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file4-6 拉致事件捜査開始 [同調(シンクロ)]


一樹たちは、一旦、署に戻って、直に鳥山課長に次第を説明した。
「行方不明か・・妙な雲行きになってきたな。・・念のため、その部屋を調べてみよう。もし、誰かが拉致したのなら、何らかの形跡が残っているだろう。すぐに、鑑識を行かせよう。それと、昨日の夜の状況も調べさせてみよう。」
「じゃあ、すぐにでも、捜査本部を立てますか?」
「いや、まだだ。お前は、店のママから、その娘の情報をもっと聞き出してくれ。まだ、事件かどうかわからないから、少し慎重にすすめないといけない。署長には話は通しておく。いいな。」
一樹も、若い娘が一晩居ないというのは、ありがちなことだ。ただ、余りにも不自然な事が多いし、ソフィアの心配はおそらく的中しているだろうと思ってもいた。だが、まだ、確証がなかった。
「判りました。・・あ、それと、これ、娘の写真です。部屋にあったので・・聞き込みに役立つだろうと思いまして。」
課長は写真を受け取り、刑事課の課員にコピーして持たせるように手配し、周辺の聞き込みに向かわせた。

亜美とソフィアは資料室にいた。ソフィアはじっと目を閉じ俯いていた。亜美はその様子を見てどう声を掛けたものか思案していたが、
「ねえ、ソフィアさん。一樹は貴女のお店にはよく行くの?」
事件の事ではなく、一樹とソフィアの関係が気になってつい訊いてしまった。
ソフィアはその問いに、少し考えてから
「1年くらい前から・・週に1日くらい。夜遅くにね。」
極めて素っ気無く答えた。
「一樹はそんなにお酒は好きじゃないのに・・何か目的があるの?」
「さあ、たぶん、私に会いに来てくれてるのよ。」
ソフィアには亜美の一樹への想いが判っていて、ソフィア自身も一樹を愛しく思っていた。だから、あえて、嫉妬させるような言い方をしてしまった。

一樹が部屋に戻ってきた。
「課長が、一通り、捜査をしてみようと言ってくれたよ。今、鑑識と聞き込みに行ったぞ。これでもう少し状況がわかるはずだ。・・大丈夫さ、きっと無事だよ。」
その言葉に、ソフィアは立ち上がって、一樹に抱きついた。
「ありがとう、一樹!きっと無事よね。」
その様子を見て、亜美は興奮気味に言った。
「一樹!ちょっと!・・ねえ、一樹!ソフィアさんとは一体どういう関係なの?ちゃんと話して!」
その声に一樹はきょとんとした顔をした。そして、ソフィアを見て『何を話したんだ?』という視線を送った。
「どういう関係って・・」
そう言いながら、抱きついているソフィアを離して、
「どういうって、店のママと客だよ?時々、行ってる馴染みの店ってとこかな?」
「だって・・お酒なんか飲めないくせに!ママに会うのが目的なの?」
「え?・・ああ、そうだな、ママに用事があるってのは嘘じゃないか。」
「どんな用事なの?・・それって、ママの事が・・」
亜美が勝手に話を作り上げそうだったので、一樹は正直に説明する事にした。
「落ち着けって。何、興奮してるんだよ。・・ちゃんと説明するから。実は、葉山の事件のあと、捜査本部も解散してしまっただろ。その後も俺一人で引き続き情報を集めてたんだ。その中で、ママの店の事を聞いて、協力してくれるっていうんで、情報を得る為に通ってたんだよ。」
「本当にそれだけ?」
亜美とソフィアが同じ事を訊いた。
「おいおい、おかしいぞ、二人とも。・・そりゃ、ソフィアは綺麗だし、優しいし、俺だってそれだけかって言われると・・」
ソフィアは笑顔で答えたが、亜美は渋い顔をしていた。
「なあ、そんなことどうでも良いんだよ。今は、ユウキの事だろ。」


file4-7 レイからの連絡 [同調(シンクロ)]


そんな時、亜美のカバンの中から、呼び出し音が聞こえた。
「あ!レイさんからの電話!」
先日手渡された専用の連絡ツールをカバンから取り出した。

「もしもし、亜美です。・・・・はい。・・・わかったわ。・・じゃあ・・待ってるから。」
そういうと電話を切った。
「レイさんが会いたいって。・・何か、昨夜、弱い思念波を感じたらしくって、気になるんだけどそれ以来シンクロできないらしいの。」
「まさか、ユウキの件と関連があるんじゃ・・」

ほんの15分ほどでレイは署に現れた。
「ごめんね。突然。でも、どうしても気になっちゃって。」
Tシャツにジーンズ、スニーカー姿で現れたレイは、先日、告白したレイとは違う、以前の活発なレイに戻っていた。言葉遣いや声の調子も随分と違っていた。

「とりあえず、どんな事を感じたのか教えて?」
亜美は資料室のソファに座りながら、訊いた。
しかし、レイは、初めて会うソフィアを見て、どうしたものかと困っていた。
その様子に一樹が気づいて、
「ああ、こちらはソフィア。俺が行く店のママ。ひょっとしたら、レイさんの感じた思念波はソフィアの友達かも知れなくて。・・ああ、レイさんの能力の事はソフィアにもあらかた説明してるから大丈夫だ。」

その説明を聞いてレイは、じっとソフィアを見つめた後、亜美のほうも見て、
「ねえ・・ソフィアさんって、一樹のことすごく好きなのね。私、そういうの感じるから。・・亜美さん、大変ね。・・ライバル出現ってとこかしら。」
少し意地悪そうに言ったのだった。
ソフィアはその言葉を聞いて、にっこり頷いた。
亜美はどぎまぎした。レイの存在にさえ、嫉妬心を持っていたのだ。それにまた、ソフィアが現れてしまって、このところ少し冷静さを失っていたのも事実だが、レイに言い当てられて、顔を真っ赤にした。

しかし、一樹はそんな事、気にするでもなく、冷静に言った。
「なに馬鹿なこと言ってるんだよ。さあ、レイさん、話してくれ。」
「ええ、昨日の夜・・8時頃にね・・すごく弱くて短い思念波を感じたの。すぐにシンクロしたんだけど、全然ダメで。」
「ダメって?まさか、殺されたとか・・」
「ううん、それはないはず。もしそうなら、もっと強く、それに色も違って見えるはず。」
「色って?思念波は色が付いてるの?」
「ええ・・ほとんどは青い色・・でも命に関わるくらい・・殺されるような恐怖だと赤くって・でも・・昨日感じたのは、少し青いくらいで、恐怖はあるんだけど・・ある程度わかっていたような・・だから、何か事件が起きたんじゃないかって・・その後も何度か、シンクロしようと試したんだけどダメだったの。」
「その・・思念波・・どんな・・具体的に何かわかるようなものはないかい。」
「ええ、一瞬なんだけど・・黒い大きな車・・ほら、バスみたいな・・と大きな人が見えた。暗くて顔まではわからなかったけど・・」
「その、思念波を出した人間については?」
「・・・若い女の子・・かな・・イヤっていう拒否するような感覚・・でも、すぐに途切れたから・・気絶したか、眠らされたかしたんだと思う。」
「やっぱり、ユウキさんじゃないかしら。」
亜美が言った。
「そうか・・なあ、レイさん。例えば、その場所に行けば、もっとわかる事ってないかな?」
「今までそういうことはやった事がないけど・・ひょっとしたら、曖昧な部分がもっと鮮明になるかも・・」
「よし、じゃあ、ユウキさんのアパートに行ってみよう。多分、そこで誰かに連れ去られただろうから。」
4人は急いで部屋を出た。

玄関脇には、フリーライターの林が立っていた。
レイのことをあれからも追い続けていて、署に現れたのを偶然見つけて、待ち伏せしていたのだった。
「おや、一樹と一緒に美女3人。あいつ,モテルなあ。・・何か面白そうな事がありそうだな。」
林は、4人が出てきたのを見つけ、すっと影に隠れた。そして、後をつけることにした。

file4-8 残像 [同調(シンクロ)]

4人はユウキのアパートに着いた。鑑識の調べもほぼ終わり、刑事も聞き込みをある程度終わったようだった。
4人が到着すると、アパートの住人が通りに出ていて、怪訝そうな顔で睨まれた。
「何だか、乱暴な聞き取りでもしたのかな・・何だかみんな殺気立ってる様な気がするな。」
そう言うと、一樹は2階に上がった。ソフィアも亜美も続いた。レイが車を降りると、その場で立ちすくんだ。その様子に亜美が気付いて、階段を駆け戻った。

「どうしたの?」
「だめ・・周りに強い思念波があり過ぎる・・みんなが私を責めるような・・」
「ちょっと!一樹、来て!」

その声に一樹が戻ってきた。
「困ったな。・・どうすればいいんだ。」
そう聞いて、ソフィアが住人のところへ行った。事情を丁寧に説明していた。徐々に、住人が自分の部屋に戻っていった。

「やっぱり、さっき、刑事が来て、日本語が判るのかとか、お前らみたいのがいるから無用心なんだとか、汚い言葉で侮辱して、脅すようにいろいろと聞き出して行ったみたい。」
「何て奴らだ。変わってないな。ソフィア,申し訳ない。仲間がやった事だ、俺からも詫びとくから。」
「大丈夫よ。一樹のこと、今、一生懸命、友達を探してくれてるっていったら納得してくれた。それと、やっぱり夕べ、ここに見知らぬ車が停まっていたらしいわ。乗っていたのは3人だって。」
「そうか。ありがとう。きっとそいつらがユウキをさらっていったんだろう。」

一樹は振り返って、レイを見ると、どうやら落ち着いたようで、
「・・最近、またチカラが強くなってるの。周りの感情とか思念波で感じるようになって・・・もう、大丈夫。さあ、その子の部屋に、行きましょう。」
そう言って2階に上がっていった。

ドアの前で、レイはシンクロを始めた。髪の毛が少し青みがかって見えた。
「ダメ。シンクロできない。やっぱり、女の子は意識がないみたい。」
「ダメか・・」
「でも・・ここに来てわかった事がある。私が朧気にみた風景はココ。」
「やっぱりそうか。」
「そう・・この位置から、ちょうど下の道に黒い車、大きいバン。・・それから、ドアの前に男が立ってる。」
「どんな奴かわかるかい?」
「日本人みたいね。でもすごく大きい。肩幅があって、髪の毛は短いわ。・・いえ、短いんじゃなく、後ろで縛ってる。長いわ。そして、口に何か当てられた・・そして・・気を失ったみたいね。」
「やぱりここで拉致されたんだな。」

レイは目を瞑り、必死に昨日見た映像をたどりながら話した。
「車が見えるけど・・ナンバーは隠されてる。・・真っ黒。窓も黒く塗ってある・・ミラーだけ銀色に光ってる。・・ごめん・・これくらいしか無理。」
レイは、そう言うと、その場に座り込んでしまった。
一樹はレイのその言葉を聞きながら、葉山の事件を思い出していた。あの時の状況と似ていたのだった。

「もう良いよ。ありがとう。」
一樹はそういうと、レイを抱え上げた。そして、そのまま、階段を下りていった。亜美もソフィアも少し羨ましそうにその後を続いた。

フリーライターの林が、少し離れた場所からその光景を見ていた。4人の会話は聞こえなかったが、あの娘から何かを聞きだしているのは充分にわかった。そして、一樹がその娘を抱えて降りてくる光景を見て、やはりかなり深い秘密があるのがわかった。

4人は車に乗り込んだ。
「署に戻って・・少し休むか・・」
そういうと、一樹は車を走らせた。林はバイクで一樹の車を追った。


タグ:残像

file4-9 指紋 [同調(シンクロ)]

署に着くと、鑑識課の川越という担当が一樹を待っていた。
「矢澤さん、お帰りなさい。早速、お知らせしたい事があるんです。もう課長には報告したんですが・・」
玄関前で声を掛けられた。
「資料室で聞くよ。」
そういうと一樹を先頭に4人は資料室に入った。
レイをソファに座らせて、亜美が飲み物を持ってくるといって部屋を出て行った。ソフィアがレイに寄り添うように座った。
「あの・・報告なんですが・・」
川越はそういうとソファの二人を見た。部外者がいる事を気にしたのだった。
「ああ、彼女たちは・・事件の関係者だ。協力してもらっている、大丈夫だ。」
「・・まだ、結果は確定ではないんですが、部屋から採取した指紋を前歴者と照会をかけたんですが、該当者はありませんでした。」
「そうか・・まあ、そんなに簡単に容疑者がわかるはずもないが・・」
「ただ、ちょっと僕が気になって・・他の事件の指紋と照合したんです。そしたら・・あの葉山さんの怪我をした事件、あの容疑者と一致したんです。」
「何だって!・それは、間違いないんだな。あの男、まだこのあたりにいたのか!」
一樹は川越の報告を聞いて悔しがった。
「あ、それと・・現場に毛髪が落ちていまして、おそらく今回の被害者とは別の毛髪なんですが・・」
「それがどうした?」
「ええ、指紋は葉山さんの時の容疑者だと思うんですが、髪の毛はどうやら違うんじゃないかと・・」
「どういうことなんだ?」
「ええ、髪の毛は、今の分析技術で、性別がわかるんです。それによるとどうやら女性らしいんです。」
「じゃあ、もう一人女性の容疑者がいるって事か?」
「いえ、そうじゃなくて・・・つまり、葉山さんの事件では、矢澤さんの目撃情報から男性と決め付けていたんですが、指紋が一致しているので・・・つまり・・」
そこまでの話を、飲み物をとりに言っていた亜美も聞いていた。そして、一樹の後ろから、
「じゃあ、大柄な女性。それも男性に見えるようなカモフラージュをしているって事?」
「ええ、どうもそうらしいんです。・・女性なのに男装というか男性になっているという・・」
「確かなのか?」
「すいません。鑑識課でもまだ意見は分かれているんです。部屋から採取した指紋全てを照合していくにはもう少し時間が必要なんですが・・・僕はそう思うんです。課長もその線でもう一度検証しろと・・」
「ありがとう。もう少し確実になったらまた教えてくれ!」
一通り話を聞いたあと、川越は部屋から出て行った。

一樹は、椅子にどっかりと座って考え込んでしまった。これまで探してきた容疑者と今回の拉致事件、どこで繋がっているのか、それとも、全く見当違いなのか・・・じっと考え込んでいた。

「ねえ!レイさん!レイさん!」
レイに寄り添うように座っていたソフィアが、突然、声を上げた。
レイが突然苦しみ始めたのだ。顔を高潮させ、息も上がっている・・いや息苦しそうにしている。

「ううっ・・ううっ・・やめて!」
何度かそう言うと、気絶してしまった。今度は、顔色がみるみる真っ白になっていく。
ソフィアがレイの体を揺すってみたが反応がない。亜美も駆け寄り、呼び掛けた。レイはどんどん弱っていくようだった。唇が紫色になってきて、ほとんど呼吸もしていないようだった。
「亜美!救急車だ!」
橋川署の隣には、消防本部があり、亜美はすぐに救急要請をした。ほんの1分ほどで、ストレッチャーと酸素ボンベを携えた救急隊員がやってきた。
一樹はレイを抱き上げ、玄関先まで出ていた。

「神林病院に搬送してくれ!・・亜美、一緒に付き添って・・病院には俺から連絡しておくから。早く!」
亜美とレイを乗せた救急車はけたたましいサイレンを響かせて国道を走っていった。

その様子の一部始終を、林が玄関脇から見ていた。
「なんだい。今度は急病か?神林病院って言ったな。やっぱり何かありそうだな。」
そう呟いた時、すぐ脇に、佐伯がいた。
「おやおや、これは矢澤の友人、林君じゃないか。今度はどんなゴシップを探してるんだい?」
「・・・また、何かネタくれるのか?」
佐伯はにやりと笑って、手のひらを突き出した。金を要求しているのだった。
「勘弁してよ。前のネタ、ちっとも金にならなかったんだぜ。もっとましなネタくれるんなら・・」
「そうだなあ・・誘拐事件に強盗事件、今度は拉致事件・・最近、うちは賑やかだからなあ。」
「その辺のネタなら間に合ってるよ。・・だいたい、お前さんのネタ、古いんだよ。・・なあ、あの、さっき救急車で運ばれていった娘の情報はもってないかい?」
「はあ?娘・・ああ、時々顔を見かけるが・・知らねえな・・矢澤とは時々会ってるみたいだな。」
「なんだい!それなら俺のほうが詳しいな・・・さっきも、拉致現場に一緒に行ってたしな。・・なんだか、娘から話を聞きだそうとしてたみたいだからな。・・何かありそうなんだが・・」
佐伯は、林の話を聞き、
「ふーん。・・ちょっと調べてみるか。」
そう言って、署の中へ入っていった。

タグ:指紋

file4-10  秘書 [同調(シンクロ)]

「レイさん!しっかりして!」
亜美は救急車の中でじっとレイの手を握って呼び掛け続けた。
救急処置で、呼吸は安定しているのだが、脈拍や血圧が下がったままで、意識は戻らなかった。

神林病院では救急搬入口で、神林院長と数人の看護士が待っていた。救急車が到着すると、すぐに救急処理室に運び込まれた。
「すみません。一緒にいたんですが、急に意識がなくなって・・」
亜美がそう言うと、院長は、
「大丈夫です。・・持病の発作でしょう。すぐに回復しますよ。」
そう言って、処置室に入っていった。
ほんの1分ほどですぐに出てきて、
「大丈夫。もう発作は収まりました。ただ、少しダメージが大きいようなので、PCU・・ああ、特別室に移して、治療をします。大丈夫です。」
そう言うと、レイの横たわるベッドが処置室から出てきた。
点滴と酸素マスクをつけているが、顔色は随分戻っていて、安らかに眠っているように見えた。
院長は、レイの頭を撫でて、じっと寝顔を見てから、
「少し、無理をしたんでしょう。・・シンクロは随分エネルギーを使うようです。・・あるいは・・」
そこまで言ってから院長は口を噤んだ。エレベーターが到着し、ベッドが入っていった。
「それでは、今日はありがとうございました。」
そう言うと、院長も一緒にエレベーターに乗り込んで行った。

