越の国の民が団結する時です。」
それから、自ら、山中峠を越えて、角鹿の郷へ急いだ。追討軍が向かう事をいち早く、イザサに知らせるためだった。
キリは、館の中に潜むヤマカに通じる者を追放するとともに、后とヤシオを、王の館へ案内し、衛士長となり、ヒシオ王が追討軍として館を空けている時の代理として働くこととなった。

「軍船は三国の港主に手配させましょう。」
ヒシオ王は、集まった兵を連れて、三国の港へ行った。
「おお、これはヒシオ様・・・亡くなられたのではと聞き、もはや、越の国はこれまでかと諦めかけておりましたが・・・・。」
三国の港主は、ヒシオの姿を見て、涙を流しながら駆け寄ってくる。
「この者は、私が幼き頃から海の事を教えてくれた恩人なのです。」
ヒシオ王はそう言って、タケルたちに紹介する。
「こちらはヤマトの皇子タケル様とミヤ姫様です。病に臥せっていた私を、神のごとき御力で、このようにしていただきました。」
港主は、その場に傅き言った。
「これは有難き事。ヤマトの皇子は、越国の恩人・・いや、オホド王に並ぶ、神の様な御方・・・。」
「いえ・・私たちにできる事をしただけです。それに、これからが本当の戦いになるのです。」
タケルはそう答えた、
「あの船はどうなっておる?」と、ヒシオ王が港主に訊く。
「きっと、このような時が来ると信じ、奥の船倉に隠しておりました。常に手入れを欠かさず、すぐにも使えます。ご案内いたします。」
港主はそう言うと一行を港のはずれに案内する。
朽ち果てた桟橋の奥に大きな船蔵がある、これも朽ち果てたように見える。
「このようにすれば、まさか、ここに船があるとは思いますまい。」
港主は、その蔵の大きな板を何枚か外して中に入る。
そこには、見た事の無いような船があった。背の低い細長い形で、全て鉄製の屋根に覆われ、船尾には小さな窓が作られている。
「海の向こうの異国から荒波を越えてきた船です。昔、この先の岬に流れ着いていたのを幼いヒシオ様が見つけられ、私に、手入れを命じられたのです。船の舳先には、小さいながらも弩を備えております。それに、ここらの船とは比べ物にならぬほど、早く進みます。これなら、すぐにもヤマカに追いつけましょう。これまで、ヤマカに奪われぬよう、船倉深くに隠しておりました。どうか、お使いください。」
「これを使う時が来ぬことを願っていたのだが・・。礼を申す。」
ヒシオ王は、しげしげの船を眺めながら言った。
タケルは、その船を見て、ふと、父カケルのアスカケの話の中で出てきた、黒龍・赤龍の軍船を思い浮かべ、中津海で、父と母はどのように戦ってきたのか、思い返していた。
「さあ、参りましょう。一刻も早く、ヤマカに追いつき、他国に狼藉を働く前に止めねばなりません。」
すぐに船は出港した。
港主が話した通り、漕ぎ手はほんの十名程なのだが、波の上を滑るように進んでいく。左手には切り立った崖が続く。大きく左に向きを変えると、そこから一気に南へ向け進む。角鹿はすぐ目の前となる。
タケルたちは、船尾にある部屋に集まり、この先の事を話し合った。
「ヤマカは、もう角鹿の港に着いているころでしょう。」
と、クジが口を開機、さらに続けた。
「西へ向かうための兵糧が必要です。角鹿の先は他国。号令一つで兵糧を手に入れる事は難しいはず。角鹿では、出来るだけ多くの兵糧を積み込むはずです。」
それを聞いて、タケルが言う。
「角鹿のイザサ様は、そのことを見越して、大半の産物は郷の奥深くに隠され、民の多くも、金ケ崎の隠れ里へ隠れています。男達には、淡海国が国境を越えて攻め入ったとして、愛発へ向かうことになっていて、もはや、角鹿のもぬけの殻となっております。」
「なんと・・タケル様はこの戦の行方を見越しておられるのか?」
ヒシオ王が驚いて訊く。
「いえ、先を見越したのではなく、ヤマカを成敗する為にどのような策が有効か、淡海の方々やイザサ様と話し合った結果です。戦ほど無益なものはありません。出来れば、誰の命も失うことなく、悪の根源を断ち切る事が取るべき道と思っているのです。」
タケルの言葉に、ヒシオ王もクジも感服していた。
「ヤマカの軍船に乗っている兵たちも、皆、越国の民です。民同士が殺しあうことほど愚かなことはありません。何としても、ヤマカ一人を成敗いたしましょう。」
ヒシオ王もタケルに答えるように言った。

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2-8 角鹿の騒動 [アスカケ外伝 第3部]

ヤマカの軍船がついに角鹿・気比の港に現れた。見上げるような大きな軍船が五隻、桟橋に横付けされる。
「イザサは居らぬか!」
船から降りて来たヤマカが大声を上げる。静まり返っている港に、空しく声だけが響く。
「どうしたのだ!誰か、おらぬか!」
再び、ヤマカが叫ぶ。すぐに側近の男達が、港の中を探し回る。
「ヤマカ様、港に人ひとり居らぬとは解せぬ事。一体、何が起きているのでしょうか?」
甲冑を身につけた側近の一人が慌てた様子でヤマカに告げる。
「館へ遣いを。イザサをここへ呼んで参れ!」
ヤマカは相当苛立っている。すぐに、兵の一人が使者となり、イザサの館へ向かった。暫くして、イザサが一人で現れた。
「これは、これは・・ヤマカ様、よくおいでくださいました。」
何食わぬ顔でイザサが対応する。
「フン・・どこへ行っておったのだ。伯耆の反逆人討伐の命は届いておるであろう。これは何の真似じゃ!」
ヤマカは怒りをあらわにしてイザサに言う。
「おや・・では、我らの遣いはまだヤマカ様のもとへは着いておりませんでしたか?・・実は十日ほど前、淡海の兵が国境を越えてきたと聞きつけ、すぐに調べましたところ、愛発の郷に陣取って、こちらを伺っておるのです。我らには兵と呼べるほどの男達は居りませぬ故、ヤマカ様へ援軍をお願いした次第です。・・いや・・遣いがまだ着かずとも、援軍にお越し下さったとは有難き事。さあ、我らとともに、淡海の兵を蹴散らして下さりませ。」
「何?淡海の兵だと?・・聞いておらぬな。・・淡海など、さほど大きな国ではない。兵など大したことなかろう。」
ヤマカが言う。
「いえ、それが・・どうも、ヤマト国が手引きしているとも聞きました。ヤマトの皇子タケルなる者が怪しげな妖術を使い、東国の多くを支配下に置いたとも・・・このままでは、この角鹿もヤマトに支配されてしまいます。そうなれば、越国さえ危うい。どうか、ヤマカ様の御力でこの地をお守りください。」
「ふうむ・・確かに、この地が淡海、ヤマトの手に落ちれば越の国も危ういのう。だが・・本当に、攻め入ってくるのか?」
ヤマカは存外、疑り深い性格のようだった。
「愛発の郷の様子をご覧いただけば判るかと・・・。」
イザサが言うと、ヤマカは、側近を呼び、数名の兵を連れて愛発へ向かうよう命令した。
すぐに、側近と兵数名が愛発へ向かった。
「次第が判るまではこちらで逗留されますか?」
イザサが訊く。
「そうするしかなかろう。」
「ですが、実のところ、兵が攻め入るかも知れぬと思い、民は皆、他の地へ移しております。充分なもてなしはできませぬが、我が館でしばしお休みいただけますか。」
イザサはそう言うと、ヤマカはじろりとイザサを睨む。
「いや、そなたの館へ行けば、寝首を掻かれぬやもしれぬからな。儂は船へ戻る。」
ヤマカはそう言うと、さっさと自分の船に戻って行った。
愛発へ向かった側近と兵は、その有り様を見て驚いた。谷あいには大きな柵が設えられ、多くの兵が待ち構えている。その数は、計り知れない。戦構えだけを見れば、いくら兵があっても敵わぬのは明らかだった。
実のところ、兵の大半は、角鹿の男達であり、淡海国の男たちとともに甲冑を身につけ、淡海国の兵に化けていたのだった。
側近と兵は慌てて船に戻り、愛発の様子をヤマカに話す。
「解せぬな・・。」
ヤマカが言う。
「それ程の兵が居るのであれば、一気に攻め入れば良いものを・・何故、強固な柵を設える必要があろう。」
「しかし、あれが一気に攻め入れば、角鹿はあっという間に淡海に占領されてしまいます。そうなれば、越の国も危うい。何としても、ここで食い止めねばなりません。」
側近は、悲鳴のように訴える。
「ここで食い止めるだと?・・何の意味がある。ここで越の国のために働けば、民は儂を王と認めてくれるのか?」
ヤマカの問いに、側近はすぐに答えられなかった。
「其方も同じであろう。越の国は、王族の血筋が大事。どれほど力を持とうとも、民は儂を王とは認めぬ。そのような国の民のために、儂が働く意味があるのか?」
「しかし・・ヤマカ様は、越の国の大将、軍を率いておられます。戦のために、出雲から遣わされたはず・・。」
側近が言い返す。
「ふん。出雲から遣わされただと?・・それは口実。伯耆の国の不始末を挽回せよと、はるばる、越まで来させられただけの事。多くの兵を率いて、伯耆の国へ行き、かの地を取り戻す事こと、儂の本懐。越の国がどうなろうと知ったことではないわ!」
ヤマカはついに、本当の思惑を口にした。
「何という事!」
側近はその言葉に怒り、剣を抜く。
「儂に逆らうとは・・。」
ヤマカはそう言うと同時に、剣を抜き、側近の首を刎ねた。

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2-9 ヒシオ王 角鹿へ [アスカケ外伝 第3部]

翌朝、イザサが船に行ってみると、ヤマカが、兵に命じて、港の蔵から兵糧を運び出していた。傍らに、筵をかけた亡骸が一つ。
イザサが目線をやるのに気付いたヤマカが吐き捨てるように言う。
「そやつは、昨夜、儂に剣を抜いたのだ。そなたの手の者ではないようだが、将に逆らうなど赦すまじき事。首を刎ねてやった。」
イザサは、言葉がなかった。
「ヤマカ様、これからどうされるおつもりですか?淡海の兵を蹴散らしてはいただけぬのですか?」
イザサが問う。
「今回の事は、そなたの落ち度。近隣の国の動きを察知しておれば、攻め込まれる事もなかったはず。不始末は自らの手で取り返すのが、長の務め。」
「我らのところにはわずかな兵しかおりません。このままでは角鹿は淡海の手に落ちます。それでは・・越の国は危うくなります。どうか、兵を率いて、かの者達を蹴散らしてください。」
イザサは芝居がかった言い方をして、ヤマカに迫る。
「ほう・・そなたも儂に逆らうつもりか・・。王族に名を連ねる者ゆえに、これまでの不始末を容赦してきたが、それ以上言うなら、其方の命も奪うことになるが・・どうか?」
ヤマカはそう言いながら、筵をかけた亡骸をわざと蹴飛ばして見せた。
「判りました。ですが、せめて兵を少しここへ残していただけませんか。」
「負け戦と判って、兵を置いて行けと言うか!」
イザサの提案に少しヤマカも考えた。淡海国の兵があっさりこの地を奪うことになれば、勢いづいて、越を支配下に置くだろう。隣国若狭もそれに乗じて反乱を起こすかもしれない。伯耆の国へ着く前に、各地が越国へ反旗を翻すことになれば、伯耆の国を我が物としても、越の国には及ばない。ヤマカの頭の中で、損得勘定が巡る。
「良かろう。どうせ、足羽から連れてきた兵のうち、使えぬような者もおる。数だけでも淡海国の兵を凌げれば、勝機もあろう。」
ヤマカはそう言うと、船に上がり、側近に何かを告げた。
暫くすると、幾つかの軍船から、兵が降りて来る。ヤマカが言った通り、年老いた者や子どものような者達が船から降ろされた。
「良いか!イザサ!命を賭けて、角鹿を守るのだ。」
ヤマカは、そう言い放ち、角鹿の港を出て行った。
船が遠ざかるのを見ると、すぐにイザサは愛発へ遣いを送った。
ヤマカの軍船が沖遠く、波に紛れて見えなくなるころに、北の金ケ崎の方から、ヒシオ王の軍船が角鹿に入ってきた。
「これは・・何という奇跡・・。」
港で迎えたイザサと妻は、涙を流して喜んだ。
「イザサ殿のおかげです。タケル皇子が足羽山へお越しいただけるとは思ってもいなかった事。わが命はもはや尽きるものと諦めておりました。」
ヒシオ王も、イザサやその妻と抱き合い、再会を喜んでいる。
「ところで・・ヤマカは?」
ヒシオ王がイザサに訊く。
「入れ違いで、若狭へ向かいました。」
イザサはそう答えると、角鹿での事を、ヒシオ王やタケルたちに話した。
「若狭へ急がねば・・・。」
ヒシオ王が言う。
「これからが大事です。倒すべきはヤマカ一人。大きな戦にならぬように事を運ばねばなりません。」
タケルが、ヒシオ王やイザサに言う。二人とも強く頷いた。
そうしているうちに、愛発に居た淡海の男達が角鹿に到着した。港には角鹿と淡海、難波津などの男達が集まり、騒然としてきた。タケルは、何かの弾みで男たちが、いきりたち、ヤマカ討伐の声が高まって、統制できなくなるかもしれぬと感じた。
タケルは、港の蔵の屋根に上り、皆に呼びかけた。
「皆さま、お聞きください!」
その声に、男たちは一斉に屋根の上を見上げた。
「私はヤマトの皇子タケル。縁あって、淡海や越の皆さまと共にここに居ります。越の国は、ヒシオ様が王となり、正しき国を作られるはずです。これからは、越の国、淡海の国、そして難波津、大和の都は手を繋ぎ、安寧な国作りに励みましょう。」
タケルの呼びかけに、男たちは少し静かになった。
しかし、徐々にざわつき始める。皆、すぐにもヤマカ追討に向かいたいと思っているのは明らかだった。
続いて、ヒシオ王がタケルの隣に立った。
「私は、越の国王ヒシオである。」
角鹿の男達は、死んだと思っていたヒシオが立派な姿でタケルの隣に立っているのを見て喜んだ。
「越の国を蝕んだ、ヤマカは反逆人。息の根を止めねばなりません。だが、付き従っている者は、越の国の民。同じ、越の国の民同士が戦うなどあってはならぬ事。戦をせず、ヤマカを討ち果たす事を考えねばなりません。」
国王の呼びかけには、さすがに男たちは静まる。
そして、追討軍の将となったクジが王の隣に立ち呼びかける。
「これより、追討軍は海路でヤマカを追います。皆様は、陸路で大丹生へ向かい、大丹生の軍と合流し、港の守りを固めてください。」
それを聞いて、イカルノミコトが声を上げる。
「了解した!」

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2-10 大丹生の郷へ [アスカケ外伝 第3部]

「イザサ様、馬はありませんか?」
出航の準備を始めたところで、タケルがイザサに訊く。
「荷を運ぶための馬なら居りますが・・いかがされるおつもりですか?」
「兵たちが陸路で向かうとして、ヤマカの船より早く大丹生へ着けるとは思えません。先んじて、大丹生へ知らせたいのです。」
「それなら使いを出しましょう。」
「いや・・大丹生の郷長が、こちらの話を容易く信じてくれるとは限りません。私自身、大丹生の郷長と話をしておきたいのです。」
イザサは、タケルの申し出を聞き、館の裏にある馬屋へ連れて行った。
「荷を運ぶ馬ゆえ、早く走れぬと思いますが・・・。」
タケルはミヤ姫とともに馬屋で、馬を選ぶ。見るからに荷を運ぶには充分な体の大きな馬ばかりだった。奥にひと際小さく見える馬が居た。
「この馬は?」とミヤ姫がイザサに訊く。
「山中で捕まえた馬です。体が小さく使い物にならず困っております。」
イザサは答えると、ミヤ姫がそっと近づく。
「お気を付けください。その馬は、警戒心が強く・・。」
イザサがそう言うと同時に、馬が前足を上げて威嚇する。ミヤ姫は、じっと馬を見つめる。鏡が小さく光を放つとすぐに馬は大人しくなった。近づいてみると、背中に鞍を乗せていた跡がついている。
「タケル様、これは?」
ミヤ姫に言われ、タケルが近づき、馬を見る。
「イザサ様、この馬は山中で捕らえたと言われましたが・・どの辺りで?」
「確か、木の芽峠の先だったかと・・荷を運ぶ途中で、森の中に弱っておったので、連れ帰ったのです。」
「鞍はついていませんでしたか?」
「いや・・裸馬だったと・・」
「この馬は、恐らく美濃国の馬でしょう。かの地では、郷から郷へ向かうにも、馬を使っております。この馬の背にある跡は確かに鞍が乗せられていたはず。郷から逃げ出したか、途中で御主を失ったか・・これをお借りしてよいでしょうか?」
タケルの申し出にイザサはすんなり承諾した。
「ヒシオ様、我らは、先に大丹生へ向かいます。この次第を一刻も早く伝えなければなりません。陸路から向かう兵は、イカルノミコト様にお任せいたします。宜しいでしょうか?」
ヒシオ王も承諾した。
タケルは、その馬を引き出し、筵を鞍の代わりにし、ミヤ姫を後ろに乗せ、出発した。
「大丹生までは、一本道の街道が通じております。」
イザサがそう言ってタケルたちを見送った。直ぐ後には、イカルノミコトが軍を率いて出発した。
同じころ、ヒシオ王の軍船も出発した。
「ヤマカが大丹生へ着く前に決着を着けねば、大きな戦になるぞ。」
ヒシオ王はクジにそう言って、船を進める。
ヤマカの軍船が出港してから一日経っている。
そのころ、ヤマカは、三方の地で、僅かな人しか住んでいない郷を次々を襲い、略奪を繰り返し、さらに先に進んでいた。
その様子に嫌気がさしていた兵たちが、郷に着く度に少しずつ逃げ出してしまい、途中で軍船を動かすことができなくなり、小浜・大丹生に着く前に、軍船の数が二隻になってしまっていた。
タケルとミヤ姫は、街道を馬でひたすら走った。関の峠、坂尻、椿峠、佐柿、弥美、気山津、十村、倉見峠を経て、終に、若狭の国、上中の郷まで着いた。ここで、タケルたちは、一群の兵達が大丹生方面へ向かっているのと、出くわした。
「タケル様!」
上川沿いに砦から大丹生へ向かう兵たちの中から声がする。軍を率いるモリだった。
「これより、大丹生の郷へ向かいます。・・ホツマ様が郷長と話をされ、此度の策について賛同いただけたのです。」
タケルたちはモリの軍と合流し、大丹生の郷長の館へ向かう。
大丹生の郷長の館は、北川が支流の大丹生川と合流する地点からやや山際に入った辺りにあった。北西に小高い山を抱え、南東側には穏やかな川の流れがあり、館の周囲には、幾つもの家が建ち並んでいた。兵たちは、川辺りに留まり休息した。
タケルとミヤ、そしてモリが館を訪ねると、すぐに、ホツマが出てきた。
「これは・・何という事じゃ。・・タケル様とミヤ姫様ではありませんか。・・ここまでどのようにお越しになられたのですか。」
驚いてホツマが迎え、すぐに館に入った。
館には、郷長をはじめ、周囲の郷長も集まっていた。皆、大和の皇子タケルとミヤ姫が来たことに驚き、床に顔をつけ丁重に迎える。
タケルは皆を前に、越の国で起きている事をつぶさに話した。
「では、もうすぐそこまでヤマカは参っているということですか?」
そう聞いたのは、大丹生の郷長で、今は若狭の国を纏めているホデミという人物だった。
「おそらく、今日明日にもヤマカの軍船が入ってくるでしょう。」
タケルが答えると、ホデミの顔が曇る。そして、周囲の郷長達も不安げな顔をしている。
「戦にはしません。ただ、ヤマカが港に船を着けられぬようにしていただきたいのです。」
不安げなホデミや郷長たちを前にタケルが提案する。

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2-11 追撃の準備 [アスカケ外伝 第3部]

タケルたちは、男達とともに港へ向かった。
そして、幾つもあった桟橋を取り外していく。そして、浜のあちこちに、流木を積み上げ始めた。夕暮れが近づき、皆、港にある蔵の中で休んだ。
翌朝も、同じように、浜辺に流木を積み上げていく。
「軍船が見えたようです!」
見張を置いていた高台から狼煙が上がっている。数人を残して、男たちは身を隠した。
「ヤマカ様、港が見えて参りました。」
軍船の舳先に立って、ヤマカが岸を見る。
「人影はないようだな・・・。」
ヤマカはじっと目を凝らして様子を見ている。
「よし!船を着けろ!」
ヤマカの号令で、港深くに船を進める。浜に潜んだ者達は、息を潜めて、成り行きを見ていた。
「桟橋が見当たりません。これでは船が着きません。」
水先案内人の男が叫ぶ。
「なんだと!」
ヤマカは身を乗り出して港を見る。幾つもあった桟橋がことごとく外されている。船を着ける場所はない。
「若狭の奴らは、儂に逆らうつもりか!」
ヤマカの軍船が港に入り、止まったのを見計らって、浜に積み上げた流木に火を放つ。あちこちに積み上げた流木が燃え始めると、煙が広がる。
「一旦、沖へ行け!」
ヤマカが危険を察知して、そう叫ぶと、軍船は岸から離れて行く。積み上がった流木の燃える煙が港や浜に広がり、視界を遮る。
ヤマカは苦々しい顔で浜の方を睨んでいる。
「いかがしましょう。」と側近の一人が訊く。
「やけに用意が良いな。大丹生の郷長はそれほどの人物とは思わなかったが・・・まあ、しばらく様子を見よう。」
ヤマカは港の様子を見ながら策を練った。
このまま、大丹生から退散すれば、その話を聞き、他の郷も、次々に反旗を翻すに違いない。だが、ここで、勝利すれば、ほかの郷も恐れ、素直に従うだろう。何としても、この若狭との戦に勝利せねばならないと、ヤマカは考えた。しかし、陸に上がれぬのでは戦にならない。近くの小さな港から攻め入るしかない。
「近くで船を着けられる港はないか!」
船縁から兵たちが周囲を探る。
このころ、小浜の海は、現在よりずっと海岸が奥まで入り込んでいて、大丹生の郷の前を流れる北川も川幅が広い。
「ヤマカ様、前方の山の麓辺りであれば、何とか船が着けられるかと・。」
側近が提案する。
そこは、大丹生の郷長の館から、川を隔てた対岸で小高い山があった。
ヤマカはすぐに船を進め、川岸と呼ぶべき場所に船を着けると、辺りにあった小舟をことごとく手に入れた。大丹生の郷を攻めるには、間を隔てる川を越えるため、やはり船が必要となる。
「よし!これで大丹生の郷を攻める!皆、乗り込め!」
ヤマカは、兵たちを小舟に分乗させて、対岸の大丹生の郷へ向かわせた。川の中ほどまで小舟が進んだ時、小舟の兵たちが騒ぎ始めた。
「いったいどうしたのだ!」
ヤマカが少し苛立って叫ぶ。
「ヤマカ様、東の方から兵が来ている様子です。」
船から周囲を見張っていた者から報告が届く。
「兵だと?何処の兵だ?」
「判りません。ですが、川沿いにこちらへ迫ってきております。淡海の兵かもしれません。」
「どれほどの兵だ?」
「五百ほど。このままでは、背後を取られます。」
「ええい!船を戻せ!」
このままでは、背後を取られ、挟み撃ちになる。数の上でも到底勝てる見込みはない。川の中ほどまで進んだ兵たちは引き返すように命令された。だが、戻ってこようとはしない。
「どうした!何故戻って来ぬ!裏切ったか!」
「ヤマカ様、急がねばなりません。」
「判った、すぐに船を出せ!」
ヤマカの船は沖へ出て行こうとするが、終に軍船一隻だけしか動かせなくなっていた。
ヤマカは、沖へ出たものの僅かな兵となっている有り様を見て愕然とした。何としても軍勢を立て直さねばならない。このままでは、伯耆の国で戦うどころか、そこへ着けるかもわからぬ始末であった。
「ヤマカ様!沖に怪しい軍船が居ります。」
船の見張台から報告を受け、ヤマカは舳先から身を乗り出して、その船を確かめようとした。だが、波間にはそのような船は見えない。
「どこに居る?見えぬようだが・・。」
ヤマカが訊く。
「いや・・確かに・・船が・・」
見張台にいた男はしどろもどろになりながら、船が見えた辺りを見返す。
軍船と聞き、皆、大きな船を想像していた。だが、その船は背が低く細長い形をしていて、真っすぐ向かってくると、波に隠れてしまって視界にとらえる事はできなかったのだった。
「やはり・・船です!」
見張台の男が叫んだ時、すでに船は目の前まで迫っていた。

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2-12 決着 [アスカケ外伝 第3部]

「何だ、あの船は!何処の者だ!」
ヤマカは苛立ちながら叫ぶ。
船をじっと見ていた兵たちが叫ぶ。
「越の国の旗が掲げられております!」
その声と同時に、目の前の船の甲板に、男が数人立っているのが見えた。
「あれは・・ヒシオ様!ヒシオ様ではないか?」
「まさか?生きておられたのか!」
「王になられたのか?」
ヤマカの軍船に残っていた兵から動揺の声が上がる。ヒシオの着衣は、先代の王の者。それを知る者は、ヒシオが王位を継いだとすぐ理解した。
「王が戻られた。ヒシオ様が復活された!」
僅かに残っていた兵たちは叫ぶ。
「死にぞこないが!地獄から舞い戻ったか!」
ヤマカの軍船は一隻とはいえ、大きさではヒシオ王の船の倍以上ある。
「よし!あの船を蹴散らしてやろう。船を進めよ!」
ヤマカが号令する。
軍船の漕ぎ手は、足枷が付けられ逃げられなかった。船の中で、側近が剣をもって漕ぎ手を小突いて命令する。
「命が惜しければ、漕げ!」
やむを得ず、漕ぎ手が櫂を引く。軍船は、反転すると速度を上げて、ヒシオ王の軍船に向かってきた。
「ヒシオ様!このまま船を進めてください!」
舳先で叫ぶ声がする。そこにはガタイのいい男が前方を睨んでいる。脇から、弩が引き出されてきた。
「横からぶつけられると元も子もありません。あの軍船と向かいあい、船を進めてください。」
男の声に皆も従う。ヒシオ王の船は真っすぐ対面した形で、ヤマカの軍船に向かう。
「ぶつかるぞ!」
ヤマカの軍船から叫び声がする。
「よし!今です。」
舳先にいた男が合図をすると、僅かにヒシオ王の船は舳先を左へ向け、ヤマカの軍船に接触寸前ですれ違った。
目の前に見上げるようなヤマカの軍船が通り過ぎていく。
ドンという鈍い音が響いた。舳先の男がすれ違いざまに弩を放ったのだった。鉄製の矢がヤマカの軍船へ飛んでいく。そして、船尾にある舵の付け根を射抜き、砕いた。
ヤマカは何が起きたのか判らずにいたが、しばらくして事態が飲み込めた。
「舵が利きません!」
操舵手から悲鳴のような声が聞こえる。大きな船である。漕ぎ手の力だけでは、船の向きを変えられるようなものではない。潮に流されていく。
「ええい!何をしておる!船を戻せ!何とかしろ!」
ヤマカが叫ぶ。
船は潮に流され、終に、沖合にある岩礁に乗り上げた。そこへ、ヒシオ王の軍船が近づいてくる。動けぬ船ではどうしようもない。
「おい、矢を放て!敵船だ。さあ、矢を放て!」
ヤマカが叫ぶ。だが、兵たちは弓を構えようとはしない。もはや、決着がついている。
「どうした!射貫いてしまえ!」
ヤマカは、剣を抜き、兵たちを脅す。ヤマカの側近たちも、兵たちを小突き、矢を放つよう命じる。軍船の中で兵たちが逃げ回り混乱しているのが判った。中には、海に飛び込む者が出ている。
「船を横付けしてください!」
タケルが叫ぶ。
ヒシオ王の軍船がヤマカの軍船に横付けしようとゆっくりと近づくと、ヤマカの僅かな側近たちが矢を放つ。
「あの者達を射抜け!」
クジが、越軍の兵に号令すると、数名の者が立ち上がり、狙いすまして矢を放つ。腕利きの者を集めただけの事はあって、放った矢は、正確に側近たちを射抜く。次々に倒れていくのが判った。反撃されない事が判ると、船を横付けして、ヒシオ王とタケルが軍船に乗り移った。
「ヤマカ、お前は逆賊である。ここで成敗する!」
ヒシオ王が叫ぶ。
だが、ヤマカの姿が見えない。
「どこへ行った!ヤマカ!出て来い!」
ヒシオは叫ぶ。兵たちも船の中を探すが見つからない。
「繋いでいた小舟がありません!」
ヤマカはわずかに残った側近に守られ、軍船で引いていた小舟に乗り逃走していたのだった。
軍船の周囲は、海へ飛び込んだ兵たちを助け上げようとする者たちが居て、他にも小舟が出ている。大丹生の港からも、小舟が漕ぎ出してきていて、ヤマカの乗った小舟を判別できなかった。
「取り逃がしたか!」
ヒシオ王は悔しそうに言う。
「わずかな手勢で小舟で逃げたのですから、すぐに、見つかるでしょう。命は奪えずとも、戦の種は消えたのです。一応、決着がついたと考えてはいかがですか?」
タケルが提案し、ヒシオ王も納得した。
「ヤマカは敗走した。我らの勝利だ!」
ヒシオ王が宣言する。軍船や小舟から歓声が上がる。

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2-13 ヤマカの行方 [アスカケ外伝 第3部]