亜美は、院長に尋ねたい事もたくさんあったのだが、この状況では聞きだせないままだった。とりあえず、一樹にレイの無事を知らせようと思ったが、とっさに出てきてしまって、カバンも何も持っていなかった。どうしたものかと途方にくれて、病院の玄関へ向かって歩きかけた時、声を掛けられた。
「突然すみません。紀籐亜美さんですね。」
「はい。貴方は?」
声を掛けてきたのは初老の紳士で、しゃんとした姿勢で仕立てのいいスーツを着ていた。
「私、神林院長の秘書で、山口と申します。」
そういうと、名刺を一枚手渡した。名刺には確かに、医療法人 神林会 秘書の肩書があった。
「先ほど院長から、紀籐様をお送りするように申し付かりましてお声を掛けさせていただきました。」
落ち着いた低い声でそう続けた。
「差し支えなければ、私が署までお送りいたします。・・それから、矢澤様には先ほど私が連絡をさせていただきました。」
「そうですか。」
亜美は秘書の導くままに、ロビーの奥の通路を続いた。
通路の先には、神林の自宅があり、その前に、黒い高級車が停められていた。後部座席のドアが開いて、亜美が乗り込むと静かに発車した。
「この車は?」
「ええ、レイ様の専用車です。外出の際には、必ず使われます。」
「レイさんて、神林院長とどんな関係なの?」
「さあ、私も存じ上げません。」
「確か、アメリカからお母様と一緒に治療のためにいらしたと聞いたのですが・・」
「さあ、私は院長の秘書ですので、レイ様のプライベートの事は教えられていませんのでお話できる事はございません。」
「そうですか・・じゃあ、もう一つだけ。今日みたいな発作は以前にもあったのかしら?」
「・・・いえ・・・そんなに発作はなかったのではと記憶しております。・・少なくともここ数ヶ月ではございませんでした。」
「そう。」
秘書は、本当に知らないのか、或いは、秘密にしているのか、判断できない言い方で受け答えをした。
亜美もこれ以上詮索するのはと思いとどまり、口を閉じた。ほどなく署に到着した。

「ありがとうございました。レイさんに早く回復されるよう祈っていますと伝えてください。」
「承りました。それでは失礼いたします。」
車はまた静かに走り出し、視界から消えていった。
署に戻ると、資料室には、一樹もソフィアも居なかった。机の上に置手紙があった。
『もう少し、ソフィアと現場で聞き込みをしてみる もう帰っていいぞ。 矢澤』
「何よ これ! 勝手なんだから。もう知らない!」
一樹がソフィアと一緒に行動している事に、無性に頭にきていた。


file4-11 襲撃 [同調(シンクロ)]

F4-11 襲撃
置手紙どおり、一樹はソフィアと一緒に、アパート周辺の聞き込みをしてまわった。ソフィアが知っているユウキの知人や立ち寄り先等も回ってみた。一緒に居る事でみんな意外と快く応じてくれたのだが、特に具体的な情報は得られず、すっかり日が暮れてしまった。
ソフィアは、ユウキの事が心配で、何としても手掛かりを手に入れたいと頑張ったが、昨夜もほとんど眠っていない為、もうすっかり疲れ果てていた。
「ソフィア、少し休もう。日も暮れてきたし・・そうだ、店に来る客からも何か情報が手に入るかもしれない。一旦、店に戻ろう。」

店を開けられる気分ではなかったが、一樹の言うとおり、ひょっとしたら何かの情報が手に入るかもしれない、それに、一樹が一緒に居てくれるなら、少しは気も休まるかもしれない。そう考えてソフィアも応じた。

店に戻ると、ソフィアは在り合わせの材料で夕食になるものを作った。一樹は、それを食べながらこれまでの情報を頭の中で整理していた。
「ユウキの拉致と、怪しげな手術の話は必ず繋がっているはずだ。それと、葉山の件。同じ容疑者だとするとあの事件と今回の事件には同じ組織が絡んでいるはずだ。」

ドアのカウベルが鳴り響いて客が入ってきた。
「やっぱりここか。」
客は、林だった。
「どこかでみた事ある顔だと思ってたんだが、俺の記憶力もたいしたものだな。」
そう呟きながら、カウンター席に座った。
「何しに来た!」
一樹が強い口調で言った。
「おいおい、客に対してそれはないだろ。・・ちょっと酒でも飲みたくなってね。なあ、ママ。ビールくれよ。」
ソフィアは、一樹の態度を見て、招かれざる客だとわかったのか、何も言わずビールを出した。
「なんだか、愛想のない店だな。・・・なあ、今、何を調べてるんだ?拉致事件はわかってるが、他の刑事たちとは別行動だろ?それに可愛い女の子を引き連れて・・ちょっと教えろよ。・・俺だって少しは役に立つ情報を持ってるかもしれないぜ?」
一樹は相手にしたくないながらも、林の言うとおり、「怪しい情報」については案外こいつのほうが知ってるかもしれないと思った。一樹は一息ついてから
「捜査中の案件の事は話せないのは判ってるだろ。・・まあ、いいさ。・・お前、美容整形の怪しい情報知ってるか?」
「美容整形?・・ふーん・・・」
林は何やら思案した表情を見せていた。そして、
「一樹が知りたい情報だけ出すのはなあ?・・俺にも一つ情報をくれないか?そしたら知ってる事を話してやるよ。」
「何が知りたいんだ?」
「・・・あの・・今日、救急車で運ばれた女の子の話だ。どこの誰だか、お前とどんな関係なのか?何だか秘密めいたものを感じるんでなあ。ちょっと面白そうだからな。」
「ダメだ!レイの事は話さない!」
「レイって言う名前か。そうか、神林病院に確か、新道レイっていう名の女が居たっけな。院長の寵愛を受けてるとか、特別扱いされているらしいな。・・・アメリカ帰りだってな。・・だが、お前とどんな関係だ?」
「何もない。もう帰れ!」
「わかったよ。・・ヒントはもらったんだ、アリガトな。・・ひとつ、お前の言う怪しい情報ってのは、無料で手術してくれるっていうやつかい?・・俺も耳にして途中まで調べたんだが、実際、手術を受けたっていう女は誰も居ないんだよ。・・居ないんじゃなくて、どこかへ消えちゃうんだよ。おかしいだろ?まあ、ここまでだな。これ以上はな。」
林はそう言って、出されたビールを飲み干して立ち上がった。
「今日は一樹のおごりだな。じゃあな。」
そう言って出て行った。

「なんだ、大した情報じゃないだろうが、それくらい判ってるんだよ。その病院がどこかって事なんだ!」
一樹も、林が残していった瓶ビールを手にとって、一気に飲み干した。

またドアのカウベルが音を立てた。
「何だ?忘れ物か?」
てっきり、林が戻ってきたのだと思ってドアを見ると、黒い覆面をした躯体のいい男が3人立っていた。一人の手にはナイフが光っている。良く見ると、すでに血のりが付いていた。
「何だ、お前ら!」
そう言うと同時に、一樹はカウンターの奥へ飛び込んだ。そして、ソフィアを厨房の奥へ隠すように身構えた。男たちはどかどかと入ってきた。一樹はカウンターの下にあった包丁を手にした。
最初にカウンターに入り込んできた男の腕を包丁で切りつけた。血が飛び散り、他の男が少し引いた。ナイフを持っている男が前に出てきた。にらみ合いになる。ひとりが一樹に飛び掛った時、ドアが開いて、林が飛び込んできた。
「なんでこんな事に巻き込まれちゃうんだろうね。」
林は手に木刀のようなものを持っている。見ると、右足から血が流れている。
「暗闇でいきなり襲うなんて・・卑怯だろうが!」
林には、剣道の心得があった。一樹とともに高校時代、市内でも1・2を争うほどの腕前だった。
「一樹、その包丁じゃあ、小さいなあ。ほれ!」
そう言うと、木刀のようなものを1本一樹に放り投げた。
一樹はそれを受け取るといきなり男の腕を叩いた。持っていたナイフを落とした。同じように、林も、後ろに居る男の背を叩いた。大男3人は思わぬ逆襲にたじろいだ。そして、ものすごい勢いで逃げていった。
表には黒い車が停まっていて、3人を乗せるとライトもつけずそのまま逃げさってしまった。

「ソフィア,怪我はないか?」
一樹が振り返って声を掛けると、ソフィアは手にアイスピックを握り締めて立ち尽くしていた。
「「怖かったかい。もう大丈夫だ。」
そう言って、ソフィアの手からアイスピックを取り上げた。ソフィアは一樹に抱きついて声を上げて泣いた。

「おいおい、俺の心配はしてくれないのか?」
林が、ボックス席に座り込んでいた。右足のキズは相当深かった。
「店を出たところでいきなり出くわしちまってよ。・・何も言わずにドスって刺しやがった。・・痛てえよ。」
一樹はすぐに救急車を呼んだ。そして、鳥山課長に連絡した。

救急車の到着とパトカーの到着はほとんど同時だった。林は救急車で市民病院へ運ばれた。傷は相当深かったが命に別状はなく、入院することになった。一樹は襲撃の一部始終を課長に報告し、すぐに非常手配が掛かった。
「これは、相当大きな事件になりそうだな。・・また襲われるかも知れんぞ。」
「ええ、どうも、怪しい情報ってのは本物らしいですね。・・だが、どうやってここが判ったんだろう。明らかに、殺されそうな勢いでしたから。」
「ふん。ソフィアさんも注意しないといけないな。どうする?」
ソフィアがその話を聞いていて、
「私、怖いです。とても一人じゃ居られない・・・」
「署に行っても、休めるところもなあ・・」
「一樹と一緒なら安心。・・私のアパートに行こう。」
「でもなあ・・まあ、俺のアパートにいくか。署の近くだし、今、非常線が張られてるんだそう簡単には入ってこないだろう。」
「うん。行く。・・そのままずっと居ても良い?」
「馬鹿!事件が解決するまでな!」


file5-1 亜美ふたたび [同調(シンクロ)]

F5-1 亜美 ふたたび不機嫌に
一樹とソフィアが襲われた話を亜美が耳にしたのは翌日の朝だった。昨日、一人残されたことに頭にきて、自宅に戻ってから、大事にしまってあったワインを、がぶ飲みして、そのまま寝てしまった。あれだけ夜中、サイレンが響いていたのにも関わらず、全く気が付かなかったのだ。
朝になって、父から、事件の連絡が入って、飛び起きたのだった。おそらく、その電話がなければ、まだ眠っていたにちがいない。亜美は、身支度もそこそこに署に飛んで行った。

「一樹!怪我はない?」
そう言って資料室のドアを開けると、一樹とソフィアが朝食を摂っていた。
一樹の身を案じて、急いでやってきた亜美が見た光景は、余りにも不釣合いなものだった。
「何なの?この状況は?昨日襲われたんでしょ!何してるのよ!」
「何って、朝飯食ってるんだろうが・・昨日、大変だったんで何だかまともな食事もしてなくてさ。」
「だからって、どうして、彼女がここに居るのよ!」
「どうしてって・・昨日あんな事があったんだ。ソフィアも一人暮らしだしなあ。きっと一人じゃ心細いし、また襲われるかも知れないから、夕べは俺んちに来てたんだよ。」
「一緒にいたって事?」
「ああ・・だからこうして飯食ってんだろ。」
「それって・・」
「お前ねえ、変な事考えてんじゃないよ。」
亜美の反応を見て、ソフィアは、おかしな微笑み方をして
「え?何もなかったっけ?」
と意味ありげなことを付け加えた。
「おいおい!ソフィア、変なこと言うなよ。・・お前、部屋に着いたら、そのままばったり寝ちまっただろう。」
「そうだっけ?」
なんだかやけに楽しそうに会話をする二人を見て一層腹が立った。亜美は怒って出て行った。
「何怒ってんだよ。なあ?」
「一樹のせいね。本当、悪い人なんだから。」
ソフィアはまたにっこり笑った。

亜美が資料室から飛び出したところで、鳥山課長と出くわした。亜美は鳥山に挨拶もせず、バタバタと階段を登っていった。
「おっと・・なんだい、朝から、また矢澤の奴、怒らせたな。ほんとにあいつは女心を理解してないな。」
そう呟きながら部屋に入ってきた。一樹とソフィアが仲良く食事をしている様子を見て、鳥山は納得した。

「おい、矢澤。大丈夫だったか?」
「おはようございます。見ての通り、大丈夫です。・ただ、林・・が怪我をして。」
「ああ、あのフリーライターか。ただ命には別状はなさそうだった。」
「まあ、殺しても死なないような奴ですから・・」
「いずれにしても、襲われるなんて尋常じゃない。やっぱり、大きな事件になりそうだな。」
「ええ・・誰か一人でも捕まえて置けば・・・。」
「まあ、仕方ないだろ。ソフィアさんを守れただけでも良かったじゃないか。」
「ですが・・あの中にきっと葉山の事件の事も・・」
一樹は、鑑識が言っていた指紋の件が頭によぎった。そのことは鳥山も鑑識から話は聞いて知っていた。
「この事件で一気にいろんなことが解決できるようにしようじゃないか。それにしても、お前を狙ったのかな?それともソフィアさんか。」
「ええ、俺を狙ったのなら、店を出たところで林が指されたように、もっと別の場所でも良かったはずです。おそらく、ソフィアを狙ったんだと思います。」
「そうか、ソフィアさんが狙われたのか、それならしばらくお前がボディガードしないといかんなあ。」
「ええ、そのつもりです。まあ、結構、聞き込みでは役に立ちますから。それに、まだ何か知ってる事があるのかもしれませんし、ユウキの知人という事が理由なのかも。まあ、もう少し、ソフィアにも確かめてみます。」
「ああ、そうしてくれ。ただし、紀籐にも気を使ってやるんだ、いいな。」
「はあ、よくわかりませんが・・あいつはいいんですよ。勝手に怒ってるんだから。あ、それで、課長、何か他に進展は?」
「いや、まだこれといった情報は出てない。検問にもそれらしい車両は引っかからなかったようだ。今、みんな聞き込みに出てる。鑑識の詳しい結果も午後には出るだろう。午後から、捜査会議だ。お前も出るんだ。」
「はい。了解しました。」


file5-2 佐藤刑事 [同調(シンクロ)]

F5-2 佐藤刑事
同じ頃、刑事課の佐藤は、武田フーズに居た。課長から指示された、武田フーズの情報集めのために工場に来ていたのだった。
「何でもいいからって言われてもなあ・・事務所の資料はほとんど捜査本部が押収していったし・・その中にはこれといっておかしな事はなかったんだよなあ。」
そう独り言を言いながら、工場脇の事務所に入った。
「ここに監禁か・・・でも、なんで矢澤さんはここがわかったんだろ?偶然とは言ってたけど・・偶然こんなところに来るかな?」
机の中も棚の中にもほとんど書類は残っていなかった。それでも、佐藤は机の引き出しを一つ一つ開けては点検をしていた。事務机の一番下の深めの引き出しを開けると、すっぽりと引き出しが抜け出てしまった。
「なんだ、壊れてるのか?」
元に戻そうと引き出しのレールを除くと、机の袖壁に何かが貼り付いているのが見えた。引き剥がすと、それはどこかの鍵のようだったが、ロッカーや金庫よりにある鍵穴より一回り大きく、頑丈な作りだった。
「どこの鍵だろ?・・・ひょっとして何か重要なものが隠してあるのかも・・」
そう言いながら事務所の中を見て周り、鍵穴らしきところに入れてみるがどれも合わなかった。
「ここじゃなさそうだな。」
そういうと、事務所の外階段を下りて、工場へ向かった。

武田フーズは、倒産直前まで、魁トレーディングが輸入した農産物の下処理を行なって小分けにパッケージする工程を主な業務にしていた。輸入品を置く倉庫と製造の為の部屋、パッキングライン、包装室等がまだ残っていた。冷蔵庫や冷凍庫は電源が切られ、ドアも開けられていた。佐藤は鍵を持ったまま、工場内のいろんな機械を見て回ったが、それらしきものは発見できなかった。
「ここでもないのかな?」
パッキングラインの横には、製品を一時取り置くためのコンテナが山積みになっていた。矢澤が武田と格闘した時に一部が倒れて散乱していた。
「矢澤さんの活躍の場所ってことだな。それにしても大量のコンテナだな。」
そう言って、コンテナの周りを歩いていた時、倒れたコンテナがあった場所の床に、段差があるのが見えた。詳しく見てみると、それは、床下への出入口のようだった。コンテナを大量に積上げてあるため、発見できなかったが、少しずつ動かしてみると、1メートル四方の扉になっていた。そして、その扉には鍵穴があった。
「ひょっとして、これか?」
ポケットから鍵を取り出し差し込んだ。ぴったり入って右に1回回すと、カチッと鍵が開く音がした。
机に隠すようにあった鍵。そして、日常的には出入する必要のない場所にある扉。佐藤は、何か秘密にしておくべきものがここにあるのが容易に想像できた。
佐藤はゆっくりと引き手を持って持ち上げる。コンクリートの床と同じ材質。とても持ち上がりそうにないくらい重かった。それでも、何とか引き上げると、いきなり、異臭が舞い上がった。廃液のような汚物のような何とも言えない臭いだった。余りの異臭にその場に居られず、そこし離れて空気が変わるのを待った。しばらくして、臭いが収まった頃に、中をのぞいてみると下に下りる梯子のようなものが見えた。
中は真っ暗で、下のほうがどうなっているのか全く判らなかった。

佐藤は一旦車に戻ってから、トランクから懐中電灯を持ってきた。
中を照らしてみると、梯子の下にコンクリートの床が見えた。
「何とか降りられそうだ。」
そういうと口に懐中電灯を咥えてゆっくりと降りていった。

「地下室っていうより、床下っていうほうがいいのかな。真っ暗だな。」
工場の建物とほぼ同じくらいの広さがあるだろうか、天井は2メートルほどで、あちこちにコンクリート柱があった。床を照らすと、先の方に大きな窪み・・プールのようになった場所もある。1箇所に銀色に光る機械があった。構造はわからなかったが、その機械には、血のりがべったりと着いていた。懐中電灯の明りでじっくり見てみると、小さく裁断された肉片がこびりついていた。
「まさか・・ここで豚肉を処理するなんてことはなさそうだな。・・ということは・・」
周囲をゆっくり見た。血のりは、機械の反対側から、さっき見たプール状の窪みまで繋がっている。そして、プールの下を照らすと、黒くなった塊が見える。かなりの深さがあるのか、判別する事が難しい。しかし、一つだけ、白いもの、白骨と判るものがあった。
「やはり・・ここで人が殺されている・・」
そう呟いた時、いきなり後頭部を何かで殴られ、プールの中へ突き落とされ、気絶した。


file5-3 パパと相談 [同調(シンクロ)]