ヤマカは取り逃がしたものの、戦の火種は消えた。ヒシオ王は、皆を連れて、大丹生の郷長の館に居た。
館には広い庭があり、そこには何百人もの兵、いや、民が集まっている。大丹生の郷の者、越・角鹿の者、足羽からヤマカに徴兵された来た者、そして、淡海国や遥か難波津から来た者もいた。皆、ヤマカを追放し勝利したことを喜びあっている。
「今宵は、勝利の宴に致しましょう!戦支度で。気の利いたものは用意できませんが、海のものならすぐにも用意できます。」
大丹生の郷長ホデミが皆を歓迎する。
「海のもの・・魚や貝なら、俺たちにはご馳走だ!」
そう言ったのは淡海から来た男だった。
「米なら、あの軍船から運び出したものがある。」
越の兵だった男が応えるように言う。
「ここへ来る途中、山で狩りをしてきたぞ。猪と鹿肉ならあるぞ!これで充分だろ?」
また、誰かが言った。
「宴なら、酒は欠かせぬものであろう。酒はないのか?」
「ああ、それなら、ホデミ様にお願いしよう。」
「おお、そうじゃそうじゃ!」
男たちが騒ぎ始める。ホデミは仕方なく、蔵を開け、濁酒を持ってくるように言う。すぐさま、男たちは蔵に向かった。
ようやく、支度が整い、宴が始まる。皆、思い思いの場所で、それぞれのお国自慢を語りあい、上機嫌になっている。
タケルやヒシオ王、ホデミらは、館の広縁に座り、男たちの様子を嬉しそうに眺めている。
「これこそが、ヤマトですね。」
淡海の国からきている、イカルノミコトがタケルに言う。
「ええ・・越、若狭、淡海、そして難波津・・諸国の皆が集い、笑顔でそれぞれの故郷を自慢げに語りあう。そこには、争いはなく、互いに信じあい、たすけあう。これこそが、ヤマトが目指す国・・。」
タケルも、感慨深く答えた。
「出雲の国も・・かつては、八百万の神を敬い、北海に面した国々が助け合う善き国であったのですが・・。」
ヒシオ王が少し沈んだ声で呟く。
「出雲は何故乱れてしまったのでしょう。・・トキヒコノミコトの反乱より前にも戦があったと聞きましたが・・。」
タケルが尋ねる。
「詳しくは判りませんが・・先代の王の時、一度、伯耆の国から使者が参ったことがありました。韓人らしき軍勢が、伯耆の国を荒らしているので、援軍を送ってもらいたいとの事でした。しかし、その頃、越の国には戦を仕切るような将も、兵すら居りませんでした。」
ヒシオ王が答える。
「その後の事は?」とタケル。
「判りません。暫くすると、出雲から使者が来て、戦支度をするよう求められ、やむなく、ヤマカを受け入れたのです。それがこのありさま。」
ヒシオ王の答えを聞きながら、タケルはまだ腑に落ちないことがあった。
その時、タケルの剣が鈍い光を放った。同じ時、隣にいたミヤ姫の鏡も光を放つ。
「タケル様・。」と、ミヤ姫が、耳元でそっと囁く。
「うむ・・何か怪しげな者が近づいている。」
タケルはそう答えると、周囲を警戒する。広場にいる男達は相変わらず賑やかに騒いでいる。
ふと、館の広縁に上がる石段に、濁酒の入った甕を抱えてくる男がいた。身なりは、広場で騒ぐ男達と同じだが、何か様子がおかしい。男はゆっくりと石段を上がり、甕を置き、跪いた。それから、やにわに、胸元から短剣を取り出し、ヒシオ王に飛び掛かってきた。
「危ない!」と、タケルが剣を抜き、男の短剣を受け止める。
ガキンという音とともに、短剣は飛び、男が石段を転げ落ちた。これには、広場で騒いでいた男達も一瞬で静まった。
「おのれ!」
転がり落ちた男は、近くに置かれていた剣を手にして、構える。
「ヤマカか!」
男を見て、ヒシオ王が叫ぶ。
広場にいた男達が一斉に、ヤマカを取り巻く。すると、男たちを割るようにして、後ろから、三人程の男が現れ、剣を構え、ヤマカを守るようにして囲む。ヤマカは、側近とともに、軍船から逃れた兵たちに紛れ、宴の席に入り込んでいたのだった。一触即発の状態。死者が出るかもしれない。
タケルは、広縁から高く飛び上がり、側近の男達を剣で撥ね飛ばし、ヤマカの前に仁王立ちとなる。
「もう止めましょう。決着はついています。」
「おのれ!」
ヤマカは、まだ諦めていない。転がっている剣を素早く拾い上げ、やみくもに、周囲の者へ切りかかった。武器を持たぬ男達は、逃げ惑う。一旦取り押さえられた側近も逃げ出し,ヤマカと同じように剣を振りまわす。転がる者、踏みつけられる者、切り付けられる者まで出た。
「赦せ!」
タケルは、剣の切先を鋭く振り上げた。その場で、ヤマカの体は真っ二つに裂け、果てた。暴れていた側近たちも、ほかの男達によって切り殺された。
越の国を苦しめたヤマカは成敗された。

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2-14 西へ向かう [アスカケ外伝 第3部]

タケルとミヤ姫は、数日、大丹生の郷で過ごした後、西へ向かう事にした。ヒシオ王は、大船の軍船を一隻、タケルに譲った。
「伯耆の国へ向かわれるのであれば、この者をお連れ下さい。以前は、出雲と越の間を行き来していた船の水先案内人をしておりました。生まれは伯耆の国と聞いております。」
大丹生の郷長ホデミが紹介してくれたのは、ひょろりとした背格好で、日に焼けた黒い顔をしている、ヒョウゴという者だった。他にも、船を操る水夫たちも用意してくれた。万一のためにと、越から率いてきた三十人程の兵も乗船した。タケルは戦をするために向かうのではないと言って、一旦は断ったのだが、難波津の者達が、タケルとミヤ姫の身の安全を考え、半ば、強引にタケルに承諾させた。
用意が整い、いよいよ出航となった。
「タケル様、お気をつけて。」
「この北海の国々にきっと安寧を・・お願いいたします。」
越、若狭、淡海、難波津、それぞれの国の皆が見送った。
タケルの乗った船は、大丹生の港を出て、西へ向って行く。
「この時期は、東風に乗って行けますから、伯耆の国もさほど遠くはありません。この先、宮津の港へ立ち寄ります。」
ヒョウゴは、船の行き先に視線を向けながら言った。
宮津とは、丹後国の中心、国主が住んでいる。湾を締め切るほどの砂州が伸びていて、外海が荒れていても、中は穏やかであるため、北海(日本海)を行き来する船にとっては、休息地となっていて大いに賑わっていた。
タケルたちの船が港に入ると、大勢の衛士たちが港に集まってきた。軍船が突然港に入り込んだのである。警戒するのは当然の事だった。
ヒョウゴは、軍船から曳航していた小舟に乗り移ると、すぐに、桟橋に向かった。遠目ではあるが、ヒョウゴが衛士長らしき男に何か必死に話しているのが見える。暫くすると、ヒョウゴは数人の衛士を小舟に乗せ、軍船に戻ってきた。縄梯子を使って、小舟から軍船に乗り込んできた衛士たちは、じろりと睨む。
「ヤマト国皇子タケル様の軍船だと申しても、信用してくれないのです。」
ヒョウゴが情けない顔でタケルたちに弁明する。衛士たちは何も言わず、船の様子を探っている。伴をしている越の兵士たちは、大人しく船室に潜んでいた。
タケルが衛士たちの前に立つ。そして、何も言わず、腰の剣を外して、衛士の前に差し出す。剣には、皇家の紋章が刺繍されている。衛士がじっとそれを見つめ、はっと顔色を変えた。そして、タケルの前に跪いた。
「御無礼をいたしました。お許しください。」
衛士の一人がそう言うとすっと立ち上がり、岸へ向かって手を振った。
「さあ、港へお入りください。」
タケルの軍船はゆっくりと桟橋に着く。衛士はすぐに陸に上がり、数人がどこかへ走り出した。
まもなく、慌てた様子で、男たちが数人、港にかけてきた。
「これは、皇子タケル様、ようお越しくださいました。・・山城国ムロヤ様から報せが届いておりましたが、なかなかお越しにならないので、もはや、この地は通り過ぎて行かれたものと思っておりました。・・申し遅れました、この地を治めております、クラキと申します。」
恰幅の良い大柄な男で、長い髭を生やし、穏やかな顔で迎えた。
館は港を見下ろす高台にあり、広くて緩やかな坂道で結ばれていた。大きな荷車が行き交うことができるほど幅広い道、その左右には幾つもの館が建っている。タケルは、どこか、難波津宮に似ているように感じていた。
「ここは、出雲と越の国を繋ぐ海路の要衝。そして、ここから山を抜け山城や難波津へも行けます。角鹿や大丹生と同じく、諸国の産物を預かっております。」
一行は、クラキの話を聞きながら、館へ向かう。
館に入ると、別棟の館を案内された。軍船の伴達も、船を降り、その館で休むことになった。
翌朝になると、クラキから、皇子来訪の報せを受けた周辺の郷長達が続々と集まってきた。
「ようこそ、我が地へお越しくださいました。」
クラキの挨拶とともに、居並ぶ郷長達も深々と頭を下げる。タケルは、歓迎への礼とともに、越国の出来事について話した。
「ヤマカが成敗されたとなれば、出雲国が動き始めるかもしれません。」
タケルの話を聞いたクラキがやや不安そうな表情を浮かべて言った。
「伯耆の国で起きた事を教えていただけませんか?」
タケルが訊くと、クラキが答える。
「五年ほど前、伯耆の久米の荘を、韓の軍が襲ったのが始まりです。伯耆の国は出雲国に従い、八百万の神々を敬う穏やかな地。兵など居りませんから、瞬く間に、韓の軍に荒らされました。ですが、その後すぐに、抗う者が現れ、次々に韓の軍を破り、終には、伯耆の国から追い出してしまったと聞いております。」
「その者がトキヒコノミコト様なのですね?」
「さあ・・そんな御名だったか・・とにかく、弓の名手で、民に弓を教え、抗うための軍を作り、次々に、韓の兵を倒したと聞いております。」
これまでに聞いてきた話とほぼ同じである。
「その後、韓の軍は?」と、タケルが尋ねる。
「実は、伯耆の国から敗走した韓の軍は出雲国へ入りました。その後、どういう経過でそうなったかは判りませんが、出雲の国主の庇護を受け、今や、出雲国の護衛軍となり、率いている一族の長が、国主に代わり国を治めている有り様です。・・ヤマカもその一人でした。」

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2-15 丹後の国 [アスカケ外伝 第3部]

「では、出雲国は、韓の一族の国となっていると・・・。」
タケルは驚き訊き返す。
「はい。韓の一族は、皆、腕に蛇の紋様の入れ墨をしておりますので、大蛇一族とも呼ばれています。」
「海を越えてきた大蛇一族・・・。」
タケルは難波津に居た頃の事を思い出していた。
韓では諸国が戦を繰り返し、海を越え倭国へ逃げて来る者が絶えず、難波津にも多くの韓人がいた。難波津も韓の軍に襲われたことがあった。同じことが、伯耆や出雲の国でも起きていた。いや、他の地でも起きているのかもしれない。
「実は、わが一族も、遥か昔に、遠く海を越えてきたのです。まだ、この地に住む人も少なく、荒地を開き郷を作った・・・。倭人とともに生きる道を求めてきた結果、今では、丹後国を治める役を担うこととなった次第。・・大蛇一族も、武力で支配する事を止め、ともに生きる道を求めるべきなのです。・・残念でなりません。」
クラキは、無念の表情で言う。タケルは、父カケルのアスカケの話を思い出していた。確か、父カケルの一族も、大陸から逃れ、九重の山深くに隠れ住んでいたと聞いた覚えがある。ヤマト国や九重の国々には、そうした大陸から来た者が少なくないはず。そして、皆、それぞれの地で共に生きるために、努力してきた結果、異邦人ではなく、倭人となったはず。父カケルが、戦の無い国を強く求めるのは、きっとそうした思いが強いのだと改めて感じていた。
「出雲が動き始めると言われましたが・・・。」と、タケルが問う。
「確かなことではありませんが、ヤマカが越の軍を率いて伯耆へ向かうという話は、我らも聞いておりました。それは、出雲の軍と共に、伯耆へ攻め入る為。東と西から伯耆を挟み討ちにするという事だったはずです。しかし、ヤマカが討たれ、軍を率いて来ることがないと判れば、出雲の軍はすぐにも動きだすのではないかと。」
「急ぐ理由があるのでしょうか?」
「出雲では、国主の跡継ぎがお生まれになった年から、八百万の神々を祀る神殿の建て替えを始めます。国主の命で、此度の神殿は、天に聳えるほど高い大神殿にすると定められました。」
「天に聳えるほど?」と、ミヤ姫が口にした。
「はい。見た事もないほどの高さの神殿となるはずです。すでに半分近くまで進んできたのですが、今は、止まっています。神殿建設は、出雲国を崇める諸国の協力なしには進みません。特に、伯耆の国はこれまでにも多くの人を出してきました。ですが、今は、素直に従わなくなった。おそらく、ヤマカが居ない今、越の国や若狭も、同様となるはずです。だからこそ、力ずくで伯耆の国を従わせねばならない。それも、周囲の国々が恐れる慄くほどのやり方を選ぶのではないかと・・。」
「何のための神殿づくりなのでしょう・・・。」
ミヤ姫が悲しげに言う。
「神殿は、神の居場所。神は民を守るもの。北海で共に生きる我らにとって、出雲の神殿は心の拠り所でもあります。壮大で荘厳、美しき事は、誇らしい事です。そのために力を尽くす事はここで暮らす我らの使命と信じております。・・ですが、今は、そうではない。邪な大蛇一族が入り込み、蝕んでいる出雲国に素直に従う者など居りません。なんとしても、大蛇一族を出雲から追放し、正しき出雲国を取り戻さねばなりません。」
クラキはようやく秘めていた思いを口にした。
集まった郷の長たちも、ようやく国主クラキの本音を聞くことができ、納得した様子だった。
「急がねばなりません‥こうしている間にも、伯耆の国には出雲、大蛇一族の軍が迫っているに違いありません。」
ここまで案内してきたヒョウゴが口を開く。
「是非、お急ぎください。我らも必ず加勢に参ります。この北海の地から、悪しき者を追い払わねばなりません。」
国主クラキも同調した。
タケルは、翌朝、まだ日が上らぬうちに、すぐに軍船を出発させた。その日のうちに、丹後半島をぐるりと回り、しばし、久美の浜へ立ち寄る。
「ここで休んでも良いのですが、後の日取りを考えると、もう少し先まで進んだほうが良いでしょう。・・海部(あまべ)の郷まで行けば、あと少しです。それに、そこでぜひタケル様に会っていただきたい方が居られます。」
久美の浜を出る時すでに日は傾いていたが、さらに西へ向かった。潮にも乗り、順調に進んだが、その分、船も揺れた。夕暮れには国境に着く。
「この先は、但馬の国です。実は、但馬国は、国主不在となり、丹後の国主クラキ様の弟、ニシト様が海部の郷を治めておられます。その先に見える後ケ島の奥に港があります。」
ヒョウゴはそう言って、船を港へ向けた。港入り口には小高い山があり、二か所に港入り口が開いている。船を中ほどへ進めると、両脇にあった山が急に開いて、郷が見えてきた。桟橋に着き、港傍にある大きな館へ入る。
「よう、お越しくださいました。」
そう言って出向かえたのは、国主代理のニシトであった。色黒で筋骨隆々、取り巻く男たちもいずれも劣らぬ体つきだった。
ヒョウゴが事情を話そうとすると、ニシトが笑顔で言った。
「先程、兄からの使者が参って、あらかたの事は聞いております。それに、山城のムロヤ様からも使者が来られました。伯耆の国の事は放ってはおけぬ事。先を急がれると良いでしょうが、潮の具合から見て、これより先に進むには、明日早朝の出立が良いかと思います。しばらくお休みくだされ。」
ニシトの案内で、館に入ると、一行は、しばらく、休むことにした。ミヤ姫は、船での移動に少し疲れた様子も見られ、タケル一行は、無理をせず休むことにした。

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2-16 但馬の国 [アスカケ外伝 第3部]

タケルは、館に入り、ミヤ姫の様子を気にした。長くともに旅をしてきたのだが、これほど疲れた様子を見るのは初めてだった。小部屋を用意してもらって、ミヤ姫をすぐに横にした。
「この薬を・・。」
タケルは懐から、薬草の袋を取り出し、侍女に渡す。角鹿を出る時、船旅の疲れに効くと言って、イザヤがくれたものだった。暫くミヤ姫の傍に居たが、静かに眠ったのを確認すると、タケルは小部屋を出た。
タケルは、広間に繋がる廊下から見える川を見て少し違和感を感じていた。対岸にも小さな館が見える。川というには幅広く、左右に視線を送ると、なにか随分と真っすぐに見える。それに、川岸が随分と高くなっているようにも感じていた。
「ミヤ姫様は如何ですか?」
そう言って、ニシトが現れた。
「ええ、休みました。ありがとうございます。」
そう言いながら、川をじっと見つめるタケルを見て、ニシトが言った。
「不思議な川ですか?」
「ええ、はっきりとは判りませんが、どこか、これまで見てきた川とは違うように感じます。何か、岸辺が随分と高く感じます。」
「ほう。さすがに諸国を回って来られたタケル様は見抜かれましたな。昔は、もっと水嵩が高く、岸ぎりぎりまでありました。対岸辺りは沼地になっていたほどです。この館も、すぐ足元まで水が来ておりました。ですが、今では、人の背丈の倍以上に下がっております。」
「どうして、そこまで水が引いたのでしょう。海の満ち引きでそれほどの違いはできないでしょう?」
タケルが訊く。ニシトは、話を続けた。
「この地はかつて、幾度も水害に遭ってきました。郷の者は、皆、竜神の怒りだと恐れておりました。この地の郡代も、先年、水害で命を落としてしまい、ますます郷の者は川を恐れるようになってしまいました。」
「竜神ですか・・。」
「私は、隣の久美の浜を治めていたのですが、幾度も水害に遭うこの地を何とかできぬものかと考えておりました。」
「隣国の郷の事を気にかけていたと・・。」
「はい。ここは、久美の浜に比べ、地の利が良い。川を上れば、山城へも播磨へも通じる道が開いております。久美の浜や、兄のいる宮津に比べれば、産物を運ぶには都合が良い。先の国主も、その事を知っていて、越や若狭、丹後の荷をここへ集め、陸路で運ぶ仕事を請負って、この郷に富をもたらそうと考えておられました。」
「だが、度重なる水害のため、叶わなかったのですね。」
「ええ、そこで、私は兄に頼み、但馬の国主様に願い出て、この地を治める役をいただきました。但馬の国主様も、度重なる水害に悩まれておられた様子で、すぐにお許しをいただくことができました。」
「しかし・・水を治めるのは容易なことではないでしょう。」
とタケルが訊いた。
「ええ、最初は私もどうしたものか思い悩みました。そんな時、山城のムロヤ様がお見えになったのです。何か知恵をいただけぬものかと相談しました。すると、ムロヤ様は、難波津へ行くと良いとお教えくださいました。」
「難波津へ行かれたのですか?」とタケルが驚く。
「はい。タケル様が難波津へ行かれる前だったと思います。そこで、私は、草香の江の治水の話を、摂津比古様からお聞きしました。かの地もかつては水害に悩まされていたと・・まだ、大和争乱の前の事だと聞きました。」
タケルは、父から聞いたアスカケの話を思い出していた。祖父にあたる、葛城王が父カケルを傍に置き、難波津を治めていた頃、大規模な開削を行い、見事に草香の江を田畑にしたのだという話だった。
「それを見て、この地の治水の手立てを?」とタケルが訊く。
「ご覧ください。港の先、外海を阻むように島があります。津居山と呼んでおります。そして、その右手には大きな砂州が広がっております。これが、川の流れを阻んでいるのです。雪解け時や梅雨時になると、増水し周囲の郷を飲み込んでしまうのです。」
ニシトに言われるまま、視線を動かす。
「いかがです?難波津に似ているでしょう。」
タケルは、ニシトの言葉に納得する。
「私も、難波津の開削のように、川の水を別の場所に逃がせないかと考えたのです。郷の者に訊ね回り、ちょうど、津居山の麓から外海へ流れる小さな川を見つけました。そこを掘り広げれば、上手くいくのではと・・。」
「しかし・・開削となると重労働。多くの人手が必要になるはず。難波津には多くの者は暮らしておりますが、ここにそれ程の人がいるようには思えませんが・・。」と、タケルが訊く。
「ええ、もちろん、ここの民だけでそれを担うのは無理。私は、そのために、川を上り、丹波の国や山城の国辺りまで行き、力を貸してくれるよう頼みに回りました。もちろん、丹後の国には、兄から多くの人手をよこしてもらえました。」
ニシトはさらりと話したが、恐らく、それまでに予想できぬほどの苦労があったに違いない。ニシトの話を聞きながら、父カケルが手掛けた難波津の開削もさぞ苦労した事だろうと思いを馳せながら、ニシトという人物は、父カケルに負けずとも劣らぬ素晴らしき人物だと感銘を受けていた。

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2-17 瀬戸の切り戸 [アスカケ外伝 第3部]

「開削は進みましたが、もっと難題が見つかったのです。」
「開削では解決しなかったということですか?」と、タケル。
「ここを掘り進めて判ったのですが、津居山から対岸に向かって、龍の背のごとき岩盤が伸びていたのです。それが川の流れを堰き止め水害を起こしていたのです。それは、開削した水路の先にも、まるで海に通じる場所に蓋をしたように連なっておりました。渇水の時、そこは轟轟と音を立てる大瀑布になったのです。」
「民の言う、竜神の怒りとは、その滝の音というわけですか。」
自然とは、なんと不思議な事を起こすのであろう。大河の河口に大瀑布とは聞いた事もなかった。
「ご覧になりますか?」
ニシトがタケルに訊く。
「ええ・・ぜひとも・・どのようなところか興味があります。」
タケルが答えると、ニシトは笑顔を浮かべて、
「では、明朝、ご案内いたします。」
そう言って、立ち去った。タケルはミヤ姫の体調を気遣いつつ、休んだ。
翌朝、薄暗い中、タケルはニシトに案内され、開削した場所を訪れる。
津居山の麓に、船が通り抜けるほどの水路が掘られていて、勢いよく水が流れている。その先に進むと、両脇に大岩が柱のように立ち、その間を水が滝のごとく海へ流れ落ちていた。
「見事なものです。岩を砕く開削とは素晴らしい技です。」
タケルが感心した言ったが、
「まだまだ、これは我らの力で何とか出来たもの。昨夜、お話した龍の背の岩などこんなものではありません。」
ニシトはそう言うと、再び館の方へ引き返す。開削した水路のちょうど入口辺りに立って、ニシトが指差す。
「この先、対岸辺りまで真っすぐに岩の壁があったのです。その名残が、ここなのです。」
タケルとニシトが立っている場所こそが、龍の背岩の付け根であった。足元の岩を触ってみる。粘土質の脆い部分を削ると中から黒い岩が顔を見せた。
「龍の背を取り壊さなければ、水路の効果も半減してしまいます。だが、我らの技では、この固い岩を砕くことなどできず、途方に暮れてしまっていました。」
「固い岩を砕く技・・確か、難波津の開削の時、忍海部一族が作った特別な道具で岩を砕いたと聞きました。それと、明石の男衆が水中に潜り、岩を動かし見事にやってのけたと聞いたことがあります。」
タケルの言葉を聞き、ニシトが笑顔を見せて答えた。
「まさに、それと同じことを、山城のムロヤ様からの遣いというお方が来られて、お話し下さったのです。」
ニシトの言葉にタケルは驚いた。
「トキヒコノミコト様は、しばらく我らとともに居られ、作業をしながら、厄介な岩場を丹念に調べられました。時には、海中深くに潜られ、海の中の様子も調べておられました。」
トキオは昔から慎重な男だった。何かを為す時、下調べをしっかりし、如何にすれば確実に達することができるかを考える、そして、そのためにはどれほどの苦労も厭わない、そういう性格だった。
「それから、岩を砕くための道具を、絵図に記され、我らは、見様見真似で作りました。そして、その道具を使って、岩に打ち込み、ヒビを入れるのです。その場所も判り易く示され、我らはそれに従いました。」
「しかし、対岸までとなると・・。」
タケルは、登り始めた朝日に照らされ、はっきりとしてきた対岸を眺めながら途方もない作業を思い溜息をついた。
「ヒビが入った岩は、川の流れで次々と壊れ、海へ落ちていくのです。我らも初めは驚きました。ですが、全て、トキヒコノミコト様は判っておられたようです。おかげで、随分と仕事が捗りました。」
トキオはどこで、それほどの知識を得たのだろうか。共に居た時にはそういう姿を見たことがなかった。自分の知らぬところでトキオは常に学んでいたのだとタケルは感心した。
「どれほど固い岩の塊も、一つ脆い所が出来れば、次々に壊れていくものなのです。我らはそれをこの開削で学びました。今や、水害を恐れることなく田畑を作り、港も広げることができました。」
ニシトは満足そうな表情を浮かべ、対岸を見る。確かに、対岸の山裾辺りまで、田畑が広がっていて、多くの家屋が建ち並んでいる。朝を迎え、徐々に人の姿も見えるようになってきた。
タケルは只々感心していたが、ふいに思い出し、ニシトに訊ねる。
「その方の名は何と申された?」と、タケルが訊く。
「トキヒコノミコト様でございます。」と、ニシトが答えた。
「では、大蛇一族を蹴散らし、伯耆の国を纏めたと聞く、あの、トキヒコノミコト様は、山城のムロヤ様の遣いだと・・。」
「はい。間違いありません。我らも、なんとか加勢して大蛇一族を退治できぬかと考えておりましたが・・あいにく、兵と呼べる者は少なく、ただ、ただ、御無事を祈るほかありませんでした。」
ようやく、求めていた事実に突き当たった。ともに都を旅立ち、難波津で別れた、トキオが、トキヒコと名を改め、今、伯耆の国にいる。そして、民のために戦っている。
「トキヒコノミコト様は、何故、伯耆へ向かわれたか、判りますか?」
タケルが念のために訊いた。
「詳しくは判りません。ただ、こちらに居られた時、隣国、因幡の国から来た者が、是非ともトキヒコノミコト様の力を借りたいと言われ、ここの開削が終わらぬうちに、因幡へ向かわれました。おそらく、因幡の国へ行けば、詳細が判ると思います。」

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2-18 因幡の国 [アスカケ外伝 第3部]

トキヒコノミコトがトキオだと判り、一刻も早く伯耆の国へ向かい、窮状を救いたい、逸る気持ちが湧きあがっていた。
「因幡の国のどちらに向かわれたのでしょう?」
タケルが訊くと、ニシトは、首を横に振る。
「判りません。ただ、因幡の国は、砂山と沼地ばかりの厳しい所です。おそらく、福部の郷ではないかと・・。」
この頃、因幡の国は、砂丘は現在ほど大きくなく、川が流れる地域では砂に堰き止められた形で、広い湖沼があちこちに存在していた。もっとも大きな湖沼は、湖山池だが、大小さまざまな湖沼があった。
福部の郷とは、但馬国との国境にある塩見川のほとりの郷であった。
タケルはすぐにヒョウゴを呼び、出発の準備を始めた。
「ああ、そのままで良いですよ。体調はどうですか?」
早朝、横になっていたミヤ姫は、床に入ったまま目を開けた。
タケルは、ニシトから聞いた話をミヤ姫に伝えた。
「では、急がねばなりませんね。」
ミヤ姫はそう言うと身を起こした。まだ、万全な状態とは思えなかった。何故か全身が怠く、気分も晴れない。長くタケルとともに過ごしてきたが、これほど不調なのは初めてだった。
「ここに残りますか?」
タケルが気遣って訊いた。
「いえ・・ともに参ります。大丈夫です。すぐに支度をいたします。」
暫くして、ヒョウゴから支度が整ったと報告が入り、海部の港を出航することになった。
「何としても、伯耆の国を、トキヒコノミコト様を、お守りください。われらも追って参ります。」
ニシトはそう言って、タケルたち一行を見送った。
船は、港を出て西へ向かう。舳先に立って行先を見定めるヒョウゴの表情が優れない。時折、空を見上げている。
「どれほどで福部に着けますか?」
タケルが訊く。暫くヒョウゴは考えてから答えた。
「夕刻には着けるでしょう。ただ、雲行きが怪しくなっています。嵐になれねば良いのですが・・。」
ヒョウゴはそう言うと、再び空を見上げた。今のところは空は晴れていて、そういう風には思えなかった。
「東風が弱くなり、少し西風になっています。それに、少し湿ってきました。急ぎましょう。」
ヒョウゴはそう言うと、漕ぎ手に声を掛ける。
左手に見える海岸線は切り立った崖になっていて、あちこちに岩場が顔を見せている。幾つかの岬を回りこんでさらに船を進める。
昼過ぎには徐々に波が高くなる。その後、黒雲が広がり始め、終には雨が降って来た。船が大きく揺れる。タケルはミヤ姫の体を支える。
「もうしばらく御辛抱ください。その岩場を越えたら、福部に入れます。」
ヒョウゴも必死である。左手に小高い山が見えてきた。そこから切り込んだ形で港への水路があった。
水路に入り、さらに進むと、波も風も収まり、安堵感が広がった。
福部の郷、細川の港へ着いた。ヒョウゴは、いち早く船を降り、近くにいた里人に何かを尋ねている。その里人は前方を指さして何かを告げた。ヒョウゴは礼を言って、船に戻ってきた。
「郷長は、この湖の奥に居られるようです。もう日暮れになりますので、今夜はここで休みましょう。明日にでも挨拶に行けばよいでしょう。」
ヒョウゴはそう言うと、船に乗っている男達にも声を掛け、皆を連れてその館へ入った。
北海を行き来する船のために、それぞれの港には、船乗りたちが使える館が幾つも作られている。多くの船が停泊する港ほど、その館の数も多く、その館のために、郷の者も働いていた。
ここ細川の港はさほど船が行き来しないのか、館は一つだった。
タケル達が館に入ると、郷の者が夕餉に支度を始めた。
ミヤ姫はやはり体調が優れない様子で、夕餉を口にせず、薬湯だけを飲んで、床につき眠った。
夕餉の後、広間にある囲炉裏の傍に、タケルとヒョウゴ、ほかにも数人が残り、この先の事を相談した。
「タケル様、おそらく、明日も天候が優れないでしょう。ここは無理をせずに、天候が良くなるのを待つのが、懸命だと思います。」
ヒョウゴがタケルに言う。
「しかし、伯耆の国の動きが心配です。一刻も早く行かねば・・。」
タケルは、ミヤ姫の事を心配しつつ、一方で、トキオの事も気掛かりだった。角鹿を出る時、大蛇一族が伯耆へ戦を仕掛けるのは間近と聞いている。すでに、戦が始まっているに違いない。
「陸路ではいかがか?」
そう口を開いたのは、越の国からヤマカ追討軍の長としてここまで同行しているクジだった。
「陸路となると、早くても三日ほどは掛かります。ここで二日待ち、出発しても同じ。やはり、船の方が良いのでは?」
と、ヒョウゴが答える。
「馬は手に入りませんか?馬があれば、一日で着けるのでは?」
と、タケルが訊く。
「それほど多くの馬を手配するのは至難の業。街道もどうなっているのか判りません。明日、郷長様に伺ってみてはどうでしょう。」
ヒョウゴの答えに、この先の事は明日に持ち越しとなった。