F5-3 パパと相談
亜美はまた屋上にいた。一樹に怒っている自分がよけいに腹立たしかった。
「なんで、私が頭に来るのよ。・・もう、一樹の事なんか無視してやる。」
そんな事を呟きながら、空を眺めた。ジーンズのポケットに入っていた、レイとの連絡ツールが震えた。

「もしもし、レイさん?大丈夫なの?」
「ええ・・ごめんなさい。ご心配をおかけしました。」
その返事は、昨日のレイとは別人のようだった。
「それで・・行方不明になっているユウキさんとシンクロできたの?」
「そのことで、御連絡をしたくて。実は・・・」

レイは、発作が起きた時の状況とユウキとのシンクロについて説明した。

「それって・・」
「はい。でも、まだ判らないんです。シンクロしようとしてるんですけれど、なかなか・・」
「余り無理すると・・」
「大丈夫です。病院の中ですし、発作が起きてもすぐに処置してもらえます。また、連絡します。」
「判ったわ。一樹には私から伝えておくわ。でも気をつけてね。」
「ありがとうございます。それでは・・」
通話は終わった。レイの話が本当なら一刻を争う事態だが、その話を捜査本部にどう伝えればいいのか考え込んだ。

「どうした?また一樹と喧嘩したのか?」
振り向くと、紀籐署長が立っていた。
「一樹のことはどうでも良いの、あんな無神経! それより、ねえ、パパ?どうしよう?」
「どうしたんだ?」
「実は、たった今、レイさんから連絡があって・・」
亜美はレイから手渡された通信ツールを紀籐に見せた。

「ああ、昨日は大変だったそうだが、大丈夫なのか?」
レイが発作を起こし救急車で運ばれた事は署長の耳にも届いていた。
「ええ、すぐに治療して発作は大丈夫だったんだけど・・」
「そうか、良かった。で、相談の中身は?」
「昨日、一旦ここに戻ってきた時、行方不明のユウキさんとシンクロできたらしいのよ。」
「それなら、無事にいるって事なのか。」
「いえ、それが、レイさんの発作は、ユウキさんの身に起こった事が原因・・らしいの。」
「というと?」
「発作は、最初苦しみ始め、徐々に呼吸が出来なくなって、最後には心拍も低下したの。」
「まさか、シンクロした相手と同じ状態に?」
「そうらしいの。・・レイさんに見えたのは、マスクをした人間に首を絞められている様子らしくて・・で、最後には、心拍も低下したのだから、ひょっとしてもう殺されたんじゃないかって。今日もシンクロを試みたらしいんだけど、通じないんだって。」
「そうか・・・もう殺されている可能性が高いということか。」
「でね、どう報告しようかって・・確証ではないわけだし、レイさんの事を刑事課に公表するわけにもいかないでしょう?だからどうしようかって。」

紀籐署長は、あごに手をやって考え込んだ。そして、
「矢澤と鳥山課長にはレイさんからの連絡の内容を報告しなさい。まだ、現場に知らせるのは早いだろう。それに、殺されたと決定付けるのもやめておこう。いや、レイさんを信じないわけではないんだ。遺体がないんだ。それまでは無事を祈るしかないだろう。・・午後から捜査会議もある。私も出るから、聞き込みの状況も聞いてから、どう動くか皆で考えよう。」
「判ったわ・・いや、わかりました。」
そう言うと亜美は屋上から階下へ下りていった。

「被害者とシンクロすると自分の命も危なくなるとは・・・」
紀籐署長は一人呟いた。


file5-4 捜査会議 [同調(シンクロ)]

F5-4 捜査会議
署の2階の会議室には、署の主だったメンバーが集まっていた。紀籐署長と鳥山課長が、事件の概要を記したホワイトボードを背に座っていた。一樹もソフィアを連れて、会議室の隅に座っていた。
鳥山の声で会議が始まった。
「よし、会議を始める。スナック襲撃事件の概要はいいな。じゃあ、新たな情報があれば報告してくれ。周辺の聞き込みはどうだ?」
その声に、佐伯が立ち上がって、
「課長、部外者が入ってるんですが・・・」
と矢澤のほうを見ながら言った。それには署長が応えた。
「いや、良いんだ。今回の事件の被害者でもあり、細かい状況も知っている。私が許可したんだ。」
佐伯は、憮然とした表情で椅子に座った。鳥山はその様子に違和感を覚えながらも、

「会議に入るぞ!・・新たな情報は聞き込み班からはどうだ?」
前列に座っていた刑事が立ち上がって応えた。
「1班・2班とも、聞き込みに回りましたが、夜遅くで、目撃者はまだ出ていません。物音を聞いたという住民もいましたが、車や男を見たという情報はありません。」
「そうか、検問にも引っかからなかったが、車の特徴から持ち主の割り出しはどうだ?」
別の刑事が立ち上がって
「黒い車というだけでは台数が多くて絞り込めません。・・ただ、盗難車リストに同じような車両はありましたが、今そっちは当たっています。」
「引き続き頼む。・・鑑識はどうだ?」
「スナックの中は客の指紋もあってとても特定できるものは今のところ・・それと、現場の血痕は、一人は怪我をした林のものと、もう一人は不明で、前科者との照合を進めていますが今のところ容疑者を特定できるものはありません。」
「なんだ!ほとんど何も掴めていないのか。・・・拉致事件のほうはどうだ?」
さっきの前列の刑事が立ち上がって、
「被害者のユウキさんの立ち回り先や交友関係、調べていますが進展ありません。」
「そっちもか・・だが、黒い車両と男たち、必ず、二つの事件はつながりがあるはずだ。両方の事件をつなぐものを探るんだ。」
「あのお、課長、いいですか?」
会議室の後ろのほうに座っていた佐伯が手を上げた。
「どうした?佐伯。」
「・・実は、被害者自身の経歴を調べたんですが、どうやら工場を解雇された時、結構な借金を持っていたようです。サラ金に追われて、どこか風俗に身売りしたとは考えられないでしょうか?」
「借金か。では、スナックの襲撃は?」
「いや、あれも、実はスナックのママも借金を抱えてました。同じサラ金ではないんですが・・サラ金のバックにいる奴らが、女を風俗あたりに売り飛ばしてという事じゃないんでしょうか?偶然、矢澤や林が居合わせて、襲撃のような形になったと考えられませんかね。ひょっとしたらスナックのママが詳しく知ってるんじゃないでしょうか。」
ソフィアがそこに居るのを知っていてわざと嫌らしい言い方をした。他の刑事たちも、ソフィアのほうを見た。
「私、知らない。借金なんて・・あれはお店の為のお金・・」
そこまで言うと顔を伏せて泣き出してしまった。
一樹が、
「佐伯!お前、いい加減な事を!」
そう言って立ち上がり、佐伯のところに駆け寄ろうとしたのを周りの皆が止めた。
「いい加減にしろ!捜査会議中だ。・・・だが佐伯の話で、借金と暴力団の関係は当然考えるべき点だ。よし、市内の組事務所周辺の聞き込みも進める。・・直接動いて拉致されてるユウキさんに万一のことがあってもいかん。慎重に、車と男をポイントに目撃者を探すんだ。」

「あのう・・僕も発言して良いですか?」
鑑識課の川越が恐る恐る声を出した。鳥山がいいぞというようなジェスチャアをした。
「拉致現場で採取した指紋は、葉山さんの事件の容疑者と一致しています。ですから、今回の事件は単なる拉致事件じゃないと思うんです。もっと酷い事件に繋がっていると・・・それと、スナックの血痕ですが、容疑者の特定は難しいんですが・・あの量は尋常じゃありません。おそらく、矢沢さんが包丁で切りつけた時、男の腕の動脈辺りまで切ったようです。・・ですから、早く処置しないと出血多量で死亡する事が考えられます。・・・なので、近くの病院に担ぎ込まれる可能性があります。その線で容疑者へたどり着けないかと思うんですが・・」
それを聞いて佐伯が馬鹿にしたように言った。
「お前ね、市内にどれだけの病院があると思ってるんだ?一つ一つ調べるのか?」
「いえ、・・昨夜の事件から1時間・・いや2時間以内で治療したはずです。それに保険なんか使っていないでしょうし、何より、動脈をつなぐのはちょっと縫う程度じゃ済みません。ある程度、治療体制のある病院に絞られます。」
それを聞いて鳥山が、
「そうか、その線が強いな。よし、市民病院や総合病院、救急搬入できる病院あたりに絞って聞き込みだ。そういう病院は必ず監視カメラを持ってるはずだ。該当する時間の映像を入手して当たるんだ。・・それは1班で分担してくれ、いいな。2班はサラ金と暴力団の関係から・・マル暴の連中の協力も得て進めるんだ。それと、鑑識課は・・」
「指紋の照合は出来るだけ早く進めます。・・それとスナック前で採取した足跡とタイヤ痕も調べています。」
「よし頼む。」
そこまで聞いて、紀籐署長が発言した。
「この事件は、これまで管内で起きた行方不明事件や女性殺害事件、そして葉山君の事件。それぞればらばらの未解決事件に繋がっていくんじゃないかと考えている。先入観に囚われず、少しでも疑問に思った事はとことん調べてみてくれ。・・それと拉致されたユウキさん、一刻も早く救出するんだ。いいな。」
署長の言葉に皆心を一つにし、会議室を出て行った。

佐伯も立ち上がり、ソフィアのほうを睨んで、不敵な笑みを浮かべた。そして、一樹の背を叩いてから、会議室を出て行った。

file5-5 ソフィアの告白 [同調(シンクロ)]

F5-5 ソフィアの告白
一樹とソフィアが立ち上がると、鳥山課長と署長が手招きした。4人は机を囲んで座った。そこに亜美も現れた。
「亜美、お前、どこに居たんだ?捜査会議中、居なかっただろう。」
紀籐署長が口を挟んだ。
「まあ、いいだろう。ちょっと、亜美、ソフィアさんを頼む。」
亜美がソフィアの肩を抱いて、隣に座った。
「これからする私の話は、この5人だけの秘密にしてくれ。いいな。」
皆、頷いた。
「実はさっきレイさんから亜美へ連絡があった。昨日の発作は、ユウキさんとシンクロしている最中に起きたそうだ。・・ユウキさんは、首を絞められ意識を失ったらしい。」
その話にソフィアは卒倒しそうになって、亜美が肩を強く抱いて支えた。
「殺されたということですか?」
一樹が聞いた。紀籐署長は亜美を見た。
「いいえ、そこは判らないみたいなの。ただ、殺されているなら、発作ももっと激しく出るんじゃないかって、だから、まだ何とも言えないみたいなの。」
「いずれにしても、命の危険が迫っているのは確かですね。課員たちにももっと迅速に動くように指示しましょう。」
「ああ、だが、会議の様子ではなかなか厳しいのが現実だろう。もっと違う手を打たねばならない。」
皆、考え込んだ。ふいに一樹が、
「ソフィアが鍵じゃないかと・・。きっと、ソフィア自身は気付いていないけれど、犯人たちには都合の悪い何かがあるんじゃないでしょうか。だから、夜中に襲ってきた。反撃されたので引き下がったのは、まだ次の手があると思っているのじゃないかと・・。」
「ああ、私も同感だ。」
紀籐署長が応えた。
「ねえ、ソフィアさん、私たちに隠してる事あるんじゃない?例えば、犯人たちにどこか違うところで会ったことがあるとか・・」
「ああ、そうかもしれない。何かないか、思い出してくれ。」
一樹はじっとソフィアを見た。ソフィアは一樹の目をじっと見て、
「・・・・ユウキが居なくなる前の日、いつものようにユウキは店に居たの。次の仕事が見つかって帰国しなくてもいいっていうのに何だか憂鬱そうだったから訊いたの、どんな仕事するのって。」
「それで?」
「ほら、怪しい手術の話じゃないかって心配して・・そしたら、手術は受けない、でも、その男の紹介で、病院に勤める事ができるんだって。大丈夫なの?って聞いたら、整形手術は、医者の都合で出来なくなったそうで、代わりに仕事を見つけてくれたんだって。」
「でも、やっぱり怪しいわ。」
「ええ、だから、ユウキにダメだって説得してたの。その時、ユウキに男から電話が掛かってきたから、私が取り上げて、断ってやったのよ。・・ユウキから全部聞いたから、これ以上しつこくするなら、警察に行くからって。」
「きっとそれが原因ね。」
亜美が納得したように頷いた。一樹も、
「ああ、ユウキがどこまで知っているかは別にして、警察に状況を話される事を相当警戒しているんだ。犯人たちも、予想外の事が起きて、強硬手段に出たのかもしれない。」
鳥山課長が
「まだしばらくソフィアさんの身の安全を確保する事が必要だな。」
と言うと、一樹が頷いた。それを見た亜美が、
「私がソフィアさんと一緒に行動するわ。一樹は、捜査をしっかりやってよね。」
と反応した。それに対して、紀籐署長が、
「亜美、お前はレイさんに張りつくんだ。今は、レイさんからの情報を何とか生かすことが必要だ。外出は厳しいだろうから、お前が病院に行ったほうが良い。」
「えー、一樹とソフィアさんが一緒にいるのって問題あるんじゃない?」
「何を心配してんだよ。お前、おかしいぞ?じゃあ、俺がレイさんのところに行こうか?」
一樹がそう言ったので、亜美は、「もう知らない!」と言ったきり、プイッと横を向いてしまった。
廊下には、佐伯が立っていた。佐伯はイヤホンを耳にあてていた。
「何だ、この会話?わけが判らんな。だが、レイっていう娘、透視能力でもあるのかな?まあ、いい。面白い情報だったな。」
一樹たちが会議室から出てきた。佐伯は、わざとらしく一樹の肩を叩いて、
「何だ?署長や課長と密談か?やっぱり、署長の覚えが良い奴は待遇が違うなあ。おい、何の話をしてたんだ、教えろよ。」
そう言った。一樹は、その手を払いのけ、ソフィアを伴って署を出て行った。

「回収成功!・・こんなもの見つかったらやばいからな。」
佐伯は、会議室から出るときに、一樹のジャケットの襟元に、盗聴マイクを取り付けていたのだ。佐伯も口笛を吹きながら署を出て行った。

file5-6 暗闇の中で [同調(シンクロ)]

F5-6 暗闇の中で
佐藤は意識を取り戻した。腐敗臭のするプールの中で、身を起こそうとしたが、落ちたショックか殴られた為か、痺れて力が入らず、動けなかった。しばらく、そのままじっとしていると、徐々に暗闇にも目が慣れてきて周囲の様子がわかり始めた。腐敗臭の原因は自分が横たわる場所そのものだった。細かく砕かれた肉片、白骨も見えている。人間のものなのか判別は出来ないが、尋常な状況ではないのはわかった。右手辺りに僅かだが水面が見えた。僅かに動く右手を伸ばし、そっと触ってみた。ジュッと音を立てた。
「ううっ」
痛みに佐藤刑事はうなり声を上げた。強い酸性の液体のようだった。これが徐々に、この肉片を溶かしているのだとわかった。このままここに居ると、自分の身も溶けていくだろうとわかった。だが、まだ痺れが取れない。プールの壁を見たが、とても登れる高さでもない。佐藤刑事は、観念した。

そんな時、天井から明りが入ってきた。誰かが出入口を開けたようだった。カンカンという梯子を降りてくる音が聞こえた。そして話し声。
「ちゃんと殺したんだろうな。」
「いや・・殴ったらそのまま下に落ちたんで・・死んだかどうか判らない。」
「情報をくれるのは助かるが、勝手な事するんじゃないぜ。」
そういう会話の後で、プールの上部から懐中電灯の明りが照らした。
佐藤刑事は、じっと動かずにいた。

「ここからじゃ、よくわからないな。ちょっと下に行って見て来い。」
「勘弁してくれよ。そのまま置いてけぼりにして、俺まで殺そうと思ってんだろ。」
「ふん・・お前はまだ使えるから殺しゃしないさ。さあ行けって!」
「イヤだよ。・・いいじゃないか、どうせしばらくすれば溶けちゃうだろ。あいつには悪いが、イケナイ場所に足を踏み入れたんだから・・」
「ちっ!しょうがない。まあいいだろ。・・そうだ、もう少し、薬を入れとくか、早く溶けるだろ。」
そう言って、脇にあるバルブを開いた。

プールの底から音がして、ぼこぼこと何かが上がってきた。酸性の液体が注入し始めたようだった。
「ああ、これも溶かさなくちゃ。」
そう言って、佐藤刑事のカバンを投げ入れた。
一人の男が、プールの中を覗き込みながら
「例の情報、どうだった?」
「ああ、会長に報告したら、以前、アメリカで同じ様な女がいたとおっしゃってた。」
「何だ、そんな女、他にも居るのかよ?」
「そうらしい。ひょっとして、その女と関係があるかもしれないから、もう少し確かな事を掴むようにって言われたよ。」
「そうかい、わかった。任せてくれ。」
「それにしても、予知能力だか透視能力だか知らないが、困ったもんだぜ。」

「会長って、アメリカにいたのか。・・それにしても、素性がわからない人だな。」
「・・命が惜しければ、会長の事はあまり詮索するんじゃないぞ。」
「わかったよ。おれも命は惜しいからな・・もうちょっと良い目に遭いたいしなあ。」
佐藤は、男たちの会話が途切れ途切れに聞こえていた。そして、その声の主の一人は、聞き覚えのあるものだと感じていた。

「ああ、こいつの車も処分しなくちゃなあ・・・・こんなところに放置されてると怪しまれる。」
「どこかでスクラップにすればいいだろう。・・・もういいだろう、これですっきりなくなるだろう。」
そういって、バルブが閉じられ、二人の男は梯子を登って行き、また暗闇の世界になってしまった。

佐藤刑事は、徐々に体の痺れが取れてきて動けるようになってきた。
プールに液体が注入された事で、佐藤の居た場所が徐々に上昇して、手を伸ばすとプールの縁に手が届くようになっていた。佐藤は、腕の力だけで何とか登ろうともがき、何度か足を滑らせて強い酸性の液体に焼かれた。激痛に耐えながら、それでも何とか登った。しかし、もう全身に力が入らない。僅かに動く指で、流れ出る自分の血液を使って、何か記号のようなものを書いた。そして、そのまま、意識を失ってしまった。


file5-7 聞き込み [同調(シンクロ)]