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2-19 反逆者の烙印 [アスカケ外伝 第3部]

翌日、小舟を借りて、タケルとヒョウゴ、クジの三人が、郷長に挨拶に行くことにした。郷長は、細川の港から、上流に広がる湖沼の一番奥に館を構えていた。
「これはようお越しくださいました。」
湖を進み、館のたもとへ船を着けると、この地の郷長イヨナガが出迎えた。
タケルは、挨拶の後、トキヒコノミコトについてイヨナガに訊ねた。
「はい。トキヒコノミコト様をお迎えしたのは私でございます。海部の郷の開削の話を聞き、ぜひとも、我が地にもお力添えいただこうと考え、お迎えに上がった次第です。」
トキオはここに居たのは間違いなかった。
「この地は、かつてはほとんどが沼地でした。館のあるこの場所も、かつては沼地になっていたのです。さらに、海岸も砂山に覆われてしまい、とても人が生きていけるような場所ではありませんでした。トキヒコノミコト様は、難波津で治水の技を身につけておられるとお聞きし、この地も何とかならぬものかとご相談いたしました。それで、今、港となっている場所を開削し排水することに取り組んだのです。」
ここでもトキオは、精力的に、自らの知識と経験を使い、郷を救っていた。
イヨナガの話は続く。
「開削はことのほか順調に進みました。ここらの岩は意外に脆く掘りやすかった。ですが、難儀だったのは砂でした。せっかく開削しても、すぐに砂に埋まってしまうのです。」
確か、難波津の開削した辺りは砂地だった。砂は山から川を通じて海へ流れ出て、潮の流れに乗って積もっていく。
「トキヒコノミコト様は、川を上って行かれました。初めはどうされたかと思いましたが、訳が判りました。山から運ばれる砂をいかに減らせるかを考えておられたのです。」
「どうされたのですか?」
興味深く話を聞いていたヒョウゴが口を開く。
「山裾に田畑を開くことにされたのです。」と、イヨナガが答えた。
「田畑を開く?」と、ヒョウゴが訊き返した。
「田畑を作り、山から流れ出る水を一度田畑に取り入れ、山から流れ出る土砂を減らしたという事でしょうね。」
タケルが、イヨナガの代わりに答えた。
「おや、タケル様はご存じなのですか?」
イヨナガが驚いて訊いた。
「ええ、それはヤマトの都で大連様から教わったことです。アスカ宮の近くにも沼地があり、周囲から流れ込む土砂に埋まり、苦労しています。山から流れ出る水を一度田畑に引き込めば、田畑が土砂を受け止めてくれるのです。古くからの知恵だと教わりました。」
タケルが答えると、イヨナガは驚いた表情で言った。
「トキヒコノミコト様も全く同じことをお話されておりました。」
「それから、トキヒコノミコト様はどうされたのでしょう。」とタケル。
「山を越えた西に、ここと似たような場所があります。そこは川も大きく沼地も広い。そこを拓くことができれば、因幡の国はきっと豊かになれるはずと申され、向かわれました。そこで、あの大蛇一族と出会われたのです。」
「やはり、ここから大蛇一族との闘いが始まったのですね。・・それで?」
と、タケルが尋ねる。
「大蛇一族は、すでに伯耆の国を荒らし回っており、次に目をつけたのが因幡の国でした。」
いつかの年儀の会で、山城のムロヤが話していた出雲国での異変は、予想以上のものだった。
大蛇一族は、大陸から隠岐を通り、伯耆の国へ入ってきた。一族は、長のもとに八人の将がいて、総勢三十人程のようだったが、襲った郷の民を、兵に仕立て、それぞれの将が次々に郷を襲った。伯耆の国を我が物にした大蛇一族は、二手に分かれた。一方は、出雲へ向かい、そしてもう一方は因幡へ向かったようだった。
因幡へ入った大蛇の軍は、福部の手前、千代川の河口を入り、湖山池の畔で休んでいた。この周囲には郷はなく、見渡す限りの湖沼が広がっている。
「トキヒコノミコト様は、大池を越えたところ、浜坂で大蛇一族の軍を見つけられ、時を伺っておられました。我らは兵ではありません。まともに戦っても勝ち目はない。大蛇一族の軍は、そこから山手へ向かいました。我らも後を追い、宇部の郷まで様子を伺いました。」
宇部の郷は千代川の支流である袋川が合流する場所である。ここより奥は、軍船では行けず、大蛇の軍は軍船を降りることになる。将以下の兵は、伯耆から強制的に連れて来られた者である。統制も充分されておらず、船を降りた途端に逃げ出す者も出た。
「トキヒコノミコト様は、この混乱に乗じて、軍の深くに入り込み、将を弓矢で射貫かれたのです。それは見事は腕前でございました。」
イヨナガは、その時の光景を思い出しながら、歓喜の表情を浮かべている。
「その後は、敵の軍船を奪い、伯耆から連れて来られた兵を連れて、伯耆の国へ向かわれました。・・大蛇一族を討たぬ限り、因幡の国も安寧ではいられない、郷づくりどころではないと申されておりました。」
トキオの弓矢の腕は、タケルにも負けないほどだった。
「それからは、次々に、大蛇の軍を破り、終には伯耆の国を大蛇一族から解放されたと伺いました。」
ひとしきり、イヨナガの話を聞き、トキオの活躍は充分に判った。
「暫くして、出雲国の王から諸国へ、伯耆の国が出雲国の安寧を脅かしておる故、軍を整えるようご命令が下されました。トキヒコノミコトは、伯耆の国を武力で手中に収めた反逆者であり、諸国が合力してトキヒコノミコト追討せよとも宣下されたのです。」

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2-20 遣い [アスカケ外伝 第3部]

「それで、越の国へヤマカが来たのですね。・・ここには?」
と、タケルが訊く。
「因幡の国主様は、湖山湖のほとりに館を構えて居られますが、因幡の国は、貧しい郷が多く、国主へ遣えるほどの結束はなく、国主としての実権はありませんでした。出雲国王の宣下も、国主には届いていないでしょう。だからこそ、因幡や伯耆で大蛇一族がしてきた悪行も、出雲国王の耳に入ってはいない。出雲国に入った大蛇一族が、うまく国王に取り入り、トキヒコノミコト様を反逆者に仕立て上げ、宣下を引き出したに違いありません。」
タケルは、すぐにも、トキオのいる伯耆の国へ向かいたかった。だが、天候は一向に回復しない。
「我らは、すぐにも、トキヒコノミコト様に御加勢したいと考えております。しかし、この天候では船も出せず、困っております。何か、お知恵を課していただけませんか?」
タケルはイヨナガに訊く。イヨナガは暫く考えてから口を開く。
「トキヒコノミコト様のご様子が心配で、使者を何人か遣わしております。先ごろ戻ってきた者によれば、まだ、戦には至っておらぬようです。」
イヨナガの言葉にタケルは少し安堵した。
「今はどちらに居られるのでしょう?」
「中海を望む飯山に砦を築かれ、そちらにおいでとの事。出雲の軍船が伯耆へ攻め入るのを見張るには、格好の場所のようです。」
「攻め込まれる最前線でもあるという事ですね。」
トキオが、伯耆の国を守るため、もっとも危うい場所にいるという。やはり、このままではいられない。
「馬はありませんか?」
タケルは唐突にイヨナガに訊いた。
「馬?」
「ええ、すぐにもトキヒコノミコト様のところへ向かいたい。船では天候が回復するのを待つほかなく、陸路で行くには馬が好都合なのです。」
「確かに、馬を駆れば早く着けるでしょうが・・ですが、ここには、多くの馬は居りません。一、二頭くらいなら都合もつけられますが、果たして・・幾つもの川を越えねばなりませんし、街道も整っては居りません。」
イヨナガの答えは、ヒョウゴと同様であった。
「ヤマトのタケル様が加勢に参られると、使いを出しましょう。それだけでもご安心いただけるのではないでしょうか。」
イヨナガはタケルを安心させるためにそう言った。
傍に居た、ヒョウゴやクジも賛成した。
「ミヤ姫様の体調も万全ではございません。無理をして、御命に関わるような事にでもなれば、我らも赦されぬ事。ここは、ご容赦いただきたい。」
ヒョウゴがタケルを説得する。
すぐに、イヨナガの遣いが伯耆の国へ陸路で出発することになった。
「これをトキヒコノミコト様へお渡しいただきたい。」
タケルは、懐から小さな麻袋を取り出す。中には黒水晶の玉が入っている。
「これを見せれば、トキヒコノミコト様もきっと私からの使いだと納得されるはず。そして、あと数日で、加勢に参る故、戦にならぬよう、時を待つようお伝えください。」
遣いに立つのは、伯耆の国、妻木の郷のイカヤという若者だった。イカヤはこの地のものにしては珍しく、馬を駆ることが出来た。その腕を買われて、これまでも幾度となく、伯耆の国と因幡の国を行き来している。
「承知いたしました。必ずや、お届けいたします。」
イカヤは、麻袋を恭しく受け取ると、懐にしまい、勢いよく走り出した。
「イカヤは、ここから山越えの道を進み、宝木の郷を経て海岸に出るはずです。そこからは暫く海岸を進み、青谷、宇谷、宇野、橋津の郷を抜けると、そこからはひたすら海岸ぞいに行くはずです。私も一度、青谷辺りまでともをしたことがありますが、なかなか骨が折れることです。」
イヨナガは、遠のいていくイカヤの後ろ姿を見送りながら、労わるように言った。
タケルたちは、宿にしている館へ戻ることにした。
館には、兵として供をしてきた者達が、弓や剣の訓練に励んでいた。タケルたちが戻ると、皆、集まってきた。タケルが、皆に、イヨナガから聞いた話や、遣いを向かわせたことを伝えると、「大蛇一族、退治すべし!」と叫んで、再び、訓練に戻った。
館に入ると、ミヤ姫が起きていて、外を眺めていた。
「体の具合はどうですか?」と、タケルが声を掛けると、ミヤ姫は、小さく微笑を返したが、余り良さそうには見えなかった。
この先、戦場が近づくのは確実だった。こんな具合のミヤ姫を連れて行くのは難しい。だが、頼れる人のいない、ここへ置いていく事をミヤ姫も本意ではない。どうすべきか、タケルは迷っていた。
「ここは穏やかなところですね。暫くここで養生していたいわ。」
ミヤ姫の口から思わぬ言葉が出た。
タケルの迷いを察知したのか、あるいはそれほどまで体が弱っているのか、判らない。ただ、ミヤ姫が望むのであれば、ここで養生すべきだとタケルは思った。
「そうしますか。それなら、身の回りの世話をする者を探してきます。」
タケルは、ミヤ姫の真意を確かめる事を敢えてしなかった。そして、ヒョウゴを通じて、侍女となる女人を探してもらう事にした。
幸い、下働きをしてくれる女人が三人ほど、すぐに見つかった。
いずれも、ミヤ姫より少し年上で三姉妹。サガ、トモ、カズと名乗った。
ミヤ姫もすぐに受け入れ、宿にしていた館をそのまま使えるよう、郷長のイヨナガが取り計ってくれた。

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2-21 出発の日 [アスカケ外伝 第3部]

二日ほどすると、天候が回復し、いよいよ出発できることになった。
小部屋に二人は居た。
「大蛇一族を退治したら、すぐに迎えに来ます。それまでしっかり養生してください。」
タケルがミヤ姫に言うと、ミヤ姫は小さく頷いた。
大高で囚われていた身を救い出された時から、ほとんど離れることなく傍に居た。幾度も危うい目に遭いながら、互いに助け合い、乗り越えてきた。それを思い出すと、ここで離れてしまう事に、途轍もない寂しさと恐ろしさを感じていた。タケルもミヤ姫も同じ思いだった。
「御無事で・・。」
ミヤ姫はそう言うのが精いっぱいだった。
「タケル様、支度が整いました。出発いたしましょう。」
ヒョウゴがタケルを呼びに来た。
いよいよ支度が整い、船が岸から離れる時が来た。
「タケル様、大切なお話があります。」
そう言って、船に乗り込もうとするタケルを引き留めたのは、侍女のサガだった。
サガはタケルを船の陰に誘い、皆に気付かれぬよう、小声で耳打ちする。
「ミヤ姫様の体の不調は、御病気ではありませんでした。」
サガは含みを持たせたような口調で言う。
「病気ではない?ならばなぜ、あのように気怠い様子なのですか?食事も満足にできず、床から離れられずにいるのです。心の病という事ですか?」
タケルは、出発の間際の、サガの物言いに少し苛立って訊き返した。
「ミヤ姫様のお腹にはヤヤコがおられます。」
タケルには、サガの言葉が一瞬判らなかった。
「なんだって?」
と、タケルは訊き返した。
「ミヤ姫さまは、ご懐妊です。御子様を身籠っておられます。」
サガの言葉に、タケルはどう反応してよいか判らなかった。
「タケル様は、御父上になられるのです。どうかご無事でお帰り下さい。ミヤ姫様のことは私どもが命に代えてお守りいたしますから。」
サガは満面の笑みを浮かべている。タケルはまだ呆然としている。
ミヤ姫を娶り、いつの日かそういう日が訪れるとぼんやり思っていたが、現実になると、なかなか実感が湧かなかった。
「さあ、ご出発ください。」
サガの言葉に我に返った。
桟橋近くで見送るミヤ姫を支えるように、トモ、カズの姿も見える。皆、笑顔を浮かべている。そして、ミヤ姫は涙を流しているように見えた。
「必ず無事に戻ってくる。」
タケルは、自分に言い聞かせるように言って、船に乗り込んでいった。
天候が回復し、海の上は暑いくらいの陽気になっている。波も穏やかで船は順調に進んだ。
港を出て暫くすると、後方から来る二隻の軍船を見つけた。
一隻は、宮津から加勢に来た丹波の軍船だった。そして、もう一隻は角鹿からの軍船だった。悪天候で足止めされているうちに、追いついてきたのだった。
「夕刻には、中海へ入り、飯山砦の下へ着けるはずです。」
ヒョウゴが舳先に立ち、前方の様子を探りながら、話した。
いよいよ、トキオと対面できる。
難波津で別れてからもう五年近くの歳月が流れていた。どれほどの苦労をしてきたのか、計り知れない。たった一人、名を変えてまで諸国のために尽くし、出雲からは逆賊の汚名を着せられ、それでもなお、民のために闘おうとしている。
幼い頃、春日の杜を駆け回っていたトキオの姿が脳裏に浮かび、タケルは、思わず涙を零しそうになっていた。

その頃、ミヤ姫懐妊の話はまたたく間に郷に広がり、出産と子育てのために新たな住まいを作る話がまとまった。
一番喜んでいるのは、郷長イヨナガである。
ヤマト国皇子の御子御生誕の地となれば、これほどの名誉はない。きっと諸国から多くの貢ぎ物も届くに違いない。因幡の国はきっと豊かになる。財を総て費やしてでも良いと豪語し周囲に触れ回ったのだった。結果、すぐに但馬、丹波、角賀、淡海、そして山城のムロヤにも伝わる事になった。
ムロヤは急いで難波津に使者を立て、難波津に出入りする船を通じて、広く西国にも伝わった。同時に、伯耆の国で戦が始まる事も伝わり、諸国は皇子タケルへの援軍の準備が始まった。
都にはムロヤ自身が赴き、因幡からの話を皇アスカと摂政カケルに伝えた。
「良き知らせをしてくれました。」
皇アスカは涙を流し喜んだ。
摂政カケルは、喜びと同時に、今、出雲と伯耆の国で起きている事態に心を痛めていた。
「このままでは諸国が巻き込まれて、大戦になってしまう。出雲国を助けねばならない。アスカ、私も伯耆の国へ参らねば・・・。」
カケルは、落ち着かない様子で、部屋の外に出て、遠く西の方を見ている。父としての思いか、ヤマト国の摂政としての考えなのか、入り交じった心を持て余しているようだった。
アスカはそんなカケルのそばに行き、背にそっと手を当てて囁く。
「タケルを信じましょう。きっと大丈夫です。あの子はあなたを見て育ったのですよ。大戦にならないように力を尽くすはずです。伯耆の国へいくなら、御子が生まれてからに致しましょう。」
夜空を見上げ皇アスカはそっと摂政カケルの手を取り、優しく微んだ。

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第3章荒波を越えて 3-1 中海 [アスカケ外伝 第3部]

タケルたちの軍船は、中海の入り口に達した。
この時代、宍道湖の中海は、ちいさな砂州があるくらいで、外海と繋がる水路は北と南の二か所あった。飯山は中海に突き出す形の小山で、粟島小島との間に南側の水路が開いていた。飯山の麓には、中海を通じ、出雲に向かうための潮待ち港が作られていた。
三隻の軍船はゆっくりと水路に入っていく。左に大きく舵を切ると、目指す飯山砦である。小さな岬を回り込んだ時、ヒョウゴが急に船を止めた。後に続く軍船も止まった。
「軍船が見えます。」
ヒョウゴの指さす方をみると確かに大きな軍船が二隻港に入っている。既に大蛇の軍勢が着いていたようだった。
「様子を見て参ります。」
クジが数人の兵を連れ、小舟に乗り換え、港へ向かった。
暫くすると、飯山砦から、黄色い狼煙が上がった。それを合図にタケルたちの軍船は港へ入った。港にあった出雲の軍船には数人の留守役の兵がいたが、たいして抵抗することもなく、あっさりと軍船を明け渡した。
タケルたちは、港の様子を覗いながら、飯山砦へ向かう。クジたちが砦の門で待っていた。
「誰も居りません。」
クジが戸惑った様子で言う。タケルたちも砦の中へ入り様子を見て回った。砦の館のあちこちが焼け落ちている。
「戦に負けたと云うことでしょうか?」と、ヒョウゴがタケルに訊く。
「いえ、ここで戦は起きていないのでしょう。」
タケルは焼け落ちた館を見ながら答える。
「戦があったなら、多くの亡骸があるはず。それに焼けた館は、皆、砦の周囲の小屋ばかりです。海から見るときっと砦全体が燃えているように見えたはずです。おそらく、ここに大蛇軍の注意を引き付け、どこかへ逃れたのでしょう。」
「では、どちらに居られるのでしょう?」再び、ヒョウゴが訊く。タケルには見当も付かなかった。
遠くで、馬のいななきが聞こえた。暫くすると、砦に石段を駆け上がってくる足音が響き、イカヤが姿を見せた。イカヤは、転がるようにタケルの元へやってきた。
「狼煙が見えましたので、タケル様たちでは、と思い、かけて参りました。」
イカヤは腕や足に怪我をしている。衣服もボロボロになっていた。
「その有り様はどうしたのだ?」
気になって、ヒョウゴが訊いた。
「出雲、大蛇の軍が攻めて参り、慌てて身を隠し、このような有り様に・・。」
「では、戦が起きたのか?」
ヒョウゴが続けて訊く。
「いえ・・私がここへ着く少し前に、砦から煙が上がっているのを見つけ、慌ててここに参りました。しかし、すでにどなたもおられず、暫くすると、多数の兵たちが砦の中に入ってきました。私は慌てて、裏山に逃れました。麓辺りにも兵がたくさんおり、藪の中を見つからぬように動いて、何とか浜まで出ることができました。」
衣服の傷みや怪我はその時の跡のようだった。
「トキヒコノミコト様たちはいずこへ行かれたのでしょう?」
タケルが訊く。
「私は、その後、周囲を回り、伯耆の軍勢を探しました。大神山の麓あたりに移られたと、郷の者から聞き、すぐに向かいました。」
「大神山の麓とは・・随分と広いが?」
と、ヒョウゴが訊く。イカヤは、焼けた館の上に立ち、指さす。
「あそこに見える山が大神山。裾野の先が、妻木(むき)の郷。少し山を上がったところ辺りに、隠し砦があり、そこに居られました。」
「では、トキヒコノミコト様に会えたのですね?」
タケルが訊く。
「はい。仰せの通りに、黒水晶の玉を差し出し、伝言をお伝えいたしました。」
「それで、話が出来たのですね?」
タケルは、トキヒコノミコトが、トキオであることを確かめるように訊く。
「はい。トキヒコノミコト様は、黒水晶を見られた後、空を見上げ、しばらく泣いておられました。そして、タケル様に伝言を預かりました。」
イカヤが言う。
「悪しき大蛇一族を殲滅せねば、出雲に安寧は訪れない。ヤマトの御力をもって、この窮地をお救い下さい。との事でした。」
トキヒコノミコトの伝言は、砦に居る者達も聞いた。そして、皆、奮起した。
「それで・・出雲大蛇の軍勢は?」
今度はクジが訊く。
「およそ三百の兵ではないかと。真っ直ぐ、大神山の隠し砦へ向かいました。」
イカヤが答えると、聞いていた兵が少し静まった。
三百の兵となると、容易く倒せるものではない。大神山の隠し砦にどれほどの兵が居るかは判らないが、それを凌ぐ兵の数とは到底思えない。すでに攻められ大敗を喫しているかもしれないと多くの者が思っていた。
イカヤの答えに、クジが頭をかしげる。
「真っ直ぐに隠し砦へ向かった?・・どうして、伯耆の兵が隠し砦に居ると判ったのだ?」
確かにクジの言う通りである。
使者であるイカヤさえ、さんざん探し回ったのである。出雲から来た大蛇の軍がなぜそこにトキヒコノミコトが居ると知っているのか。
「トキヒコノミコト様は、ここらの民も、大蛇の兵に襲われぬように、ともに砦近くの隠し郷へ連れて行かれたようなのです。きっとその中に間者が紛れているのでしょう。」
「では、我らが向かっている事も知られているということでしょうか?」
と、タケルが訊く。
「判りません。もし、知られているなら、隠し砦へ向かう道で待ち伏せしているにちがいありません。」

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3-2 策を練る [アスカケ外伝 第3部]

タケルは一旦、皆をここで留まらせ、これからの策を相談することにした。
それほど時はない。共に来た兵たちは、皆、うずうずしている。だが、迂闊に動けば、敵の策略に乗ってしまうことになりかねない。
タケルは、砦に残る館に、クジやヒョウゴ、そして、宮津や角鹿から来た軍船の将たちも集めた。
「すぐにも大神山へ向かい、トキヒコノミコト様に加勢いたしましょう。」
宮津の将シノギは、逸る兵の気持ちを代弁するように強い口調で言った。
「背後から攻めればきっと勝機はあります。」
角鹿の将ゴチョウも同調する。
ゴチョウの言うように、大神山へ向かった大蛇の軍の背後から、一気に攻めればトキヒコノミコトの軍と挟み討ちにできる。
「戦となれば、多くの兵が傷つき、命を落とすことになります。」
タケルが言うと、
「戦に命を賭ける事は兵の心得。出雲の国、いえ、倭国を守るための覚悟は、皆、できております。」
と、ゴチョウが平然と言ってのけた。
「その覚悟は有難い事です。しかし、無駄に命を落とす事はありません。できるだけ、戦にせぬ事、そのためにやるべきことを考えましょう。」
タケルの言葉に、シノギもゴチョウも少し憤然とした表情を見せる。
クジが言う。
「しかし、既に戦になっていたなら、いかがしますか。」
クジの云うとおりだった。大蛇の軍は容赦なく戦を仕掛けるに違いない。こちらが避けようとしても、逃れられないのが戦なのだ。そして、その時は刻一刻迫っている。タケルは、即座に答えることができず、席を立った。
館の開け放たれた戸板から、外を眺めると、赤い夕陽が見えた。
「日の落ちる先に、出雲の国の都があります。」
ヒョウゴがタケルの傍に立ち、夕日を眺めながら呟くように言った。
「都まではどれくらいですか?」
「ここから船で、中海を抜け、能代の海を通れば、ほんの一日です。」
「それほどに近いのですか・・・。」
タケルは驚き、ヒョウゴの顔を見た。
「おそらく、我らがここへ着いたことは、すでに出雲にも伝わっているはずです。出雲の兵力がどれほどかは判りませんが、もし、兵力を温存しているなら、すぐにも大軍がここへ来るかもしれません。」
「そうなれば、伯耆の国で大戦が起きることになりますね。」
もはや、戦をせずに大蛇一族を退け、出雲や伯耆の国に安寧をもたらす事は出来ないのか。大きな戦になる前に、大蛇一族を排除できぬものか、タケルの頭の中で同じ問いがぐるぐると回っていた。
「タケル様、宜しいでしょうか?」
背を向け外を眺めているタケルに、そう言ったのは、イカヤだった。
「何でしょう?」と、タケルが訊く。
「実は、トキヒコノミコト様の御言葉が、気になっているのです。」
「トキヒコノミコト様の言葉?」と、タケルが訊き返す。
「大蛇一族を殲滅せねば、出雲に安寧はない。とおっしゃったのです。・・しかし、ここは伯耆の国。トキヒコノミコト様にとっては、伯耆の国の安寧が願いのはず。なのに、何故、出雲と言われたのでしょう?」
言われてみれば不思議だった。既に追い詰められ、伯耆の国の安寧を願うのなら分かるが、なぜ、出雲の国なのか。
「聞き違いではないのか?」
そう言ったのは、クジだった。
「いえ・・確かに、出雲とおっしゃいました。何か、深い意味があるのではないでしょうか?」
イカヤが言うと、「出雲ですか・・・・」と、タケルはトキヒコノミコトの言葉の意味を考えた。
広く、北海に面した国々、出雲国から越の国までのつながりを、出雲国と呼んだのではないか。ならば、一層、この戦いを避けなければならない。このままでは、出雲に従う国同士の戦いになってしまう。出雲一国の事であるならどうか。出雲国の中で起きている事を危惧しているという事か。大蛇一族に出雲国が支配されているという事なのか。それなら、出雲に向かわねばならない。タケルは迷った。
「タケル様、我らを先遣として、大神山の麓に行かせてもらえませんか?」
申し出たのは、クジだった。
「越から率いてきた者は、皆、腕に覚えのある強者ばかりです。僅か三十名ほど。隠し砦の様子を伺って参ります。すでに戦が起きているなら、援軍の狼煙を上げます。まだ、戦が起きていないなら、どうにか、トキヒコノミコト様のもとへ辿り着き、これからの策について話を聞いて参ります。ここでいくら考えていても、良い策は出ないように思います。」
「ならば、私がご案内いたします。大蛇の軍に見つからず、大神山の隠し砦へ辿り着くには、妻木の郷から回り込んで向かう道が良いはずです。」
イカヤが申し出た。
「それでは、お願いいたします。くれぐれも戦を仕掛けぬようお願いします。」
タケルはクジの申し出を受け入れた。
「我らは、出雲の様子を探りましょう。」
そう申し出たのは、ゴチョウだった。
「奪った大蛇の船を使い、出雲へ入ります。そこで、いくつかに分かれて、出雲の国の様子を見て参ります。なに、三日もあれば、様子が判ります。」
「では、私がご案内しましょう。能代の海へ入るには狭い水路を進むことになります。周囲に兵が潜んでいるかもしれません。怪しまれずに行かねばなりません。お任せください。」
といったのは、ヒョウゴだった。
そして、飯山砦には、タケルとともにシノギの軍が控えることになった。
それぞれ、翌朝には出発して行った。

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3-3 飯山砦の男達 [アスカケ外伝 第3部]

少し時は遡る。
タケルたちが、ようやく、因幡の国に到達した頃、トキヒコノミコト達の軍は飯山砦にいた。
飯山砦は、伯耆の国の最西端であり、出雲との国境である。ここに兵を置くことで、容易に攻め込まれぬようにしていたのだった。
トキヒコノミコトは、伯耆の国を荒らし、因幡に侵攻した大蛇一族の将を矢で射抜き、一気に形勢を逆転させ、郷を回り、民に弓を教え、兵を増やし、短期間に伯耆の国を大蛇一族の支配から解放していた。
だが、それは、トキヒコノミコト、一人の力ではなかった。伯耆の国へ入った時に知り合った、兄弟の力がなければ、これほど早く事は運ばなかったと、トキヒコノミコトも感じていた。
兄弟は、妻木の郷の生まれで、もともとは漁師であった。兄はワカヒコ、弟はクニヒコ。トキヒコノミコトが、因幡で大蛇の将を射抜いた時、伯耆から連れて来られた兵の中に居た。
兄弟とも、トキヒコノミコトに弓の手ほどきを受け、めきめきと上達してトキヒコノミコトとともに、大蛇一族成敗のため、伯耆の兵を纏める役を担っていた。
「大蛇たちはまだ動かぬようですね。」
砦の館、広間の上座に、トキヒコノミコトが座っている。
「見張からはまだ報告はありません。」
そう答えたのは、ワカヒコだった。
トキヒコノミコトたちが飯山砦に入ったのは、まだ、雪がちらつく頃だったから、すでに三か月ほど過ぎていた。
「大神山の砦はどうなっていますか?」
とトキヒコノミコトが尋ねる。
「もう準備は終わりました。今年は雪が少なく助かりました。郷の者達もしっかり働いてくれたので、いつでも使えます。周囲の郷の者も、奥の郷へ移りました。田の仕事も始まっております。」
そう答えたのは、クニヒコだった。
「守りの支度はできましたが、それでは、大蛇一族を倒す事はできません。こちらから打って出るのは如何でしょう。」
ワカヒコが言う。
「いや、こちらから出雲へ出れば、我らが出雲を侵す者となります。」
トキヒコノミコトが答える。
「それではいつまでこうして居られるつもりですか。大蛇こそ元凶。あいつらを倒せば、再び、出雲は善き国になるはず。そのために我らも備えて来たのではありませんか。ヤガミ姫のためにも、一日も早く、美しき出雲を取り戻さねばならぬはずです。」
ワカヒコの勢いは止まらない。
「しかし・・」とトキヒコノミコトが言葉に詰まる。
トキヒコノミコトの隣には、若い娘が座っている。
ワカヒコの口から出た「ヤガミ姫」だった。
「トキヒコ様、お忘れですか?ヤガミ姫様が受けた酷い仕打ちを。我らがあの場に居合わせなければ、ヤガミ姫様は、御命をとうに失っておられたはず。」
ワカヒコが少し強い口調で言う。
ヤガミ姫は、トキヒコノミコトの隣で三人の会話をじっと聞いていた。