「一樹、これからどこに行くの?」
会議室を出て、一樹は階段を駆け下りた。資料室に戻ると、机の上のパソコンを起動させた。
少し遅れて、ソフィアが部屋に入ってきた。

「なあ、ユウキみたいに、他にも行方不明になっている人間が居るんじゃないかって思うんだが・・」
「・・知り合いにはいないけど・・ほら、手術を受けたあと居なくなったっていう噂はいくつか・・・。」
「そうなんだ。襲撃された事ばかり見てたけど、やっぱり、その元になっている所が大事なんだよ。・・そうだ・・これだ。」
一樹は、署内のデータベースを開いて、捜索願の一覧を見入っていた。
「何だか・・違うような気がするな・・・捜索願が出ているんじゃなくて・・・ダメだ、そうじゃない。」
食い入るように画面を見ながら、一樹は呟いていた。
「捜索願って家族とか知り合いが探して欲しいって出すものでしょ。」
「ああ・・」
「だったら、私みたいな一人暮らしで知り合いも少ない人間は、居なくなっても捜索願は出ないわね。」
「いや、そういう人間でも、近所の交番が定期的に地域巡回して所在を確認するようになっていて、不審な場合は本署に届ける事になってるんだ。・・そうか、所在不明者のリストを見たほうがいいのか!」
一樹は、所在不明者リストを探した。結構たくさんの名前が掲載されていた。
ソフィアはその名簿を覗いて
「え?こんなにたくさん居るの?」
「ああ、中には、転居とか・・いわゆる借金で夜逃げなんてのもあるし、DVで旦那から逃れてなんてものあるし、ただ、交番勤務の警官がどこまで熱心かもあるんだけどな。」
一樹はリストを一人一人見ながら、何か手掛かりになるものはないか考えていた。

「おや?・・これ・・なあ、ソフィア、これってユウキと似て無いか?」
そこには、日系人の女の子との名前があった。ユカという名前だった。
「そうね。良く知らないけど・・・この子、KTC勤務って、同じ工場よね。」
「ああ、そうだ。ちょうど半年前だな。」
「そういえば、ユウキが勤めてた工場は、そういう一人暮らしの女の子ってたくさん居たらしいわ。だから、居なくなったっていう話をユウキもしてたんだと思うわ。」
「コーポ リベルタか。そう遠くない。行ってみるか。」

そう話していた時、署長と亜美が資料室に入ってきた。
「矢澤、どこかに出かけるのか?」
「ええ、ユウキと同じように行方不明になっている女の子がいたんです。同じ工場で働いていますし、ひょっとして同じ奴らの仕業かとおもいまして。何かわかるんじゃないかと・・」
「そうか。・・それなら、これを持って行け。」
「これは?」
「実は、他にも、2年位前から3ヶ月から半年の間隔で、行方不明になった娘がいるんだ。以前から気になって鳥山課長にも追わせていたんだが・・なかなか見えなくて。それがリストだ。一緒に当たってみてくれ。」
「判りました。」
そう言って署長から名簿を受け取った一樹が、亜美に向かって、
「なあ、亜美。お前、レイさんのところへ行くんだろ。余り無理させるんじゃないぞ。」
そう告げた。
「一樹って、皆に優しいんだね・・私の事は心配しない癖に。」
亜美はちょっと寂しそうに言った。
そんな亜美の様子を気に留めず、一樹は
「署長、容疑者の車はまだ見つかりませんか?」
「ああ、近隣の署にも問い合わせはしてるんだが、今のところ見つかっていない。まったく、あれだけの検問をどうやって抜けたのか。」
「署長、ひょっとして、検問していた地域の中にまだ居たんじゃないでしょうか?・・すぐに逃げ出すと踏んで、国道や主要道路を封鎖しましたが、プロの仕業なら、こっちの動きくらい読めるはずです。検問の位置をもう一度検証して、その内側で潜むような場所がないか当たってみてはどうでしょう。」
「そうか、遠くに逃げるとは限らないか。判った、その件は鳥山課長に伝えて手配してみよう。」
「それじゃあ、行ってきます。」
一樹とソフィアは連れ立って出て行った。後姿を見送りながら、何だか取り残されたような寂しさを亜美は感じていた。
「ほら、亜美。お前もレイさんのところだ。体に無理が起きないよう注意して、シンクロしてもらうようにな。様子を見ながら、何かわかったらすぐに連絡しなさい。」
「はい。」
そう言って亜美はレイのいる神林病院へ向かった。


file5-8 特別室の秘密 [同調(シンクロ)]

5-8
レイは、病院の1階フロアで、亜美を待っていた。白衣に聴診器、黒縁のメガネを掛け、典型的な医師のスタイルだった。亜美が自動ドアから中に入ってきた時、レイが頭を下げた。
「レイさん?」
「さあ、14階の特別病棟に行きましょう。そこでお話しましょう。」
レイに案内され、エレベーターに乗った。病院のエレベーターは患者の移動のために、一般のものよりもゆっくりと上がっていく。亜美は、フロア番号の表示を見ながら、隣に居るレイが、別人のように感じていた。
静かにエレベーターが着いてドアが開く。14階は静かなフロアだった。確かここに葉山刑事も入院している。そう考えていると、
「ここに葉山さんの病室もあります。あちらです。エレベーターから右手側の通路に、いくつかの病室が見えた。
「ここは、脳へ重大なダメージを負った患者への特別治療を行なうために作られました。何人かは、意識を回復し日常生活に支障のないくらいまで回復された方もいらっしゃいます。・・もちろん、そのまま亡くなる方もありますが・・さあ、こちらへ。」
案内された先には、大きなドアがあった。ドアと言うより壁が開くように、真っ白いドアがあった。レイが、ドアの横にあるセキュリティ照合の為のモニターに瞳を合わせる。何か音がして、ドアがゆっくりと開いた。
「さあ、どうぞ。」
入って直の部屋には、部屋の中をモニターする為の機材が壁一面、整然と置かれ、知識のないものにとっては近未来の建物に感じた。ドアの向こうには、もう一つ別の部屋があるようだったが、出入口が判らなかった。
「ここから先はまだ入れません。・・とりあえず、ここでお話しましょう。」
そう言って、部屋の隅に置かれたソファに座った。

「ここに、お母様がいらっしゃるのよね。」
「ええ、その部屋の中です。」
「お体の具合は?」
「ええ、今は安定していると思います。」
レイはそう返事をして、壁にある様々なモニターに視線をやった。

「レイさん、今行方不明になっているユウキさんの事なんだけど・・」
「ええ、・・その前にお話したい事があるんです。」
レイがそう言った時、亜美は、急に異様な感覚に襲われた。何か、自分の頭の中で動いているような・・いや、この部屋全体が歪んできているような・・強い波が頭の中を揺さぶるような感覚だった。眩暈がし、吐き気を感じ、息苦しくなった。隣に座っていたレイも身を起こしていられないらしく、ソファに倒れこんでいる。
「大丈夫。もうすぐ慣れるわ。」
そういう声が聞こえる・・いや、耳から聞こえるのではなく、頭の中で響いている。徐々に意識がはっきりしてきた。すると、レイがゆっくりと起き上がった。
「ごめんなさいね。いつもこんなふう。でもだんだん制御できなくなってるみたい。もう良いわ。」
先ほどの白衣のレイとは違って、言葉遣いや表情が明るい。

「亜美さん、もう大丈夫ね。じゃあ、話を聞いてくれる?」
「ええ・・でも、一体何?」
「・・理解してもらえるかどうかわからないけど・・これが私の能力なの。・・そう、貴女が感じていた私への違和感は、能力と関係してるのよ。いつもは、静かで・・そうお嬢様みたいなレイなの。でも能力を使えるのは今の私。ちょっとお転婆っていうのかしら、別人格のレイって思ってもらえれば良いわ。」
「二人のレイさんがいるって言う事?」
「まあ、そういう言い方が一番近いかもね。」
「頭の中で響いていた声もそうなの?」
「ええ、能力を使うレイになる時には、周囲にも影響するみたい。・・最近は、より強くなっているみたいなんだけどね。」
「病室のお母さんには?」
レイはその質問には少し悩んだような表情を見せて、
「大丈夫よ・・・ママの・・部屋は特別になってるから・・」
と少し遠慮がちに応えた。

「それで、・・あの、ユウキさんの事なんだけど。」
「そうね。シンクロを始めるわ。・・でも、また発作が起きるかもしれないから・・もし、発作が起きたら、このボタンを押してくれる。・・院長に繋がってるから、直に発作を抑える薬をくれるようになってるから。」
亜美はレイからボタンを受け取ったものの、戸惑っていた。
「じゃあ、始めるわね。良い?亜美ちゃん?」
レイは、両手で頭を包み込むようなポーズを取り、静かに目を閉じた。レイの髪の毛が少し青み掛かって光っているように見えた。すぐ隣にいる亜美も、大きな波に飲み込まれていくような感覚になっていた。1分ほど経った程度だが、途轍もなく長い時間だったようにも感じる。
突然、レイが苦しみだした。額から大粒の汗を流し、顔色も赤みがかってきた。息が上がり、ソファの上にのけぞるような姿勢になり、何か呻いた。そしてそのまま横に倒れてしまった。
亜美もほぼ同じタイミングで、頭の中に何か風景が広がるのを感じた。白い壁、長い紐のようなもの、そして全身に走る熱い感覚。味わった事のないような苦しさと恍惚の感覚だった。

「レイさん、大丈夫?」
レイはすぐに目を開けた。そして、起き上がると、震えだした。
「何か、わかったの?」
亜美は恐る恐る訊いた。
「亜美ちゃん、貴女も感じたんでしょ。」
そう問われて亜美はびっくりした。
「ええ・・何か白い壁と・・紐のような・・」
「そう。ユウキさんは生きてるわ。でも、酷い。病院か研究室か、とにかく、そういう設備のある所に監禁されてる。そして、体中にチューブが繋がれてる。」
「モルモットにされてるみたいね。」
「ええ、・・それと、何か特殊な薬を体に注入されている。淫靡な感覚を生むようなおかしな薬・・これ以上シンクロすると私もおかしくなるわ。」
「ええ・・私も感じたわ・・どうして、そばに居るだけなのに・・。体が熱いわ、何だかおかしい。」
「早く見つけないと・・。」
「でも、彼女の意識がもう絶え絶えで・・どこかまではわからない・・どうしよう。」

亜美はすぐに署長に連絡した。
「そうか、わかった。だが、場所はわからないのか?」
「ええ、無理みたい。病院か研究施設の中。実験台にされてるみたいなの。」
「病院か・・・わかった。こっちで市内の病院をもう一度当たってみよう。また、何かわかったら連絡しろ。・・ああ、それと、レイさんに無理させないようにちゃんと観てるんだぞ。」
署長はそう言って電話を切った。


file5-9 名刺 [同調(シンクロ)]


捜査会議の後、署長からの指示も受けて、署を出た一樹とソフィアは、署長から受け取った名簿を見ながら、車を走らせていた。
「とりあえず、ユカのアパートへ行ってみる。」

コーポ リベルタは、名前こそ良いが、古い木造で窓ガラスには破れた網戸がそのままで、とても快適とは程遠いものだった。そして、ここは、KTCが借り上げた社宅同然のアパートだとわかった。
初老の管理人が1階に住んでいた。

「いや、私も困ってたんでね。居なくなっちゃってどうしたものかって、届を出すにしても面倒だし、居なくなるちょっと前に、何だか次の仕事も決まったような事を言ってたんで・・・・・実を言うと、ユカって子は余りここには居なかったんだ。彼の部屋にでも居たんじゃないか。ほとんど家具らしい荷物もなかったから。」
管理人はそう言って、アパートの横にある物置を開けて、中から大き目の段ボール箱を引っ張り出してきた。
「部屋にあった荷物だ。ほんとに家具らしきものはなかったし、布団だってぼろぼろだったから捨てちゃったよ。これだけの荷物だ。・・あんたたち、持ってってくれよ。ここにあっても困るんだよ。」
管理人は厄介なものを処分できるような清清した物言いで段ボール箱を一樹に手渡して、自分の部屋に戻っていった。

「人一人居なくなってもこれだからな。社宅ったってこんなボロボロなところで・・」
一樹は無性に腹立たしかった。ソフィアは、しみじみと言った。
「住む所を作ってくれるだけありがたいってみんな来るんだけどね・・日本にがっかりしたっていう日系人は多いわ。だけど、みんな、夢を持ってきてるから、我慢してる。」

とりあえず、段ボール箱は車に置いて、周辺の聞き込みをした。しかし、同じアパートの住人は、ほとんどここ数ヶ月で入居してきたようで、ユカについては全く情報が得られなかった。近所のスーパーにも寄ってみたが、店員たちもほとんど覚えていなかった。
一樹とソフィアは、一旦署に戻ることにしたが、もう日も暮れる時間になっていたので、腹ごしらえもかね、コンビニで簡単なものを買い求めて、一樹のアパートに戻った。
「ソフィア、すまないな。もっとちゃんとした食事にしたいだろうが、何だか、そんな気分じゃなくて・・一刻も早く、ユウキの居場所を突き止めないとな。」
「ううん。大丈夫。わかってる。私も余り食欲ないし・・」
一樹は、やかんで湯を沸かし、カップラーメンを作った。おにぎりを頬張りながら、段ボール箱を開けて、中を確認した。

「これ、手帳だな。」
一樹が、可愛いキャラクターの付いた手帳を取り出した。中を開いてみる。何も書かれていない、まっさらな手帳のようだった。
「きっと、工場を辞め、新しい仕事に就くからって買ったんじゃないかしら。」
そう言って、ソフィアがぺらぺらと捲っていると、どこかのページに挟んであったのだろう、紙切れが1枚スッと落ちてきた。
一樹が取り上げてみると、名刺だった。
「おい、これって。」
名刺には、『フリーライター 林 純也』とあった。そして、ユカが加えたのだろう、名前の下にピンク色のペンで、ハートマークが入っていた。
「さっき管理人が言っていた、彼がいるって、ひょっとして、あいつの事か?」
「ねえ、何か知ってるんじゃないかしら。」
「ああ、きっと何か行方不明事件の事を知ってるんだ。だから、店の前で刺されたのは偶然じゃなく、最初から狙われていたかもしれない。」
「病院にいるんでしょ。行ってみようよ。」
二人は、急いでカップラーメンをたいらげると出掛けることにした。

その時、署長から連絡があった。亜美がレイのところに行き、シンクロでユウキの生存を確認したという知らせだった。ただ、余り喜べる状態でない事もわかった。

林は市民病院に入院していた。刺された傷は思ったほど深くなかったが、出血量が多かったので安静のために入院していたのだった。

面会時間ぎりぎりに一樹たちは病院に着いた。急いで、林の病室に行った。
「おい、林!」
そう言って病室に入った一樹が見たのは、もぬけの殻のベッドだった。
「あいつ、どこ行ったんだ?」
ちょうど、看護士が面会時間の終了を告げに回ってきた。
「ここの入院患者の林はどこですか?」
そう問われて、看護士も困惑していた。
「さっきまでいらしたけど・・動き回らないように言っていたのに・・また、タバコでも吸いに行ってるんじゃないかしら。・・早く戻ってもらわないと・・」
看護士はぶつぶつ言いながら、忙しそうに別の部屋にいった。


file5-10 意識不明 [同調(シンクロ)]

一樹とソフィアは喫煙所を探した。市民病院のエリア内はすべて禁煙になっていて、喫煙所は広い駐車場を横切って、病院裏手の通用門の横あたりにあった。病棟からは随分の距離だ。辺りには灯りもなく、暗闇にポツリと小屋のようなものが建っていた。
一樹とソフィアは喫煙所の中を覗いたが、数人の人影はあったが、林の姿は見えなかった。
「おかしいなあ、ここじゃないのか?」
二人は、病院の外周道路を回ってみたが、やはり見当たらなかった。
もう一度、病棟に戻ろうとしたところで、駐車場の植え込みから呻き声が聞こえた。もしやと思い、一樹が覗き込むと、林が植え込みの樹に埋まるように倒れていたのだった。

抱え起こすと、林の脇辺りがヌルっとした。一樹の手は真っ赤な血で染まった。
「おい!林!しっかりしろ!」
林は返事が出来ないくらい衰弱していた。
「ソフィア、すぐに、助けを呼んできてくれ!」
ソフィアは、病棟に向かって駆け出した。

「おい、林!おい・・林!」
一樹は何度も林を揺すり、顔も叩いて意識を取り戻させようとした。林がうっすらと目を開ける。そして、
「あ・・あ・・か・・ず・・き・」
林は、朦朧とした意識の中で、息さえも途切れがちに、何とか反応したようだった。それでも、どうにか搾り出すような声で、一樹に
「さ・・・には・・気を・・ 」
かすかな声で何かを告げた。
そして、一樹の手を探り、自分の病棟服のポケット辺りに手をやった。一樹は、ポケットをまさぐると、小さな鍵が入っていた。
「・・た・・の・・む・・」
林はそう言うと大きく息を吸い込んでから、静かになった。

すぐに、病棟から看護士がストレッチャーをもって駆けつけた。林の体を持ち上げると、スナックで刺された辺りから大量に出血している。すぐに酸素マスクがつけられ、病院内へ運ばれた。

処置室の前の通路の長椅子に、一樹とソフィアが座っていた。もう1時間くらい経過していた。時折、看護士が輸血パックを持って入っていく。
ようやく、手術中のランプが消え、医師が出てきた。
「・・大量の出血によるショック状態でした。・・とりあえず止血していますが、予断を許さない状況です。」
「あの、傷は誰かに刺されたということですか?」
「さあ、出血は、ここに運び込まれたときの刺し傷が開いたためです。刺し傷は、内臓にも達していましたから、むやみに動くとこういう大量出血になる事はあります。安静にしているように指示したんですが・・・おそらく、歩き回った事が一番の要因だと思いますが、それ以上は。」
「そうですか。」

しばらくして、酸素マスクと点滴をつけた林のベッドが運ばれてきた。
「まずは意識が戻るかどうかです。出血も今は何とか治まっていますが、今度また出血が起こると体力的に限界でしょう。とにかく、今晩は山になるでしょう。」
医師はそう告げて、去っていった。

林の件は、すぐに署にも連絡を入れた。ただ、明らかな外傷はスナックでの刺し傷以外ない事や、むやみに動いた事が原因という医師の診断があり、事件という扱いにはならなかった。

一樹は林の病室にいた。ソフィアは疲れたのか、待合室のソファで寝入っていた。
一樹はベッドの脇に座って、一人状況を思い返し、林の身に起こった事を想像していた。
「林はそれほどヘビースモーカーではなかったはずだ。こんな状態で、タバコを吸いに行くなんてことはないだろう。・・誰かが来た課、呼び出したか。そして、きっと傷の状態を知っていて、そこにダメージを与えるような事を・・。こいつは、きっと一連の事件の重要な情報を握っていたんだろう。」
そう呟くと、林のポケットに入っていた鍵を取り出した。鍵には、市内でも有名なスポーツクラブのロゴとナンバーが刻印されていた。
「きっと、この鍵のロッカーに、何か隠してるんだな。明日にでも行ってみよう。」


file5-11 情報収集 [同調(シンクロ)]

捜査会議の後、鳥山課長は刑事室で新たな情報を待っていた。
聞き込みに回っている刑事達が順次情報を入れてくるのだが、これと言った有力情報はなかなか掴めなかった。鳥山課長はこれまでの事件簿を見ていた。

ここ数年大きな事件が無かった町で、急に様々な事件が起きている。鳥山は、それぞれの事件はばらばらに起きたのではなく、何かのつながりがあるはずだと考えていた。更に、2年前の葉山刑事の事件と容疑者が同一の可能性があること・・とてつもなく大きなものが動いているはずだった。しかし、そのキーワードが見つからなかった。

夕方遅くになって、佐伯が戻ってきた。
「ただいま戻りました・・暴力団とサラ金のほうからは、これといった情報はないですね。」
佐伯はそう言うと、どかっと自分の席に座った。鳥山が訊いた。
「おい、佐藤はどうした?一緒じゃなかったのか?」
「ええ、あいつ、朝から、ほら、課長が言ってた誘拐事件の裏取りで回ってるんじゃないですか?」
「そうか・・ああ、それで、お前のほうはどうだ?」
「いえ、特に、クリニックと犯人との関係はなさそうですね。やっぱり衝動的な犯行なんでしょう。・・ああ、あいつ、随分、借金はあったようですよ。金に困って衝動的にって奴でしょう。もう良いんじゃないですか?」
「そうか・・いずれにしても拘留期限もあるからな・・判った。奴は明日にでも身柄を送ろう。・・佐伯、お前が護送してくれるか?」
「ええ、いいですよ。・・課長、俺上がります。明日は朝から護送任務なら早く寝とかないと・・」
そう言いながら、部屋を出て行った。

夜遅くになって、2班の松山という刑事が戻ってきた。
「課長、署長の言われたように、検問エリア内の検証をしてみたんですが・・」
その刑事は地図を持っていた。
「何かわかったか?」
「ええ、確かに矢澤さんの言うとおり、検問を抜けるのは難しいはずです。それで、主要道路の検問位置から内側で見たら、いくつか病院はあったんです。さっきまで一通り回ってきましたが、個人病院ばかりでとても潜むような場所は・・ただ、スナックのある場所の隣の公園を抜けると、川沿いの土手を使って、北方面へ抜ける道が見つかりました。」
「そうか、やっぱり抜け道があったか。」
「ああ、そうです。・・ちょっと該当しないかもしれませんが、その道から上がったあたりに、例の、加藤由紀の病院・・・由紀ビューティクリニックでしたか、が見えました。川沿いの高台ですから、結構目立ちました。」
「そこには行ってみたのか?」
「ええ、院長は不在でしたが、受付でカメラ越しで話は訊きました。・・まあ、これといった不審な点はありませんでした。」
「そうか・・ご苦労さん。」
由紀ビューティクリニックがあるのは単なる偶然なのか?鳥山は考えていた。ただ、関連があるとしても、立入り捜索をする事は出来ないのは明白だった。
「なあ、松山、佐藤を見なかったか?」
「いえ、あいつ、昨日の夕方から見てないですね。・・ちょっと連絡してみましょうか。」
松山は携帯電話を取り出してかけた。
「課長、あいつ、電源を入れてないみたいですね。・・確か、署の車でいってるはずですから、無線も呼んでみましょう。」
しかし、無線も通じなかった。
「おかしいですね。あんな真面目な奴が、携帯も無線も切ってるなんて。何かあったんでしょうか?」
「あいつには、誘拐事件の裏取りで、武田フーズを調べるように指示しておいたんだが・・。」
「ああ、武田フーズなら、・・ええっと・・ああ、森田が南のほうを回ってたんで・・」
そう言っていたところで、森田が戻ってきた。
「ご苦労さん・・なあ、森田、佐藤のやつ、見なかったか?」
「ええ。・・・そのことで、課長にと思って。」
「どうした?」
「ええ、今朝、あいつから、武田フーズに行くんで捜査会議に出れないかもしれないから、午後に喫茶店で待ち合わせをしてたんです。・・でも来なくて。携帯も通じないし、何かあったんじゃないかと武田フーズに行ったんですが、居ないんですよ。車もありませんでした。一体どうしたんでしょうか?」

鳥山はいやな予感がした。何か今回の事件の情報を得たことで、命を狙われるような状況になったのではないか。

その時、署長が刑事課へ入ってきた。
「今、亜美から連絡があった。」
そういうと鳥山に亜美の話をそっと耳打ちした。鳥山は小さく頷いてから、課員たちに、
「ユウキさんはまだきっと生きてる。・・・病院や研究施設を中心に、怪しい動きがないかもう一度当たってみてくれ。・・・どこかに監禁されているはずだ。」
もう夜も遅い時間だったが、部屋に居た刑事たちは皆飛び出していった。

「署長、・・実は、佐藤が居ないんです。誘拐事件の裏取りで、武田フーズを調べるように言ってから、一度も戻らず、連絡も取れない状態です。」
「それは・・きっと今回の事件の何かを掴んだんだろう。無事ならいいが・・。そうだ、GPSで探してみよう。確か、庶務課のお局・・藤原さんなら何とかしてくれるんじゃないか。」
「ですが、こんな時間です。今からだと・・」
「私から連絡してみよう。・・・それから、亜美の話は、矢澤にも伝えてあるから、何か連絡をくれるだろう。・・今夜は徹夜になりそうだな。」

そこに電話が鳴った。一樹から林が意識不明の重体になっている事が報告された。
「そうか・・まあ、事件性は否定できないが、病院内でのことだからな。医師が事件性がないと判断しているんじゃ、強制的な捜査には無理がある。一応、状況をお前が徹底的に調べておけ。」

鳥山も署長も、一連の事件を引き起こしている組織が存在していると確信していた。


file5-12 潜伏先 [同調(シンクロ)]

F5-12 潜伏先
 翌朝早く、改めて捜査会議が開かれた。
「昨夜、スナック襲撃事件の被害者、林さんが病院で意識不明の重体の状態で発見された。事件性は低いと考えられるが、同一犯によるものと仮定すると、相当執念深い犯人といえる。・・スナック襲撃事件の裏にはきっと大きな事件に繋がる可能性が高い。そのつもりで、2班は、聞き込みを頼む。」
「判りました。」
「それから、1班は、ユウキさんの拉致事件の捜査を頼む。こっちは時間がない。早く発見しないと命に関わる事態だ。ああ、それと、佐藤が昨日から行方不明だ。武田フーズの裏取り捜査中に居なくなっている。今、居場所を特定しているところだが、佐藤の足取りも合わせて情報収集してくれ。」
鳥山は会議の冒頭でそう言った。
「あの、課長!」
手を上げて声を出したのは、松山だった。
「昨夜報告したように、襲撃犯は、検問をすり抜けていったとも考えられます。検問の網の中にある病院だけでなく、対象を広げる必要もあると思いますが・・・」
それを聞いた鑑識課の川越が発言した。
「大量の出血がありますから、・・それほど遠くはないでしょう。それと、外科手術ができる処、そして輸血も必要です。内科医は外して、外科を中心に絞り込んで任意の捜査ではどうでしょうか?先ほどの地図では、そういう病院は・・由紀ビューティクリニックくらいしかありません。」」
「あそこは、男性立ち入り禁止で、インターホンでの対応だ。・・任意じゃ、中に入れてくれるかどうか。」
それを聞いていた佐伯が口を挟んだ。
「抜け道があったんなら、潜伏などしないだろ。市外へ逃走して、今頃、怪我をした奴は死んでるさ。そんな、厄介な病院の任意捜査するのは無駄だよ。・・それに、佐藤だって、そのうち現れるさ。みんな、事件が続いたんで、何でも大袈裟に考えすぎてるんじゃないか?」
佐伯の言い分にも一理あった。
そこに、電話が入った。
「課長!隣の原田署から連絡です。」
「うむ、何だ?」
電話を取ってなにやら話をし、すぐにみんなのほうに向いて言った。

「隣の原田署から、身元不明の遺体が上がったそうだ。こっちからの情報と照らして、襲撃犯の可能性もある。すぐに、照会に行ってくれ。」
佐伯は、その知らせを聞いて、
「な?どうだ、言った通りじゃないか。」
そう言って、これ見よがしな顔をしてみせた。さすがに刑事課の面々は押し黙ってしまった。

「あのう、課長。良いですか?」
沈黙を破って声を出したのは、森田だった。
昨日、夜遅く戻ってきてからまた佐藤の足取りを追っていた。
「武田フーズの業務内容の裏取りを佐藤を手伝っていたんですが、どうもちょっと気になる事があって。」
「なんだ?」
「ええ、武田フーズは加工会社ですが、2年ほど前までは、食品の下処理で結構営業は良かったんですが、突然、魁トレーディングの下請けに入ってるんです。ちょうど娘が行方不明になった頃で。・・その後、従業員を随分解雇していて、仕事も随分減っているんです。以前の取引先にも聞いたんですが、この地域では結構、品質の良い仕事だったみたいで、突然の変化に戸惑ったところも多かったようなんです。」
「それと一連の事件とのつながりが?」
「いえ、魁トレーディングの下請けの仕事で、魁トレーディング輸入担当部長だった加藤と武田が繋がっているのはわかるんですが、どうも仕事の実態が見えないんです。表面上は、KTCが輸入した食品の加工をする事になっているんですが、月に1回か2回程度の搬入記録なんです。それに、担当部長の加藤も、それ以外に会社内での仕事も少ないようで、何か別の仕事をしていたんじゃないかと思える節があるんです。」
「何か、魁トレーディングに裏の仕事があるということか?」
「済みません。佐伯の言ったように、ちょっと大袈裟に考えているのかもしれませんが・・どうも気になっていて。」
これには佐伯が強く反応した。
「考えすぎなんだよ。・・きっと、魁トレーディングの下請けで儲かる見込みがあったんだろ。でも、円高かなにかのせいで、思うように輸入品の確保が出来ず、武田フーズも仕事が来なくて、恨みをもった武田が、加藤部長と結託して、金を強請り取ろうとした。誘拐事件の取調べの自白もそうなってるだろ。矛盾点はないじゃないか。」
「まあ、佐伯、そう決め付けるな。もし、裏に何かあるなら大変なことになる。・・武田と加藤をもう一度取り調べしてみるか?」
鳥山課長がそう言うと、
「課長、すでに武田と加藤の送検も終わっていますから、再捜査となると、検察からも反発はあるのではないでしょうか。」
「そうか。・・・例の強盗犯の方は?・・佐伯、どうだ?」
佐伯はちょっとムッとした表情で、
「昨夜、報告したとおりです。特に何も出てきません。暴力団やサラ金関係も当たりましたが、供述どおり、借金の返済に困って、衝動的に強盗に入ったというところです。今日、これから身柄を検察に移すんでしょう。もういいじゃないですか。」
「そうか。わかった。現状から、ユウキさん拉致事件とスナック襲撃事件に絞って進めよう。いいな。それと佐藤の発見だ。以上。」
捜査会議は終わり、それぞれ分担された聞き込みに出かけていった。佐伯は、強盗犯の身柄を検察に護送する任務に就いた。

file5-13 発見 [同調(シンクロ)]

静かになった刑事課の部屋の奥では、昨夜から庶務課の藤原女史が、佐藤の行方をパソコンで追跡していた。夜中に署長からの電話で呼び出された割りには不機嫌ではないのは、もともと藤原女史は、刑事課希望であったが、時代がまだ女性捜査員を認めていなかった為、結局、刑事になれなかったという経緯があるからだった。ようやく出番が来たと嬉々としてやってきたのだった。しかし、どれだけ熱心に頑張っても、電源が入っていない携帯電話はなかなか捕捉出来ない。半ば、諦めかけた時、突然、信号がキャッチされた。

「鳥山課長、佐藤さんの携帯電話が見つかりました!・・あ!消えた!」
ほとんど金切り声のように室内に響き、鳥山があわてて駆け寄ってきた。
「どこだ!」
「すみません。ほんの一瞬ですが、信号がキャッチできました。・・もう消えています。・・今、座標で地図と照合します。・・ああ、ここは、武田フーズの工場ですね。」
「いや、あそこには居なかったと報告があったが・・」
「じゃあ、携帯電話だけがどこかに落ちてるってことですかねえ。・・・でもおかしいわ、落ちてるんなら、電源が入ったり切れたりしないと思いますが・・・。誰かが触ってるはずなんですがねえ。私、行って見てきましょうか?」
鳥山課長は、藤原女史の意気込みは充分理解していたが、
「いや、そっちは、矢澤に当たらせよう。君は、引き続き、佐藤の車の行方を捜してもらいたい。君しか出来ない仕事だ、頼む。」
そう言われて、藤原女史は、気分良くパソコンに向かったのだった。

鳥山はすぐに一樹に連絡をした。
「矢澤、今、どこだ?」
「ええ、ちょっと林の一件で調べ物ですが・・」
「さっき、佐藤の携帯電話をキャッチした。武田フーズの中らしい。携帯だけかもしれないが、一度見に行ってくれないか?」
「はい、判りました。」
昨夜、林から預かった鍵のロッカーを調べに行く途中だったが、急遽、Uターンして、武田フーズに向かう事にした。

武田フーズに到着した一樹は、事務所と工場の中を歩いて回った。ソフィアも一緒だった。
何度か佐藤の名を呼んでみたが、何の反応もなかった。ふと、一樹は何か工場の中が、事件の時と違う事に気が付いた。事件のあとの現場検証で、あちこちに印が付いているが、それとは違う違和感があった。
一樹は、武田を捕らえる時に潜んだ、機械の下に同じように潜り込んでみた。
「ねえ、何やってるの?」
ソフィアは一樹のおかしな動きが気になって尋ねた。
「いや、何だか、どこか前に来た時と違うんだ。・・で、あの時と同じ姿勢で見てるんだよ。」
暗闇の中に潜んだとはいえ、一樹は打ち消す事が出来ない違和感が残ったままだった。
「おかしいなあ。何かが違うんだ・・微妙に・・どこか・・」
じっと見回してみた。ふと発見した。
「わかった、これだ。」
そう言うと、機械の隣に積上げられたコンテナに近づいた。
「あの時、コンテナにぶつかって倒れたんだ。いくつか転がったはず。でも綺麗に積みあがっている。それに、並び方が全体に真ん中に寄ってるんだ。」
一樹はコンテナの周りをじっと見た。
「ほら、ここ。最近動かしたんだ。埃の積もり方が違ってる。・・この辺りに何か隠してあるんじゃないか?」
そういうと一樹はコンテナを動かし始めた。ソフィアもそれを見て一緒に動かした。積みあがったコンテナの真ん中あたりの床にドアがあった。
取っ手を持って持ち上げると、腐敗臭が広がった。ソフィアは思わず吐きそうになって遠のいた。一樹は中を覗きこんだ。真っ暗だった。車に戻って懐中電灯を持ってきて、静かに、梯子を下りていった。
「ソフィアはそこに居たほうがいい。万一の事があるといけない。・・良いね。」
そういい残して、静かに床下に入った。

中をゆっくりと懐中電灯で照らした。柱に持たれかかるように誰かが居た。そっと一樹は駆け寄った。
「おい、佐藤、佐藤、大丈夫か?」
佐藤は反応しなかった。足元を照らしてみた。佐藤の両足は膝から下が焼け、骨が見えていた。そして、大量の血の海が広がっていた。その血痕の先は、深いプールに繋がっていた。
「あそこから這い上がってきたのか・・」

プールを見ると、黒い塊と液体が溜まっている。その中に、佐藤のカバンが半分ほど溶けたような状態で見えた。佐藤の携帯電話をキャッチできたのは、カバンに入っていた携帯電話が、液体に漬かって溶け始め、電池が燃え上がった時に、一瞬電波を発したのだった。

佐藤のところへ戻った一樹は、佐藤の右手の先に、血で描かれた記号のようなものを見つけた。文字なのか絵なのか、わからない。ト音記号のようにも見える。一樹は、携帯電話のカメラでその記号を写した。

一樹が床下から上がってくると、署に連絡した。
「佐藤、発見しました。武田フーズの床下にいました。しかし、課長、・・すでに死んでいます。・・」

10分ほどで、刑事課や鑑識課が総動員で現場に現れ、現場検証のあと、佐藤の亡骸が運び出された。

「課長、実はお話が・・。」
一樹はそう言って課長に、林の最後の言葉と鍵の存在について話した。そして、佐藤が残した記号のようなものを見せた。
「わかった。お前は、別行動で、隠されている林の情報と佐藤のメッセージを探ってくれ。わかった事があれば、俺に直接報告してくれ。・・・それと、ソフィアさんはどうする?」
「できれば、署内で保護できませんか?亜美はレイさんに付いていた方が良いでしょうから、誰か付けていただけると・・」
「そうか。なら、藤原女史に頼むか。女性のほうが良いだろう。・・お前も気をつけろ。今回の事件、ひょっとするともっと犠牲者がでるかもしれんからな。注意するんだ、良いな。」
「はい、判りました。これ以上、犠牲者は出しません。」
そう言って、ソフィアの待つ資料室へ行った。

「ソフィア、ちょっと危険な捜査に入る。そこで、お前の保護は、署内で・・藤原さんにお願いした。もうすぐ来るだろう。悪いが、おとなしくここに居てくれ。」
「えっ!私、一樹と一緒に居たい。」
「悪いな。ここからは、お前を一緒に連れて行くわけには行かないんだ。判ってくれ。また、連絡する。いいな。」
一樹は、ソフィアを残してさっと部屋を出た。

行き先は、まず、林の残してくれた鍵のロッカーだった。

file5-14  不明遺体 [同調(シンクロ)]

プールの中の塊は、大半は豚や牛の肉の塊であったが、それに紛れて人骨も発見され、詳しく鑑識で検査する事になった。佐藤の遺体も司法解剖されたが、打ち身が数箇所とプールの中の濃硫酸によって焼かれた跡以外には、特に外傷がなく、故意にプールに落とされたのか、誤って落ちたのか、判らなかった。
「佐藤が乗ってきたはずの署の車がありません。誰かが、ここで佐藤をプールに突き落とし、証拠を消す為に車もどこかに持ち去ったはずです。」
佐藤と同期で懇意にしていた、森田や松山が鳥山課長に迫り、殺人事件として捜査する事を提案し、プールの中の遺体らしきものもあわせ、武田フーズの全容を解明する事となった。
すぐに検察に連絡し、武田と加藤の身柄は、翌日には、橋川署に戻された。