ヤガミ姫は、まだ幼さを残した顔立ちをしていて、歳は十五。出雲国の国王の末娘であった。
ヤガミ姫が生まれた頃、出雲は豊かな国だった。八百万の神を祀り、神々の御力で守られ、争いもなく穏やかな国であった。
大陸から製鉄の技術を持った者が渡来し、重用され始めた頃だった。
北海の諸国は、産物を出雲へ運び、引き換えに鉄の道具を手に入れた。越の国からも多くの産物が運ばれ、北海の水運も盛んになり、若狭や丹波、但馬も潤った。
その頃は、出雲の都はまだ、能代の海の南、意宇之荘山代の郷辺りにあり、王の宮殿は小高い丘の上にあった。そこは、能代の海と中海を繋ぐ水路を行き来する船で賑わう様子を見下ろせる場所であった。
そんな頃、大蛇一族が、渡来人に交じって、大陸から入り込んできた。韓で起きた戦で追放された一族であり、武力を隠し、国王に近付き、いつしか国王に重用されるようになっていた。
大蛇一族は、国王に、大陸からの侵略を許さぬ強き国作りを進め、そのための巨大な神殿作りを決心させた。
そして、その神殿は、出雲の都からはるか西の地、杵築山の麓、稲佐の浜を見下ろす地へ作ることとなった。
出雲国に従う北海沿いの諸国は、八百万の神々のためと考え、巨大な神殿作りに人も財も差し出した。だが、それは諸国にとって大きな負担となり、安寧な国だったはずの出雲国にも亀裂が入り始めた。
出雲国の神殿作りに苦しむ伯耆の国の民は、次第に離反するようになる。そこを大蛇一族は武力をもって民を押さえつけた。
すでに出雲国は大蛇一族が支配していると言っておかしくない状態になっていて、国王はもはや飾りであった。
そして、ヤガミ姫が十三になった時、大蛇一族の将ヒョンシクがヤガミ姫を見初め、力ずくで、妻にしようとした。
予てから、大蛇一族を嫌っていたヤガミ姫は拒絶し、僅かな臣下とともに宮殿を抜け出し、船で伯耆の国へ逃れようとした。
時はちょうど、トキヒコノミコトが伯耆の国から大蛇一族を排除し、伯耆の国の守りを固めるために、中海へ兵を率いてきたころだった。
ヤガミ姫を追ってきた大蛇軍は、中海に浮かぶ青島近くでヤガミ姫一行に追いついた。数ではどうにもならない状態だった。
徐々に近づく軍船を見て、ヤガミ姫は、海へ身を投げた。供をしてきた者も、皆、ともに海へ身を投げてしまった。
ヤガミ姫を追ってきた大蛇の軍船は、周囲を一回りしたが、姫の姿を見つける事は出来ず、引き上げて行った。
そこへ、トキヒコノミコトの軍船が現れ、海中に白い布が浮かんでいるを見つけた。トキヒコノミコトは自ら海へ飛び込んで、水中に沈んでいくヤガミ姫を何とか救い出したのであった。

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3-4 隠し砦 [アスカケ外伝 第3部]

命を取り留めたヤガミ姫だったが、余りの恐怖に、心に深い傷を負ってしまい、言葉を発することができなくなってしまったのだった。まるで赤子のように、暗闇に怯え、一人になると声を上げて泣き、トキヒコノミコトの傍を離れなくなっていた。出雲へ戻る事が出来れば、あるいは、元に戻れるのではないか、皆それを期待していた。そのためにも、大蛇一族を一日も早く殲滅し、出雲をもとの姿に戻さなければならない。
そんな時、驚くべき知らせが入ってきた。
「越国からの報せで、越の将、ヤマカが大丹生の地で、ヤマトの皇子タケル様に討たれたとの事です。」
ワカヒコが広間に居たトキヒコノミコトに伝えた。
「なんとしたことか。ついに・・。」
タケルが近くまで来ている。トキヒコノミコトは、天に祈った。
ヤマト国からの密偵であることを隠すため、名を変え、諸国へ入り、どれほどの年月が経ったことか。皇アスカと摂政カケルが常々求めておられる、民の安寧のために、自分の為せる事に精進してきた。だが、大蛇一族の魔の手から、身を守ることで精一杯で、今、限界を感じていた。そんな時、タケルが近くまで来ている。これほど勇気づけられることがあろうか。
「ヤマトの皇子タケル様とはどのような御方なのでしょう?」
クニヒコが呟く。
「あの大国、ヤマトの次なる皇、きっと強大な軍を率いておられるに違いない。我らに御味方いただけるならば、憎き大蛇一族など蹴散らせるのではなかろうか。」
ワカヒコが、勢いづいて言った。
「だが、兄者、大丹生の郷からの報せでは、淡海の兵と大丹生の兵くらいだとも聞きました。ヤマトの大軍が本当にいるのでしょうか?」
クニヒコが首をかしげて言う。
二人の会話を聞き、トキヒコノミコトはついに、二人に話す時が来たと決心した。
「実は、私もヤマトから来たのです。出雲国の不穏な動きを知り、詳細を掴むために参りました。」
ワカヒコもクニヒコも驚かなかった。
伯耆の国で出会った時から、トキヒコノミコトが、他国から来たことは判っていたし、様々な知恵と知識を使って皆を助けている姿を目にして、おそらくヤマトの都から来たのだろうと考えていたからだった。
「タケル皇子とは、都で幼き頃からともに育ち、切磋琢磨してきた間柄。おそらく、私が行方知れずとなった事で都から探しに参られたのでしょう。」
ヤマトの皇子その行方を捜しに来たのだと聞き、ワカヒコもクニヒコもこれには驚いた。それほどにヤマトでは重用された立派な人物に違いない。
「それなら、ヤマト国が我らの後ろ盾になってくれるのは確実でしょう。勇気が湧きました。皆も、きっと奮い立つに違いありません。なあ、クニヒコ。お前もそう思うだろう?」
「ああ、兄者。きっと我らが勝つ。そして大蛇一族を、この倭国から追い出してくれよう。」
ワカヒコの言葉にクニヒコが笑顔で答える。
「あと少し、あと少しで、必ず・・。」とトキヒコノミコトは心の中で呟き、終に、決断した。
「隠し砦へ向かう。そこで、大蛇の軍を迎え撃つ。」
号令を発し、トキヒコノミコトたちの軍は、郷の者たちとともに、大神山の麓にある隠し砦へ向かった。
「クニヒコ、お前はここに残ってくれ。そして、大蛇の軍が中海に姿を現したら、ここに火を放ち、隠し砦へ来るのだ。」
ワカヒコが言うと、クニヒコは答えた。
「判りました。兄者も、トキヒコノミコト様とヤガミ姫様をしっかりお守り下さい。すぐに参ります。」
飯山から東へ、日野川を越えると大神山の麓の森は、すぐそこにある。
この辺りは、幾度となく川が氾濫し、幾筋もの流れと湿地、葦原が広がっていて、川近くにまで森が広がっていた。
トキヒコノミコトは、日野川の葦原から、さらに一段上を流れる佐陀川の北の森の中に、砦を作っていた。真西には、飯山砦が見える。
大蛇の軍が迫ってくればすぐに発見できる場所であった。砦は、森の巨木をうまく使い、柵を何重にも巡らせ、さらにその周囲にも小さな砦を設えており、更に佐陀川が天然の堀となっていて、極めて強固な造りだった。
そして、その砦からさらに山に入ったところに、民が隠れるための郷も開き、周囲の郷の民もここへ移っていた。さらに、佐陀川の上流、大神山の中腹にも砦を作り、戦に備えていた。
「トキヒコノミコト様、どうやら、大蛇一族が飯山に着いたようです。」
そう知らせてきたのは、ワカヒコだった。
ワカヒコは、砦の最も川沿いの小さな館を守っている。
そこには、クスノキの巨木があり、それに登れば遠くまで見通せる。飯山砦辺りから煙が立ち上っている。クニヒコが大蛇の軍が来たことを知らせるために火をつけたに違いない。
「では、大蛇の軍は、すぐにも、来るでしょう。守りを固めてください。」
トキヒコノミコトは、ワカヒコに厳しい表情を浮かべて言った。
「承知しました。」
ワカヒコはそう答えると、自らの館へ戻って行った。
砦の中がにわかに慌ただしくなった。砦に張り巡らした柵を見て回り、弓矢や剣を点検し、皆、甲冑を身につける。森に立つクスノキの巨木の上に、多くの者が登って周囲に目を光らせる。
トキヒコノミコトは、じっと思案した。
タケルたちの援軍はいつ頃来るだろうか。それまで何とか持ちこたえなくてはならない。だが、兵の数は僅か。できれば、戦をせずに済ませたい。祈るような思いで空を見上げた。

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3-5 大蛇の将 ヒョンシク [アスカケ外伝 第3部]

トキヒコノミコトたちが、隠し砦へ移ったあと、暫くして、大蛇一族の軍船が中海に入り、飯山砦の下へ着いた。
大蛇一族には、兄弟、従兄弟などで、八人の将がいた。
この軍を率いているのは、ヒョンシクと言い、一族の中でも血気盛んで戦好きだった。ヤガミ姫を見初めて、自分のものにしようと画策したのは、このヒョンシクだった。
大丹生の郷で討たれたヤマカは、すぐ下の弟であったこともあり、ヤマカが討たれた事を知ると、すぐに軍を率いて、伯耆に来たのだった。
「ヒョンシク様、敵の姿がありません。」
港に着いた軍船に居た将軍ヒョンシクに部下が報告する。
「我らを恐れ、逃げ出したか!何処に逃げたか探せ!」
ヒョンシクは、兵たちに命じて、トキヒコノミコトの行方を探させた。それから、ヒョンシクは船を降り、砦へ登った。
「砦を焼き払うとはどういうことだ?我らに怖気づいて逃げ出したのか?それほど多くの兵は居らぬという事か?」
ヒョンシクは砦の様子を見ながら首をひねる。
大きな砦ではないが、小高い山、周囲は海。戦をするとしても、攻め手がない要塞である。ここで戦をしたほうが有利なはず。敢えてそこを捨てるというのは理解できなかった。
焼け落ちた小屋の様子を見て回るうちに、館は無事なのを見て更に不思議に思った。そして、館の中に入り、隅々まで見て回った。そして、奥の部屋に、白い衣服が残されているのを見つける。
「これは・・。」
ヒョンシクは、その衣服を拾い上げ驚いた。
それは、出雲から逃げ出したヤガミ姫の着衣に間違いない。それから、ヒョンシクは、その部屋を隈なく調べた。しかし、着衣以外、それと判るものは残っていなかった。
何故ここにヤガミ姫の着衣があるのか。船から身を投げ落命したと思っていた。だが、ここに着衣があるという事は、ここにいた紛れもない証拠である。もしや、ヤガミ姫は生きているのか。伯耆の軍とともにいるという事なのか。生きているのならば、何としても我が物にしたい、という思いが再び湧き上がってくる。
館を出たヒョンシクのもとへ、兵の一人がやってきて報告する。
「大神山の麓に隠れているようです。」
「確かか?」
「はい。郷の者に紛れていた間者が戻りました。間違いありません。」
「どれほどの兵か?」
「そこまでは判りませんが、大勢の民も共に居るようです。麓に砦を設えておるとの事。」
そこにヤガミ姫はいるのかという言葉が、喉元まで出ていたが、ヒョンシクは留まった。
「よし、大神山へ向かう!」
大蛇の軍は、すぐに、大神山に進軍を始めたが、日野川に阻まれ、大神山に辿り着くことは難しく、やむなく、大神山の砦の対岸にある日焼山に、陣を構えることにした。
日焼山は小高い丘のようなところである。以前は、大きな集落があったが、川の流れが変わり、丘の下に広がる湿地の乾燥が進み、人々は川近くに移り住み田畑を作った。だが、日野川の氾濫でその集落も長くは続かず、その後、この丘は墳墓の丘となっていた。
大蛇軍は、そこにあった墳墓をことごとく打ち壊し、木々を切り倒し、平場にし、陣を敷いた。
そこから、大神山の砦の間には、湿地と葦原が広がっている。
「あの森の中か。」
日焼山の陣から、川向こうの森を睨み付けてヒョンシクが言う。
大神山砦を攻めるには、目の前の日野川を渡らなければならない。だが、大軍が葦原と湿地を進み、川を越える事は、容易ではない。伯耆の国でトキヒコノミコトの軍と闘った時、同じような場所で弓矢の攻撃を受け、大敗した苦い記憶がある。目の前の葦原、湿地を抜けた時、森の中から矢羽根が飛んでくる事は想像に容易い。いくら兵の数で優っていても、見えぬ敵とは戦えない。これが、飯山砦を捨て大神山に逃げ込んだ理由かと考えた。
「あの森を全て焼き払うというのはどうだ。」
ヒョンシクの傍で、同じように大神山砦を眺め乍ら言う男が居た。
ヒョンシクの従兄弟、ヒョンデであった。ヒョンシク同様、戦好きには違いないが、ずる賢く、身勝手なところが多く、一族の中でも余り好かれていない。伯耆の国の戦でも、身勝手なヒョンデの軍のために、迂闊に動き大敗に繋がったことは幾度もあった。将にはふさわしくない人物だった。今回、ヒョンシクが兵を率いて出て行くのを見て、面白そうだと言って、ついてきた。
「秋や冬なら、その手も使えるだろうが、今は若葉の時期。森を焼くのは容易い事ではない。森に辿り着くまでにやられてしまうに違いない。」
「ふん、そうか。ならば、援軍でも頼むか?」
「援軍は既に頼んであるが、何もせず待っているのも口惜しい。」
「なら、山を回り込んで背後から攻めるというのはどうだ?俺に少し兵をくれれば、すぐにも行くぞ!」
周囲を見ると、確かにヒョンデの言う通り、山続きに回り込むことは可能だった。敵を前後に挟み込めば、勝機はある。
「よし、判った。十人程、兵をくれてやる。山手から回り込み、敵の様子を探ってくるのだ。決して、戦を仕掛けるのではないぞ。」
「まあ、いいさ。」
ヒョンデは、そう言うと、立ち上がり、兵を十人ほど引き連れて陣を出て行った。

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3-6 ヒョンデの失敗 [アスカケ外伝 第3部]