武田の取調べをやり直す事となった。誘拐事件で直接逮捕した佐伯が、まずは担当する事となった。
「ダメです、課長。まったく知らないの一点張りで、大体、工場の地下にそんな施設があることさえ知らなかったなんて言ってます。誘拐事件も、仕事が減って倒産に至った恨みからの犯行だと、自供は変えません。」
そう言いながら、諦め顔で取調室から出てきた。
「少し、時間をおいて、証拠固めを進めてから、再度、取調べをする。松山に変わってくれ。」
課長の判断で、一旦、留置場に戻された。

「課長、人骨の1体は、武田フーズの娘とDNAが一致しました。」
鑑識課のDNA検査の結果が報告された。行方不明で捜索願がでていたが、実際には工場内に遺体があったことが判明し、刑事課は色めき立った。
「武田フーズの社長自身が、娘を殺害し遺体を隠す為に工作したか、他の人間・・例えば、加藤部長が関連しているのか・・いずれにしても、詳しい事情聴取が必要だな。」

松山刑事が、武田の取調べを始め、すぐに武田は自供し始めた。
娘の不埒な行動に腹を立てた武田が、夜、工場で娘に説教をしていた時、逆切れした娘が暴れた為、殴りつけたら運悪く頭を打って死んでしまった。遺体を隠す為に、工場地下にあった廃棄物処理の機械で娘の遺体を粉砕し、濃硫酸溶液のプールに捨てたというのだった。
松山刑事は、鳥山課長に大筋の内容を報告した。
「そのことを知っている人間は?」
「いえ、いません。居たら、もっと早く捕まっていたんじゃないでしょうか。」
「かなり手を焼いていたのは事実だから、自供内容は信用できるだろう。それ以外の遺体については?」
「その後は、地下室を封鎖したので、他に遺体があるわけはないと言っています。」
「という事は、武田以外にも、そのプールの存在を知っている人間が居るという事か?」
「ええ、・・ひょっとして、加藤じゃないでしょうか?KTCの取引で、しばしば武田フーズに出入していますし、誘拐事件も結託していたわけですから、工場内部の事を知っていてもおかしくないです。」
「よし、次は加藤の取調べだ。・・・だが、佐藤の件では、二人とも留置場に居たわけだから、もし、誰かが佐藤を殺したとしたら、他にもあの場所の存在を知っている人間が居る、いや、その場所を知られたくない人間が居るという事になる。・・加藤の取調べはその点にも注意してやってくれ。」
「判りました。」

加藤の取調べ準備が始められた時だった。
「課長、大変です。・・加藤が・・」
「どうした!」
「急に胸の痛みを訴え始めて・・・呼吸と脈拍がありません。今、救急を呼んでいます。」

すぐに救急隊がやってきて、応急処置をして、すぐに病院に運んだが、加藤は救急車の中で息を引き取った。病院の診断では、加藤には既往歴もあり、心筋梗塞によるものとの報告があった。

武田フーズの地下室の遺体の件は、武田の供述の内容しか裏付けるものがなくなった。武田への取調べが一層強められた。担当は、松山刑事と佐伯刑事だった。
取調室の机を挟んで、武田と松山刑事が向かい合っていた。佐伯は、窓際に背を向けて立っている。

「あの地下室のことを知っているのはお前以外に居ないのか?」
松山刑事が強い口調で問いただす。
「いえ・・」
「加藤は知っていたという事はないか?」
「いえ・・・」
「しかし、最近まで使われていた形跡もあるんだ。」
「知りません。」
「よく思い出すんだ。・・娘の遺体以外にももう一人遺体があったんだぞ。今のままでは、それもお前の罪になる。極刑は免れないんだ。」
武田は沈黙した。そのやり取りは何度も続いた。しかし武田の口からはNOの言葉ばかりが続いていた。

その様子を見て、佐伯が、武田の肩を叩き、耳元で、ゆっくりと口を開いた。
「昨日、加藤が死んだよ。心筋梗塞だってさ。気の毒な事だな。」
その言葉に、武田は佐伯の顔をまじまじと見て、ごくりと唾を飲み込んだ。そして、観念したように口を開いた。
「・・・お話します。・・あの地下室は、加藤部長も御存知でした。鍵も1つ渡しました。・・娘の事は秘密にするという約束で、時々、夜中に材料の搬入と一緒に使っていたらしいです。でも、そのことは一切聞かない約束でした。ですから、何をしていたのかは全く知りません。・・まさか、遺体を処理していたなんて・・」

武田の供述で一気に事件の手掛かりが進むかと思われたが、当の加藤は死んでいて、結局、加藤の行動を掴む事もままならなかった。

「課長、加藤が部長をしていた魁トレーディングの家宅捜索はできませんか?」
松山刑事が躍起になって迫った。
「家宅捜索をするには、加藤が地下室で遺体処理をやっていた証拠がなければ無理だな。」
横から佐伯が口を挟んだ。
「鑑識からの報告じゃ、地下室内には指紋すら出てこなかったんだろ?武田の供述だって、罪を逃れる為の作り話かもしれない。・・遺体が誰なのかもわかってないんだ。現状じゃ、武田の娘の殺人と遺体損壊を立件する程度じゃないのか?それ以上は厳しいだろ。それに、加藤が死んじまった事は警察の管理問題も問われる事になる。早々と事件を終わりにしたほうが良いんじゃないか?」
佐伯の言うとおり、現在の証拠の範囲では、それ以上の捜査は進められなかった。検察からも、被疑者死亡ではとても刑に問う事も難しいと返答があったばかりだった。
「じゃあ、佐藤の死はどうなるんだ!」
松山刑事ほか、刑事課に居たほかの課員たちも憤りを持っていた。
「・・気持ちはわかるが、佐藤自身が足を滑らせたって事もあるだろ。・・まあ、武田の娘の遺体を発見できただけでも成果じゃないのか?」
佐伯がみんなを前に話す。
「お前、相棒が死んだってのに、そんな言い方ってあるか!」
松山が佐伯に食って掛かった。
「俺に当たるのはお門違いだろ!大体、課長が指示した事だ。単独で動いていた事がそもそもおかしいんだよ。当たるんなら、課長にしろ。」
そう言って佐伯は吐き捨てるように言い残して、刑事課の部屋を出て行った。

襲撃事件・行方不明事件・遺体発見、途轍もない事件が連続して発生して、刑事課全員疲れきっていた。

「みんな、疲れてるんだ。・・ああ、今日は少し休め。このままじゃ、事件の本質すらわからなくなる。さあ、今日は解散だ。」

ユウキが行方不明になってすでに1週間が過ぎていた。何一つ進展のないまま、時間が過ぎていた。


file6-1 実験室 [同調(シンクロ)]

File6-1 実験室
 白い壁、天井には手術用照明が煌々と点いている。窓ひとつない部屋。時折、呻き声が響いていた。
可動式の椅子が3つ並んでいる。手と足を乗せる部分には、太いベルトが取り付けてあった。椅子には、若い女性が全裸で座らされ、両手には点滴の繋がれたチューブ、更に、頚部の後ろにも何本かチューブが付いていた。ほとんど意識のない状態で、床には、女性の流した血液や体液などが広がっている。

「そろそろ、こっちのは無理かしら?。」
マスクと白衣で全身を覆った、医師と思われる人影が近づいて、顔や肌をじっと見て呟いた。そして、横の機械についている小さな瓶を見ていた。中には、僅かにピンク色の液体が溜まっていた。
「色もくすんできているし、この量じゃあ、どうかしら。」
機械のスイッチを一つつまんでひねってみた。少し、ビクッと体が動いたがすぐに静かになった。もう1回ひねったが、やはり同様の反応で静かになった。
「もう限界ね。見切りをつけたほうがいいわね。」

もう一つの椅子にも、同様の状態にさせられた若い女性が座っていた。-ユウキだった。-
「こっちは、予想以上にいい成績ね。どう・・幸せを感じているかしら?」
そう言うと、チューブに繋がった機械のスイッチをひねった。
すると、ユウキの体がぶるぶると震え、目をうっすらと開いて、恍惚の表情を浮かべた。口を半開きにし、よだれも流している。下半身からは尿も垂れ流しているようだった。マスクをした人物は、ユウキの股部分を弄り、濡れたその部分を確認し、満足そうに笑みを浮かべた。
そして、機械についている小さな瓶に目をやってから、
「あなたは優秀ね。今までで一番の成績よ。このまま出し続けてね。」
そう言ってから、ユウキの頬を優しく撫でた。ユウキはまだ意識を完全に失っていない様子で、手が触れる感覚に怯えるような表情をした。
「ダメよ、そんな顔しちゃあ。ほらどう?」
また機会のスイッチをひねって見せた。
ユウキは、一瞬辛い表情を見せた後、先ほどと同様に、体をぶるっと震わせるとまた恍惚の表情を浮かべたのだった。
「ね、・・いいでしょう?絶えることなく続く快楽の中にいられるのだから、しっかり頑張ってちょうだいね。少しでも長く頑張ってもらわないとねえ。」
 
 拉致された若い女性は、ここで、特殊な薬品で強い快楽状態に身を置かれ、その状態で脳内に分泌される一種のホルモン液を抽出されていたのだった。先にもう命も絶え絶えになっている方は、半年近くこの状態に置かれていた。ユウキは、まだこの状態にされて数日が経過したところだった。
 
 マスクをつけた人物は、部屋を出ると、待ち構えていた手下と思われる男たちに向かってこう言った。

「そろそろ、一人、処分になるわ。明日にでも運び出してちょうだい。」
「しかし、あそこはもう使えません。どこか、処分先を探さないといけません。」
「そんな事知らないわよ。それは貴方たちの仕事でしょ。・・どこでも良いから、処分できるところ見つけてきてちょうだい。会長にでも相談してみなさいよ。」
「はい。わかりました。」
「ああ、それと、今度のは成績が良いわ。前のより3倍くらい取れてる。次も、ああいう子を見つけてきなさい。椅子は空いてるんだし・・・見つけてこれなければ、貴方に座ってもらうわよ。・・貴方たちだって、女の体のままなんだし・・・今のままじゃあ、快楽を得る事はないでしょ?どう、やってみない?」
そのマスクの人物は、うっすら淫靡な笑みを浮かべていた。
 
 そう言い終わると、手袋とマスクをダスターに投げ入れて、部屋を出て行った。
 通路から階段を登ると、そこは地下駐車場になっていて、駐車場の脇にある階段を更に上っていった。しばらくすると、先ほどの白衣を着替えて、艶やかなドレス姿になって平然とフロアに向かって行った。

file6-2 最上階 [同調(シンクロ)]

 ここは、ビルの最上階にある特別室だった。
室内には、高級な調度品が並んでいて、リビングルームには、本皮の真っ赤な大型のソファーが中央に置かれていた。アロマの香りが充満し、あちこちにある花瓶には見事な活花もある。
 白髪まじりの紳士が、ソファーに座り、ブランデーを傾けている。脇には、素肌に、透き通る生地のドレスだけをつけた40歳前の女が、男に体を撫でられながら、横たわっていた。

「今回の素材は・・優秀よ・・・今までの3倍くらい取れてる・・」
「それはいい。」
「やっぱり、嫌がる意思を持ってるほうが、成績がいいみたい。・・納得ずくではダメね。」
「そうか・・やはり、昔みたいに、一人暮らしの女をいきなり拉致してくるほうがいいか。」
「ええ、それと気が強いほうが良いわ。今度の子も、最初散々暴れて手を焼いたのよ。」
「そうかい・・じゃあ、お前みたいな女が一番良いんじゃないか?」
「そうね・・でも・・私は、あんな事しなくてもいつでも頭の中には一杯溢れてるから・・」

男は、テーブルにあった携帯電話を取り上げると、どこかに電話をし始めた。
「ああ、俺だ。・・処分はどうした?・・・・言ったとおり、工場の高熱炉に投げ込んだか?・・ああ・・それなら大丈夫だ。・・・次のターゲット、早く見つけるんだ。・・・・良いんだ・・・無理にでも・・・ああ・・・それでいい・・注意して・・いいな。」

電話を切ると、男は少し苛立っていた。
「警察の動きがどうにも鬱陶しいな。あいつは何をやってるんだ。」
また、携帯電話を手に取ると、別のところへ電話をした。
「ああ、俺だ。・・・お前、ちっとも役に立ってないじゃないか。・・いい加減、捜査を中断させろ。・・・いや、わかってる。・・・今までだって何も問題なかったじゃないか。・・・だいたい、あの刑事が何であそこにいるんだ。・・・刑事の動きはお前が抑える約束だろうが・・・今のままじゃ、お前も始末する事になるぞ。良いな。」

「全く、どいつもこいつも役に立たん奴ばかりだ。」
そういうと、別のブランデーを取りにカウンターバーの方へ向かっていった。

「大丈夫よ。・・警察は全く気付いていないはずよ。・・」
「だが、周りをうろうろされるのはたまらんなあ。」
「大丈夫だって・・林だってもう死んだと同じでしょ。・・うるさく付きまとってたけど、結局、何も掴めずじまいだったじゃない。警察なんて、そんなに執念深くないでしょ。気にしすぎるのは、やめましょ。」
「だが、あいつらを切り捨てるシナリオが少し狂ったのは計算外だった。こっちが手を回す前に警察に捕まるなんて、今までになかったじゃないか。」
「貴方が警察に連絡するのが早すぎたんじゃないの?」
「いや、まずは警察をこっちに引き寄せておいて、あいつらを始末するつもりだったんだ。だいたい、まだ、通報したばかりだったんだぞ。何か、おかしいと思わないか?」
「そうね・・・うちだって、セキュリティの通報より早く警察が来たのよね・・なんだか、家の中が見えてるような感じだったわ。・・・」
「だろ?事件が起きるのを予期してたような速さだったろう。やはり、あいつが行ってた透視能力のある女は本当にいるんだろうか?」
 警察内部の一部しか知らない情報を、権田会長はすでに耳にしていた。
「へえ、そんな子がいるの?・・面白そうね、その子、きっと面白い頭の中をしてるんじゃないかしら・・その子を拉致してきて、実験台にしてみたいわ。」
「ああ、それも面白いだろう。だが・・・」
男は何か思い出したように、言葉を止めた。そして、
「まさかな・・・そんなはずはないが・・・一度調べさせるか・・・」
そう言うと、携帯電話を取って、また電話をした。

「ああ・・俺だ。・・例の予知能力のある女の事、もうちょっと調べてくれ。・・・そうだ・・・神林病院と何か関係ないか調べて連絡くれ。・・・ああ・・・すぐにだ・・。」
そういうと電話を切った。

「ねえ、もういいじゃない。・・ほら・・取れたての薬よ。」
女はカバンの中から小瓶を取り出し、付いているスポイトで1滴だけ、自分の体に垂らした。その1滴を、男は自分の舌で掬い取るように吸い上げ、身震いした。全身に恍惚感が走り、二人は体を重ねた。
特別室は、魁トレーディングの最上階。そして、権田会長と由紀の密会の場所だった。

file6-3 ターゲット [同調(シンクロ)]

「地下の実験室」がある建物で、実験室に隣り合う部屋の中には、3人が椅子に座っていた。
シュンと名乗る「大男」、リュウと名乗る「痩せた男」、セイと名乗る「小柄な男」。

「次の獲物を用意しろってさ。」
シュンが電話を切ったあと、隣にいるリュウに吐き捨てるように言った。
「しかし、今、新しい獲物を見つけるのは難しいよ。市内あちこちに刑事が聞き込みに回っているんだから。」
「だが、会長の指示だ。・・何とかしないと・・・俺たちが、実験台にさせられる。」

この3人、男の格好をしているが、実は女性だった。男になりたい願望を由紀が美容整形手術で見た目には遜色ないほどに整形していたのだった。最初に、整形を受けたのは、シュンであった。生まれつき体格が良く、2メートル近い身長と広い肩幅にコンプレックスを持っていて、自ら志願して手術を受けた。他の二人も同様であった。しかし、普通の会社勤めが出来るはずもなく、由紀の紹介で、権田会長の手下として働いていたのだった。
「小柄な男」セイが口を出す。
「あいつに相談してみよう。・・・警察の動きもわかるだろうし・・」

シュンは携帯電話でどこかに電話をかけた。
「ああ、ユウか?・・また、会長から指示があった。次の獲物が欲しいんだが・・・」
電話口の向こうでは、大きななじる様な声が聞こえてきた。
「おい、いい加減にしろ!今、警察がどれだけ血眼になってるのか、わかってるのか?」
「警察の捜査が進んでるのは判ってるさ。だけど、それを抑えるのがお前の役目だろう。何とかしろ。」
「もう二人も死んでるんだ。これ以上はどうにもならん。」
ふたたび、怒鳴り声が響いている。
「うるさい。会長には逆らえないのはお前も一緒だろ。」
「くそっ!・・・どうすりゃいいんだ?」
「とにかく、獲物になる女を捜すんだ。」
「・・・そうだ、あいつはどうだ?ほれ、獲物を照会してくれてたあいつさ。・・ソフィアという女さ。」
「・・だが、今、警察の中にいるんだろ?」
「大丈夫さ。何とか連れ出せる。方法はある。」
「・・だが、あいつは仲間だぜ?」
「馬鹿言うな!あいつが、ユウキとか言う女のことを警察に通報したんだ。裏切ったんだ。多分、怖くなったんだろ。今のままじゃ、いつ、俺たちの事を話すか判らないぞ。」
「いや、あいつが知ってるのはお前だけだ。俺たちのことなんて知らないし、ましてや、この実験室の事もしらないはずだ。・・・まあ、お前の身は保障できんな。」
「いい加減にしろ。これまでどれだけ助けてやったと思ってるんだ。・・・お前たち、俺を捨てるつもりなら、俺にだって覚悟はある。」
「ほう、もう二人も殺しておいていまさら警察がお前の言う事を信じるとも思えんがな。」
「ふん。そういうこともあるだろうと思って、組織の事を林にもある程度教えておいたんだ。・・あいつの事だ、何かメモでも残してるだろ。・・まあ、いいさ。俺にだってそれなりの知恵はある。」
「わかった。ソフィアを連れ出して来い。とりあえず、会長はそれで納得するだろう。」
そういうと、電話を切った。

「あいつ、大丈夫か?」
リュウが少し不安げに訊いた。
「・・まあ、二人も殺したんだ。普通じゃ居られないだろ。俺たちを脅しやがった。」
「なあ、あいつも始末しないとやばいんじゃないか?」
「ああ、俺もそう考えてた。そろそろ、始末したほうが良いだろ。ソフィアを連れ出してきたら、一緒に始末するか。」
セイが口を出す。
「じゃあ、獲物はソフィアか。」
「・・ああ、だが、一時は、会長のお気に入りだった女だ。一応会長にも確認しておいて方がいいだろう。」

そんな会話の後、3人の「男たち」は、ユウを消す相談を始めたのだった。
怪しい夜は過ぎていった。

file6-4 手帳 [同調(シンクロ)]


 一樹は、林に手渡された「鍵」を頼りに、市内にあるスポーツクラブへ向かった。1階にはショッピングセンターがあり、2階以上にジムやスパ等が設置されている人気の施設だ。
受付で、警察バッジを見せ、事情を話して、支配人に案内されるまま、ロッカー室へ入った。壁一面に大型のロッカーがあり、鍵番号を頼りに探した。それは、ロッカー室の一番奥にあって、30cmほどの小型のロッカーだった。
 ゆっくり、鍵を開けると、中には、黒い手帳が一つ入っていた。日常的に使っていたものではないらしく、真新しいものだった。

 開くと、写真が一枚ひらりと落ちた。一樹はそれを拾い上げた。
 写真には、若い女性が黒いボディの車に乗り込んでいくところが写っていた。少しピントがぼけているのか、ぶれているのか、顔まではわからなかったが、もう一人女性が写っているのが判った。もう一度手帳を見ると、もう1枚写真が挟まっていた。その写真は、どこかの建物に入っていく写真だった。入口に男が一人立っていた。
「こいつ、スナックの襲撃の時の男に似ている。」
顔かたちまでは判らないが、一樹には、体格からそれと判った。
「林の奴、やっぱり、例の怪しい情報を追っていたんだ。」
手帳を開いてみた。そこには、加藤由紀の経歴が書かれていた。
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黎明大学医学部卒業、美容整形医師として海外に。行き先は不明。
日本では、一時、市民病院にも勤務。結婚したが1児をもうけて離婚。
夫はその後死亡。
3年ほど前に、橋川市に現れたと思われる。
権田会長とはその頃に出会い、開業資金の提供を受けている。

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そして次のページには、もう一人、「権田健一」の名があった。
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黎明大学医学部卒業後、アメリカ カリフォルニアに研究のため留学。
留学中の詳細は不明。突然姿を消し、アメリカでの足取り不明。
帰国後、魁商会設立。輸入品を取り扱う事業を立ち上げる。
3年前に魁トレーディングへ改称し、地元の企業をいくつか買収。
資金の中身は不明。正業の収益だけではないと思われるが・・
魁トレーディングへの改称とほぼ同時期に由紀ビューティクリニックも開院。
開業資金はほぼ権田が出している。愛人。

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「この二人が今回の事件に関係してるって言う事なのか?・・・」

ロッカー室に座り込んでぶつぶつ言っている一樹に、スポーツクラブの支配人が咳払いを一つした。
それに気付いて、一樹は、手帳を持ってスポーツクラブを出た。車に戻り、もう一度じっくり手帳を見た。

「権田会長と加藤由紀がどう関わっているんだろう。・・・」
引き続き、手帳を捲った。そこには、ぽつりと「神林ルイ」という名前が記されていた。
「なんだ、神林ルイって?神林レイの間違いじゃないのか?だが・・権田会長と由紀、そして神林病院が何らかの形で繋がっているってことかな?」

更に捲ってみると、手帳の真ん中に ψ の記号が書かれていた。そして、シュン・リュウ・セイ・ユウ等、名前なのか判別できないメモもあった。
「これは・・」
そういうと、一樹は携帯電話を取り出し、取ってあった写真を開いた。佐藤刑事が死に際に自分の血で書いた記号と同じだった。
そして、手帳の最後には、林と若い女の子が仲良く写った写真が挟まっていた。写真の隅には、おそらくその女の子が書いたと思われる「Love ユカ」の文字。
最初に手帳から落ちた車に乗り込む女の子が、このユカだと一樹には判った。
「なんて事だ。・・まさか、林の奴、自分の恋人を囮に使ったのか?」
そう思って、写真を裏返してみると、
「ユカ、お前は馬鹿だ。俺の為に自分で囮になるなんて・・一体、どこに居るんだ。必ず助けてやるからな。」
と林の文字があった。一樹にはようやく理解できた。
携帯電話が鳴った。
「はい。矢澤です。」
「大変!ソフィアさんがいなくなっちゃった!ちょっと離れてたすきに姿が・・・ごめんなさい。」
電話の相手は、署で保護役をしている藤原女史だった。
「すぐに戻る。」
そう言って、一樹は車を走らせた。

file6-5 失踪 [同調(シンクロ)]

一樹が鳥山と相談し、ソフィアを藤原女史に保護を頼んで出かけた後、ソフィアは藤原女史と一緒に資料室にいた。二人は、特に会話もなく、ソフィアも退屈だった。
ただ、ここ数日、落ち着いて眠れなかったため、ソファーに横になってうとうととしていた。その様子を藤原女史も確認し、本来の仕事をこなす為、資料室から出て、庶務課に戻っていた。

「藤原さん、ソフィアさんは?」
鳥山課長が尋ねた。
「ええ、なんだか疲れているようでうとうとしていたんで、そっとしておいたほうが良いかなと思って・・」
「そうか・・まあ、俺たちもそうだが、これだけ事件が続いたんだ、疲れてるだろう。まあ、時々様子を見ておいてくれ。」
「はい。」
署内にいる限り、襲われる事もないだろうと皆安心していた。

一人になったソフィアのそばには、誰もいないことを見計らって、資料室に男が入ってきた。
男は、静かに近づくと、ソフィアの口に手を当て、黙らせるようにして、
「おい、ソフィア。良く聞くんだ。」
低い声で脅した。
「会長がお前を探してる。お前の裏切りは許されない。リュウやシュンがお前を探して居る。このままじゃ、お前の命が危ない。俺も狙われてるんだ。・・一緒に逃げよう。署内に居たってどうなるかわからない。」
男の話は信用できなかった。だが、確かに、こうしているうちにもいつ襲われるか知れない。ソフィアは考えた。
「俺なら、あいつらの裏を斯いて逃げる道を知ってる。どうする?時間が無いぞ。」

ソフィアは、承諾した。この男を信用したわけではなかった。今、捜査は暗礁に乗り上げている。自分が囮になって真相まで近づく事ができれば、きっと一樹の役に立てる。そう考えたのだった。

「わかったわ。でも藤原さんがすぐに戻ってくるから、次に居なくなったらそっと出て行くわ。」
「よし、じゃあ、署の裏手の公園を抜けて川沿いの土手で待ってるから、早く来るんだぞ。」
そう言って男は部屋を出て行った。

ほとんど入れ違いに藤原女史は戻ってきた。
「あら、目が覚めた。矢沢さんにくっついていて疲れたんでしょ。まだ横になってていいのよ。私、もう一仕事しなくちゃいけないの。一人で大丈夫よね。」
「ええ、もう少し横になってます。もう、体がだるくて・・」
「ええ、そうしなさい。じゃあ。」
そう言って、また部屋を出て行った。

ソフィアはその様子を見てから、部屋を出て行くことにした。
その前に、一樹の机に小さなメモ用紙を残した。

〈今まで騙していてごめんなさい。
私も組織の一員でした。でも怖くなって、一樹さんを頼りました。
私の知っている事はほんの僅か。組織に女の子を紹介しただけ。
でも、きっと命を奪われてしまっていると思います。・・
仲間の一人が一緒に逃げようと誘ってきました。でも、きっと罠です。
おそらく、私もアジトに連れて行かれるはずです。
私の思念波をレイさんに捉まえてもらって居場所を探してください。
本当にごめんなさい。     ソフィア〉

ソフィアは、資料室の窓を開けて、そっと部屋を抜けた。署の裏手にある公園には誰もいなかった。
静かに走り抜けていく間、ソフィアは涙が止まらなかった。きっともう一樹には会えないだろうと思えて、悲しくてたまらなかった。
川沿いの土手には、1台の車が止まっていて、先ほどの男が運転席に座っていた。
助手席に乗り込むと、男は、ソフィアの腕を掴んで、
「悪いねえ、俺は組織を裏切る気は無いんでね。」
そう言って、ソフィアの鳩尾辺りを殴りつけた。ソフィアはそのまま気を失ってしまった。


file6-6 内部の敵 [同調(シンクロ)]

 藤原女史からの連絡を受けて、急ぎ署に戻った一樹が最初に目にしたのは、机の上の小さなメモだった。
「なんてことを!」
ソフィアの覚悟は痛いほどわかったが、事件の真相がいまだ掴めず、唯一、組織との関係のあるソフィアさえも消えてしま居、一樹は落胆した。

 一樹は鳥山課長と紀藤署長に、林の残した手帳を見せた。
「この一連の事件には、権田会長と加藤由紀が絡んでいるのは間違いないはずです。しかし、何も物証が・・」
一樹の言葉には悲壮感が漂っている。
「実は、これまでにもしないで発生している行方不明事件や殺人事件・・、直接的には何も無いんだが、そのたびに、魁トレーディングと関連が見えていたんだ。それで探ってはいたんだが・・・」
紀藤署長がこれまでの経緯を話した。
「レイさんがシンクロで見たユウキの居た光景からすると、どこかの地下室じゃないかと・・それとこの写真。どこかで見た事があるんですが思い出せなくて・・」
手帳をぱらぱらと見ていた鳥山が、
「おい、このマーク、見たことがあるぞ。・・・なんだっけな?」
鳥山は手帳に書かれた ψ 記号をじっと見入っていた。脇から、藤原女史がその記号を覗き込んで、
「ああ、この記号は・・確か、佐伯さんのわき腹についてた刺青みたいなものじゃないかしら?」
3人は藤原女史の顔を見た。
「・・おかしな想像をしないで下さい。・・以前、何かの捜査で打ち身をしたと言って、救護室でシップを貼っていたのを偶然見かけて・・変な刺青があるのを問いただしたんです。刑事が刺青なんてねえ。そしたら、刺青じゃないって隠したんです。」
「という事は、佐伯も組織の一員ということか。」
襲撃事件のあと、検問を逃れる事ができたのも、きっと佐伯の手引きによるものだったのだろうと想像できた。
「じゃあ、ソフィアを連れ出したのは佐伯という事になる。・・しまった。署内なら安全だと油断した。」
鳥山が悔いた。
「いずれにしても、ソフィアさんの発見と保護は急がねばならない。だが・・どこに。せめて、手紙に手がかりでもあればいいのだが・・」
署長は言った。
「ソフィアはどこかで酷い目に遭うか殺されるかでしょう。手紙にあるように、その思念波をレイさんにキャッチしてもらうしか居場所を特定できないんじゃないでしょうか。」
一樹は、ソフィアの覚悟を受け止め、何とかその前に救出するために、レイの力を借りる事を提案した。それを聞いた署長は否定的だった。
「いや、もっと他に方法が無いか考えるんだ。」
「どうしてです?」
「先日の発作の事を知ってるだろ。もし、ソフィアとシンクロ出来たとして、殺害時点だとどうなる?レイさんの命だって危うくなるかもしれないんだぞ。」
「ですが・・」
そのやり取りをしている時、署長の携帯電話が鳴った。神林病院でレイと一緒に居る亜美からだった。

「パパ?今、レイさんが・・ソフィアさんとシンクロしたみたいなの。ソフィアさんは今どこに居るの?」
「ああ、実は先ほど行方がわからなくなったんだ。どこかに拉致されたみたいなんだが・・」

病院にいる亜美は、特別室の外で電話をしていた。
「でね、ソフィアさんはどこかに監禁されているみたい。・・真っ暗な部屋の中で、何度か殴られて・・凄く痛い思いをしているって・・・レイさんも苦痛に耐え切れなくて・・シンクロをやめてしまったの。」
「大丈夫なのか?」
「ええ、今はベッドで横になっているわ。・・でね、その場所はどうやら海が近い場所らしいの。それと・・佐伯さんも一緒に居るみたいなの。一体どうなってるの?」
「・・どうやら、佐伯も組織の一員だったようだ。・・でその場所の特定は出来ないのか?」
「私が思ったのは、海と真っ暗な空間・・で、ひょっとして、埠頭にあるコンテナの中じゃないかって・・」
「そうか、コンテナか。だが・・たくさんあるな。」

その会話を横で聞いていた一樹が、
「コンテナって行っても、きっと魁トレーディングが所有しているものじゃないでしょうか?そこに絞り込めば、ある程度わかるはずです。それに一緒に佐伯も居るんだったら、近くに行ってから佐伯に電話をして呼び出す事も出来るでしょう。まだ、佐伯は自分の正体がばれたとは思っていないでしょうから。」
「そうか・・よし、すぐ一樹は埠頭へ行ってくれ。・・ああ藤原さん、埠頭のコンテナの配置、所有者は調べられるかい?」
藤原女史はその言葉を聞くまでもなく、すぐにパソコンに向かって、港湾管理組合のデータベースにアクセスし始めていた。そしてこう言った。
「すぐに向かって!着くまでには特定して連絡するから。」

署長は、
「よし、私は魁トレーディングに揺さぶりをかけてみよう。会長と面会してみれば、何か尻尾を出すはずだ。亜美、おまえはまだレイさんと一緒に居てくれ。・・厳しいとは思うが、レイさんのシンクロはまだ必要なんだ。頼んだぞ。」
と言って電話を切った。それに応えて、鳥山も
「じゃあ、私は、由紀ビューティクリニックですね。家宅捜索は無理でしょうが、いい方法を思いついたんで、やってみましょう。おい、松山!森田!一緒に来てくれ。」
それぞれ、事件解決に動き始めたのだった。

file6-7 魁トレーディング会長室 [同調(シンクロ)]

File6-7 魁トレーディング1階
一樹たちとともに署を出た、紀藤署長は、まっすぐに魁トレーディングの新社屋に向かった。
一階受付には、可愛い顔をした受付嬢が二人暇そうに座っていた。パーティの時にも居た娘だった。
紀藤は、警察バッジを見せてから、
「会長とお話がしたいんだが・・」
「あのお約束でしょうか?」
「警察バッジを見せただろ?警察が約束して事情聴取にくると思うのかい?」
受付嬢は、慌てて会長室に電話をした。
「すぐに会長が参ります。」
そう応えると同じくらいに、権田会長が受付に現れた。
「事情聴取とはどういう事でしょう。」
怪訝な表情をしながら権田は現れた。紀藤署長は、表情を崩してこう言った。
「いやあ・・最近の若い子は冗談も通じませんなあ・・いや、先日、竣工パーティにお招きいただいたんですが、ゆっくりお話も出来なかったので、近くに来たついでに少しご挨拶でも思いまして・・」
紀藤の目は決して笑っていなかった。
「何だ・・人が悪い・・・先日の誘拐事件のスピード解決、本当に感謝しとります。さあ、こちらへ。」
権田会長は1階の部屋に紀藤を案内した。
「ここが私の仕事場ですから・・」
入り口には、金色の『会長室』のプレートがついていた。
「ほう、これだけ大きなビルなら、普通は会長室なんてのは最上階じゃないんですか?」
「ああ、皆さん、そう言われますなあ。ですが、・・ほら、天下を取った大名が、天守閣から天下を見下ろすような、どうも偉そうで・・性に合わんのです。・・それに、1階のほうが便利なんですよ。こうやってお客様を迎えるのもお待たせする事も少ないですからね。」
権田会長はそう言うと、紀藤に広いソファを勧めた。ソファに座ると、大きな窓越しに、庭園が見える。
「何かお飲みになりますか?・・そうだ、先日、スリランカから持って帰った黄金の紅茶がある。どうですか?」
「ほう、ご馳走になりますか。」
権田会長は、内線電話で紅茶を持ってくるように指示したようだった。

「で?ご挨拶というのは嘘でしょう。何かお調べですかな?」
紀藤の表情を見抜いていた権田が切り出した。
「いや、調べているという事でも無いんですが・・・実は、先日の誘拐犯、加藤と武田ですが、どうやら二人で結託して、良からぬことをやっていたようなんです。・・武田の工場、武田フーズの地下室から遺体が発見されましてね。・・実は私の部下の刑事もそこで命を落としているんです。権田さん、何かご存じないでしょうか?」
「武田フーズ?」
そういうと権田会長は、幅2メートルもある大きな仕事机の脇にあるパソコンに向かった。そして、会社のデータベースにでもアクセスしているのか、キーボードを叩いて画面を見ていた。
「ああ・・武田フーズ。・・確かこの会社は、加藤が輸入部長の時に、強引に持ち込んできた下請け会社の一つですな。・・いや、実のところ、社内でも悪い噂が絶えなかったんですよ。」
「ほう・・どんな噂でしょう?」
「もともと私どもの会社は、輸入品の仲介業を本業にしております。輸入部は言わば中枢の部門なんです。・・加藤は引き抜きで、部長に抜擢したんです。ここに、来る前には丸菱という商社に居たんで、それなりに海外との繋がりも持っていましたからね。実績を上げるのは凄かった。」
「相当やり手だったと・・」
「まあ、そういう奴には、必ず怪しい噂も付いてきますから。」
「具体的にはどんな?」
「まあ、取引先とのリベートの取り方とかいろいろねえ。まあ噂の類は何でもありますよ。」
「武田との関係は?」
「さあ、ただ、一度わが社の荷物を横流ししてると告発がありましてね。その事を加藤に問い詰めた事があります。・・横流しというよりも加藤の指示で他の取引先へより高価に売りさばいていたらしいんですが・・まあ、それで加藤を部長から降格させたり、武田との関係を切ったりしましたが・・・それが誘拐事件の動機じゃないかと思いますが・・」
「ああ、そうらしいですね。」
そこまで話したところで、ドアがノックされ、先ほどの紅茶が運ばれてきた。
「・・これは、スリランカに行った時、現地で手に入れたものなんです。高地のごく僅かなところでしか栽培されない品種のお茶を2年かけて発酵させた貴重な紅茶なんです。黄金の紅茶と言ってますがね。」
「ほう、確かに黄金色のお茶ですね。」
そう言って紀藤は口をつけた。権田はその紀藤の言葉を聞いて笑った。
「・・まあ、そういう風に受け取るのもいいですな。・・いや、黄金の紅茶と言うのは訳がありまして。実は、金のこの紅茶は同じ重さで取引されるんですよ。だから黄金の紅茶。」
「へえ、それは面白いですね。・・ということはこれ1杯でいくらくらいでしょう?」
「ふーん、多分、1杯で1万円はくだらないと思いますが・・」
そう聞いて思わず紀藤はお茶を零しそうになった。