「どうやら、すぐには攻めてはこないようだな。」
「まあ、攻めてきても、この弓で射貫けば良いだけだ。」
「ああ、そうだ。」
数日が過ぎた頃、ワカヒコの館で、兵となっている民が集まり、賑やかに話している。すぐにも攻めて来るのではと慌ただしく支度はしたものの、動きのない事が判ると少し気が緩み始めていた。
そこに、大楠の上にある見張台から声がした。
「おい!山の方に煙が見えるぞ。」
談笑していた兵たちも驚いて見張台に上がり、目を凝らす。
確かに、郷の無いはずの山中に、煙が一筋、立ち昇っている。すぐに、見張り役が、ワカヒコに報告した。
「大蛇の軍かもしれません。偵察に行きますか?」
すぐに、ワカヒコは兵を連れて、煙が上がる方へ出かけた。
飯山砦から戻っていたクニヒコが、トキヒコノミコトのもとへ行き、仔細を話した。
「今しばらくは、戦を起こすわけにはいきません。」
トキヒコノミコトは、タケルの到着を待っている。
ワカヒコは、十人程の兵を連れて山道を進むと、佐陀川の上流、低い山の谷あいに、男たちが十人程座り込んでいるのを見つけた。
日暮れ近くになったためか、火を起こしたようだった。
「あれは大蛇の兵でしょうか?」
ワカヒコの供をしている兵の一人が囁くように言った。
「そのようだ。だが、戦場で、日のあるうちから火を焚くなど、迂闊極まりない。ここに居るというのを知らせているようなものだ。」
ワカヒコは、兵たちに周囲を取り囲むように指示した。
音を立てず、木々に隠れるようにして、ワカヒコの兵たちは、敵兵を取り囲んだ。
ワカヒコは、弓を取り出し、兵たちの真ん中に座っている将らしき男に狙いをつける。ぎりぎりと弓を引き絞り、一気に放つ。
それを合図に、取り囲んでいた兵たちも一斉に弓を放ち始めた。ヒョンデや兵たちは、四方から飛んでくる矢に、慌てふためき、抵抗する事もできず、地面に伏せる。
しばらくして矢が止んで、兵たちが、頭を上げると、そこにはヒョンデが倒れ、こと切れていた。
ワカヒコが最初に放った矢が、ヒョンデの胸を見事に射抜き、絶命したのだった。ワカヒコの兵たちは、敵兵を取り囲み、荒縄で縛り上げると、砦へ戻った。
捕まった兵の多くは、出雲国の民、日ごろは田畑で汗を流す者達だった。
「命を奪うつもりはありません。」
トキヒコノミコトは兵たちにそう言うと、荒縄を解く。
「我らは、出雲この国々に害を為す大蛇一族を退治したいだけなのです。出雲は敵ではない。あなたたちが良ければ、これから我らとともに戦っていただきたい。」
トキヒコノミコトの言葉に捕まった兵たちは涙を流し、共に戦う事を誓った。そして、兵たちはワカヒコに預けられた。
ヒョンデの亡骸は、砦に運ばれた後、柱に括りつけられ、日野川の河原に晒された。
一夜が明ける。
兵を連れ出て行ったヒョンデからは何も連絡はない。昨日、煙が上がるのを見て以来、特に、砦の方向でも変化は見られない。
「大変です。ヒョンデ様が・・・」
隠し砦の様子を見ていた見張が慌ててヒョンシクに報告する。
「何があった!」
「ヒョンデ様が河原の柱に括りつけられておられます。」
「どけ!」
ヒョンシクは、見張台に登り、ヒョンデの亡骸があるという河原に目を凝らす。確かに、ヒョンデのようだ。
「すぐに、迎えに行け!」
ヒョンシクは動揺し、周囲に怒鳴りつけるように言った。
暫くすると、山手へ偵察に行った兵が戻ってきて、焚火の痕の周囲に矢羽根が多数落ちていた事を報告した。
「やはり・・あいつは・・。」
昨日、煙を見た時迂闊な事を、と感じていたが、やはり予想通りの結果となってしまった。
ヒョンデの亡骸が運ばれてきた。
胸を矢で射抜かれている。予想した通りだった。やはり、トキヒコノミコトの軍を攻めるのは容易ではない。
「ヒョンシク様!飯山に軍が来たようです。」
見張り役からヒョンシクに報告される。
「援軍が参ったのか。」
これで、一気に攻め込むことができる、ヒョンデの恨みを晴らしてやるとヒョンシクは考えた。
「いえ・・わが出雲の軍ではありません。どうやら、越国あるいは若狭の軍のようです。」
「何?援軍ではないのか。」
援軍でなければ、ヤマカを討ち取った者達という事か。では、ヤマトの皇子の軍という事になる。
「数は?」
「軍船三隻。」
兵の数ではまだこちらの方が多い。だが、その軍がここへ向かってくれば、東西から挟み討ちとなってしまう。迂闊に動けなくなってしまった。
日焼山の陣中に、飯山砦へ敵軍が現れた話はすぐに知れ渡る。出雲から引き連れてきた兵の動揺は大きく、夜陰に紛れて逃げ出す者が出てきた。
数日のうちに、ヒョンシクの兵の数は半分ほどに減っていた。

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3-7 クジの軍 [アスカケ外伝 第3部]

その頃、飯山砦からイカヤが案内するクジの兵たち三十人程が、妻木の郷を抜けて、隠し砦へ向かっていた。
「その山を越えれば、砦が見えるはずです。」
先を行くイカヤが声を掛ける。
尾根を越えると、木々の間に建物が見えた。小さな坂を下りたところに張り巡らされた獣除けの柵越しに、兵が居た。
「イカヤです。トキヒコノミコト様に御取次ぎを願いたい!」
すぐに兵が館へ向かい、許しを得ると、一行を砦へ入れた。
砦の建物はどれも木々に隠れるように低く設えられていて、外からは見つけにくいように工夫されていた。
一行は、主館の前の小さな広場に案内された。
館からトキヒコノミコトがワカヒコとクニヒコとともに姿を見せる。
「よく参られました。」
ワカヒコが労いに言葉をかける。
「タケル様はお元気の様子。先般、大丹生の郷で、ヤマカを討ち取られた事は聞いております。それで、今はどちらに?」
トキヒコノミコトが訊く。
「飯山砦に居られます。」
と、クジは答え、出雲の様子を探っている事、大戦にならぬようあらゆる手を尽くす考えであることも話した。
クジは、最後に、タケルからの伝言を伝えた。
「タケル様はくれぐれも戦を仕掛けぬようにと申されました。」
話を聞いていたワカヒコがクジに訊いた。
「大戦にせず、大蛇一族を排除する事が出来るのでしょうか?」
「判りません。ただ、これはヤマト国の皇と摂政の願いであるとも仰せられました。」
と、クジが答えると、今度はクニヒコが言う。
「ここは、北海の地。ヤマト国ではありません。我らは長年、大蛇一族に苦しめられてきた。そして、太守である出雲国が醜い国へと変えられてしまった。あやつらを討ち果たす事こそ本望。」
「それは私も同じです。大蛇のヤマカに越の国は歪められ、苦しみました。ですが、タケル様は、大戦をせず、王を救い国を取り戻して下さったのです。私はタケル様を信じます。」
クジが言うと、トキヒコノミコトが答えた。
「私も、タケル様を信じております。今のままでは、伯耆の国と出雲の国の戦となりましょう。それに、タケル様が我らの味方となれば、それは、出雲国とヤマト国の戦という事にもなるのです。我らが勝ったとしても、出雲国は敗戦によりヤマトの属国と見られ、出雲の人々には恨みが残るに違いない。それはいずれ新たな火種になる。それではいつまでも戦が絶えぬ世の中になってしまいます。」
それから、皆、館に入り、これからの事を話し合った。敵の将一名を佐陀川上流の谷あいで討ち取った事も話された。
「大蛇の軍にはどれほどの将がいるのでしょう。」
クジが率直に訊いた。
「大蛇の一族には八人の将が居ました。伯耆の国では、八人の将が、それぞれに軍を率いて各地を回っておりましたが、確か、一人はすでに我らが討ち取り、ヤマカ、そしてヒョンデという将も討ち取ったわけですから、残るは五人のはず。」
ワカヒコが答えると、イカヤが言う。
「日焼山の将以外にまだ四人・・。それはきっと出雲国に残っているはず。兵がどれほどついているかは判りませんが、まだまだ強大な軍勢にはちがいありませんね。」
「タケル様が仰せのように、むやみに戦を起こせば多くの死者が出るでしょう。やはり、慎重に動かねばなりません。」
と、トキヒコノミコトが言う。
「あと数日で、出雲の様子が判ります。しばらく、待ってみましょう。」
とイカヤが続けた。
話し合っているところに、兵が入ってきて、クニヒコに耳打ちした。
「日焼山から逃げて来た兵を捕らえたようです。兵の話では、敵の将はヒョンシクというそうで、ヒョンデが討ち取られた事と飯山砦にヤマトの軍が入った事が判り、負け戦を覚悟して、兵が次々に逃げ出しているとの事。」
クニヒコは、兵からの話を皆に伝えた。
「自滅ということでしょうか?」とイカヤが訊く。
「今なら、敵将を討ち取れるかも知れません。私に行かせてください。」
クニヒコが言う。
「それなら我らがお供します。越から戦備えをしてきておりますが、未だ力を発揮しておりません。皆、力を持て余しております。」
クジが言う。
クジは越国から、ヤマカ退治のために選りすぐりの兵を引き連れてきていた。
「いや・・しかし、戦を仕掛けてはならぬとタケル様は仰せなのだ。ここは待つ方が良いと思うが・・。」
そう言ったのは、ワカヒコだった。
「戦を仕掛けるのではありません。敵の様子を探り、隙あらば、敵将を討ち取るのです。兄者、是非、行かせてください。」
クニヒコはクジの加勢を心強く受け止め、強気で言う。
トキヒコノミコトは一抹の不安を感じながらも、クニヒコやクジの言葉に押され、終に許した。
次の日の早朝、クジの兵三十名とクニヒコの兵二十名が、佐陀川を上り、山沿いにヒョンシクの軍のいる日焼山を目指し、出発した。
その日の昼頃、日焼山の少し南の山中で、煙が上がった。クジとクニヒコが率いた兵と、ヒョンシクの兵が山中で出くわしたのだった。
ついに戦いが始まってしまった。クジとクニヒコの兵は、弓矢で応戦した。その最中で、ヒョンシクの兵たちが森に火を放った。火は瞬く間に広がり、クジとクニヒコの兵たちは煙の中で逃げ惑う。ヒョンシクの兵たちはそれに紛れて、陣へ引き上げた。
夕刻、クジとクニヒコが戻ってきた。兵の半分ほどは怪我をしている。戦での怪我ではなく山中を逃げ惑ったためであった。

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3-8 ゴチョウの軍 [アスカケ外伝 第3部]

飯山砦をでたゴチョウの軍は、大蛇の軍船に乗り、中海から能代海へ目指し進んでいった。二つの海を繋ぐ水路の南側には、郷が広がっている。
「あれが、かつての出雲国の都です。今の王が遷都を命じられたので、今は、港と小さな郷が残る程度ですが・・・。」
水先案内をしているヒョウゴが、ゴチョウに説明する。
港には小さな船が多数着いていた。人影も見える。賑わいとまではいかないが、人が暮らしている事は判った。
「ここを押さえれば、出雲の軍船は出て来れぬようだな。」
ゴチョウが呟く。
「王が遷都されたのも、実は、それが一つの理由です。ここを封じれば守りも固くなる。言い換えれば、ここを敵に取られれば、出雲国全てを押さえられるに等しいのです。遷都先の杵築は、能代の海と外海との両方に地の利があります。いずれ、西国への号令するために善き場所だと考えられたのでしょう。」
ヒョウゴが説明する。
「ならば、まずここを押さえねばな。幸い、出雲軍は居らぬようだが。」
「いえ、それは止めた方が良いでしょう。出雲の軍はこの対岸にある、山口の港辺りに隠れているはずです。すでに我らの動きは知られているかもしれません。」
ヒョウゴは舳先から右手を指さしている。
そこには入り組んだ山と深く切れ込むように幾つもの入り江が見える。山口の港は、その先、楽山を回り込んだ辺りだった。山の頂上辺りにも見張台も見えた。
「怪しまれぬよう、真っすぐ、能代の海へ入ります。その先に小さな島があります。そこに船を着けます。」
ヒョウゴの案内で船は能代の海に入り、小さな島の陰に留めた。そこには幾つか小舟があり、分かれて、郷の様子を探りに向かった。
ゴチョウは、元の都山代の郷へ向かった。島からすぐ近くの海岸に小舟をつけて、陸に上がる。浜沿いを郷へ向かう。
港が見えてきた。まばらだが、人が行き交っている。兵の姿はない。郷の中に入ってみた。皆、何事も起きていないように普段の暮らしをしているようだった。ただ、時折、誰かにつけられているような気がした。郷の家並みを抜け、港の入り口には行ったところで、背後から女が一人近づいてきた。女は短刀をゴチョウの背に当てて、小さく呟く。
「静かにしてください。」
女はそう言うと、ゴチョウの手首を強く握り、後ろに回すと締め上げる。そして、そのまま、港の脇道に連れて行き、一軒の家に押し込んだ。
そこには、剣を構えた数人の男と、女がもう一人待っていた。
ヒョウゴは、腰の剣を取り上げられて、板の間に座らされた。
「手荒な真似をして申し訳ありません。見慣れぬ御方でしたから、もしや、伯耆の国から来られたのではないかと思いまして。」
剣を構えた男の脇に居た女が口を開く。その口調や身なりから、出雲の兵とは思えなかった。
ヒョウゴは、正直に答えるべきかどうか判らず口を閉ざしていた。
「ヤマトの皇子がヤマカを倒されたというのは本当ですか?」
再び女が口を開く。どうやら、敵ではなさそうだった。ヒョウゴは小さく頷いて答えた。そこにいる者は皆、ヒョウゴの返答に喜ぶような顔を見せる。どうやら、味方と考えても良さそうだとヒョウゴは思い、口を開く。
「私は、ヤマトの皇子タケル様に付き従い、丹後、宮津から参ったヒョウゴと申す。大蛇一族征伐の軍の将をしておる者です。」
ヒョウゴの答えに、さらに、皆、喜んでいる。
「では、ヤマトの軍が来ているという事ですね。」
確かめるように、女が訊く。ヒョウゴは小さく頷いた。
「我らは、ヤガミ姫様をお守りして出雲の都から逃れてきた者です。姫様は、大蛇の魔の手から逃れようと伯耆の国へ向かう途中、船から身を投げられました。しかし、まだ、生きておられると信じ、我らは機会を窺っていたのです。・・ヤマカが倒されたという報せを知り、その時は近いと思っておりました。」
その女はそう言いながら、涙ぐんでいる。
「姫様の消息はご存じあるまいか?」
剣を納めながら、男が訊く。
「いや・・われらも飯山砦に着いたばかり。ヤガミ姫様のことも今初めて知ったところ。だが、もし生きておられるなら、きっと、トキヒコノミコト様のもとに居られるのではないか。」
ヒョウゴが言うと、
「トキヒコノミコト様とは・・伯耆の国を大蛇一族から守られたという御方の事ですか?」と、女が訊く。
「はい。タケル様と同様に、都から来られた御方。今は、大神山の砦で大蛇一族の軍と対峙されておられます。」
そこまで聞き、皆は安堵したのか、座り込んだ。
「私は、スイと申します。貴方を連れてきたのは妹のレン。私と妹は姫様の侍女でした。そして、この者達は、姫様の衛士役です。」
自己紹介して、これまでの経緯をヒョウゴに話して聞かせた。
「タケル様のもとへ参りましょう。」
ヒョウゴは一通り話を聞いて、皆を飯山砦へ連れ帰る事にした。
来た道を戻って行く最中、驚く光景を目にした。
四隻の軍船が、悠々と水路を進んでいた。船縁には多くの兵の姿が見える。
「急ぎましょう。」
ヒョウゴは、船に戻ると、すでに皆、船に戻っていた。
「大蛇の大軍が水路を出て行った。このままでは、飯山砦が危ない。」
船では、皆、慌てて支度をしていた。

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