「・・ところで、権田会長はこの会社を作る前はどんな事をされてました?」
「は?今度は私の取調べですか?」
「いえ、これだけの会社を極めて短期間で作られた成功談は、市長をはじめ、いろんな人から聞かされてます。どういう経歴をお持ちなのか・・個人的に興味がありまして。」
「・・この会社の前には、しばらくは会社勤めもしておりました。」
「確か、医学部のご出身だとか・・医師免許はお持ちじゃないようだが・・」
その言葉に権田は少し顔を歪めた。
「紀藤さん、何だか、随分、私の事をお調べのようだが・・」
「まあ、仕事柄、いろんな情報は入ってきますから・・医学部に入られたのに医者にならなかったというのはちょっと興味がありますな。」
「・・・はあ・・・医学部には入ったんですがね、自分に合わないと・・医師の道はあきらめました。」
「その後は、しばらく日本にはいらっしゃらなかったんでしょう?」
紀藤は林が残したメモのコピーを持っていて、中身の確認をしていたのだった。
「・・そこまで。・・はいはい、そのあとはアメリカの研究機関でしばらく仕事をしていました。・・それから、日本に戻って少し会社勤めはしましたがね。もういいでしょう。私が話さなくても紀藤さんは自身の情報網でいくらでも私の経歴を調べる事ができるんじゃないですか?」
「まあ・・・最後に一つだけ。会社ではいろんなものを取り扱っていらっしゃるようだが・・違法なものはありませんよね。」
「勘弁してくださいよ。これだけの会社です。ちゃんとコンプライアンスは徹底しています。社員もたくさん居るんですよ。会長としてちゃんと目配りしています。違法なものなどありませんよ。・・いや、もうこんな時間だ。申し訳ありません。次の約束があるので・・」
権田は少し苛立った反応を示した。
「これは、申し訳ありません、突然伺って。・・・それともう一つ。ああ、これは質問じゃありません。・・今、署を上げて、市内で発生している行方不明事件を追っています。あと少しで黒幕に行き着くでしょう。まあ、近々、またお会いする事になるでしょう。それでは失礼します。」
紀藤はそう言って、テーブルの上の「黄金の紅茶」を飲み干すと、悠々と部屋を出て行った。

file6-8 埠頭 [同調(シンクロ)]

一樹は、ソフィアの無事を祈りながら車を港に向けて走らせた。
駅前を抜けて、JRをまたぐ顎線橋を超え、ようやく埠頭に繋がる産業道路の交差点に到着したころ、携帯電話がなった。
「たぶん、コンテナはBエリアの51ブロックあたりよ。魁トレーディングが借りてる場所。」
藤原女史が港湾組合のデータベースからコンテナの場所を知らせてくれたのだった。

埠頭入り口には、港湾組合の係員らしき男が立っていて、門を開いて方向を指差して教えてくれた。
「だれか来た形跡はなかったか?」
「すみません。いつもは外国船が入港するので、ここに居るんですが、あいにく今日は入港予定がなくて、ほとんど休みになってまして・・ご案内します。」
「そうか。ありがとう。」
そう言うと、係員は一樹の車に乗り込んだ。
一樹は、助手席の係員の案内に沿って車を走らせる。
埠頭のコンテナ置き場はとにかく広い。一応ブロックごとに分かれてはいるが、何段にも積みあがっているコンテナのせいで、ほとんど迷路のようになっていた。

「エリアBの51ブロックってまだかい?」
「もうすぐです。そこのクレーンの脇を入った辺りからがエリアBです。・・あ、そこ右です。」
苛立ちながら一樹は、ハンドルを右に切る。タイヤがキュルキュルと音を立てた。

ようやくエリアBに到着した。人が通れる幅の通路を空けて、コンテナが積みあがっている。車を降りると、入り口の順に番号を確認していく。その時、一樹の携帯電話が鳴った。

「もしもし、一樹?」
電話の相手は亜美だった。何か途轍もなく切羽詰った声を出している。
「どうした?」
「あ・・あの、レイさんが・・」
「どうしたんだ!」
「あれからまたシンクロしたらしいの・・突然、発作が起きて、呼吸が止まって・・・今、蘇生の・・」
「大丈夫なのか?」
「判らない。でも、きっと、ソフィアさんの身に大変な事が・・」
その電話の声は震えていた。一樹はぐっと携帯電話を握り締めた。
「今、コンテナ置き場に居るんだ。だが・・どこか・・」
そう言って、一樹が辺りを見回したとき、一樹の居るコンテナの反対側で銃声が響いた。
「あとで電話する!」
一樹はそう言って、音がしたほうへ一目散に駆け出した。

音はすぐ近くで聞こえたはずなのに、茶色や黒のコンテナの隙間が迷路のように繋がっていて、なかなか出口が見えなかった。
「おい、もっと近道は無いのか?」
同行してきた係員に尋ねたが、係員も要領を得なかった。
「くそ!」
一樹は悔しそうに地面を蹴った。そして、周囲のコンテナを調べ始め始めた。どれも頑丈な鍵が掛かっていた。

さっきの亜美の電話から、ソフィアの危険は確実なものだとわかっていて、一樹は、そこらじゅうのコンテナの壁を叩き、ソフィアの名を呼んでは探し回ったがなかなか見つからなかった。少し奥まったところにある、緑色のコンテナのドアが少し開いていた。

一樹が走りよってみると、コンテナの中に誰か倒れていた。それは佐伯だった。コメカミから血が流れていて、右手には警察官に所持が許されている短銃が握られていた。すでに絶命していた。あたりを見回してみたら、ソフィアの姿は無かった。しかし、佐伯のとは違う血痕があちこちについていた。

「きっとソフィアはここで痛い目に合わされたんだ・・・くそ!何処に行ったんだ!」

コンテナから出たところで、一樹は頭に強い衝撃を受け倒れこんだ。
同行していた係員らしき男が、佐伯の持っていた短銃を片手にして、一樹を襲ったのだった。
横たわる一樹を足で蹴る様にして上向きにさせたところで、短銃を構えて一樹の頭を狙って撃った。一樹は寸でのところで、それをかわして男の足を蹴飛ばした。男はうろたえて、もう1発発射した。今度は、一樹の腹部に命中し、強い痛みで気絶してしまった。
男はその様子を見て、改めて、佐伯に短銃を握らせると、隠れていた仲間の車で悠々とその場を立ち去った。

file6-9 鳥山の作戦 [同調(シンクロ)]

鳥山課長と森田、松山は、由紀ビューティクリニックへ向かっていた。
「課長、これからどうするんです?強制家宅捜査でもするんですか?」
森田が尋ねると、鳥山は、
「・・いや・・家宅捜索となればそうとう抵抗もあるだろう。仮に何も見つからなければ厄介な事になる。」
「じゃあ、どうするんです?」
今度は松山が尋ねる。
「俺が、一度、クリニックへ行ってから、不審車両の目撃情報があったと偽の情報を伝える。クリニックに車両が本当に入っていたなら、何らかの動きをするはずだ。君達は、近くで張り込みをして、不審な動きがないか血チェックするんだ。何でも良い。由紀自身の動きがあれば尾行しろ。他にも患者も含め出入するものをすべて写真に収めろ。」
「まずは、マークして何らかの手掛かりを掴むという事ですか。」
「ああ、今、署長が権田会長のところへ行って揺さぶりを掛けてる。そっちからも動きがあるだろう。」
「わかりました。」

車を近くに停め、鳥山はクリニックへ向かった。森田と松山は、二手に分かれ、玄関側と裏口側で張り込むことにした。

鳥山がクリニックの玄関に立った。一樹たちが訪れた時のように、インターホン越しで身分を問われた。
「橋川署の鳥山です。先日の襲撃事件の犯人が乗っていた不審車両をこの近くで目撃したという情報がありまして、当日の状況を伺っております。」

すぐに、由紀が、いつもの着飾った服装で出てきて、不機嫌な様子で、玄関脇の庭へ鳥山を案内した。
「お忙しいのに申し訳ありません。」
鳥山はそう言うと、椅子に座った。
「それにしても、見事な庭園ですなあ。手入れは先生がされてるんですか?・・あそこの花なんか、いいですね。これなら患者さんも気持ちよく診察も受けれるんでしょうね。・・おや、池まであるんですか・・」
用件とは関係ない話をのんびりとし始めた。その様子に、由紀は一層不機嫌になって言った。
「すみませんが、私も忙しいんです。御用件をさっさとお話下さい。」
「ああ、これは失礼しました。・・いや、先日、スナックで客と従業員が襲撃される事件がありましてね。・・殺人未遂事件として今捜査しているんですが・・その犯人たちが乗っていたらしい車を、この近くで目撃したって情報を、うちの・・佐伯という刑事が聞いてきましてね。それで、まあ、このあたりの聞き込みに回ってるんですわ。」
由紀は佐伯という名前に少し反応したが、平静な顔で、
「・・昼間は、ここに居ますが、夜なら不在ですし、不審な車と言われても・・」
「まあ、そうでしょうな。・・ええと、・・」
鳥山は手帳を取り出してメモを見るふりをして続けた。
「・・そうそう・・黒いバンで、ガラスも黒く塗りつぶしているらしいんですが・・・」
「ですから、深夜はここにはおりませんから・・」
「おや、私、深夜に目撃されたと言いましたっけ?・・目撃されたのは・・事件の前なんですがね。」
少し由紀は戸惑った表情をしながらも、
「いえ・・事件の後かと思ったんですよ。」
「ほう・・事件が夜だったとも言っていないはずですがね。」
「とにかく、知りません。失礼ね!忙しいんです、用が済んだのならお引取り下さい。」
由紀は口調を荒げて立ち上がった。
「・・・すみませんね・・・もうひとつ。その犯人が、どうやら若い女性を拉致している事件の犯人と同一犯らしいんです。今、署を挙げて捜索しています。近いうち、全てが明るみにでるはずです。」
「・・私には関係ないことでしょう!どうぞお帰り下さい。」
そう言って由紀は先に病院に戻っていった。

鳥山は、その様子を見ながらにやりとした。
事件には確実に由紀が絡んでいる。あのうろたえ方から、すぐに何か動きがあると確信した。鳥山は、庭を一回りしてから、ゆっくりと出て行った。
そして、病院の前で張り込み体制に入った松山に目で合図した。松山は、病院の玄関が見える位置にある民家の庭でカメラを構えていた。その後、鳥山は病院の外を一回りして裏口へ回った。病院の裏手には、朝倉川という小さい川が流れていて、川沿いに車両がようやく1台ほど通れる道が付いていた。こちら側から見ると病院は一段高い位置に立っているのがわかった。裏手で森田が張り込みの場所を探していた。

「森田、どうだ?」
「課長、裏口はなさそうですね。高い塀があるだけです。」
言われるとおり、川沿いの道からは病院内へ入る通路は見当たらなかった。
「ただ、気になる事があって・・」
森田は、視線を隣りに向けた。視線の先には、古い倉庫が建っていた。外見からはすでに使用されていない様子に見えた。
「あそこの倉庫なんですが・・使っていないと思うんですが・・入り口には真新しい鍵が掛かっていまして。」
そう言いながら、森田は課長を伴って倉庫の前に行った。
鳥山も倉庫の入り口の鉄扉に掛かった鍵を見て、
「これは最近になって付けられたようだな。」
「ええ・・それと、倉庫とクリニックに段差があって、ちょうど、あの庭辺りがおかしい感じがするんです。」
「ひょっとすると、あそこへの出入り口があるかもって事か?」
「ええ・・」
「よし、この周辺の聞き込みをしてみよう。ここ数日、この門が開いていたことはなかったか、出入はないか、それと不動産屋にも行ってみるか。君は、この辺りで張り込んでくれ。ひょっとして、出て来るかもしれんからな。」
鳥山は、すぐに周辺の聞き込みを始めた。

file6-10 張り込み [同調(シンクロ)]

森田は、倉庫の周囲を回って、張り込み場所を探した。
古い倉庫の周りは、3メートルほど高い塀と防犯用の鉄条網が巡っていて、中の様子はなかなかわからなかったが、一箇所だけ隣家の庭にある、くすの木が枝を張り出していて、そこをよじ登れば中が覗けそうだった。
森田は、早速、隣家の了解を取り付けて、木によじ登った。枝先に身を移して中を覗こうとした時、枝が大きくしなって、その弾みで、森田は倉庫の敷地に落ちてしまった。落ちた所は、コンクリート面になっていて、余りの衝撃で気を失ってしまった。

表門で監視している松山は、病院に入っていく車両を写真に収めながら、署へ連絡して車両ナンバーの照会をしていた。これまでのところは、事件との関連を疑うような車両の出入はなかった。
「どうだ?何か変化はないか?」
鳥山がやってきた。
「ええ、今のところは、ほとんど患者のようです。まあ、この状態で、表から堂々と現れるほど大胆な事はしないでしょうが・・・」
「まあ、そうかもしれんが、だが、裏口から車両が出入できそうなところはなかった。もし、魁トレーディングの関係者が現れるなら、こっちからだろう。注意していてくれ。」
「はい・・・そういえば、さっき、ピザ屋の出前が入っていきました。まさか、そういう業者に化けてまで出入するでしょうか?」
「一応、照会しておけ。」
「はい。」

鳥山は、引き続き、近隣への聞き込みを行い、歩いてすぐのところにあった不動産屋へ入ってみた。
ガラス戸の入った土間のある古い不動産屋だった。年老いた主人らしき男が土間の奥にある机にぼーっと座っていた。
「すみません。橋川署の鳥山といいます。御主人、少し話を聞かせてもらえませんか?」
そう言って中に入ると、主人が立ち上がって、何も言わず、土間にある長机の椅子を薦めた。
「何か事件ですか?」
主人は暇にしていたのか、意外にも興味深そうに尋ねてきた。
「いや、事件というほどの事じゃないんですが・・ちょっと伺いたい事があって。実は、そこの由紀ビューティクリニックの横にある倉庫の事を御存知ならと思いまして・・」
「はあ。・・ああ、あの倉庫・・・今時、あんな古い倉庫、早く壊して駐車場にでもすれば良いんだが・・」
「持ち主はいないんですか?」
「ちょっと待ってくださいよ。」
主人はそう言うと、立ち上がって、書棚にある物件のファイルを引っ張り出してきた。余り、不動産業としては景気が良いほうではなさそうで、随分古めかしいファイルに、色の変わったような書類が閉じてあるようだった。
「ええっと・・・どれだったか・・・ああ、これだ。」
そういうと長机にファイルを広げた。
「あの倉庫はもう10年近く空家だね。・・ただ、あそこの病院ができる時に、・・・そうそう・・ほら・・」
そう言って図面の隅のほうを指差してみせた。
「所有者がねえ・・権田健一に代わってるんだ。・・仲介とかはしてないんだが、持ち主が亡くなってから一応私のところで預かっていたんだが、登記簿が変わったんで、びっくりして問い合わせたんだ。この権田って人にねえ。そしたら、前の所有者の甥だとかって言って遺産相続をしたらしいんだ。」
「ほう、そういうことは珍しいんですか?」
「ああ、たいていは、先に私のところに連絡があっても良いんだが・・弁護士から詳しく連絡させるとかってね。確かに翌日には弁護士がやってきて事情を説明していったよ。・・病院のあるところも、あの倉庫と地続きだったから、あの一角は丸ごと権田さんの持ち物ってことになるかな。」
「随分広い土地ですね。あれだけ相続するとなると・・・」
「ああ、相当税金も払ったんだろう。・・病院を作る時に一緒に壊すのかと思ったが、何か工事らしい事はやっとったが倉庫はあのまま残してる。どう見ても、もったいないと思うんだがね。」
「あそこで何かやってるとか、物音とかしませんか?」
「いやあ・・そういうことは判らんなあ。・・ただ、この間、鍵を付け替えたんだ。ちょうど、散歩してた時に出くわしたんで、訊いてみたら、倉庫の中に入り込む奴がいるとかで防犯の為だといってたな。」
「その鍵を付けていたのはどんな奴でした?」
「・・そうだな・・ちょっと変な雰囲気ではあったな。大男と小柄な男がごちゃごちゃ言いながらやっていたから。そうそう、大男のほうは髪が長くて後ろで縛って・・・後姿を見たとき、大柄な女なのかと思ったのを憶えてるよ。」
「その大男の顔は覚えていますか?」
「いやあ、随分、前のことだから・・はっきりとは・・・いいや、良い物がある。」
主人はそう言って立ち上がると店の奥の部屋に入っていった。

「これこれ。・・いや、偶然なんだが、このあたりの物件の写真をね・・デジカメとか言うのを買ってきたんでいろいろと取ってたんだ。・・そしたら、偶然、そこの病院の前で、その男と権田さんと・・病院の先生が居たのが写ってたんだよ。」
主人が見せた写真は、借家の写真の隅のほうに、小さく3人が立っているのが写っていた。鳥山は食い入るように写真を見たが、顔までは判別できなかった。
「御主人、この写真のデータはありませんか?」
「・・・データって・・ああ、ネガのことかい?デジカメはネガはないよ。」
「いえ、この写真の元の・・・カメラの中にまだ入っていますか?」
「ああ、カメラにはあるよ。」
「すみません、少し拝借できませんか?この写真が、今調べてる事件の決定的な証拠になるかもしれないんです。」
「ああ・・良いよ。どうせ、他は全部写真にしてあるから・・まあ、カメラだけは返してくれよ。」
「ありがとうございます。すぐにお返しします。」

鳥山は、そう言って挨拶もそこそこにして不動産屋を出た。そして、松山の処に行った。
「悪いが、このカメラに入っている写真を・・藤原さんに頼んで大きくしてもらってくれないか。権田と由紀ともう一人怪しい男が写ってる。デジカメだから、データを大きくすれば顔もわかるかもしれない。君の取った写真と一緒に全て印刷して、前科者とかこれまでの情報とを照合して、容疑者を浮かび上がらせるんだ。すぐに行ってくれ。・・ここは私が張り込むから。」

松山は慌てて、カメラを受け取ると署へ戻っていった。


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